十六ページ目 二人の黒鉛字
「あ! 紅ちゃん!」
「先輩! お待たせしました!」
電話の後、すぐに黒いバンドTシャツにいつものスカジャンを着て、正門に向かうと、先輩がこちらに手を振っているのが見えた。その横に篠崎先生がスマホで誰かと話しているのが見える。
「遅れてすみません。あれ……? あいつは?」
「黒くんとは何故か連絡が取れないんだ。そっちかかけてみてくれるかい?」
あたしのスマホからも黒鉛字に電話を掛けるが、何故か繋がらず、電波が届かない云々と機械音声が流れるだけだった。
「ああ? なんで出ねぇんだよ! こんな時になにしているんだ!」
「仕方がない。黒くんは後にして、急いで学園付近を捜索するよ!」
「こんな時に言うのもあれなんですが、そんなにイスって重要な物なんですか?」
あたしが素朴な疑問を先輩に問うと、少し言うのを渋った様子で答えた。
「……一度手にした人だけが知る情報だから、絶対に言わないでくれるかい?」
「……うっす」
「……理由はたった一つ。あれを壊されると、自分のアルティクロスに取り込まれる────つまり、死ぬんだ」
「し、死ぬ……ッ!?」
「もちろんそれだけならましだけど、おそらくそのほとんどが暴走する。対処できる人間がいない状況でね」
「な……ッ!?」
だから学園側はメディアに準子のことを公表しなかったのか。
あたしたちの身体の中に、そんな化け物を飼わせている状況を伝えないために。暴走したあたしの力を少し前まで許可しなかったのは、しなかったのではなく、出来なかったからか! 黒鉛字があたしに指導するまでは……。
人工的にアルティクロスを融合させた黒鉛字が学園に──あの時話していた学園の理事長に許可をもらえたのは、力を制御出来ている黒鉛字だからこそ、だったという訳か。
「状況は大体わかった。それでどこを探せばいいんだ?」
「学園内は他の部長さんたちやその部員が探しているから、私とパピヨンは校舎裏を見て来る。紅ちゃんはまだ捜索されていない旧体育館を頼むよ!」
「うっす! 先輩たちも気を付けて!」
旧体育館と言えば先日、新入部員試合で黒鉛字と初めてタッグを組んだ場所だ。休日と言うのもあって、人手が少ないのだろう。ドタバタと色々な場所を探し回る、私服姿の生徒達が群がる中、あたしは旧体育館を目指して全力で走った。
息を切らしながら旧体育館へ着くと、前回の戦いの後が今も少し残っているのか、あと少しでバキっと言ってしまいそうな柱や小窓などがチラホラ見える。
「盗まれたってことは、絶対どこかに犯人がいるってことだよな……おっと!」
瓦礫に気を付けながら中へ入る。……と、奥で何かがサっと動いたのが見え、そこへ向かう。
「誰かいるのか! ……ん~? 誰もいない……おっと、なんだこれ?」
黒いペンの様な物が一つ、床に落ちていた。
手掛かりになるかも知れないと、あたしはそれをひょいと拾い上げて手に取る。どうやら重さは感じず、軽いようだが、振ってみるとカラカラと音が鳴り、何かが入っているみたいだ。
「ただのペン……にしては、細工が多い様な────あっ」
なんとなくキャップらしきところをクイっとひねる。するとカチッと音が鳴り、キャップが取れた。
「……あ、ヤバいかな……?」
正体不明の物をそんな雑に扱うと、絶対後で怒られるフラグだ。完全にミスったと思ったが、こうなった以上、腹をくくるしかない。ええい、ままよ!
手にしたキャップ部分を外すと、本来はペン先である部分は、誰しも一度は見たことがある、USBコネクタだった。
「はぁ……。爆発とかしなくてよかった」
ほっとするも、なぜこんなものがここにあったのか、疑問に思う。
「さっきの動いていた奴が置いていった? ん~だとしても何のために……?」
またも不可解な事件に巻き込まれていることは確かな様だ。それに、このタイミングで黒鉛字と連絡が付かないのも怪しい……。ということは、さっき見たのは黒鉛字なのか……?
