尽くしたいつくしちゃんその4
「はい、これ。昨日言ってたもの。今日はこれを付けていてほしいな」
「は、はい…」
梅雨入りが発表された6月、私は登校してすぐに、流星くんと空き教室に入って、こそこそとあるものを受け取っていました。
「これを、上履きの中に入れるんですよね…」
「そうそう。きっと気持ちいいと思うから!」
流星くんが手渡してくれたのは、薄いパッドのようなもの。材質はプラスチックでしょうか。表面はつるつるです。ボタン電池が端っこの部分に入っているみたいで、あとは何も書かれたりしていませんでした。これがなんなのか、流星くんは詳しくは教えてくれませんでした。ただ、先程のように、「気持ちいいから」というだけです。私は湿った気候でじめじめする中、相変わらず素足で履いていた上履きを両足とも脱ぐと、その中にパッドを入れます。そのときに上履きの中敷きが目に入ってしまいます。素足で履くようになってから以前よりももっとこまめに持ち帰るようになったのですが、先週洗ったばかりの上履きは、すでに中敷きが真っ黒です。靴下を履いている時よりも、何となく汚れやすくなってきたような…?気のせいでしょうか。パッドを入れてみると、サイズはほぼぴったり。そしてまた上履きを履きなおします。最初は足の裏のひんやりとした固さに違和感を覚えます。
「どうかな?ヘンな感じ、する?」
「いえ、それほど気にはならないかな、と…」
「そっか、よかった。じゃあ、今日一日よろしくね。今日だけは、上履きを脱いじゃ、ダメだよ。効果がなくなっちゃうから!」
「わ、わかりました…!」
流星くんが教室を出るとすぐ、ホームルームの予鈴が鳴ります。私も慌てて、自分の教室へ向かいました。ホームルームや1時間目の授業中、私は先程上履きに入れたパッドが気になってしまい、流星くんの言葉がありましたが、上履きを脱いでしまっていました(いつものことなんですけれど)。机の下に脱ぎそろえて、素足を机の棒に置いたり、椅子の下で組んだりしています。毎日素足で上履きを履いて過ごすようになって、最初のうちはそれが恥ずかしく思っていましたが、最近はすっかり慣れてしまって、あまり人の目が気にならなくなりました。靴下を履いていなくても、あまりクラスの人からはそれについて言われることはなく、安心しました。それに、ずっと我慢して上履きを素足のまま履いているよりも、脱いでしまっていた方が足が快適だと気づきました。ちょっとお行儀は悪いかもしれませんが、すこしだけ許してくださいね。
2時間目は数学です。新しい試みとして、数学の時間はテストの結果によってほかのクラスとシャッフルされ、成績ごとにクラス編成がされています。それは次の時間の英語も同じで、私と流星くんはこの時だけは同じクラスになりました。ちなみに、成績上位のクラスですよ、えっへん。席も、指定するのが面倒なのか自由席になっていて、私と流星くんはごくごく自然に隣同士に座っていました。
「や、つくしちゃん、隣、いい?」
「はい、もちろんです!」
上位クラスは私の教室なので、私の移動はありません。隣の席の人はこの時間、別のクラスに行くので席が空きます。そこにいつも流星くんが来てくれます。授業中はそれほど真剣にノートをとったり話を聞いたりしているようには見えないのですが、家でお勉強を頑張ったりしているんですかね…?代わりに、私の方を気にしてくれているようで、ちらちらと視線が私の方を向いているのに気づきます。うれしいな。はじめ、流星くんがいる前では上履きを脱ぐのはためらっていたのですが、流星くんが「無理しなくていいよ」と言ってくれたので、恥ずかしい思いはありつつも、ほかの授業と同じように上履きは脱いで、素足を外に出して受けるようになりました。その方が流星くんもうれしそうなので、良いと思います。
「あ、つくしちゃん、いけないよ、上履きをそんなに脱いでたら」
「え、あ、すみません!つい…」
