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状況を整理しよう。あたしは準子のお父さんが何者かによって怪物にされたのを気絶させ、黒鉛字と過去に会っていた事を理解し、準子のアルティクロス──《蒼鉛筆》とあたしの《紅鉛筆》が完全に混ざり合ったところであたしの意識が途切れた。
そして保健室のベッドでしばらく安静にした後、目が覚めたあたしに、今目の前にいる爽やか風イケメンもとい黒鉛字が突然、「付き合って欲しい」と懇願してきたのである。
……どうしてこうなったのだろうか……。その真相を探るためにあたしはジャングルの奥地に────
バシッ!
「はっ! 今のは……ッ!?」
「……大丈夫、紅ちゃん? 落ち着いて。ジャングルには行かないよ?」
「先輩! あたし、今、何か……」
先輩が物凄く心配そうな表情をしている。え? 何!? こわい! あたし、何を……?
「ほらしっかり謝りなよ。紅ちゃんがこうなったの、黒君のせいだぞ?」
「本当に申し訳ありませんでした」
「黒鉛字? え? あたしになにを────……あああああああ……ッ///」
断片的に思い出したその記憶で顔が真っ赤になる。そうだ。こいつ、いきなりあたしに告白してきて────
「落ち着いてください! 要さんが好きなのは事実ですが、この場合の付き合ってくださいは、そっちじゃなくてですね──」
「す、す、す、好きいいい~~!? ば、バッカじゃねえの、おまええええ……ッ///」
黒鉛字の追い打ちに頭が混乱する。そういうのはデートとかしてからするものだろうが……ッ! 二人で一日中遊んで、帰る前に観覧車に乗ってそこから映る花火とかをバックに告白してきて……って、何言わせんだ。このバカが……ッ!?
「うううう~~///」
「よしよ~~し。もう大丈夫だぞ~~。黒君、君はもう何も言わないで。とりあえず今は」
「……はい。すみませんでした」
先輩の小さくも大きく感じたその胸に顔をうずめながら、自分が落ち着くために話題を変えた。
「……それで……? 【オルタ杯】のことは?」
「おっと、そうだった。どうする? やっぱり棄権する?」
先輩に尋ねられ、顔をうずめたまま、黒鉛字に指さして言った。
「こいつ、今年は出場無しで!」
「だってさ。諦めな」
「要さんが望むのなら、受け入れるしかありません」
「よし! 今年も頑張るよ、紅ちゃん! ほらもう泣かない!」
「…………うん」
その言葉に励まされたあたしは、その目の周りが少し腫れた赤い顔を上げた。
◇◇◇
気持ちが落ち着いてきた頃、先輩が食堂横の自販機で買って来てくれたコーヒー(もちろんブラック)を受け取り、ホッと一息ついていると、保健室の主が静かにドアを開けてやって来た。
「お、少しは落ち着いた様子だな。安心しろ。紅がやったことは『正当防衛』とみなされたから退学にはならん。明日、事情聴取しに警察が尋ねて来るがな」
「さすがパピヨン!」
「篠崎先生! ありがとうございます」
先輩とあたしがその白衣を着た教師にお礼を言う。……っと、そうだ、黒鉛字は初めてか。
「え~っと……?」
黒鉛字がポリポリと頭を掻いているので、あたしが先生を紹介した。
「黒鉛字、この人が【REwrite】の顧問、篠崎蝶華先生だ。先輩から名前くらいは聞いただろ? ほら、初めて部室来た時に」
「ああー! この方が! ……えー、どうも初めまして。黒鉛字尖斗です」
「うん。君のことはよーく知っている。初日から紅をサポートしてくれて助かった。歓迎するよ、ようこそ【REwrite】にいいいいいいいいいいい……っ!!」
胸ポケットから取り出した缶コーヒー(微糖)を勢いよくプシュッと開けながら言うもんだから、コーヒーが吹き出し、盛大に顔にかかってしまう。
『はぁ……』
先輩とあたしが額に手を当てる。毎回こうだ。何か決め台詞的な発言をするとほぼ百パーセント、不幸が訪れる。……可愛いからいいけど。
「ああ! 大丈夫ですか? なにか拭く物を……!」
黒鉛字がベッドの横に置いてあった布地を手に取り先生に渡す。が、ここで黒鉛字にも不幸が訪れる。
「ええ!? なんで!?」
手にした布地はタオルでもハンカチでもなく、女性物の下着(何かのシミ付き)だった。これは……もしや……。
「あら! 黒鉛字君って案外エッチなのね。わたしのパンツをそんな無造作に鷲掴みして、一体どうするつもりなのかしら……///」
「こ、こ、これは間違いで! 要さん! 先輩も! 笑わないで下さいよ……っ!」
「黒君、信じてたのに……」
「よし、退部決定な!」
「そんなあああ~~!」
黒鉛字の必死な謝罪に大笑いしたあたしは笑い涙を堪え、「冗談だよ」と言った。こんな黒鉛字は初めて見た。写真でも撮ればよかった。
「はぁ、はぁ……。篠崎先生は昔から不幸体質何だよ。しかも不幸が誰かに伝染するというおまけもね」
「……お、おそろしいものをお持ちで……」
黒鉛字が引きつった笑みを浮かべていると、あたしが使っていた汗拭きタオルのあまりで、べたべたになった箇所を拭いていた先生が、「あ、そうそう」と奥に設置された教師用の机の引き出しから、何かを取り出して来た。
「先生、それは?」
「気絶した男性の近くにこれが落ちていたそうよ。警察からは特に調べる要素はなかったって言われたから紅に渡そうと思って」
あたしがそれを受け取る。サイズは手のひらに乗るくらい小さなもので、何かのキーホルダーの一部みたいだった。色は青色で金属製。よく見ると、何かとくっ付けられそうな穴が開いていた。この穴……もしかして……?
あたしは自分のスマホを取り出し、そのキーホルダーによく似た、自分のキーホルダーを垂らした。するとやっぱり、青いキーホルダーの穴が自分の持っている紅いキーホルダーの接続部分と合致した。
「おお……ッ! 紅ちゃん、これ!」
「ピッタリじゃないですか!」
黒鉛字と先輩がそれぞれ反応した。あたしの予測通り、このキーホルダーは紛れもない、あたしの親友──青野準子のものだった。
「……やっぱりあの男の人は準子のお父さんだ。黒鉛字、お前の所から話していた機密情報が洩れて、誰かがその技術を悪用しているんだ。今もきっと……!」
「そうなると厄介ですね。うちの増援を呼んでも精々校舎や体育館等の施設付近。学園長からは僕のことはあまり公に出来ないと釘を刺されているので内部……つまり我々がその犯人を見つけるしかありません」
「盛り上がっているところ悪いけど、何の話かしら? 機密情報がどうとか────」
「あー! 気にしないで先生。あたしらだけで何とかしますので」
「パピヨンには救護とかそっちのことを頼むつもりだからその時にね」
アルティクロスで事情を知っている先輩が先生をあたしがいるベッドから一緒に離させる。先輩、グッジョブ!
「……とそうだ、黒鉛字。例の話の続き、話してもらうぞ」
あたしは不審者騒動で聞けなかった黒鉛字のことについて本人に問い質した。黒鉛字も、元々話す予定だったこともあり、落ち着いて話し始めた。
「……僕と要さん、そして青野さんとの接点については要さんが思っていた通りなので省きますね。なので、ここからは僕が何故この学園に二回、入ったのかについてお話します」