はしゃぎたい橋本姉妹
「ねえユーリ、ホントに、この格好で行くの…?」
「そうだよ!お姉ちゃんも乗り気だったじゃん!」
「そ、そうだったけどお、いや、これは…」
「ねね、あたし、かわいいかな?どうかな?」
「う、うん、ユーリ、すっごくかわいい…」
「えへへえ。お姉ちゃんも、すっごくかわいいよ!」
10月30日、明日あるイベントに備えて、私、高校3年生の橋本ミユと、中学2年生の妹のユーリはそれぞれ衣装に着替えていた。衣装と言っても、ドレスとかじゃなくって、二人おそろいの、ミニスカナース、というものだった。それも、ところどころ破れていて、血に似せた赤いインクも付いている。とある量販店で買ってきた衣装。どうしてこんな服を着ているのか…。それは明日の日付を見ればわかる。10月31日、人々が仮装をして、はしゃぎまくる日。本来はそんな日じゃなかったはずだけれど、毎年のニュースを見ていると私の目にはそう映るようになってしまった。
私と妹はそこまではしゃぐ方ではないはずだけれど、10月31日に地元のショッピングモールでお祭りがあるようで、妹が仮装をして参加したいと言い出した。妹の友人も来るみたいだし、一緒に行けばいいはずなのに、なぜか私も連れ出そうとしている。いろいろやることあるし、それどころじゃないのになあ、なんて思いながらも、妹に言われるがまま、その日の予定を空けて、さらに仮装用の衣装まで買ってしまった(自分のおこづかいで…。意外と高かった…)
「あとはあとはー、これ、履くんだよ!」
「こ、これ…?」
そう言って手渡されたのは、白くて長い靴下。普段学校に行くときに履くものよりかなり長い。いわゆる,ニーソックスってやつ。生地は、寒いときに履くタイツと手触りが似ていた。足を通すと、するすると伸びていって、ふくらはぎあたりでぴったりフィットする。足先を見ると、つま先あたりから足の指が透けて見えて、なんとなく恥ずかしい。
「…もう片方は?」
手渡されたニーソックスは右足の分だけ。左足は何も履かないままだった。
「お姉ちゃん、片方だけ履くのがいいんだよ!」
「ほ、ホントに…?」
「うんうん!」
もうここまですべて妹の指示通りに動いているから、いまさら何も言えなくなって、私は結局片方は白いニーソックス、もう片方は素足、というなんともアンバランスなミニスカナースになっていた。流行りを知っている妹のコーディネートだから、外れることはないだろうと、信用してみる。妹は私と反対側、左足だけニーソックスを履いて、2人並んで姿見の前に立つ。同じ衣装で、髪型は私が右側のサイドテール、妹は左側のサイドテール。左右対称ってやつだっけ。とても上手にできてるなって感心してしまう。背の高さの違いがあって、相似比5対4の女の子みたいになっている。…ちょっとわかりにくいかな?
「えへへえ、お化け病院のナースをイメージしてみました!」
そして10月31日の当日。休日で、私も妹も学校はない。ショッピングモールはけっこうな人出だった。お父さんに連れられて車に乗って来たけれど、駐車場を探すのも大変だった。立体駐車場のたまたま空いたところにとめて、車を降りる。ちなみに服装は、昨日打ち合わせた通りのもの。ところどころ破れたり赤くなったりしているミニスカナースに、ナース帽、片方だけの白いニーソックス。それにスニーカーを履いてきていた。片方は靴下など履かずに、素足で履いているので、いつもより違和感がすごかった。妹は通学用の靴を履いている。ソックスとかはこだわっていたのに、靴は何でもいいのかな、と家を出るときに疑問に思ったけれど、車を降りるところでその疑問は解けた。スニーカーを履いたまま降りようとしたときに、妹に呼び止められる。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、靴は脱いでいくんだよ」
「…ふえ?」
見ると、妹は履いていた通学靴を車の中で脱いで、片方は裸足、もう片方は白いニーソックスだけになっている。そしてそのまま、車を降りたではないか。え?え?なにしてるの?