いけません、流星くんの前なのに上履きを履きなおすのを忘れていました。素足になっているところを見られてしまいました…。今日はずっと上履きを履いておかなきゃいけないのです。私は慌てて、机の下に脱ぎ置いていた上履きに足を入れ、手を使ってかかとまでしっかり入れます。とたんにむわむわと蒸れを感じますが、ここは我慢、です!相変わらずさっき流星くんからもらったパッドは入ったままで、いつもより硬い感触を足の裏に感じます。
数学が始まって10分ほどでしょうか。足の裏に、かすかな刺激を感じました。ピリピリとした感触。なんでしょう、気のせいかな…。そう思っていた次の瞬間、そのピリピリが、より強い、ビリビリに変わりました。
「きゃっ」
私はそのいきなりの刺激についつい声を出してしまいます。するとそのビリビリは収まって、またもとのようにパッドの固さだけを感じます。間違いありません。このパッドからのビリビリです。横をちらっと見ると、流星くんは何の変化もない顔で黒板の方を向いていました。けれど私からの視線を感じると、ウインクをして、口パクで、ごめんね、と言っていました。やっぱりです!なんてものを上履きの中に…。足の裏をビリビリさせるものだったのですね!あとで取り出しておきたいところですが、流星くんのお願いなのでなかなかできなさそう…。授業中だったので私語をすることはできません。私は目で流星くんに訴えますが、またビリビリが足の裏を襲います。思わず体がぴくっとして、声を上げそうになりますが、今回は手で口を押えて持ちこたえました。うう、刺激がつよすぎます…。その後は流星くんも感じ取ってくれたのか、弱いビリビリが数分ごとにやってきます。その刺激程度であれば、どちらかというと足の裏マッサージみたいで気持ちよく感じます。けれどたまに、大きい一発が来るのです。授業の終わりまであと20分といったところ。急にそれは来ました。
「ひゃわわっ」
ビリリ。思ったよりも大きい声が出てしまい、周りの人が私の方を向きます。私は真っ赤になって小さくなって、
「す、すみません…」
もじもじしながら謝りました。幸い、先生の方までは届いていないようです。よかった。泣きそうになって流星くんのほうを見ると、申し訳なさそうな顔をしています。私も、ほおを膨らませてお怒りを伝えます。すごく恥ずかしかったんですからっ。
その授業が終わるまで、追加のビリビリはなく、無事に(?)終了。休憩時間になります。次の英語も同じクラスなので、席もそのままです。
「もう、びっくりさせないでください!」
小声で、私は流星くんに話しかけます。私の上履きの中にこんなものが入っているなんて、ほかのクラスメイトには絶対秘密です。
「ごめんごめん、意外と感じちゃったみたいだね」
「はい、すごく、ビリビリしました…」
「…でも、気持ちよかったでしょ?」
そう言われて、私は正直に、
「は、はい、弱いビリビリは、その、気持ちよかった、です」
と答えます。すると流星くんは満足そうにうなずいていました。
「じゃあ、次の時間も、ビリビリ、していい?」
「つ、強いのは、だめ、ですよ…!」
というわけで、次の英語の授業が始まりました。このクラス編成になって教わる先生が変わったのですが、生徒の自主性を重んじる先生のようで、英作文などを生徒に黒板に書かせて授業を進めます。
「…ではこのページの答えを、この列の人たち、お願いします」
なんと私たちの列が当たってしまいました。流星くんは隣なのでセーフです。くそう。
「がんばって!」
小声で応援してくれました。ほかのクラスの人たちもいる中で、くつしたを履いていないのはもちろん私だけです。いつも、他に仲間はいないかなと探すのですが、なかなか会えません…。前に並ぶ5人の生徒たち。みんなからは私だけ素足なのがバレバレです。それを意識してしまうととっても恥ずかしくって、早く戻りたいと思います。背が低い私なので、黒板の上の方に書くときは常につま先立ちになります。かかとの部分がムレムレの上履きから浮いているのを感じます。半分ほど書いていったん足を置いた瞬間でした。
