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〇〇したい女の子たち  作者: 車男
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応えたい仁井さん

 『…では明日、よろしくお願いします!』

ある日の夜、私はベッドの上で、布団をかぶってスマホをいじっていた。寝室の両親は翌日も朝が早く、もう眠ってしまったらしい。ひと通りのやり取りを終えて、私は翌日のことを考えていた。とあるSNSアプリのDMを読み返す。数多くいるフォロワーさんの一人で、初めて依頼してくれた人。どこの誰かはわからないけれど、依頼料はすでにギフトコードでいただいているので後には戻れない。

「明日、やるんだ…」

私は改めて、翌日の内容を頭でまとめる。依頼内容は、自然に汚れた白いニーハイソックスがほしい、というもの。土汚れや、インク、食べ物などではなく、学校生活を通して汚れたものがいいらしい。かなりマニアックだけれど、性癖は人それぞれだから受け入れる。

 私は毎日のように、その日学校で履いていたソックスの写真をSNSを通してアップしていた。私であることがばれないよう、写真はあくまでソックスの部分だけ。制服はもってのほかで、部屋の床もわからないように、どこにでもあるようなブランケットを床に敷いて、その上で撮るようにしている。学校では上履きを履いて、脱ぐこともほとんどないけれど、やはり毎日少しだけは汚れてしまって、そのうっすら汚れたリアルさがいいのと、女子高生本人の足というレアリティとで、カギはかけているもののフォロワーは3000人を超えていた。DMも開放しているので毎日いろいろなメッセージが来るが、ごくごく一部の人としか話はできない。今回の依頼者さんは礼儀正しそうで、約束事もしっかり守ってくれる人なので、そこそこ信頼して契約を取り交わした。依頼者さん的には、普段の少しだけ汚れたソックスもいいけれど、もっともっと汚れた写真を見たい、できればその現物も欲しい、というものだった。実際に、私は時々、アップしたソックスを販売したりもしている。両親や友人に知られたら大変だけれど、これがけっこう稼げるので、なかなかやめられない。

 というわけで、すごく汚すにはどうしたらいいか依頼者さんと話し合った結果、学校で一日中、上履きを履かずにニーハイソックスのままで過ごして、その写真と現物を送る、ということで話が付いた。いままで上履きを忘れたことなんてないので、一日中ソックスのままなんて生まれて初めてだ。小中通しても、たぶんないと思う。忘れ物はしないように両親から教育されてきたものだから。

 依頼のお話は先週のうちに決まっていたから、金曜日のうちに上履きを持って帰っていた。私は1か月ごとに持ち帰って洗うことにしていたので、少しだけ早かったけれど、靴箱に上履きがあると履きたくなっちゃうし、友達に見られたらなんであるのに履かないの?ってなるし、持って帰ってきていた方が、きちんと依頼を果たせそうだと思った。


 そして決行当日の月曜日、私は週末のうちに洗って乾かして、きちんと袋に入れた上履きを、あえて自分の部屋に置いて家を出ることにした。忘れちゃった感じが出るように、机の影に置いておく。両親はすでに仕事に出ていて、帰りも遅いので、私がそれを置いて出たことには気づかないだろう。いつもと同じように、冬の制服を着て、ベッドに腰かけると、最後に履きなれないニーハイソックスに足を通す。普段からニーハイソックスなんて履いたことがないから、週末に靴下専門店に行って買ってきた。意外と高級品なんだな…。素材はタイツと同じナイロン。するすると足を通して、膝の上、ふくらはぎの途中まで到達した。タイツみたいにきゅっと締まる感じがする。いつものソックスよりも生地は薄いので、足先からは足の指がうっすら透けて見えていた。姿見の前で確認すると、スカートがニーハイソックスの上を隠してしまって、まるで白いタイツを履いているみたいだった。これはちょっとカッコ悪いかな、と思って、私はスカート丈をちょっとだけ触ることにした。先生に怒られない程度に、ちょっとだけ…。すると、無事にスカートとニーハイソックスの間に隙間ができて、写真でよく見る姿になった。これなら大丈夫かな。こんな私がニーハイソックスなんて履いていって、何か言われないだろうか。今更ながら不安になってきたけれど、もう今日は始まってしまったし、依頼を遂行するのみだ。

