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〇〇したい女の子たち  作者: 車男
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拭かれたい楓子ちゃん

 「…誰にも見られてないよね?」

「う、うん、たぶん…」

「カギ、しめて」

「わ、わかった」

カチャン、という乾いた音が、私と彼だけの教室に響いた。私たちが今いるここは、生徒数の減少によってできた空き教室で、使わなくなった机やいす、その他もろもろ不要なものが集められていた。廊下側にも校庭側にもカーテンがついていて、今それらはすべて閉められている。入り口のドアにはカーテンがないけれど、見えない位置でやれば大丈夫だろう。

「そこ、座ってよ」

「う、うん」

今教室に入ってきたのは、私と同じクラスの男子生徒。教室内では全くと言っていいほど話さないのだけれど、とあるきっかけから、放課後だけはこうして秘密にして会うことになった。

「も、もういいかな…?」

「落ち着いてよ…。ほら、これ使って」

私はそう言って、机に座ったまま、持っていたタオルを彼のもとへ落とした。あらかじめ、水道で湿らせてあるものだ。彼は背負っていたランドセルを床に置いて、床に這いつくばる感じでタオルを拾って、床に膝をついたままあるものを拭こうと手を伸ばす。

「い、いい…?」

「はいはい、どうぞ…」

私は内心とてもドキドキしながら、自分の裸足の足の裏を彼の方へ向けた。

「…きゃっ」

彼の手は思ったよりもひんやりとしていた。緊張しているのだろうか。気分が高揚していたら、きっともっと暖かいはずだ。

「だ、大丈夫?」

一度手を離して、心配そうに見上げる彼。私は息を整えて、また足の裏を差し出す。

「うん、大丈夫、だから、続きやって?」

私は体をぴくぴく、足をもじもじさせながら、足の裏にタオルの感覚を覚えていた。初めのころよりはかなり上手になったかな。

「…今日も、かなり汚れたね」

「だって、いい場所見つけちゃったんだもん♪」

彼の方に向けていた裸足の足の裏。実は、真っ黒に汚れていた。それに、私が座る席の周りには、靴や上履きの類は何もない。私は今日一日、完全に裸足のままで、学校内を過ごしていた。裸足教育とかではなくて、裸足なのはクラスでももちろん私だけ。幸い、先生やクラスメイトはそれについて特に何も言ってこない。裸足になり始めた当初は、さすがに声をかけられたけれど、何日もそれが続けば普通になるものだ。流石に、中学や高校では裸足で過ごすのは難しいかもしれないけれど。

「で、でも、フーコちゃんが裸足好きですごくうれしい…」

足の裏を拭きながら、彼は本当にうれしそうにつぶやいた。

「私も、福田くんみたいな男子がいるなんて、びっくりした」

私の通っていた保育園では裸足教育をしていたせいか、年中ほとんど裸足で過ごしていた。そのせいか、私は裸足になることがすっかり好きになって、小学校に入ってから靴下を履くのがすごく嫌だった。もちろん、上履きも。だから寒い時期以外はほとんど靴下を履かずに登校して、学校内では上履きもほとんど脱いで過ごしていた。低学年ではそれでよかったけれど、3年生になって担任の先生がかわるとそれができなくなってしまった。というのも、その先生は身だしなみにとても厳しくって、上履きを脱いでいるとだらしがないと怒られたり、靴下を履いていかなかった日にはその理由をきつく詰められて、私は靴下や上履きをいやいや履かざるを得なかった。3、4年生は連続でその先生が担任で、きゅうくつな日々が続いた。特に夏なんかは、靴下なんて履いてられなくって、私は先生の目を盗んで靴下を脱いだり履いたりしているのだった。

 そして5年生になってまた担任が変わった。嬉しいことに今度の先生は身だしなみ、特に足元については何も言わない先生だった。若い女の先生で、とても優しくって、生徒のみんなから人気の先生だった。もちろん、授業中に上履きをこっそり脱いでいても何も言われないし、暑くなってきた5月ころ、試しに靴下を履かないで登校しても、先生からの注意は何もなかった。上履きも脱ぎ捨てて、裸足のまま過ごしても、何のお咎めもなし。私はとてもうれしくなって、それ以降、靴下を一切履くことなく登校して、上履きは手に持って、教室まで行くようになった。初めはクラスメイトに不思議がられたけれど、それも最初だけで、夏休みも開けた最近は、それが受け入れられたのか、裸足なのを気にする子はいなくなった。それどころか、私の裸足に興味をもつ男子まで現れるようになった。それが、いま目の前で足の裏を拭いてくれている、彼だった。

「くふふふ…」

「はい、右足、終わったよ。つぎ、左ね」

「うん、…きゃっ、くふ、くううう」

ほぼ一日中裸足のままで学校内を歩き回るものだから、足の裏はもちろん汚れてしまう。もちろん毎日掃除をしているけれど、学校の中には絶えず砂やホコリが入ってきてしまうらしい。朝は綺麗な足の裏も、放課後にはいつも真っ黒に汚れてしまった。初めのうちは、靴箱のところで足を拭いて、サンダルなど(いわゆる、クロックスやスリッポンだ)を履いて帰っていたけれど、ある日突然、声をかけられた。足の裏をきれいにさせてほしい、というもので、はじめはなんだコイツ、と思ったけれど、私は足の裏をきれいにしてもらえるし、彼は彼でそれが満足そうだし、それ以来ほとんど毎日、帰る直前にこうして秘密に会うことになっている。残念なのは、彼とは違うクラスで、授業中は見てもらえないことかな。