「ひゃわ!」
ビリビリ、ビリリ。先程と同じような強めの刺激が足の裏を伝いました。まさかこんな時に来るなんて思ってもおらず、私は持っていたチョークを落とし、体をぴくぴくっとさせてしまいました。隣でかいていた字女の子が不思議そうな表情で私を見つめます。私は顔を真っ赤にして、落としたチョークを拾うと、後半部分を書き始めます。ドキドキしています。とても後ろを振り向けるような余裕はありません。きっと流星くんは楽しそうな表情をしているんでしょうけれど。とっても恥ずかしいけれど、やっぱり気持ちいいのです。どういえばいいのでしょう、ただ単に、足の裏がビリビリっとなるだけではなく、それを流星くんのおもいのままにされているこの状況が、ドキドキしてしまいます。次はいつくるんだろう、来ちゃダメな時にビリビリが来ちゃったらどうしよう、ドキドキです。その後、弱いビリビリが、書き終わるまで続いていましたが、強いものは来ないまま、私は無事に板書を終えて席に戻ります。そのときです。またひときわ強いビリビリが。
「きゃん!」
私はまたからだをぴくん、とさせて立ち止まってしまいます。
「つくしちゃん…?大丈夫…?」
ちょうど横に座っていたクラスメイトが心配そうに聞いてくれました。
「あ、は、はい、大丈夫です、ごめんなさい」
私はまた赤くなって、いそいそと席に着きました。小さくなって、流星くんの方を見ると、申し訳なさそうな表情でごめんね、と言っているようでした。
ドキドキの数学と英語の授業が終わり、流星くんは戻っていってしまいます。私はほっとして、けれど少し寂しくなって、履いていた上履きをまた脱いでしまいました。流星くんのいない間はビリビリもこないので、ムレムレになった素足を外に出しておきましょう。足の指をくねくねとさせて、風を通します。ぬるぬる、じんわりとした汗がだんだんと乾いていく感覚が気持ちいいです。その後の授業を、ほとんど上履きを脱いで過ごして、やがて放課後の時間。今日は、朝一緒に過ごしていた空き教室へと向かいます。
「あ、つくしちゃん、おつかれ様」
「はあ、ドキドキしました…」
すでに流星くんは座っていて、私はその向かい側に座ります。外からあまり目立たないように、電気は点いていません。
「どう、だったかな?気持ちよかった?」
「はい、けっこう、ビリビリ来ました…、けど、気持ちよかったかな…」
「そっかそっか」
流星くんはそう言いながら、私の足元に視線を向けます。
「じゃあ、もうちょっと気持ちのいいこと、しようか」
「え?」
「とりあえず、上履きの中のもの、くれる?」
「あ、はい…」
そう言って私は上履きを脱ぐと、中のパッドに手をかけます。今まで履いていたものなので、ほかほか、ムレムレしています。
「ありがと」
「あ、その…」
そのホカホカしたパッドを流星くんに手渡すのは気が引けましたが、流星くんは大切そうに受け取ると、何も言わずに机の上に置きました。
「なんか、暖かいね、これ」
「そ、それは、今まで履いていたからで…!」
口に出されると恥ずかしくって、私は頬をふくらませます。
「ごめんごめん!じゃあ、そのまま足をここにのせてくれるかな?」
そう言って流星くんは別のイスを引っ張て来て、私たちの間に置きました。足をここに…?
「は、はい…」
普段は私が正座をして、流星くんの頭をのせるのですが、今日は違うようです。少し恥ずかしいですが、足の裏が流星くんの方をむくように、私はイスの上に素足を伸ばしてのせました。
「じゃあちょっと触っていくよー」
「はい、え…ひゃわ!」
流星くんはいきなり私の足の裏をもみもみし始めました。足の裏マッサージでしょうか、とにかくくすぐったい…!けどどこか気持ちいい…!