 玄関に行って、ローファーに足を通す。ソックスを履くとぴったりだけれど、それより生地が薄いからか、かかとに少しだけ隙間ができていた。歩くたびにカポカポする感じはあるけれど、慣れればいけそう。家を出てカギをしめて、いよいよドキドキの一日が始まる。

 高校までは家の近くからバスに乗って20分ほど。朝のラッシュで満員のバスに乗り込むと、ほかの人の視線が気になる。いつもよりスカートが短いせいだろうか、下半身のスースーする感じが強い。何かが触っている気がするけれど、人も多いし、仕方ない…。

 学校前のバス停で降りて、校門をくぐり、昇降口へ。いよいよ本格的に、ドキドキしてきた。ほかの登校してくる生徒に混ざって自分の靴箱へ向かうと、そのふたを開ける。当たり前だが、いま上履きは家にあるので、そこにはグラウンドで体育をするときに履くシューズしか入っていなかった。それを見て、私のドキドキはさらに早くなる。すぐ横で、同じクラスの子が上履きに履き替えてさっさと校舎の中へ消えた。このまま立ち止まっていると、じゃまになってしまう。私は、ふー、ふー、と何度か大きく息をついて、両足のローファーを一気に脱ぐと、ニーハイソックスだけの足をスノコに載せた。いつもの白ソックスと比べて、蒸れている感じが大きい気がする。あまり汗を吸わない素材なのかな。そしてローファーを靴箱へしまうと、何も履くものはないので、そのまま校舎内へと足を進めた。周りにはまだまだ登校してくる生徒がたくさんで、もちろんみんな上履きを履いている。その目も気になったけれど、私は初めてソックスのまま歩く廊下の感じに心を奪われていた。意外と、気持ちいい。床は冷たいけれど、ローファーを履いて蒸れた足に、そのひんやりがとても気持ちよかった。初めは汚れるのを気にしてつま先立ちをしていたけれど、疲れるし、何より依頼の件もあったので、私は階段を2階まで上ってからは、足の裏全体を付けて歩くようになった。ほかの人の目も、気にしてもしょうがないので、気にしないことにする。今日は初めてのソックス生活を楽しもう、そう思うことにした。教室の入り口で深呼吸をして、静かに足を踏み入れた。

 「おはよ、灰谷くん」

「あ、おはよう、仁井さん」

11月に席替えをして隣になったのは、物静かな男の子だった。ほとんど会話したことがなくって、高校生になって初めて隣になって、改めて自己紹介をしたほど。名前は灰谷すすむくん。私自身もそんなにコミュニケーションスキルが高いわけではないので、あまり話しかけられるのは好きではない。彼には基本的に私から話しかけることが多くて、話しやすいなと感じていた。挨拶を交わした後、灰谷くんはそれまでしていた課題をまた進め始めた。それを見守りながら、私は席に着いてカバンから道具を机に移していく。幸い、今日は教室での授業が多くて助かった。体育なんてあったら大変だ。上履きがないから、裸足のままで参加しなければならない。一通り終えて、ふと横を見ると、灰谷くんはこちらを気にしている様子だった。

「…灰谷くん、どうしたの?」

「え?あ、ううん、なんでもないよ!」

そう言って慌てて目を逸らす灰谷くん。本人は見てないつもりなのだけれど、私にはわかる。足元を気にしているんだろう。ちょっとだけ恥ずかしいけれど、私はそこを突っ込んでみることにした。

「そう?あ、もしかして、ニーハイ履いてるから…?」

「え、あ、う、うん、今日、どうしたのかなって、思って…」

図星をつかれたみたいで、あわあわしながら答える灰谷くん。明らかに、目が泳いでいる。私は彼の方を向いて、足をそちらへ少しだけ伸ばした。

「ちょっと、イメチェンしようかなって思って」

ソックスについて聞かれたときのために用意していた答えを返す。灰谷くんはなおも足元から視線を逸らせるようにして、

「そ、そうなんだ、イメチェン、ね」

「そうそう。どうかな?」

そんな彼をもう少しいじってみたくなって、私はあえて体を近づけて灰谷くんをじっと見つめた。彼は顔を真っ赤にして、

「い、いいんじゃないかな、似合ってると思うよ」

相当考えて、絞り出したんだなって思える答えだった。きっともっと聞きたいはずなのに。時間も迫っていたので、私は、

「ありがと」

とだけ言って、その時間のお話は終わりにした。実を言うと、私自身も、上履きのことを言われたらどうしようと思っていた。忘れたんだ、っていう言い訳は考えていたけれど、上手く言えたかわからない。

