十一ページ目 居場所
先生達を心配しつつ、様子を見ていると、校舎の陰から黒鉛字が現れた。連絡すると言ってから数分が経った。何か情報を得たのかもしれない。
「黒鉛字! どう……だっ……?」
ひどく落ち込んで……いや、それよりひどい。まるで自分の居場所を失ったかのような眼をしている。何を言われたんだ?
「黒鉛字……?」
「ッ! …………何でもない────」
「────な訳ないだろ……ッ!」
「ッ!?」
まただ。またこいつは何かを隠した。ちょっと前のあたしと同じ様に。そしてあの事件で責任を背負い込んだあいつを……今度はあたしが助ける……ッ!
「要さん……?」
「ちょうどいいから言わせてもらう。お前がここに現れてからあたしの人生は狂いっぱなしだ。おまけにそのイケメン面の性で誤解だらけだし。そのくせあたしを助けようとする。本来REwriteは先輩があたしを匿うために存在する部だ。イス取りに興味がない訳じゃないが、それは二番目に重要なだけだ! だからお前みたいな胡散臭い奴を部に入れたくなかった」
「ええ。そうですね。僕が勝手にしていることですし」
「ああそうだ。お前は部に入るべきじゃなかった。いや! ここに帰って来ることもなかった。お前があれを連れてきたにすぎない!」
「ええそうですよ! 僕が……僕が何もしなければ、こんな事にはならなかった! でも起きてしまった! だからその罪を償うために────」
「勝手に決めつけんなあああああ……ッ!」
黒鉛字の頬を思いきり殴る。そして倒れた黒鉛字の襟をグッと掴み、その濁った眼を見つめる。あたしはこの眼が大嫌いだ。まるであの日、友を失って絶望に満ちた自分を見ていると思ってしまうから。
「お前があたしのアルティクロスを指導したように、今度はあたしが、その腐り切った根性叩きなおしてやる……ッ! いいか? お前の居場所はREwriteだ! あたしの思いを受け止めたここなら、お前のその罪くらい、受け止めてやる……ッ!」
……久しぶりにスカッとした。胸に溜まっていたモヤモヤを全部吐き出して、全部全部、言ってやった! 周りがグラウンドに注目してくれて助かった。もし見られていたらめちゃくちゃ恥ずかしい……。
あっけにとられた表情の黒鉛字を掴んでいた左手をパっと離し、荒くなった呼吸を整える。すると、黒鉛字がふいに笑い始めた。
「な、何がおかしいんだよ……ッ///」
「あははははっ! はあ……。要さん」
「……ああ?」
「やっぱり僕、あなたのこと好きです」
「は、はあああ!? 何言って────」
突然、口に変な感触が生まれた。いや、分かっている。これはあれだ。キスだ。今あたしは黒鉛字に腕を引き寄せられ、そのままキスをされたんだ。…………え?
「~~~~ッ!? ///」
少しして、唇から黒鉛字のそれがそっと離れた。ダメだ。頭がボーっとする。それでいてあたしの中に湧き上がるような何か熱いものを感じた。それは揺れ動く心の様に、ブルブルと震えて。この感じ……前にもあった様な……?
「ありがとう。要さん。おかげで目が覚めました。そしてこれからはもう隠したりしないとここで誓います」
「……おう。それで、何があったんだ?」
フニャフニャになりそうな身体をシャキッとするように、黒鉛字に聞いた。……いきなりあんなのはズルい……///
「状況は最悪です。まずお伝えしたいことが一つ。僕は軍から除名されました」
「おいおい、そんな冗談────」
「それともう一つ。裏で軍を操っている何者かがいます。今からそいつを殴りに行きます。どうです? 一緒に」
黒鉛字の魅せた作り物ではないその笑顔に、あたしは答える様に笑った。
「行くに決まってんだろ、そんなもん……ッ!」
「────本当にこんなところにあるのかよ……?」
「少しは信用してください。さっきの要さんはどこに行ったのですか」
グラウンドに突如として現れた生物に皆が注目している隙に、あたしと黒鉛字はここから一番近い軍の施設へと向かっていた。というのも、黒鉛字曰く、「灯台下暗しじゃないですが、僕の勘で、学園から一番近い所がかなり怪しいと踏んでいます」とのことで向かっているが、どこを見てもただの住宅街で、平和そうに見える。しいて言えば人通りが少ないくらいだ。
「……まだかよ?」
「この先です……っと、あった」
「ここって────」
あたしたちの前にあるのは、高級ブランドを身に着けた人々が良く出入りする、巷では『芸能人の密会所』と言われている高級ホテルだった。まぁ実際に芸能人を見かけたことはないのだが……。
「いやぁ……黒鉛字さん、ここは流石にいないんじゃ?」
「……軍に入った時、同じこと言った気がします……っと、これでよし!」
慣れた手つきでホテルの外壁に設置された電極操作の様な箱を開け、その中にある一から九の数字盤をパパパっと操作した。すると────
ゴゴゴゴ────
「マジかよ…………」
外壁が後ろに下がり、階段が現れた。
◇◇◇
階段を上り、少し先にあったエレベーターで昇られる最大階層まで、一気に上がった。黒鉛字曰く、元々は軍の出入り用に設置されたものだが、使われることがほとんどなくなり、十五階あるこのホテルの十階までしか作られておらず、あとは階段を上らなければならない。ということで、現状最大階層である十階に到着したのだが……。
「……やけに静かだな?」
「となると外れだったかもしれないですね……」
「おい、本当だったらどうすんだよ。ここ以外で施設までまた走るのか? そうこうしていたらオルタ杯も終わるかも知れねぇぞ」
「その時はまた来年頑張りましょう。なに、僕達はあと二回ありますし」
「そういう問題じゃねぇ……ん? あれか、階段」
慎重にフロアを見ていくと、あたしが指刺した先に階段が見えた。というか、何故あたしが先に見つかるんだよ。本当にこいつ、ここに入ったのか?