「え、な、なにしてる、の…?」
「だって、お化け病院のナースはこんな靴、履かないよ!なにも履かない方が、フインキでるんだよっ」
そう言って、靴を履かないままの格好でバーンとポーズを見せてくる妹。
「そ、そう、なの…?」
「そうだよ!お化けだから、靴は履かないの!」
ちょっと言ってることがわからない。けれど、今日これからあることに、意味を求めてはいけない気がする。そう考えた私は、素直に従っておくことにした。靴を履かずに車を出るのは少しだけ嫌だったけれど、きっと楽しくなるはず。妹を信じてみよう。右、左とスニーカーを脱ぐと、裸足のまま足を地面に下す。
「えへへー、裸足だね、お姉ちゃん!」
てててて、と裸足のまま駆け寄ってくる妹。立体駐車場の地面は砂やほこりが積もっているのか、裸足で歩くとひんやり、ザラザラしている。中学生のころ、裸足のままグラウンドでダンスを踊った、あの時の感覚よりも固いかな。高校生になってからは裸足になる機会ってなかったなと思う。プールの授業もないし、裸足になるのって身体測定の時くらいかな。
お父さんは、靴を置いた車に乗って、また家に戻ってしまった。妹が呼べばまた来てくれるらしい。私は片方をニーソックス、もう片方は素足、という違った感触を交互に足の裏で味わいながら、立体駐車場のエレベーターに乗り込む。ほかにも仮装している人がいるけれど、オレンジ色のフリフリのドレスや全身の着ぐるみ衣装など、テレビやSNSでいつも見るようなものだった。靴を履いていないのは私たちだけで、何となく恥ずかしい。初めて裸足で乗ったエレベーターの床はひんやりとしていた。
エレベーターをおりて、いよいよショッピングモールの中へ。仮装した人、普段通りの服の人、イベントの日とあって、いつもより人出は多かった。足を踏まれないように、気を付けながら進む。通りにはカーペットが敷いてあるので、足の裏が痛くなることはないけれど、すれ違う人たちに足元を見られているような気がして、恥ずかしかった。先を行く妹の影に隠れて、モール中央にあるという、イベント会場を目指す。ステージや限定商品の物販、撮影会などをやっているらしい。2階の通路を歩いていたが、イベント会場は1階だ。近くにあるエスカレーターに乗り込む。もちろん、裸足で乗ったのは初めてだ。溝が足の裏にいい感じに食い込んで、見た目は痛そうだけど意外と気持ちいい。降りるときは巻き込まれないように、ジャンプする。足元を見ていると、白いニーソの足先が黒ずんできていることに気づく。そりゃ、靴を履かずに歩いてるんだから、汚れちゃうよね…。足の裏を見るのが、怖くなってくる。1階の会場近くはつるつるとしたタイルの床で、ひんやりしている。ずっと歩いてると、足の裏が痛くなってきそうな感じだ。
「あ、ユーリちゃん!こっちこっち!」
「みんな!もう来てたんだね!」
会場入り口には、カボチャを模した風船が飾り付けられて、流行りの音楽が流れていた。その近くに、私たちと同じようなミニスカナースの格好をした女の子たちが4人、並んで待っていた。妹の学校の友達らしい。
「紹介するね!お姉ちゃんですっ」
「こ、こんにちは…」
人見知りしがちな私。年下の妹の友だちなのに、挨拶がカタくなってしまう。ドキドキしながら顔を上げると、妹の友達はきゃーきゃー言いながら私たちを取り囲んだ。
「わー、お姉さん、かわいいです!」
「ら、ライン、交換してくださいっ」
「え?え?」
「えへへえ、お姉ちゃん、大人気だね!」
得意げな妹を前に、私は言われるがままスマホを開いて、ラインを交換し、写真を取り、共有してもらっていた。この間、ほんのわずか。いまどきの中学生はすごいな…。
「ねね、中、入ろうよ!みんなで写真撮ってもらえるよ!」
