探検したいボタンちゃん
「え、ホントに行くの…?」
「あたりまえじゃん!ここまできたんだし!」
「え、ちょ、ちょっとまってよー…」
5月の連休、中学2年生の私、ボタンは、友達のユキと一緒にとある森の中へ来ていた。家の近くの駅から列車に乗って田舎の駅で降り、そこからしばらく国道を歩いて、さらにそこから分かれる細い道を歩いていくと、そこには昔学校だったらしい建物があるらしい。いわゆる、廃校というやつだ。小さいころから探検が好きな私は、連休を使ってこの廃校を見てみたいなと思っていた。以前、SNSでその廃墟の画像を見て、是非とも行ってみたいと思っていた。
「きゃ、なんか、足に…!」
「もう、ユキ、なんでサンダルなんかできてるのよ!」
「だって、遊ぼうっていってたし、こんなとこまで来るなんて思ってなかったんだもん!」
「あー、それはー、ゴメン…」
ユキは小学校からの友達。大人しい子で、私があちこち連れて回っていた。私たちが小学生の時も校区内のいろいろな場所へ、探検といって遊びに行っていた。今日もユキは近所へ遊びに行くものと思っていたみたいで、初夏の気候の中でも過ごしやすそうな、半そでのシャツに膝の上くらいまでのスカート、そして黒いレギンスを合わせている。足元はサンダルに素足だった。確かに、山道を歩くのにはあまり向いてなさそう。ちゃんと言っておけばよかったな。私の方はその点しっかり対策していて、長袖のパーカーに足首まで隠れるジーンズ、スニーカー。ちゃんと靴下も履いている。
「ねえ、ねえ、ちょっと、休憩しない?」
「そうだね、あ、あそこの木に座ろっか」
国道をそれて山道に入って十数分、ユキだけじゃなくて私もさすがに息が上がって、一度休憩をとることにした。地面はずっと土で、ところどころ落ち葉や折れた木々に覆われている。途中、サンダル履きのユキが滑っちゃうところもあって、少しヒヤッとした。
「ふー…、あと、どれくらいで着くの?」
首にかけていた水筒からごくごくと飲み物を飲んで、ユイがきく。
「えーとね、情報によると、あと半分くらいかなと思う!」
地図アプリで今の私たちの位置を調べて、答える。最近はこんな山の外れでも自分たちの位置がわかってすごい。ちなみに、目指す廃校も、きちんと地図には載っていた。流石にルート検索はできなかった。
「まじかあ…。まだ歩くのかあ…」
ユキはそんな声を出しながらも何となく楽しそうで、切り株に座って浮いた足をぶらぶらさせていた。やがて身をかがめると、かかとを留めていたサンダルのストラップを、パチンパチンと外してしまった。手を使って両足のサンダルを脱がせると、素足を切り株に上げる。手で足の裏や甲をはたいていた。見ると、土がかかってしまって、あちこち茶色く汚れてしまっている。
「もー、山道歩くから、ユキの足が汚れちゃったよ…」
「ゴメンね、スニーカーで来てねって言っておけばよかったね」
「ホントだよっ」
ペシ、ペシ、と足をはたいて土をある程度落としながら、10分ほど休憩をとって,ユキは再びサンダルを履きなおす。こけないようにきちんとかかとのストラップも留めて、私が先に立って歩き出した。
「わー、水、きれいだね!」
途中、小川があって、澄んだ水が流れていた。橋のようなものはなく、渡りやすいように置かれた石をぴょんぴょんと飛び越えていく。
「きゃ、つめたい!」
なにやら高い声が聞こえてきて振り返ると、ユイは石を渡ることなく、サンダルのまま、素足を川に浸していた。汚れた足を洗いたかったのかな。
「ボタンちゃん!ボタンちゃんもおいでよー、気持ちいいよ!」
そういって、ちゃぷちゃぷと川の上で足踏みをするユキ。そのたびに、水滴が飛んでいた。
「でも私、スニーカーだからなあ。手だけ洗っておこう」
私も石の上から、手を小川に浸す。気温からは想像できないくらい、ひんやりとしていた。
水できれいになった足をタオルで拭くユキをまって、私たちはまた山道を歩く。すると、ようやく看板が見えてきた。『旧第二小学校跡』。それと矢印。この看板が見えたということは、あと5分ほど歩けばつくはず!