「とりあえず正門に戻るか…………」
明らかに誰かがいた気はするが、戦闘にならないのであれば、それに越したことはない。相手がわからない以上、深追いはなしだ。
────見つけたペン以外、成果はなく、正門に戻ると、数名の生徒がたむろしていた。女子生徒が一人、男子が二人いる。
あまり近くには居たくないが、この状況では仕方がない。それに、しばらく黒鉛字と一緒に過ごしていたからか、男子耐性が上がっているのを実感する。近づいて見ると、女子生徒はあのお嬢様こと、姫肖だった。
「あら? あなたも呼ばれたのかしら?」
「まあな。……って、そっちもだろ?」
「わたくしは付き添いよ。何故高貴なるわたくしが動く必要はありませんもの」
「へいへい……あー、鷲野眼先輩見なかったか?」
またごちゃごちゃ言って、機嫌を損ねさせるのも面倒くさいので、テキトーに流して尋ねる。
「さあ? まだ探していらっしゃるのではないこと? ……それよりも、黒鉛字様はどこに?」
姫肖があたしの後ろをキョロキョロと覗き込む。残念ながら、誰も居ない。
「知らん。連絡もつかねぇから諦めた」
「……? どういうことですの? 黒鉛字様は先ほどあなたを追いかけて校舎の裏手に回っていったのよ? なぜ一緒にいないの?」
「はぁ? いや、だから! あたしは今日、一回もあいつと会ってねぇんだが?」
「とぼけないで下さる? わたくしは確かに! この眼で黒鉛字様を見たのよ? そこのお付き二人もそれを見たわ。そうでしょう? 」
「ええ」
「はい」
姫肖の問いかけに側にいた男子二人が首を縦に振る。姫肖以外も見かけたのであれば、正しいのだろう。
「はああ?」
一体どういうことだ? 電話に出なかったのは、そもそもすでに学園に来ていて先に探して────いや、それはない。仮にそうだとして、篠崎先生や、先輩に何も言わずに探す意味がない。捜索範囲を知るためにも、どこへ行ったかくらいは、伝えるだろう。じゃあ、一体……?
頭を悩ませていると、ポケットに入れていたスマホが揺れる。取り出して画面を見ると、そこには公衆電話からの着信であることがわかり、怪しいと思いつつ、繋げた。
「もしもし。どなた……って、お前かよ! 今どこに……箱根!? 何でそんなところに────修学旅行の下見!?」
スマホ越しに黒鉛字の声が聞こえる。一先ず、心配はしなくて良さそうだ。……全く。
『あれ? 鷲野眼先輩には伝えたんですけどね。ほら、この間の反省文を書いた日、職員室に教師がいなかったので探しに行ったら、廊下で偶然、墨田教頭とお会いしまして、プリントをお渡しした際に言われたんですよ。良かったら下見に行かないか? というわけです』
「だとしても、何で電話に出なかった────って、公衆電話なのはそういう訳か……」
『スマホの残りわずかな残量で、通知を見たらいっぱい来ていたのがわかったので、今電話しているところです! ……何かあったんですか?』
「イスが盗まれたんだよ。そんで、今皆で探しているところ」
『ああ、それで教頭が……。わかりました。急いで戻ります! お気をつけて!』
電話が切れ、プー、プーと、途切れる音が耳に残る。あいつのたまに抜けているなと感じる場面が何回かあったが、まさかここまでとはあたしも思わなかった。
ところで、本物が箱根にいるということは、姫肖が見たあいつが、犯人の可能性が高いことがわかった。これは助かる。犯人像が分かれば、皆も探しやすくなるし、遭遇率も上がる。
さっき、旧体育館で見たということは、まだ近くにいるはずだ。先輩に連絡して一緒に掴まえてやる!
「うっし! いっちょ、やりますか!」
あたしは手のひらに拳を打ち付け、気合を入れ直した。