妹の声で、私たち姉妹と妹の友達4人はイベント会場へ入った。おそろいの衣装にしようと話し合っていたのか、髪型は違うけれど、友達はみんな同じ格好をしていた。ミニスカナースの衣装に、足元は片方だけの白いニーソックス。靴は履いていない。先を行く彼女たちの足の裏は、みんな真っ黒になっていた。けれどそんなの気にしない様子で、それぞれ思い思いのグッズを買ったり、お菓子を買ったりして楽しんでいた。私も、妹とおそろいのシュシュや、カボチャの置物、お母さんお父さんのお土産にお菓子を買ったりしていった。会場にはコスプレをした人もたくさんで、カボチャの着ぐるみや有名なアニメキャラクターのコスプレ、ドラキュラや私たちと同じようなナース服など、見ているだけでも楽しい。中には貞子の格好の人がいて、顔は長い髪の毛で見えなかったけれど、裸足だったので妙に親近感がわいた。
「あ、お姉ちゃん、みんな!写真撮ってもらえるらしいよ!」
アイドルグループや歌手のステージが行われているその横に、撮影ブースが作られていた。カボチャやお化け、魔女などの飾りの中に真ん丸ないすが置いてあって、グループ写真が撮れるようになっている。係りの人がいて、スマホを貸したら撮ってくれるらしい。
「おねがいします!」
気づいたその瞬間に、妹がスマホを係りの人に渡していた。
「どんなふうにする?」
「みんなでここに並んで座ろうよ」
ということで、カボチャの上の平らになったところにみんな並んで座った。足を前に伸ばして、手をつないで、にっこり。パシャ。
「確認、おねがいします!」
「はーい!」
撮られている間は全く気付かなかったけれど、足を前に伸ばしていたせいで、足の裏がカメラにばっちり収まっていた。みんな並んで、真っ黒な足の裏が丸見え…。素足の方も、白いニーソックスも、足の形に真っ黒だ。最新のスマホなのでカメラの画質が良く、すごく鮮明だ。それに気づいているのかいないのか、妹は早速グループラインで写真を共有していた。私にも送られてきて、その足の裏を見て、ドキドキ…。落ちるかな、このよごれ…。そしてふと気になって、妹のところを拡大してみると、なんと二―ソックスのかかとに穴が開いているではないか。真ん丸に穴が開いて、素足がのぞいて、さらに真っ黒になっている。私のはまだ無事みたいだ。気づいてるのかな、妹よ…。
「ふー、歩き疲れたね!おなかすいたかも…。」
「うん!じゃあおやつ、食べに行こうか!」
「いいね!どこにする?」
「あ、ちょっと待ってー」
撮影も終わって会場を出ると、時刻は16時になっていた。お昼ご飯は食べていたけれど、おやつを食べたい気分だ。モールの案内図を見ようとしていると、妹の友だちがソファに座って、持っていたバッグからサンダルを取り出していた。え、持ってきてたんだ…。
「あれ?ユーリちゃん、靴は?」
特に足の裏を拭くこともなくサンダルを履く女の子たち。あんまり気にしてないのかな。そのまま履くとサンダルも汚れちゃうよ…?
「車に置いてきちゃった!持ってきた方がよかったかな?」
あっけらかんと答える妹。
「いいんじゃない?仮装してるんだし!」
「そうかな?ま、いいか!じゃあここ、いこうよ!」
あんまりよくない気もするけれど、靴は車だし、お父さんは家に帰っちゃったし、どうしようもなくて…。結局私と妹だけは裸足のまま、妹チョイスの、パン屋さんに併設のカフェに行くことになった。それぞれパンを選んで、ドリンクとセットにする。お客さんはけっこういて、おばあちゃんたちが珍しそうにこちらを見ている気がした。うう、視線が気になるよう。
「きゃ!つめた!」
お会計を済ませて、6人が座れるテーブル席へ移動する間、前を行く妹がビクンとして立ち止まった。両手にトレーを持ったまま、膝を曲げて足の裏を確認している。どうやら、床に落ちていた氷を踏んでしまったらしい。かかとの部分は破れて大きな穴が開いて、さらに足の形に真っ黒になった白いニーソックスの裏の一角が、湿っている。
「あはは、ユーリちゃん、足の裏真っ黒じゃん!」
「あ、あんまり見ないでよー」
妹も、足の裏は恥ずかしいのかな。すぐさま足を戻して、席に座った。さっきの写真も、よくよく見たらその足裏がばっちり写っちゃってるんだけれど、まだみんな気づいてないみたい…?
