三ページ目 欠陥品のアルティクロス
「────まず君のアルティクロスを指導するために、一つ、知ってもらいたいことがある」
「いいから早く言え。ゲーム開始まであまり時間はねえんだぞ」
午後の授業が終わり、旧校舎の中庭であたしと黒鉛字は早速練習を始めた。ガラクタと言った姫肖に一泡吹かせるためにも。そしてこれは何より、自分自身がまたアルティクロスをコントロールするために。拳をググっと握ったあたしに、黒鉛字が話を続けた。
「君のアルティクロスについて、鷲野眼先輩から少し話を聞いたが、例の事件で君のアルティクロスは変化した。つまり、今の君は君自身のアルティクロスの《真名》を知らない」
「確かに準子のアルティクロスとあたしの力が融合したけど、真名が変わるなんて聞いたことがないぞ?」
真名とは、アルティクロスの名前のことだ。正しい名を知らないと、所有者の言う事を聞かなかったりする。暴走している原因の一つだ。
「もし融合したことがある人物が君以外にもいたら……?」
「まさか……!? お前も……?」
「そのまさか」
黒鉛字がポケットから取り出した手のひらサイズの透明な筒を、あたしに放り投げた。すかさずキャッチすると、黒鉛字も同じものを持っていた。
「……なにこれ?」
「まあ見ていて」
そう言うと黒鉛字が筒の端を両手で持ち、意識を集中させた。すると彼の両手が徐々に黒く光ると、透明な部分に両端から黒い何かが充満していく。やがて全てが黒く染まると、筒をあたしに放り投げた。
「……っと」
「今入れたのは僕のアルティクロス──《黒鉛筆》。それの文心」
「お前、あたしのと似て──ああ、だから先輩はお前から学べって……」
「鷲野眼瞳……アルティクロスは《虫眼鏡》。対象の心を見る能力」
「お前ッ! 何でそのことを……」
「僕が軍の人間だってこと、君も彼女も知っているからお互い様。そして本来、君はこちらに来て欲しい逸材でもある」
「はぁ? それってどういう────」
「────僕は人工的に他者の力と融合した、人間兵器だからさ」
「な……ッ!?」
「君がたまたま何かによって偶然融合したのに対し、僕は軍の実験によって意図的に融合した。僕の本来のアルティクロスは《H―B》。コードネームもそう呼ばれた」
「H―B……」
「他にも《Ⅲ―B》・《Ⅱ―H》・《B》など、アルティクロスの能力が近しい者達が軍に呼ばれ、融合に対する器となるかを実験させられていた」
「つまり……お前みたいに融合した人が他にもいたってことか?」
「察しがいいね。といっても、僕の力は能力が近い人と、他のアルティクロスもそれに見合った近い人を見つけては実験所に呼ばれた。……ああ! 透明だった筒の説明に戻るよ?」
「お、おう」
「透明は何もない状態。つまりアルティクロスを持たない人達。そこに例えば紅い文心を詰めると、それがその人……この場合は君。これがアルティクロスの原則」
「そりゃまあ、わかる」
あたしは腕を組み、黒鉛字の話を聞く。昨日、先輩も同じことを言っていた気もするが、気にせず、今の自分のことをもっと深く知るために、静かに次の言葉を待った。
「ところが今、紅さんのこの筒には青野さんの力が無理やり押し込まれた状態になっている」
「……それで?」
「今からすることはそれを半々にする、たったそれだけ」
「……あのさあ、あんだけ長いこと喋った割には、やることがそれって、どうなの?」
「ならやってみて」
……全く。あたしを舐めてもらっては困る。いくら何でも半分にするだけが難しいだなんて────ん? あれ? 均等じゃない!? 何で……?
