十七ページ目 狂人再び
「どこだ……? どこにいる……?」
あたしは偽物を探すため、先ほどの旧体育館付近を捜索していると、中庭に続く道すがら、何か光っているものを発見した。
「……?」
側まで寄ると、光っていたものの正体が判明した。
「これって……文心の纏いカスか……?」
通常、文心は身体の内部に存在するため、使用する際は腕や手、足などに意識を集中することで、限定的にオーラの様なものとして、纏うことが出来る。
それを様々な方向に向かってパンチやキックなどのアクションと共に放出することが出来る。仮入部試合の前半にあった文心の《殴り合い》とは、これのことだ。
しかし、殴るとは別に、しばらくの間、纏い続けることも出来る。だが、これをずっと続けることはそう容易ではない。あたしの知っている限りでは、一部の三年生の先輩方か、それこそ黒鉛字だけだ。そして今見つけたカスとはまさに、長時間キープし続けた結果、文心が弱まった瞬間に、ポロリと落ちる表皮みたいなものがこれだ。これの特徴は二つ。一つは微弱だが、光っていること。もう一つは────
「────近くにいる……ッ!」
スっと身をかがめ、辺りを警戒すると、人が隠れやすそうな茂みがいくつか目に入る。一か八か、右足に紅い文心を纏い、三つの草むらに向かって放つ。────しかし、特に反応はなく、ただ草が揺れただけだった。
「────ッ!? いない? ガ……ッ!?」
突然、背後から羽交い絞めされ、身動きが取れなくなる。おかしい……。あたしの後ろは校舎の壁。つまりそんなところに人が隠れられるスペースは存在しない。一体どうやって……。
「へへ……こいつはうまそうだな……!」
「くっ……! はなせ! この……ッ!」
「おっと、そいつは出来ない相談だな。紅要」
「あんたは誰だ……ッ!」
「俺様は貼本チェン。あの方の命により、お前を捕らえさせてもらうぞ」
「またあの方かよ……誰なんだよ、そいつは!」
「俺様も顔は見ちゃいねーよ。声だけだ。困ったことに、男とも女とも違う、機械音声の様な声だったな。ま、今はそんなこと、どうでもいいが……な……っ!」
「ぐお……ッ!」
身体を押さえられたまま、向きを百八十度回転し、あたしを壁にぶつけさせようとする。
「なめるな……ッ!」
自由がある下半身を持ち上げ、両足で壁を蹴る。このまま一気に────
「おらあ……ッ!」
横向きで貼本の顎に頭突きを食らわせ、驚いた拍子に上半身が解放された。これでまずは、戦う準備が整った。
「ちっ……このガキ……ッ!」
「ガキとは失礼だな。これでも一応、女子高校生なんだけどなぁ……?」
「…………ふっ」
「……?」
なんだ? 様子がおかしい。恐らくこいつが黒鉛字の偽物であることは間違いなさそうだ。あたしを捕らえることが目的であることも判明した。
大体こういう時、相手は逃げることが多い。それなのにこいつは逃げるどころか、まだ反撃の余地がある様にも見える。
「……なぁあんた、あたしを捕まえてどうするつもりだ?」
今すぐ誰かを呼びたいが、黒鉛字がらみとなると、うかつに人は呼べない。まずはこいつが知っている情報を聞き出してやる。さぁ、何か言え!
「はは! 別に取って食う訳じゃないさ! ま、お前の中にある核は食べるかもしれないが」
「核……? アルティクロスそのものってことか?」
「それ以上は言えないなぁ?」
……ちっ。上手く聞き出せなかった。アルティクロスを使って何をするつもりなんだ?
箱峰といい、あの方って奴も。大体、イスがないと騒いでいるこの状況下で何であたしを狙って────この状況?
「……なぁあんた。今、イスが盗まれているって話は知っているんだろ?」
「ああ? それがどうした?」
「ならまずは、あたしなんかよりも、イスを盗んだ犯人を探す方が先決じゃないのか?」
「ふん! 俺様には関係ないなぁ~。それよりも早く戦えよ!」
「んー? おかしいな? 今あんたやあたし、他の皆はあのイスがなきゃ恐ろしいことが起きるって、知らされて躍起になっている。それなのにあんたは、あたしを捕らえることに集中している様に見える。これっておかしくないか?」
「……何が言いたい?」
「あんたは知らないんだろ? イスが壊された場合に起きる最悪の結末を」
「な、なんだよ!」
「おお? 顔色が悪くなってきたんじゃねぇか。それともあれか? あんたが隠しているイスの心配でもしているんじゃないのか?」
「くっ……!」
ビンゴ! こいつがイスを盗んだ犯人で間違いない!
だが、イスがないといけない理由をこいつは知らない。おそらく箱峰に命令されただけ。あたしをおびき寄せるために。
「知らないのなら教えてやるよ! イスがないとあんたもあたしも、他の皆も、全員死ぬことになる! 死にたくなけりゃ、今すぐイスを隠した場所を言え! それでみんなが助かるんだ!」
「なっ……し、死ぬ……!? う、嘘だ! い、嫌だ! いやだ、いやだ、いやだああああああ……ッ!」
貼本の顔が青ざめ、恐怖で気が動転したのか、その場から逃げる様に中庭の方角へ、走っていった。
「あ! おい! だからイスはどこに! あーもうっ!」
イスの場所を知っている貼本を急いでで追いかけないと────
ズオン……ッ!!
「なにが起こって…………お前……ッ!?」
「おや……? またあなたですか。お連れは元気かな?」
あたしのすぐ後ろにあるコンクリートで出来た校舎裏の壁に、めり込んで気絶している貼本の姿があった。かなり威力の高い文心をぶつけられたのだろう。あの男に。
「箱峰……」
「覚えていてくれて光栄です。しかし、今の光景を忘れて下さいと言うには、少々無理がありそうですね」
「ああ。あたしの口は緩いから、うっかりしゃべっちまうかもしれないなぁ?」
「それはいけない! こんな姿を誰かに見られたとなれば、あの方もさぞ、お気に召さないだろう。ですから────」
箱峰が紳士の様なあいさつであたしに頭を下げると、顔を上げた次の瞬間……その顔は狂気に満ちていた。
「────あなたにはここで死んでいただきます……ッ!」