「がんばって、あと少しだよ!」
「やったあ!」
そして校舎の跡が見えてきたとき、急にアクシデントが発生する。
「あ、あれじゃないかな…きゃ!」
見えてきた校舎ばかり見ていたせいで、足元をよく見ていなかったため、ぬかるんだ地面に気付かなかった。何日か前に降った雨のせいで、ドロドロになっていたらしい。そのため、ダイレクトにスニーカーを突っ込んでしまって、半分ほどうまってしまった。靴の中に泥水がしみこんでくるのを感じる。うげえ、気持ち悪い…。
「だ、大丈夫?きゃ!」
「エ、ウソ!?」
あわてて近寄ってきたユキも同じようにぬかるみにはまってしまった。2人とも足元はドロドロだ…。
「わわ、あそこまでこんな感じなのかな…」
「うん、でもここを超えれば…!」
先を見ると、見える廃校まで、ドロドロの地面が続いているらしい。ほかに道のようなものはなく、もう汚れてしまっているので、私もユキも、ぴちゃ、ぐちゅ、べちゃ、と足を滑らせないように、そしてはまってしまわないように気を付けながら、足や靴が汚れるのはあきらめて、ぬかるみを進んでいった。
「ついた…!」
「わあ…!」
そしてお昼過ぎ、私たちはようやく、目指す廃校へ到着したのだった。家を出て2時間、長かった…!
「ねえ、足、気持ち悪いよね…」
「うん、どこかで洗えないかな」
ゴールした達成感も味わいながら、私たちはとにかく早く足を洗いたかった。泥がスニーカー全体にくっついて足が重たく感じる。ユキを見ると、足が泥の塊みたいになっていた。とても気持ち悪そうに、その場でくちゅ、くちゅ、と足踏みをしている。足元の白い砂の地面には、泥の足跡があちこちにできていった。素足の見えるサンダルでそのまま歩いていたから、私よりも気持ち悪かっただろうな…。
学校だった建物だし、手洗い場はすぐに見つかった。祈るようにして蛇口をひねると…、
「わ、でたよ!」
「ほんとだ!きれいそうだね!」
なんと廃校になってからしばらく経つはずなのに、蛇口からはきれいな水が流れてきた。手を当ててみると、さっきの小川の水のようにすごく冷たい。ヘンなニオイもしない。私たちはお互い顔を見合わせて、それぞれ急いで靴を脱いで、私は泥だらけになった靴下も脱いでしまって、その水に足を差し出した。
「きゃ、冷たい!」
「ほんと!なんで出るんだろうね?」
たっぷりと時間をかけて、じゃぶじゃぶと足と靴、そして白かったけれど泥だらけになった靴下を洗って泥を落とすと、持っていたタオルで足を拭いていく。きれいになった足で、ユイはサンダルを履きなおす。けれど私はスニーカー。泥が中まで入り込んでいたので、中まで洗ってしまって、中敷きまでぐっしょり濡れている。
「どうしよ、履くものがなくなっちゃった…」
「ハダシ…は、危ないよね?」
「うん、だよね…。これを履くしかないか…」
私は仕方なく、洗ったばかりのスニーカーに、素足をそのまま突っ込んだ。途端に感じる、ぐっしょりと濡れた感覚。これでもかというほど気持ちわるい…。でも、裸足で歩いてけがをしてしまうよりはいいかな。洗った靴下は、手洗い場のところに干しておくことにした。帰るころにはちょっとでも乾いていてほしい。洗ってだ大まかな汚れは取れたけれど、繊維の間にまで泥が入り込んでしまったのか、全体的に茶色いままだった。お母さんに見つかったら何といわれるだろう…。これはあとでこっそり捨てよう。
「大丈夫?」
「う、うん、ちょっと変な感じだけど、たぶん!」
一歩一歩歩くたびに、中敷きから、ぐちゅ、ぐちゅと水がしみだしてくるのがわかる。それが足の裏だけでなく、スニーカーの中にある足全体を包んで、冷たいけれどなんとも気持ち悪い…。
