二ページ目 挑戦状
翌日、あたしが登校すると、教室ではあいつを囲って人だかりが出来ていた。なるべく会わないよう、そーっと自分の席に向かう。そしてカバンを机の上に置いた、その時だった。
「あっ! 紅さん!」
「げっ……」
教壇でハーレムを形成していたあいつが、あたしの存在に気づくと、周りの女子生徒らを無視して、あたしの席に向かってきた。
「おはようございます。今日の試合、ちゃんと見ていてくださいね」
怪訝な顔でにらんでいると、またあのさわやかな、人を寄せ付けるための笑顔をあたしに向けた。あたしは無言で接していると、それを良くないと思った女子生徒が怒る。
「ちょっと! 黒鉛字さんが挨拶していますのよ? あなたも挨拶くらいしたらどうなの!」
「ふん」
「なっ! 無視しないでくださる?」
「邪魔だ。あたしの前から失せな」
「な、何ですのあなた! ランキングがちょっと上だからって調子に乗って! いいわ。今日のゲーム。あなたも参加しなさい! 私のアルティクロスであなたをコテンパンにしてやるわ!」
「え? でも、仮入部員だけの試合ですよね?」
側で聞いていた黒鉛字が女子生徒に聞き返す。ちっ。余計なことを。
「あら? ご存知かと。いいですわ。教えてあげます。今日のゲームは確かに『仮入部員だけが集まる』ゲーム。でも、参加するには二人一組で挑まなきゃならないの。そこで仮入部員が一人だった場合を考慮して、相手が同意の上なら、すでに部に所属している生徒を誘えるの。……そういえば黒鉛字さんはどの部に?」
「ここにいる紅さんの部です。たしか……【REwrite】という名前です」
ザワザワザワザワ────
「ほ、本当ですの……ッ!? そんな……まさかよりにもよって、あなたの部だなんて……ッ!!」
女子生徒だけじゃなく、他の生徒も驚く様にこっちを向いた。……あたしはまだこいつを入れるとは一言も言ってないのだが……。
すると突然、右手をビシッとあたしに指し、その女子生徒──たしか名前は……姫肖・タイル・セレナだ。……があたしに言った。
「今日のゲーム、私が勝ったら、黒鉛字さんを私の部に入れるわ! あなたがいる危険な部に、黒鉛字さんは入れさせない!」
「……別にこいつ……黒鉛字を【REwrite】に入れる気はない。持って帰りたければ好きにしろ」
「いいえ……。これはあなたへの挑戦状よ。戦わずに勝つなんて、私のプライドが許さないわ! いくらあなたが、またあの時の様に暴走する力を秘めていても、所詮はあの時だけ。聞いたわよ。あなた、あれから一度もアルティクロスを顕現させてないそうね?」
「……それが何? 向こうがビビッてくれるから、あたしは楽なんだけど」
「あなた……本当にお強いのかしら?」
「何が言いたい……?」
あたしが姫肖をにらむと、姫肖はそれを物ともせず、あたしに言った。
「あなたのアルティクロスは欠陥品のガラクタなのよ」
「……今、なんつった……!」
「ガ・ラ・ク・タって言ったのよ」
あたしは反射的に彼女の胸倉を掴んでそのままパンチ────を、黒鉛字に止められた。
「ストップ!」
「ッ! お前……! って、どけ! 殴らねえとあたしの気が収まんねえ!」
「だからストップと言ったんだ!」
黒鉛字がさわやかな笑顔のマスクを外し、鋭い眼光であたしと姫肖の間に入った。そして姫肖に向かって言った。
「悪いけど、姫肖さんの部に入る気はない。いや、今の言葉を聞いて入りたくなくなった」
「今の……?」
「────……人の心を侮辱する部には入りたくない……ッ!!」
「お前……」
「それでも────」
「それでも僕を君の部に入れさせたいのなら、一つ、条件を出そう」
「条件……?」
「……僕は自分のアルティクロスを顕現させない」
「…………は?」
「ふふ! おほほほ! 何を言うかと思えば、そう……いいわ。ほぼ勝ったも同然ね」
姫肖が高飛車なお嬢様のように高笑いする。その様子を不思議がる黒鉛字があたしに小さい声で質問してきた。
「……彼女は何故笑っているんだ? 君はアルティクロスを使えない訳じゃないのだろう?」
「はああ……」
あたしが呆れていると、その答えを笑い疲れた姫肖が言った。
「────紅さんのアルティクロスは今、禁止されているのよ」
◇◇◇
時間は進み、昼食の時間。流石に色々言わねばならないことが多いので、仕方なく黒鉛字を部室に呼び、お昼の卵とハムのサンドイッチを口に入れながら、会話していた。
「────……以上。とりあえずゲームの説明は終わり。まあ要は、戦ってゲーム終了時間までにイスを見つけて、守ってゲットした方が勝ち。それだけ」
「……本当にイスとりゲームなんですね……」
「……で」
コホンと咳払いをしてから、あたしの今の境遇について話した。
「……あのクソ女が言ったようにあたしは今、アルティクロスを使えない」
「それは……暴走した……って何か言っていた事と関係が?」
……事件の事は知っているはずなのに、聞くところを見ると、裏付けか何か。まあいい。
「……長くなるから簡単に説明するが、あたしは入学してこの部に入った数日後に、放課後の仮入部員戦で一緒に入った中学からの親友……青野準子を、あたしのアルティクロスが暴走したせいで高所から落ちた。んで、亡くなった。……だから、また暴走を恐れた先生たちから、使用を禁止……もとい、正確には制限されている」
「顕現させるのはダメってこと?」
「……ああ。だからほら」
あたしは自分のアルティクロス──《紅鉛筆》で、指先を紅く発光させ、空中に花丸を描いた。己のアルティクロスを顕現させず、滲みだしたエネルギー──《文心》。誰でも使える初級魔法みたいなやつをあたしは黒鉛字に見せた。
「なるほど……。そのアルティクロスを顕現させる許可って、どうしたら解除出来ます?」
「はあ? いや、だから。危ないから禁止にされているわけで────」
「それは君が皆を巻き込みたくないからですよね?」
「ッ!」
こいつ……。何であたしが思っていたことを……。軍には気持ちを読み取る訓練でもあるのか……?
あたしが何も言えずにいると、黒鉛字が突拍子もないことを言う。
「今から許可、もらいに行きましょうか!」
「…………は?」
「ああでも、紅さんはここでお昼食べていて下さい。僕が電話するだけなので」
「……お前、本当に何者なんだよ……?」
「ん~……そのことはいづれ話すかな?」
「あーそうかよ。ならさっさと電話かけろ」
あたしがそう言うと、黒鉛字は「ちょっと待っていて下さい」と言い残し、部室を出た。気になったあたしが聞き耳を立てると、微かに「……ええ。はい。そうです……」というブツ切りの声が聞こえたが、流石に会話内容は聞こえなかった。
そして静かになり、また部室に入って来る。あたしが何食わぬ顔でコーヒーを飲んでいると、黒鉛字が一言。
「アルティクロス、使用許可下りたよ」
「……はあっ!? 嘘でしょ?」
「いや本当。何だったら今後も使っていいってさ」
「誰が?」
「ここの学園長」
「はああああ!?」
「ただし────」
黒鉛字が拳を突き出し、あのさわやか笑顔ではない、真剣な表情であたしに言った。
「僕が君のアルティクロスを指導する」