一ページ目 謎の転校生
「転校生の黒鉛字尖斗です」
『キャー! カッコイイ!』
周りの女子生徒達が騒ぎ出す。あたしから見ても、この転校生はイケメンだと思う。服装はよくある上下黒い学ランのセット。髪型といい、スタイルといい、まさにさわやかイケメンだった。
だが生憎、あたしはイケメンに興味を抱いたことがない。そもそも顔が良いだとか、細マッチョだとか、お金を持っているだとか、そういったものに縁がない。つい先日、十七歳の誕生日を迎えても、あたしの興味は湧かなかった。
選り好みしていると思われそうだが、そんなことはない。現にあたしはわりとモテてる方だった。
ただ、『男』という存在に関心がなく、何だったら敵として捉えてしまうことが多いので、告白してきた人達を断って来ただけである。今は諸事情で男女問わず話しかけられる事すらなくなったが。
教壇で優しい笑顔を振りまく転校生を一番後ろの窓際の席で、頬杖を付きながらぼーっと見ていると、スタスタとこちらに向かって歩いてくる。
目線だけ送っていると、彼はあたしの右隣りにある空席にちょこんと座った。…………って、隣?
ぼーっとした顔を一変させ、ビクンと身体を震わせながら席を立った。
「えっ!? 何で隣────」
「空いていたの、紅の横しかなかったからなぁ~。仲良くしろよ~……さて、授業始めるぞ~。教科書三十四ページ、レッスンⅢの──」
「ま、待って下さいせんせー!! あたし、聞いてないんですけど!?」
「聞いてない方が悪い」
それを言われると耳が痛い……じゃなくて!
「何であたしの隣なんですか! あたし、隣に男がいると気が散るから無理って、前に言いましたよね?」
「ああ、そういえばそうだったか。ま、アレルギーでもあるまいし、大丈夫だろう~」
「ええ……」
あたしが嫌な顔を浮かべていると、近くの女子生徒がこそこそと、私に聞こえる様に呟いた。
「ちょっとモテるからって、転校生がかわいそ~」
「そうそう」
「私が隣になりたいのに!」
こいつら……仕方ない。我慢せざるを得ない。
「…………」
静かに席に座り直したあたしは、机の中から取り出した教科書を上に置くと、不機嫌な顔つきで窓の外を見つめた。
────放課後、いつもの準備を済ませ、足早に教室から出ようとしたその時、例の転校生に声をかけられた。
「ねえ、どこ行くの?」
「……言わない。周りに聞けば?」
「君に質問しているんだけど……」
……何だこいつ? 顔だけじゃなくて言葉遣いもイケメンっぽく装うのか? 演技臭くて怪しいわ。だがまぁ、無視はしないでやろう。
「……言わない。知りたきゃ勝手に付いてきな。他の生徒に嫌われても良いのならだけど」
あたしは振り返らず、ぴしゃりと教室のドアを閉めると、騒ぎを聞きつけた他のクラスの生徒を横目に、あの場所へ向かった。
あの場所────あたしが所属している部室へ。
「ちわーっす」
「おおー! 紅ちゃんいらっしゃい! 紅茶飲む? 紅ちゃんだけに」
「コーヒーブラックで」
「なんでキャラ崩壊するようなものにするかなー紅ちゃんはー!」
「そういう先輩は相変わらず子供みたいに元気っすねー」
「そうそう子供の様に元気いっぱい……って子供とちゃうわー!!」
ドカッと黒いソファーに腰掛けると、紅い折り畳み式のテーブルをソファーまで手を伸ばして寄せる。その上に先輩が奥の台所から持ってきたコーヒーカップを、そのテーブルに置いた。どうやら先輩も飲むらしい。
「あれ? 先輩がコーヒーとは、珍しいっすね」
「んー? 違うよ? これはお客さんのだぞー?」
「お客?」
あたしがコーヒーを口に運びながらドアの方に視線を向けると、あいつが笑顔でこっちに手を振っていた。
ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……ッ!!
漫画の様に勢いよく口に含んでいたコーヒーを壁に向かって噴射した。いや、それよりも何でこいつ、ここに? あれはあたしからの『来るなよ』の警告のつもりだったのだが……?