「ユキ、ちょっとまって?」
「ん?うん」
廃校の昇降口のところまでたどり着くと、私はやっぱりその感覚に耐えられなくなって、スニーカーのかかとを踏んで履くことにした。全体が包まれていない分、少しは気持ち悪さもとれるかな…。
「おまたせ!じゃあ、入るよ…」
「う、うん…」
私は念のため、リュックの中に入っていた懐中電灯を手に提げて、ゆっくりと中へ入った。思ったほど荒れている印象はなく、ガラスも割れずにほとんど残っているし、床がなくなっているなんてこともなかった。昇降口なので靴箱があって、ところどころ忘れられた靴が残されていた。ちょっとだけ抵抗感があるけれど、廃校だし、土足のままおじゃまする。一歩中へ入ると、暗くひんやりとした空気があった。
「な、なんか、怖いね…」
「大丈夫だよ。足元、気を付けて」
「う、うん、なんか、ホコリっぽい…」
サンダル履きのユキは、歩くたびに足に何かかかる感触があるらしい。私は相変わらず、靴の中の冷たい水の感じしかしないけれど…。
「ほんとうに、学校だったんだね」
「そうだね、机とか、掲示板とか、そのままだ」
校舎は2階建てで、1階には教室と、職員室みたいな大きな部屋が並んでいた。机もまだ残されていて、ほとんどの教室のドアには鍵がかかっているのか、古くなって動かなくなったのか、入ることができなかった。唯一開いた教室のドアから中へ入ってみる。1年生の教室らしく、小さな机が5つだけ並んでいた。5人しかいなかったのかな。
「わ、ホコリがいっぱい…」
机に指を伝わらせて、ユイがつぶやく。長年のホコリがたまっているのか、指先は真っ黒になっていた。
「これじゃ、イスにも座れないね…」
1階を見終わって、2階に上ろうとしたけれど、階段が途中で大きく壊れているのを見つけてしまった。ジャンプすればいけそうだけれど、ほかのところも壊れて大惨事になりかねないので、2階の探検はやめておく。
「2階も見たかったけど、あぶなそうだね」
「そうだね、今日はこれくらいで帰ろうか?」
「うん、でもなんか、楽しかったね」
「そう?それなら、よかった…きゃ!!」
ボコン、ガラガラ…。
「ボ、ボタンちゃん!?」
「だ、だいじょう、ぶ…」
びっくりした。すごくびっくりした。突然、私の足元の廊下に穴が開いて、右足が吸い込まれてしまった。古くなって、床板が腐っていたのだろうか。長ズボンを履いていてよかった。素足が見えていたら、どこかケガをしていただろう。
「えと、えと、どうしよう…」
頭の上でワタワタするユキ。そんな彼女に手を伸ばす。
「手、貸してもらっていい??」
「うん!が、がんばって…!」
私はユキの手を借りて、何とか右足を穴から取り出すことに成功した。きれいに、直径20センチくらいの穴が、廊下の真ん中に開いている。
「びっくりしたあ…」
「ゆ、ユキもだよお…」
私はまだドッキンドッキンしている鼓動を押さえながら、ホコリまみれの床にペタンと座っていた。
「あ、ボタンちゃん、靴…」
「え…?」
ユキに指摘されて、右足を見てみると、そこからスニーカーがなくなっていた。裸足の足が見えている。
「え、ウソ!?」
あわてて、懐中電灯で穴の中を照らしてみると、そこには白く輝く私のスニーカーが、土の地面に横になっていた。
「うわあ、まじかあ…」
やってしまった。さっきかかとを踏んで履いていたものだから、穴に落ちて抜け出すまでにするっと脱げてしまったらしい。床から地面までは1メートル以上あって、とても手を伸ばしただけでは届かない。横から探そうにも、周りは木や草が生い茂っていて、行けそうにはない…。