「さすがですね。行きましょう。……いやあ。助かりました。長いこと来ていなかったので、どうも忘れていました」
「はぁ……」
ため息を吐きつつ、階段へ続く廊下を歩いていると、いきなり何かが飛び出して来た。
「危ない!」
「キャッ!?」
思わず変な声を出してしまった。何だ『キャッ』って……。それと、黒鉛字が庇ってくれたおかげで助かった。
「要さん……今の……」
「ほ、ほっとけ……ッ///」
顔を赤くしていると、両脇から細身の男が二人、あたしたちの前に現れた。ちっ。バレたか。
「……ッ! 君達は……まさか……ッ!?」
黒鉛字が驚く。知り合いか……? だとしても、いきなり飛び出してくるということは間違いなく、敵だろう。
「よぉ、尖斗」
「久しぶりかしら?」
「……修正直人に米古月紀子……。何故ここに……。あなた方は軍の人間ではないはず」
「あの方が入れて下さったの。本当に感謝しているわ」
「おかげで以前とは比べ物にならない程────強くなったんだよぉ……ッ!」
ズゥン……ッ!!
修正が繰り出した強烈な勢いの文心に、黒鉛字が対応出来ず、後ろの壁に吹き飛ばされた。なんだ、この威力。普通じゃない!
「黒鉛字! くっ! おらあ……ッ!」
右足に溜めた紅い文心を、回し蹴りの要領で修正に放つ。……が、
「きかねぇなぁ……? お前、誰だぁ?」
「なっ!? うっ……ッ!」
あたしが放った文心を片手で打ち消し、一瞬にして背後に回った!? く、首が……ぐぐっ!
「黒鉛字……」
「おいおい、あいつの心配する暇がお前にあるのかぁ? ああっ?」
「うああああ……ッ! うう……この……ッ!」
こんな時、一番効く場所をあたしは知っている。どんな屈強なマッチョでも一瞬たじろぐ、男にのみにある急所。あたしは蹴り上げる様にわずかに溜めた文心を、首を絞めている修正の股間めがけて放った。
「おごおッ!?」
「けほっ! このやろ……ッ!」
大事なところを押さえている修正に向かってもう一発、今度は顎を思いきり蹴飛ばした。
ドンと後ろに倒れた修正を確認すると、黒鉛字の元へ急いで────ッ!? 足が動かない!?
視線を落とすと、靴に何かがへばりついている。いっそ靴を脱ぎたいところだが、廊下に散らばったガラス破片が刺さっては状況が悪化してしまう。そうこうしているうちに倒れていた修正が起き上がる。さらに、おそらくこの靴の裏に何かを付けた本人、米古月が背後からゆっくりとこちらに歩いてくる。ここまでか……。
歯を食いしばり、足を前へ前へと動かすが、ビクともしない。
「くそっ! くそっ! くそっ!」
頼む! 動いてくれ! こんなところで立ち止まっていたら、学園の皆も、あたしの居場所も、準子の思いも守れやしねぇ……ッ! あたしは前へ進むと決めたんだ! その上でイスも取ると! 入部早々、事件に巻き込むあいつの罪も、全部あたしが背負うと決めたんだあああああああ……ッ!
「うおおおおおおお…………ッ!!」
ベキ、ベキ、ベキ…………
へばりつく何かを無理やり引きはがそうとするが、時間がかかる。こうしている間に再び立ち上がった修正が首をコキコキ傾けながら話し出す。
「俺達はなぁ。最初にもらったアルティクロスを使いこなすことが出来なかったんだ。来る日も来る日も、使える様に特訓したが、どうもしっくりこねぇ。お前の後ろにいる米古月は、心が持たなくなったことが原因で、一時的に文心も使えなくなった。それがどうだ? 箱峰さんからもらった《修正テープ》とあいつがもらった《のりテープ》は、まるで俺達を待っていたかのように使えた。元々弱くてランキング外だった俺達は、【イレイサー】と合併したことでついにイスをゲット出来た。これも全て、箱峰さんのおかげだ。そしてあの方の計らいでここを守れとご命令を承った際には、感極まった程だ。そのご恩のためにお前らを倒す────いや、殺しても問題にならねぇだろうなぁ……だから……死ねええええ……ッ!」
修正があたしの顔面目掛けて拳を振り上げた────その時だった。
ズダーーーーン……ッ!
「お、ああ……!?」
米古月の後ろから放たれた黒い文心の光が、修正の後頭部を直撃し、あたしの前にドサッと倒れた。これは前に姫肖に向かってやっていたあの技……ッ! ということは────
「……言ったはずですよ。君を守るのが僕の使命だと」
「黒鉛字……ッ!」
よかった。無事だったか……全く、心配させやがる。
「キッ! 何なのよ、あんた……ッ!」
「あたしらが何者かって? ……ふん!」
彼等の問いに、拘束が弱まったのか、靴に張り付いていたものを気合で蹴り飛ばしながら答えた。
「────グダグダ書かれたその文字を、書き変えに来た……ッ!」