「あー……彼氏じゃあなさそうだね」
「当たり前でしょ! てか、あたしは男が嫌いだっていつも言っているじゃないすか!」
嫌悪感バリバリの表情で、あたしはソファーの端っこに移動すると、あいつは近くにあったパイプ椅子を組み立てて座った。
「それで、それで、君は何しに来たのかな? 紅ちゃんについてきたって感じだけど……あ、私は鷲野眼瞳。見た目は中学生だけど、これでも一応、三年生のお姉ちゃんだぞ☆」
先輩が自己紹介すると「よろしくお願いします。先輩」とだけ言い、あたしに目線を向けた。
「……何……?」
「えーっと、その……君の名前、まだ教室で聞いてなかったから……」
「……せんせーがあたしを呼んだ時、聞こえただろ……」
「いや、下の名前……」
……うわぁ……だるい。何故貴様に教えねばならんのだ。男は嫌いだと、せんせーとの会話で聞こえていたはずだろ……。
「まあ紅ちゃんも名前くらい、いいんじゃない?」
「なるほど! 紅ちゃん、ですね」
「次、その名で呼んだらお前を殺す!!」
「ごめん、ごめん……」
「……紅要」
「────ッ!」
あたしが名前を言った途端、あいつの顔が真っ青になる。特に変な事を言った覚えはないのだが……?
「何だよ、あたしの名前がそんなに変か?」
「ああ、いや! ……君に似た人と知り合いで、その……そっくりだったから」
「まさか! 紅ちゃんにお姉ちゃんも妹ちゃんもいないよー? お兄さんは聞いたことあるけど」
「ッ! それはすみません」
人違いでここまで来るとは、はなはだ胡散臭いやつだ。絶対何かある。どこかのスパイみたいな……さぐりをいれてみるか?
「……なぁあんた、実はスパイとか、お尋ね者とかじゃないだろうな? あたしから見るとその上手すぎる笑顔に違和感があるんだけど?」
「はは。そんなわけないじゃないですか! 大体僕はまだ高校生ですよ?」
「どうだか……。とある事件を調査するために入った~とかありそうだろ」
あたしが腕を組んで怪しんでいると、突然イケメンが立ち上がり叫んだ。
「あなたには関係ない……ッ!」
教室では見せなかったその物言いに、あたしは少し驚いた。
「……悪かった。代わりに転校してきたあんたに、ここのことを教えてやる。黙って聞け」
────【聖オルタナティブ学園】
この学園にはルールがある。入学した者と教師に一つずつ与えられる【アルティクロス】と呼ばれる学園最高機密の兵器で、政府が──つまりこの国の軍が管理している。
学園設立当初は無差別に使い過ぎて、窓や壁、廊下などがボロボロになったため、使える場所をそのボロボロになってしまった旧校舎及びその中庭、グラウンドなどに変更。そして一番に変わった点、それが────
「──兵器による《イスとりゲーム》。ここはその拠点で名前は【REwrite】。あたしと先輩、あと顧問の篠崎蝶華先生が所属する部室だ。ここでは【アルティクロス】を使っても怒られない。他の部も名前が違うだけで活動内容は全部一緒。……ほら、もういいだろ? ここはあんたが来る場所じゃない。さっさと帰んな」
あたしはぶっきらぼうに目の前にいるイケメンに帰るよう指示する……がしかし、
「じゃあ僕もここに入れば、居てもいいってことですよね?」
「……はああ!? あんた、今の聞いていたか? ……いや、それ以前に、あんたの【アルティクロス】次第では、入れない可能性だってあるんだけど?」
「まあまあ。紅ちゃん落ち着いて。ならテストしよう。君がここに入られる素質を持っているかの、ね?」
「わかりました。……それで、そのテストとは?」
「さっき、ここは部室って言ったよね? つまりここ以外にも部室、部活はあるということ。それすなわち……」
先輩が良からぬことを考えていることは、あたしにもわかった。
「すなわち?」
イケメンが先輩に尋ねると、先輩はウインクしながら答えた。
「────君に《イスとりゲーム》に出てもらう」
「イスとりゲーム……?」
本気でわからない顔をするこのイケメンに飽きれつつ、あたしが内容を説明する。
「はぁあああ……あんた、この学園に来た時、ここの学園長から聞いてなかったのか? ……まあいい。《イスとりゲーム》ってのは、その名の通り、学園のどこかにある椅子を奪い合うここの校則みたいなものだ。あたしと先輩、他の生徒たちも、同じ様に椅子を狙う部……要は【チーム】を組んで、それぞれのアルティクロスで部のランキングを上げていく。ちょうど明日の放課後、仮入部員のゲームがあって、チャイムが鳴ったらスタートする」
「なるほど……。それで……この部のランキングは?」
「ふっふっふ。何と二位なのだ!」
先輩が誇らしげにイケメンに言うと、イケメンが聞き返す。
「それは……何チーム中でそれなのですか?」
