カップ1杯の氷はすぐになくなってしまう
カップ1杯の氷はすぐになくなってしまう。
だからと言って、そんなに氷を貰えるわけではない。
大体、朝、昼、夕方、そして、就寝前にカップ1杯の氷を貰うことができた。
氷は、水晶のように美しく、光り輝いていた。
その日は、重病の患者さんの手術でもあったのか、または、
どなたかが、危篤になられたのか、何となく、病院中が
ざわざわとしていた。
看護師さんたちもいつも以上に忙しそうに動き回っている。
それでも、ナースステーションまで点滴棒を引きずりながら、
氷を頂きに行くと、「あ、氷ですね。」と、笑顔で製氷庫から
取り出してくれた。
(ああ、これが、楽しみなのよね。オアシスかな、それともパラダイス?)
そんなことを思いながら、一かけらずつ、宝石のように大切に口に
運ぶのだった。
毎日見舞いに来てくれる夫と一人息子。
面会時間終了時間の8時に二人が帰ってしまうと、
9時の消灯へ向けて忙しくなる。
歯を磨いたり、洗顔をしたり、就寝のための準備を
しなければならない。
看護師さんも一番忙しい時間だ。
点滴の交換や、就寝前の処置や、検温、血圧測定が必要な
患者さんもいる。
なぜ、あの日、あんなに遅くなってしまったのか、分からない。
洗面所が混んでいたので後にしようと思ったのがいけなかったのかも
しれない。
9時近くなってから、洗面所へ行くことになった。
その前に、氷を頂いておこう。
そう思ったが、ナースステーションには人影が見えない。
今は一番忙しい時間だから、仕方がない。
少し、待ってみたけれど、看護師さんが戻る気配はなさそうだ。
あ、もう、9時になってしまう。
今日は、もう、夜の氷はあきらめた方がよいのかもしれない。
仕方がなく、私は氷をあきらめて、氷を入れるカップを置いたまま
洗面所へ向かった。
歯を磨き、洗面をしている間に消灯時間が来てしまった。
暗くなった廊下を物音を立てないように自分の病室へ向かった。
病室ももちろん消灯しており真っ暗だった。そして、私の枕もとの
スポットライトだけが、明るい。
あれっ。スポットライトをつけて行ったかしら?
そう、思った瞬間、私の目に飛び込んできたもの。