その後も力を込めて筒に詰まっていく紅と青の文心。しかし、何度やっても、半分どころか、紅い文心が押し勝ち青い文心を減らしていった。二色になったのは精々八割紅、残りが青だった。
「こんにゃろおおお~~~~ッ!」
「はい、ストップ!」
「────だあああ……。なにこれ? 難し過ぎ……」
「僕の筒、もう一度よく見てごらん」
「ああ……? ……え!? 嘘……ッ!? これ真っ黒じゃないじゃん!」
あたしが黒鉛字の筒を見ると、それは真っ黒ではなく、十個に分かれた黒。今やっていたことの五倍は難しいであろうことをパパっとやって見せたのだった。しかもそれだけじゃない。
「……お前……もしかして二つ以上融合しているのか……?」
その問いに黒鉛字は指先からそれぞれ十個のアルティクロスを小さく顕現させた。
「────ご名答。僕は僕と他の九つのアルティクロスとの融合し、それら全てをコントロール出来る、唯一の人間兵器。それが僕」
試合開始まであと十五分。
とんでもないやつとタッグを組むことになったことに、あたしは後悔した。
「ふん! ────っにゃああ……ッ!」
透明な筒に紅と青の文心を両端からグググっと流し込んでいく。そして中身が充満すると、力を抜き、半々になっているかを確認した。……が、
「むぅ……。また紅が多い……」
その様子を見ていた黒鉛字が「力任せにしてもダメですよ」と、助言する。
こいつの言う通りに動くのは虫が好かない……が、使えないままも嫌だ。仕方なくあたしは、黒鉛字から新しい芯を受け取った。
────十分後。
特訓出来るのは残り一回。五分前には集合場所である、体育館に行かないといけない。これだけやって戦いに参加できなかったなんてことはごめんだ。
「はー…………ふう…………ッ!」
力まず、力を抜きすぎないように、筒に文心を流し込む。かれこれ百二十個は挑戦している。紅が勝ったり、青が勝ったりを繰り返し、そして今、何とか紅六割、青四割までにすることが出来た。
「……はぁ……はぁ……限……界……」
「お疲れ様。休みたいのは分かるけど、先に体育館に行こう」
「先に……行け……勘違いされるのも……嫌……だから……はぁ……はぁ……」
「勘違い?」
こいつ! なんで鈍いんだよ! ああ! もう! クソ!
「付き合っているとか言われたくねえからだよ……ッ!」
「ッ! ……ごめん。そ、そういうことですか。あはは……」
黒鉛字が頭をポリポリ掻くと、歩いて体育館に向かった。
噴水周りの石に腰掛けたあたしは、誰かさんのせいで余計に荒くなった息を整え、数十秒後、トボトボと体育館に向かって歩いた。
あたしが体育館に着くと、中にはすでに参加者が全員そろっている様に見えた。
後ろから入って来たのが目立ったのか、列を組んでいた生徒達に、振り向かれる様に見てくる。そして列の右端に、黒鉛字が一人、パイプ椅子に座っているのを見つけると、頭を低くしてそそくさとその後ろの椅子に座った。
「ギリ?」
「あと一人来るみたいです」
黒鉛字がそう言っていた矢先、あたしが入って来た時間から本当にギリギリでボーイッシュな女の子が一人、入って来た。
あたしと同じ一年生の制服スカートとブレザー。中にマゼンタのパーカーを着こみ、首には最新機種っぽいヘッドホンを掛けていた。
その子が座ったことを確認した教頭がマイクに電源を入れ、喋り始めた。
「……え~。このあと十四時のチャイムと同時に、ゲームを開始します。今回の舞台は告知の通り、グラウンド……と、したかったのですが、生憎、この後天気が崩れるとのことで、ここ、体育館で行うことになりました。急な変更になったことを残念に思います」
生徒達がざわつく。あたしはノーガード戦法で突っ込む派なので、防御特化のタッグはまた一から作戦を練らないといけない。ということは、今回は優勝者を二組にするや、タッグ同士でチームを作ってもいいなどの特別ルールが期待できる。
「────よって今回の特別ルールは……」
あたしは身を乗り出し、次の言葉に耳を立てた。
「イスを二つ! つまり、優勝者を二チームに変更いたします! では、生徒諸君。位置について下さい」
開始まであと一分。あたしと黒鉛字は急いで目の前のステージの右端に移動した。ふと、さっきの女の子が気になり、辺りを見回すと、あたしたちと同じ、ステージの左端からスタートする様子だった。そして────
キーンコーンカーンコーン♪
試合開始を告げるチャイムが体育館に響いた。