 先生が入ってきて、ホームルームが始まった。私はソックスだけの足をあまりほかの人に見られないよう、椅子の下に小さく組んでおくことにした。上履きのない違和感があって、何となく落ち着かないまま、足の指を動かして、その感覚をつかんでいった。

 あまりソックスのままうろうろしたくなくって、私は3時間目の終わりまで席を立つことはなかった。けれど3時間目の途中からトイレに行きたくなってきた。こればかりは仕方ない。授業が終わると、私は一人、教室近くのトイレを目指す。クラスの友人に借りるという手もあったけれど、きっとソックスは汚れてきているだろうし、あまり迷惑をかけたくなくって、ソックスのまま来てしまった。けれどいざトイレの前に立つと、人がいる中で入るのは気が引けて、かといって次も我慢するのはムリそうだったので、私はあえて人のいないトイレを目指した。廊下を進んで、校舎の真ん中にある渡り廊下を目指す。その入り口のところに、もう一つトイレがあった。幸い、他の生徒の姿はないようだった。私はササッと中に入ると、専用のスリッパに足を通す。ひんやり、ごつごつした感触。そして用を足すと、スリッパを脱いで手を洗う。先に誰か使っていたようで、細かな水しぶきが飛んでいたのか、足の裏に水気を感じた。

 意外と時間を使っていたみたいで、次の授業が始まるまであまり時間はなかった。慌てて席に着くと同時に、英語の先生が入ってきた。英語の授業は冒頭で英会話をするところから始まる。キーワードを使って3人と会話するとクリア。仲のいい女子と話して2人はクリアしたけれど、あと一人、と探していると、隣の灰谷くんが声をかけてくれた。

「仁井さん、仁井さん」

「あ、灰谷くん、まだ大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」

ほっとしつつ、私の方から英語で言いやすい質問をして、彼の番。しばらく言いよどんでいたけれど、最終的にこちらも他愛無いことを聞いてくれた。きっとほかに言いたいことがあったはずなんだけれど、英語で言いにくかったのか、それとも聞きにくかったのか、私にはわからなかった。

 お昼休み、私はこの日、友達と食堂でご飯をとることになっていた。すっかり忘れていて、友達に声をかけられて思い出した。しまったな…。今日は購買で何か適当に買って、教室で済ませる予定だったんだけれど…。食堂は校舎とはちょっと離れているけれど、生徒たちは上履きのまま入ることができる。一応、土足でもOKらしい。財布をもって教室を出ると、校舎を1階に降りる。ここから校舎の端っこにある出入口に向かって、そこから一度外に出る。砂利の地面を5メートルくらい進むと、ようやく食堂が見えてくる。友達は私が上履きを履いていないことに気付いていたのかいないのか、出口のところでようやく、

「あれ、仁井ちゃん、そういえば上履きは?」

そう聞いてくれた。

「あ、うん、今日ちょっと忘れちゃって…」

朝からずっと用意していた答えをようやく口に出すことができた。

月曜日なので忘れてしまってもおかしくはないだろう。友達の2人は、

「なあんだ、でも、食堂、どうしよう?靴、持ってくる?」

と気を遣ってくれた。けれど私の靴が置いてあるのは今いるところと反対側の昇降口。わざわざ持ってきて履くのも面倒なのと、このままいってしまいたい気持ちもあって、ソックスのまま食堂へ行くことにした。

「ううん、いいよ、このままいく」

「え?ほんと?」

「大丈夫?」

心配されてしまったけれど、私は言うが早いか、ニーハイソックスだけの足を、校舎周りのコンクリートの地面に下ろした。途端に感じる、学校の廊下とも教室とも違う感触。ザラザラ、ひんやり、ごつごつ。そのまま、砂利の地面に足を進める。砂や小石のごつごつが大きくなって、まるで足つぼみたいに感じる。