「二十チームだね。と言っても実質十チームが上位ランカーと戦っている感じだけど」
「ん? それは一体……?」
イケメンが首を傾げる。はぁ……感が鈍いな、こいつ。
「予選落ちみたいな感じと思ってくれて構わないかな。ここで言うと反感を食らいそうだけど、実際のところ紅ちゃん一人でもその数を相手にとれる位、弱いんだよね……たまに強い子がいるくらい」
先輩の説明を受けて、ようやくイケメンが納得した。
「ああ~。つまり戦うまでもない相手ってことですか」
「まあ、そういうことだね。で! ここが本題なんだけど」
「あ、はい」
先輩がイケメンの前に仁王立ちすると、ビシッと指を顔に向けて言った。
「君には我が部の仮入部員として、一人で出てもらう。それがこの部に入る条件」
「ええ!? ひ、一人ですか……」
「と言っても戦うチームはさっき言った下位チームの人達だけどね」
イケメンがむむむと唸っているが、あたしから見るとその表情には、余裕があるように見えた。……やっぱりこいつ、何か隠している。けどまあ、戦えばそれも隠し通せないだろう。昨日ニュースで見た、アルティクロスを使えるサイボーグとかではなさそうだし……。
「場所は旧校舎ですか?」
「の、グラウンドだと思う。この時期は君の様に転入生も多いから、まあ俗にいう《仮入部員対決》みたいな感じだね」
「他の参加者のアルティクロスは判明しているんですか?」
その質問にはあたしが答えた。というか、先輩に言わせなかった。
「いやあ~それがわかんねぇんだよなあ~。でもまあ? イケメンなあんたなら、別に知らなくても楽勝なんじゃない?」
あたしは敢えて、その情報を言わなかった。ぶっちゃけ先輩はともかく、あたしも分からないし、なにより、こいつの正体を探るための作戦だ。あと、この部に入る気ならばこのくらいのハンデがあっても当然だ。あたしが入部した時は先輩から聞いたけど、実際それが役に立つことはなかったし。
「うーん……。それは仕方ないですね。わかりました。ルールについては明日、聞くことにして、今日の所はこれで帰ります。では、また明日です。紅さん、先輩も」
「あーはいはい。帰れ、帰れ。全く。やっとリラックスできる」
先輩に一礼し、イケメンこと、黒鉛字尖斗は部屋を出ていった。本人の前では言えなかったが、この部に男は要らん。せめて可愛い女の子の後輩なら歓迎するのに。……といってもまだあたしは一年だから後輩も何もないけど。
あたしがコキコキと首を回しながら、残ったコーヒーを飲み干し、先輩にあいつのことを聞いた。
「…………で先輩。どうなんですか。あいつ」
あたしがスカートのポケットから【ココアシガレット】を取り出し、タバコを吹かす様に先輩の口に咥えさせると、コリッと音を立てながら咀嚼し始める。先ほどの可愛げなオーラを完全に消し、冷酷な女王様オーラを醸し出した先輩があたしに言った。
「率直に言って、おそらく彼は軍の人間だね」
「軍……ですか。しかし、なぜここに?」
「細かいことはまだわからないけど、一つだけ分かったことがある」
先輩が二本目を催促すると、すかさずあたしが咥えさせた。そして────
「────彼は紅ちゃんの事件を知っている」
「……ッ!」
あたしの眼が大きく開く。そうか。だからあいつはあたしを追っていたのか。なるほどね。しかし、先輩のアルティクロスはやっぱりすごい。かの椅子に座っただけのことはある。
「使ったんですね。あいつに」
「まあね。なかなか隙を見つけるのに苦労したけど、椅子に座る直前にパパっと見た」
先輩の【アルティクロス】。それは見た人間、生物など、あらゆる生命の心を見透かす力────《虫眼鏡》。
対象の心を読み、行動やどんなアルティクロスも持っているかなどが分かる。それだけじゃなく、顕現させた際、周りの光を一点に吸収し放つ攻撃技や、目暗ましなど、行動を抑制する防御技もある。まさに攻防共に優れたアルティクロスだ。
その力で二年前、玉座を獲得した。……しかし二年生の時、突如転入し、新設された【REwrite】最大の敵チーム【ERASER】のトップ『箱峰握人』によって、イスを取られたらしい。
そして今年、あたしが春に入学し、この部に入ったあたしは一度だけ、自分のアルティクロスを使って一年生のトップにいる。一度しか使わなかったのには訳がある。先ほど出たあたしの事件がまさに理由だ。
入部後、仮入部員戦であたしは、自分のアルティクロスを暴走させてしまい、当時あたしとタッグを組んでいた彼女を────殺してしまった。
学園は暴走だったこともあり、公にはせず、彼女は事故で亡くなった扱いになった。その日の戦いは、あたしがまた殺されると思い込んだ生徒が、あたしの周りから勝手に去っていき、何の障害もなく、椅子を手にした。