「どうかな?動画で見て練習してみたんだけど!」
「あ、はい、はわあ、その、きゃう、きもち、いい、です!」
「そかそか!じゃあちょっと強くするよ!」
「ふえええ」
ぐい、ぐい、と流星くんは指を足の裏に押し込んでいきます。一日中素足で過ごしていて汚いと思うんですけれど、そんな足の裏を容赦なく触っていく流星くん。ビリビリに加えて、足の裏マッサージのおかげで、終わったころにはどこかすっきりした気分でした。
「はい、おつかれさま!一通りおわったよ」
「はあ、はあ、あ、ありがとう、ございます…」
私は全身に結構な汗をかいていて、息も上がっていました。スカートがめくれているのに気づいて、あわてて直します。
「どうかな?すっきりしたかな?」
イスを戻して、私はまだじんじんする素足をそのまま床に下します。疲れた感じはしますが、ツボを押さえていたのか、すっきりしています。
「そう、ですね、体が軽くなったような気がします」
「よかった!これで明日からまた頑張れるね!」
「そう、ですね!」
「それに、マッサージしてる間もじもじしてるつくしちゃん、かわいかったし」
「え、そ、そんなあ、えへへへ…」
きゅうにそんなことを言われちゃうと、別の方向で照れてしまいます…!
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
流星くんがそう言って帰り支度を始めます。時計を見ると、かれこれ1時間くらいは過ごしていたようです。私の声が、廊下を行く人たちに聞こえなかったか心配です…。
「あれ、私の上履き…」
私もバッグを持って立ち上がって、上履きを履いて、と思っていたのですが、その上履きが見当たりません。さっき足裏マッサージのときに脱いで、その後どうしたでしょうか…。
「あの、流星くん、私の上履きは…?」
私は床に裸足のまま立って、流星くんに問いかけます。見たところ、怪しげな袋を右手に提げているのですが…。
「あ、これ?ちょっと少しの間預かってていいかな?」
「え、ど、どうして…?」
急なお願いに戸惑ってしまう私。
「俺、このマッサージのやり方調べてて見つけたんだけどさ、足に何も履かない方が、女の子は健康になるらしいんだよ」
「…え?」
それって、つまり…。
「俺の大好きなつくしちゃんにはさ、健康でいてほしいんだ」
「は、はい…」
「だから、つくしちゃんには、裸足でいてほしいなって!いろいろ体にはいいらしいんだ」
「え、ええー…」
裸足で過ごす…。すでに素足のまま上履きを履いて過ごすのには何となく慣れましたが、それは上履きがある安心感があったからです。それが、上履きまでなくなっちゃうなんて…。
「あ、あの、一日だけ、とか、ダメですか?」
「うーん、わかったよ、さすがに裸足は勇気がいるだろうからね、明日頑張ってみて、どうしてもダメなら、諦めるよ」
意外と、譲歩してくれる流星くん。少し安心しました。明日一日だけは頑張って、上履きを返してもらいましょう。
「じゃあ、帰ろっか」
「あ、はい!」
といっても、すでに上履きは流星くんの袋に中にあるようで、私は裸足のまま流星くんの後についていきます。空き教室は掃除がされていないのか、足の裏は非常にザラザラとしていました。
昇降口に着くと、流星くんは私を近くに置いてある椅子に座らせます。
「さ、足の裏汚れちゃっただろうから、拭いておくよ」
「あ、ありがとうございます…」
そう言って私の前にひざまづく流星くん。いつか見たような光景です。そんな流星くんの前に、きっと汚れているであろう足の裏を見せます。恥ずかしい、けれど、何度目かなのでそんなにドキドキはしていません。くすぐったさにもじもじしながら、綺麗にしてもらうと、私はスニーカーを素足のまま履きました。通気性の良いもので、素足で履いてもむわむわとはならないタイプです。ローファーも持ってはいるのですが、蒸れがすごくてしばらくは靴箱でお休みしています。
「じゃあね、明日、よろしく!」
まぶしい笑顔でそう言うと、流星くんは手を振って見送ってくれました。明日は、上履きも靴下もない裸足…。かなり不安ですが一日だけと信じて頑張ってみようと思います!
つづく