「あ、いて、いたた」

ついつい口に出してしまって、あとからついてきた友達に、

「靴履いてないからだよー」

と当たり前のことを突っ込まれてしまった。

 お昼休み始まって少し時間は経っているものの、食堂前には行列ができていた。もちろん、みんな何かしらの靴を履いている。多くは上履きのままだけれど、きちんとローファーやスニーカーに履き替えてきている人もいた。先生もきちんと並んで待っている。そんな中、私だけはなにも履かず、ソックスのまま。それを意識して、かなりドキドキしてきた。待ち時間、こっそりとソックスの裏を見てみると、午前中ずっとソックスのまま過ごして、さっきは砂利の地面まで歩いたせいで、足の裏はすでに灰色に汚れてしまっていた。その上に砂もついている。こんなにしちゃって、依頼者さんは大丈夫なのかなと心配になってくる。同時に、こんなにソックスを汚してしまって、ドキドキもしていた。緊張ではなく、興奮のドキドキ…。新品の、白いニーハイソックスをこんなに汚しちゃった…。もっと、汚しちゃいたいな…!

 順番が近づいてきて、メニューを確認。今日のランチはオムライスとサラダ。これにしよう。おばちゃんに注文してお金を払うと、受け取り口にはもう準備できていて、ほぼ待ち時間なく受け取れた。ほかの友達も、みんなランチにしたらしく、それぞれオムライスを持っていた。

「どこに座る?」

「あ、あの窓のとこあいてる!」

そう言って友達が指さしたのは、窓際にあるカウンター席だった。申し合わせたように3人分あいている。ささっとそれらの席にオムライスを置いて、席にすわった。ほかの席と比べて椅子が高いので、足は全然つかなかった。足元にある棒にも、つま先がちょっとふれるくらい。仕方ないので、足はぶらぶらさせたまま、食事をとることにする。

 …ふう、見た目以上に中身が詰まったオムライスだった。食べ終わってふと周りを見ると、私の斜め後ろに座っていた男子生徒と目がばっちりあった。上履きの色が違うので、先輩だろうか。彼はささっと目をそらして、何事もなかったかのように食事を続ける。私は姿勢を戻して、足を前に伸ばした。今まで気づかなかったけれど、足をぶらぶらしていると、後ろからはきっとソックスの足の裏が丸見えだったのだろう。しかもテーブル席の方が目線が低いので、ますますよく見える位置に当たる。あの男子生徒に、私の足裏をずっと、おそらくいまも、見られているのだと考えると、またドキドキしてきた。けれど、決して嫌だという感情ではない。見られていることに、興奮をどこか覚えるのだった。なので私は、また足を椅子の下に戻した。つま先をチョンと棒につけて、足の裏は後ろからよく見えるようにする。ドキドキ、ドキドキ…。気のせいか、体温も上がっているように感じた。席を立つときにふとさっきの席を見てみると、すでにその男子生徒はいなくなっていた。

 食堂を出て、また砂利の地面を足裏の痛みと闘いながら抜け、教室に戻る。するともうすぐ掃除の時間だった。当番表では私は今月、教室の担当だった。チャイムが鳴って掃除の時間、私は同じ担当の女子生徒と一緒にほうきを手に取る。雑巾がけとほうきがけとあるけれど、いつも女子がほうきの担当になるようだ。みんなが上履きで掃除する中、私一人、ソックスのままで床を掃いていく。するとみるみるほこりや砂が集まっていった。週末をはさんで久しぶりの掃除なので、たまっていたのだろう。こんなに汚れた床を、私はいまソックスのまま歩いてる…。そう思うとまた興奮が高まってくるのだった。

 順番的に、ほうきがけのあと雑巾がけになる。雑巾を絞ってモップの先に付けた男子が、楽しそうにそれを滑らせていた。邪魔にならないように教室の反対側に行こうとすると、ソックスの裏に水気を感じた。どうやらあまり絞っていなかったのか、かなり床が濡れてしまっているようだった。そこに私は両足とも、突っ込んでしまったらしい。

「ちょっと男子ー、もっと雑巾しっかり絞ってからやってよ!びちゃびちゃだよ!」

女子の中でも正義感の強い子が男子に注意する中、私は教室の隅に行って、ソックスの様子を確認した。膝を曲げて足の裏を見ると、食堂で確認したときよりいっそう黒くなっていて、手で触ってみるとやはりじんわりと湿っているようだった。気をつけなきゃな…。濡れてしまったけれど、脱ぐわけにはいかないのでこのまま過ごすことにする。教室の後ろもほうきがけをするけれど、雑巾がけで相変わらず床はあちこち濡れていて、私のソックスも同時にじめじめさが増していくのだった。