妹とその友達の女子トークが盛り上がって、1時間ほどかけておやつを食べたら、妹の友だちとはお別れだ。私と妹はモールの通路にあるソファに座って、お迎えを待つことにした。夕食の時間も近づいて、明日からまた学校やお仕事が始まるからか、人通りはだいぶん少なくなった。妹は足を前に伸ばして、足の指をくねくねさせながら電話している。向こう側から見たらあの真っ黒な足の裏が丸見えな気がする…。二―ソックスに開いた大きな穴も…。私はというと、そんな足を見られるのは恥ずかしくって、床に足の裏をぴったりくっつけて座っていた。仮装をしている人も少なくなって、なんだか私たちだけ浮いているみたい。
「もしもし?お母さん?お迎え来れる?」
「ごめーん、お父さん、間違えて夕ご飯と一緒にお酒飲んじゃって!バスで帰ってこれる?」
「えーウソ!?お父さんったら!」
なんと、お父さんが迎えに来れなくなって(お母さんはペーパードライバーだから来れるはずもなく…)、自分たちで帰らなければならなくなった。妹の友達とはもう別れてしまって、それぞれ、車で来たり自転車で来たりしていたらしく、もうみんな帰ってしまったらしい。ショッピングモールのソファに座った私と妹は、お互いに頷いて、
「…仕方ないね。お姉ちゃん、バスで帰ろう」
「うん、でも、靴、ないよね…」
「あ、ほんとだ…」
妹は裸足であることを忘れていたらしく、自分の足元を見て思い出したらしい。車で靴を脱いでから、もうかれこれ6時間ほど裸足のままなので慣れてしまったのかな。私はなかなかそうはならなかったけれど…。
「靴、持って来たらよかったね…。お姉ちゃん、お金、持ってる?」
「ううん、会場と、ごはんで全部使っちゃった…」
「あたしも…。おこづかい使っちゃった…」
いちおう、念のため財布を開いてみても、まさかお金を使うなんて思っていなかったから、今の所持金は小銭を合わせて500円ほどしかなかった。高校生なのでカードなんて持ってないし、最近はやりのなんとかペイも持ってない。
「うん、ちょっとはあるけど、これ使ったらバスに乗れなくなっちゃうよ」
確か、家の最寄りのバス停までは一人200円くらいだった気がする。靴が手に入っても、歩きで帰るのはいろいろ危険がありそうだ。マップを使って調べると、徒歩でここから家までは1時間以上かかるらしい。バスに乗った方がダンゼン早い。家の近くのバス停からだと、住宅街の道を歩いて3分くらいだ。それくらいなら、裸足のままでもなんとかなる!あとは、バスに裸足のまま乗ることになるけど、なんとか頑張ろう…!
「次、バスはいつなの?」
「えっとね、あ、15分くらいしたらくるみたい」
「そっかー、じゃあハダシのまま、帰ろっか、お姉ちゃん」
「そう、だね。恥ずかしいけど…」
「だいじょーぶ!あたしがいるから!」
そう言って、ニコッと笑う妹。かわいくって、心強い。裸足のまま立ち上がって、モールの外にあるバス停を目指す。1階へ降りるために、モールにある大きめのエレベーターへ乗り込む。ちょうどいい大きさの鏡があったので、妹が写真を撮ってくれた。
「ねね、並んで撮ろうよ!今度は2人で!」
「いいよ」
「いえーい!」
狙ってなのか、勢いなのか、妹が素足の方の足を上げた瞬間にシャッターを押し、、鏡にばっちりと足の裏が写っていた。私は直立でピースしてただけなので、問題なし!
「えへへえ、足の裏、写っちゃった…」
頬を染めて、少し恥ずかしそうな妹。1階にはすぐについてしまって、待っている人もいたのですぐに出る。
出口のところでちょうど入ってきた家族の子どもから、
「ママー、あの子たち、かわいいね!」
「ほんとね、ナースさんだね」
と言われて、妹はニコニコしながら手を振ってあげていた。裸足であることにもお母さんは気づいただろうけれど、スルーしてもらえて助かった。
「…ちょっと寒いね」
「こうしてたら、あったかいよ」
外でバスを待つ間、日中は暖かいけれど、日が沈むと途端に寒くなってきた。ナース服は長袖だけれど穴がところどころ開いているし、ミニ丈だし、片方は完全な素足。流石にこの格好は寒い。私と妹はむぎゅっとくっついて待っていた。
「…お姉ちゃん、今日、楽しかった?」
妹が唐突に、ぎゅっと私の腰に抱き付いて、上目遣いで聞いてきた。
「うん、いろいろあったけど、久しぶりにすっごく楽しかった!」
明るい声で答える。受験が近づいて、ずっと勉強漬けだった最近。妹はそんな私を連れだしてくれたんだろう。ウソではなく、ほんとうに、楽しかった。
「えへへえ、よかったあ」
さらにぎゅっと近づいて、足の指同士が触れ合った。
つづく