その日より、あたしの噂が広まり、近づくだけで殺される《破滅の紅》という異名を付けられ、孤立した。
暴走を止められずに殺してしまったという真実を知っているのは、学園長、篠崎先生、そしてアルティクロスを使って心を覗いた先輩の三人だけ。
入部当時、先輩の戦闘経験は相当なものだったが、この『人の心を覗く』力があるということを、誰も知らなかった。当然あたしも知らなかった。
事件後、先輩に心を覗かれ、一番悔しい思いをしているあたしをとても気づかい、この【REwrite】というあたしの居場所を先輩は歓迎くれた。だから……。
「────本来関係ない人をあたしはこの部に入れたくない。それは先輩も知っているはずですよね?」
あたしの問いに先輩は、新しい紅茶のティーバッグを前に飲んでいたであろうマグカップに入れながら、静かに答えた。
「優しいね、紅ちゃんは。ここに来る人も、出来るだけ心配かけない様にしているんだもん」
「そっ! そんなんじゃないっすよ……! あたしが出来ることはこれくらいしかなかったからです……」
……そう。嫌われるのならそれでいい。それで誰も傷つかないのなら、あたしはそれで十分だ。実際、あたしの【アルティクロス】──《紅鉛筆》はそんな欠陥品。正確には、欠陥品になってしまったのだが。
◇◇◇
────事件が起きた時、隣にいたあたしの親友、『青野準子』が顕現させた【アルティクロス】──《蒼鉛筆》に突如異変が起き、暴走を始めた。それに呼応するよう、あたしのアルティクロスが勝手に顕現し、暴走。そして彼女のアルティクロスを飲み込むと、目の前にいた対戦相手の男子生徒諸とも吹き飛ばし、男子生徒は何とか助かったみたいだが、準子は校舎の四階から地上に落ちてしまった。準子を早く助けに行くためにも、屋上にある椅子を取って、ゲームを終わらせに走った。
……五分後、動かない彼女を泣き崩れながら見ていたあたしは、教師の面々がその遺体を救急車で移送させるのを見ていた。
あの日以来、あたしは自分のアルティクロスを顕現させていない。そもそも顕現させなくても睨んでおけば、大概の対戦相手が退いてくれる。あたし自身も顕現させた際、また暴走するかもしれないと、心のどこかで思っている節はある。
「────あのイケメン君、きっと紅ちゃんに大事な事を教えてくれる気がするよ」
「え? 何ですか、それ?」
「彼のアルティクロスが紅ちゃんと似ているから」
「あー! そうだ、見たんすよね? 何なんですか、あいつの」
「だから、紅ちゃんと似ているって言ったじゃん。でもまあ、どう扱うかは、明日のゲームを見てからだけどね」
「ケチ! いいじゃんか~。それくらい教えてくれても」
「私はあくまで、今全然コントロール出来ていない紅ちゃんの力を、上手く使える様になれるんじゃないかな~っと思っているの」
「……いいよ。別に。使えなくても」
「……それを彼女は望んでいないはずだよ? 彼女の思いは、紅ちゃんが一番知っているはずだよね?」
「うぐ……」
あたしが黙っていると、沸かしたてのお湯をカップに注いだ先輩が、戸棚からシュガーポッドを取り出し、あたしに見える様にスプーンで砂糖をすくって入れ始めた。
「このカップが紅ちゃんで、一杯砂糖を入れるとアルティクロスが生まれた。そして今現在、紅ちゃん以外に見たことも聞いたこともない、二杯目の砂糖……つまり彼女のアルティクロスが入った状態。これが今の紅ちゃん」
あたしはうなずきながらそれを見ていた。自分の中のアルティクロスがもう一つ混在する状況を整理する様に。すると先輩が手にしたティースプーンをカップに入れると、砂糖を混ぜ始める。
「今私がしている様に、二つのアルティクロスがきちんと混ざり合うことになれば、暴走の危険はないと、私は考えている」
「混ぜるって……簡単に言うけど、そもそも混ざっているのかも怪しいのに……。出してないから、確かめようもないけど」
「ま! 結局はそこなんだよねー。私が覗いた感じでは、確かに混ざってはいなくて、何ていうか……こう……フラフラしている感じかな」
「フラフラ?」
「初めてのことだから私も分かんないけど、ようは右手に紅ちゃんのアルティクロスが。左手に彼女のが。それらが互いに多く出たり、少なくなったりを繰り返している状態」
「じゃあやっぱり、今顕現させるのは危険ってことっすね?」
「急を要すること以外では、出さない方がいいね。私から見てもオススメは出来ない」
「うーん……」
「だから! 明日の彼の動きに注目して欲しいのだよ!」
「……ヒントがあるってことっすね?」
「そういう事…………んッ!」
カップに口を付けた先輩が熱かったと言わんばかりに短い舌を出した。少ししてチャイムが鳴った。先輩に手を振り、「お先です!」と言ってから、部室を後にした。