 「仁井ちゃん、トイレいかない?」

掃除あとの休憩時間,次の準備をしていると、友達の一人が声をかけてくれた。考えてみると,朝から一度しかトイレには行っていない気がする。あまり水分も取っていないから行く必要もなかったのだろう。この時もそんなに行きたくはなかったので、丁重にお断りした。ソックスのままだし、トイレに行くのは最低限にしようと思う。

 掃除のあとの5時間目、化学室へ移動する。今日初めての移動教室だ。教科書やノートをもって、ソックスのまま廊下へ出る。タン、タン、と軽い足音を響かせながら、おしゃべりをしつつ南校舎の化学室へ。実験をするのかなと思ったけれど別にそんなことはな、,黒板を使った授業が続いた。

 授業の途中、私はさっきトイレのことを考えたからか、昼休みに水を飲み過ぎたのか、トイレに行きたくなってきた。授業はまだあと半分ほど残っている。何とか我慢しなければ。初めの10分はどうにかなったけれど、残り15分というところで、なかなか尿意が強くなってきた。だんだん寒くなって来たけれど、まだ日中は暖かい。ただ今の私には上履きがなく、床の冷たさが足の裏を通して伝わってくる。そのせいか、尿意もだんだん強くなる。私は足をきゅっと机の下で縮めて、手でその部分を抑えながら授業の終了を待っていた。あと5分、4分、3分…。きっと体は相当もじもじしていたと思うけれど、それを気にする余裕はあまりなかった。

「…よし、今日はキリがいいからここまでにしましょう。号令を」

幸いなことに、授業は少し早く終わった。体を前かがみにさせながら立ち上がると、なぜか一瞬尿意が薄くなった。道具をもって化学室を出る。どこか近いトイレはないかと探しながら歩くと、渡り廊下のところにあった。さっきも使ったトイレだ。教室へ向かう友達に、先に行っててと伝えると、私は一目散にトイレに駆け込む。いつもの調子でそのまま飛び込みそうになって、慌ててスリッパに足を突っ込む。危うくソックスのままトイレに駆け込むところだった。それはさすがにまずい。

「ひゃっ」

けれど、私が足を突っ込んだスリッパも、なぜか中が濡れていて、ソックスがひんやりと濡れてしまった。掃除の時間に水を撒いていたのか、トイレの床は一面濡れたまま。その水がスリッパにもかかってしまったのだろう。両足ともに足の裏がかなりじっとりしてしまった。そのせいか、また尿意がやってきて、私はその濡れたスリッパのままで個室に駆け込んだ。なんとか最悪の事態は免れた。

 用を足して、手を洗って、足元を見てみる。上から見ても、足先や周りが黒っぽくなっていて、足の裏もかなり汚れているんだなと想像できるようになってきた。人がいないことを確認して、足をまげて足の裏をじっくり見てみる。今朝の真っ白なソックスの面影はなく、足の形に見事に真っ黒だった。まるで習字の墨をそのまま踏んでしまったみたい。足の裏に触れてみると、けっこうじっとりと濡れていた。足の指をグネグネ動かしてみると、足の汚れも動いて見える。けっこうな気持ち悪さで、すぐにでも脱いでしまいたい気がするが、今日は我慢する。次の時間が迫ってきたので、私はトイレを出ると、急ぎ足で教室へと戻った。

 最後の授業はロングホームルーム。今日は特にやることもなくて、自習になった。担任の先生も面談の準備で忙しいのか、黒板に大きく”無言集中”と書くと、すぐに教室を出ていってしまった。足元の気持ち悪さはそのままで、はじめはいつものように床に着けて宿題を解いていたけれど、だんだんと足元は冷たくなって、寒く感じるようになってきた。そこで私は、足をイスに上げてみることにした。右足、左足と椅子の上に足を上げて、正座の姿勢をとる。床に着けているよりは寒くもなくて、そこからまた課題を進めた。