「ゆ、ユキ、なにか棒みたいなの、探してくるね!」
「あ、私も、探す!」
ドキドキは落ち着いてきて、ユキが校舎の外に出ていくのを見て、私は中に何か使えそうなものがないか探すことにした。片方しか靴を履いていないので、けんけん状態で移動する。けれどここまで来た疲れや、さっきのドキドキもあってすぐに疲れてしまう。職員室として使われていたような部屋を探すときには、ドロドロする感じはあるけれど、裸足の方も床につけて歩いてしまった。長い定規やバインダーなどが残されていたけれど、どれもスニーカーをとれそうにはなかった。
「あ、ボタンちゃん!なにかあった?」
とぼとぼと、両足で歩いて部屋を出たところで、長い木の棒を持ったユキが戻ってきた。
「これで、どうにかならないかな!?」
「いいかも!やってみよ!」
というわけで、ユキに懐中電灯で地面を照らしてもらいながら、私はその棒を使ってスニーカーを吊り上げようと試みる。
「よいしょ、あ、もうちょっとでいけそう…」
「がんばれ…!あ…!」
けれど一度ひっかかりはするものの、持ち上げるところでどうしても落ちてしまう。なんどか試しているうちに腕が疲れて、そして心も疲れてしまった。スニーカーも、いつしか木の棒が届かない場所に移動してしまった。
「…もう、いいや!靴は諦めよう」
「え、いいの?」
「うん、早く帰らないとユキのお母さんも心配しちゃうし」
「でも…、じゃあ、ユキのサンダル、貸そうか?」
「だめだよ、ユキがハダシになっちゃうし。私靴下あるから、それでなんとか!」
「あ、そっか!」
そして、片方はスニーカー、片方は裸足の状態で、ペタペタ歩いて校舎の外へ出る。願いはかなったけれど、いろいろアクシデントが多かった。校舎横の蛇口へ行くと、石の下に置かれた靴下が無事に残っていた。もともとは白かったけれど、いまはだいたい乾いて、茶色くカピカピになっていた。これを履くのは相当なテイコウがあるけれど、裸足のまま歩くよりはましか…。その靴下を履く前にちらっと足の裏を見てみると、校舎のホコリや土などがこびりついて、いままで見たことないくらい、真っ黒に汚れていた。さすがにこれは、と思って、そこの蛇口でまた足を洗って、靴下を履く。
「大丈夫、ボタンちゃん?」
左足は素足にスニーカー、そしてさっきの失敗から学んで、かかとまでしっかり履いている。右足は泥まみれの靴下だけ、というアンバランスな状態で、私はユキに手を引かれて廃校を後にする。
「あ、そうだった…」
「これがあったね…」
廃校から5分ほど歩いてところで、さっきの衝撃で忘れていたけれど、またぬかるんだ地面に遭遇する。さっきと比べて、道の端っこの部分は何となく乾き始めていて、私とユキはそこを慎重に歩いていった。けれど最後には、2人ともまた足元はドロドロになっていた。さっき洗った靴下も、ユキのサンダルも、また泥まみれ。
「…あはは、ドロドロじゃん!」
「…もう、ボタンちゃんだって!」
私たちはそこを抜けた安心感からか、自然と笑いが込み上げてきた。アクシデントはあったけれど、やっぱり来てよかった。探検って、楽しい!
「ボタンちゃん、あそこの川で洗っていこうよ!」
「そうだね!」
ユキも楽しんでくれているみたいで、さっき通った小川にまた泥だらけのサンダルのまま飛び込んで、ちいさな子どもみたいにちゃぷちゃぷと足踏みしていた。私は左足のスニーカーも脱いでしまって、裸足の足と靴下の足を、交互にちゃぷちゃぷ。お互いに笑い声をあげながら、私は帰ってからなんて言い訳しようかなって、頭の片隅で考えていた。
つづく