「…はい、きれいになったよ」

「ありがと。明日も、よろしくね」

「うん」

私は彼からタオルを受け取ると、それを観察してみる。もともと白かったタオルは、足の汚れのせいで灰色に汚れてしまっていた。私は家に帰って、これをこっそり洗って、また明日持ってくるのだ。

「じゃ、じゃあ、また明日」

「ばいばい、福田くん」

彼はまたランドセルを背負って、廊下の様子を確認すると、素早く教室から出ていった。私は机からぴょんと降りると、きれいになった足でまたペタペタと歩く。つま先立ちなんてしないで、足の裏全体を付けて歩く。空き教室だから掃除なんてたまにするくらい。だから自分の教室よりも汚れていて、数歩歩いただけでまた足の裏は全体がうっすらと灰色に汚れてしまった。

「…えへへ、また、汚れちゃった」

私は、裸足で過ごすことが好きだけれど、足の裏を汚しちゃうことも好きだった。低学年の頃はそんな気持ちはなかったはずだけれど、5年生なって裸足生活を再開して、毎日汚れた足の裏を見るたびに、

(明日はもっと汚したい…!)

という気持ちが出てきてしまったらしい。昼休みは教室にいることは少なくて、無意味にあちこち歩き回ったりもしてみる。いまいるような、誰も使っていなさそうな教室や空間を見つけては、足を踏み入れてみる。ホコリがすっごくたまっているところをペタペタと歩くと、一瞬で真っ黒になってすごくドキドキするものだ。

「…そろそろ、帰らないと」

ほとんど無意識のうちに、空き教室のなかをペタペタと歩き回ってしまい、足の裏がまた汚れてしまった。気温が高いこの時期は、足の裏に汗をかいて、汚れを吸い付けやすいのだ。せっかくだから、今日はこのまま帰ろうか。また彼を呼び出すのもかわいそうだし。私はそのままの足で空き教室を出ると、誰もいなくなってしいんとした廊下を歩く。階段を下りて、昇降口へ。自分の靴箱の前で、また足の裏を確認する。床についていた部分はどこも灰色に汚れて、けれど土踏まずはまだきれいで、その差がよくわかる。ドキドキしてしまって、思わず声が出そうになる。イケナイことだって思いながら、私は足を戻すと、靴箱からクロックスを取り出して、その汚れた足のままで履いた。足の裏に、ザラザラした感触を覚える。

(今日はもうちょっとやってみるか…)

私は昇降口を出て、校門の方へ進む。私の学校には門が3か所あって、私はそのうち、いちばん利用が少ない裏門を使っていた。”裏”というだけあって、あたりに人気はない。私は校舎の裏に回ると、その場でクロックスを脱いだ。日陰になっていて、地面は砂でひんやり、ざらざらしている。私は左手にクロックスをもって、ザラザラを感じながら校門に向かって裸足のまま歩き出した。校舎の中や、グラウンドを裸足のまま歩くことはあったけれど、校門の方へ行くのは初めてだった。砂の地面はやがて大きな石が多くなってきて、足の裏をボコボコ刺激する。それが痛くて、けど気持ちよくもあった。校門の方へたどり着くと、私はクロックスを置いて、また足の裏を確認する。さっきまでホコリや砂で灰色になっていた足の裏、それが少し薄くなって、代わりに茶色い砂がびっしりとついていた。さらにドキドキ…!

(も、もうちょっと…!)

今日はまだいけるかもしれない。私はまたクロックスを手に持って、校門の外へ一歩踏み出そうとした。

「あれ、フーコちゃんだ!今帰り?」

突然、背後から声がして、持っていたクロックスを落としてしまう。恐る恐る振り向くと、クラスメイトの女子が立っていた。

「…う、うん…」

私は別の意味でドッキドキになって、呼吸を整えながら答えた。

「あれ?裸足のまま、なの?」

「あ、いあや、これは…」

校内の裸足姿はもうずっと見られてきたけれど、ここまでは見られたことがない。どうしようかと思って言い訳を考える。あ、そうだ。

「なんか、靴の中に入っちゃったみたいで、とってたんだあ」

「なんだあ。裸足だから、そのまま帰るのかと思った!」

ついさっきまではそう考えていたけれど…。

「そんなあ、まさか!はは」

「じゃあね、また明日!」

そう言って、クラスメイトはランドセルを揺らしながら帰っていった。

(…また今度にしようかな)

私は思いなおして、地面に落ちていたクロックスを、足で整えてからそのまま履いた。土で汚れてしまっているけれど、そのまま履く感触が気持ちいい。

(いつかは、裸足のまま、帰ってみたいな)

けれどまだその勇気は持ち合わせていないみたいだった。


つづく

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