 正座のまま課題を進めること数分、何か視線を感じて、私は横に座る灰谷くんの方を向いた。すると彼が視線の主だったようで、私と視線がぶつかると、あわてて目を逸らしていた。どうしたんだろう、私の後ろの方を見ていたような…。気になって同じところを見てみると、そこには真っ黒な足の裏が露わになっているではないか。ここまで見せるつもりはなくって、さすがにこれは恥ずかしい。私はすぐに、スカートの裾で足を隠した。そして一瞬残念そうな表情を見せた灰谷くんに、内緒だよのポーズをして見せた。こんなに真っ黒なソックスを履いてるなんて、みんなに知られるのは恥ずかしいな。灰谷くんはこくりとうなずいて、自分の問題集に戻った。私もそれを見て課題を進める。途中、足がしびれて姿勢を崩すことはあったけれど、足の裏はなるべく見せないようにがんばった。

 自習の時間が終わるとまた担任の先生が戻ってきて、簡単なホームルームをして放課となった。やっと、長い長いソックス生活の一日が終わる。今日は部活もないし、早く帰ることにする。そして帰ったらすぐに報告だ。

「じゃあね、灰谷くん」

「う、うん、じゃあ…」

相変わらず、私の足元が気になっている様子の灰谷くんにバイバイを言って、私は教室を出た。実は、化学室への移動のときも後ろをついて来てるなって気づいていて、わざと足の裏が見えるように階段を上っていた。流石に正座の足裏は恥ずかしくって見せられなかったけれど、私みたいな子が好きな男子もいるってことなのかな…?直接それを聞くのはなかなか難しくって。また機会があれば話をしよう。私が先に教室を出ると、ついてくるのかなと思ったけれど、灰谷くんは結局昇降口まであとをついてくることはなかった。私の思い過ごしかな?まあ、いいか。

 靴箱からローファーを取り出して床に置く。ニーハイソックスの足をそのまま入れようとして、一旦ストップ。目線の先には、黒く汚れたソックスのつま先が見える。側面や、甲の部分にも黒っぽい汚れが見えていた。足の裏は、もうすごい。どうしよう、こんな汚れたソックスでローファーを履くと、この中まで汚れちゃいそうな…。けれど替えの靴下なんて持ってきてないし…。こんなことをするのは初めてなので、勝手がよくわからなかった。次やるときは、きれいなソックスも持ってくることにしよう。今回は仕方ないので、ソックスを履いたまま、足を入れた。ニーハイソックスを脱いで、素足のまま履くのも考えたけれど、それは寒いし、何よりほかの人の目が気になった。ソックスはまだ何となく湿っていて、履いた途端にもわっとした感じが足を包む。思えば、朝脱いで以来の靴だ。ずっとソックスのまま歩き回っていたせいか、ローファーの中敷きがとても柔らかく、暖かく感じるのだった。

 家に帰ると、私は玄関で靴を脱ぎ、一緒にニーハイソックスも脱いでしまった。もう汚すことはないし、それよりも汚れを保存しないと。改めてソックスの足裏部分を見ると、本当に足の形に真っ黒になっている。気になって、玄関に直接つけていた素足の裏を見てみると、こちらも真っ黒だ。ソックスの中までゴミが入ってきてしまったらしい。幸い家には誰もいないので、私はスリッパを履かないまま、まずはつま先立ちでお風呂場を目指した。

  制服に裸足という格好で、足の汚れを洗い流す。白い浴室の床に灰色のお湯が流れ、やがてきれいになっていった。さっきのソックスも洗いたいところだが、依頼にこたえなければならないので、恥ずかしいけれどそのまま持って部屋に行く。いつものように床にマットを敷いて、その上にニーハイソックスを並べて置いた。足の裏がばっちり見えるように配置して、写真を撮る。裏と、表と。改めて見ても、今まで見たことのないような真っ黒さ。自分の足の形がまるまるわかってしまう。表の方も、食堂にいったり掃除をしたりしたせいで、全体的に灰色っぽくなっている。ここまで汚してしまって、依頼者さんは引かないかな…。キャンセルになっちゃったらどうしよう、と考えながら、DMで今日の報告と画像を送った。

 返事は夜になって返ってきた。ベッドの上で、スマホを開く。どうやらとても気に入ったみたいで、次回は金額を上げるから、またやってほしい、とのこと。えー、どうしようかなあ、とじれてみるものの、私の中ではまたあの靴下生活ができるのなら、それで稼げるのならとってもありがたいなって思っていた。今日一日お世話になったソックスは、保存袋に入れたあと、封筒に入れて、ポストに投函。薄くて軽いので、郵便で送れるのがありがたい。郵便屋さんも、まさかあんなものを運んでいるなんて思わないよね…。


つづく


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