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〇〇したい女の子たち  作者: 車男
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素直になりたい砂尾さん その5

 私はなるべく音を立てないように、まずは足を椅子の下で並べておきます。そして右足のつま先を左足のかかとに押し当てます。手を使って脱ぐという方法もありますが、身をかがめると怪しまれてしまうので、上半身はなるべく動かさないようにします。湯川さんのように音も抑えめで一瞬でパパッとできればいいのですが、初めてなので緊張、です。つま先を押し当てると、そのまま左足を浮かせながら後ろに引きました。もともと素足で履いていたので、少しぶかぶかなスニーカーです。それだけでかかとが浮いて、左足を半分ほどスニーカーから出すことができました。そのままスニーカーが落ちてしまわないように、慎重に足を戻します。かかとが浮いたおかげで、左の素足を涼しい風がなでていきます。じんわりと足にかいていた汗が一気に引いていくのを感じます。すごく、気持ちいい…!周りの目は依然気になりますが、中途半端では止められません。右足の開放に移ります。私は左足をスニーカーから完全に取り出すと、素足のつま先を右足のかかとに持っていきます。そして足の指を使って、右足のかかとをスニーカーから浮かせました。こうなったらもう勝ったも同然です。慎重に足を戻して床に置きます。無事に、音を立てることなく両足ともスニーカーを脱ぐことができました!左足に続いて、右足も完全にスニーカーの外に出します。クーラーの涼しい風が足をなでて、これまでの苦労をいたわってくれるかのようです。私は両方の素足をスニーカーから出してしまうと、その上にそっと置いて、また板書をとり始めました。靴を脱ぐことに集中しきっていたせいで、授業はかなり進んでしまっているのでした。

 授業が半分以上経過すると、相変わらず眠たそうな姿勢の湯川さんはまた足を前にグイッと伸ばして、足の指をもにもにさせていました。素足のかかとは完全に床についてしまっています。さすがに私にはあそこまではできないのですが、ちょっとだけその気分を味わいたくて、素足をスニーカーから離すと、机の前の棒に乗せてみました。

「…!」

ついつい声が出そうになって、あわてて手で口元を押さえます。なんでしょう、この味わったことのない気持ちよさ。汗でじんわりムレムレしていた素足に、急に感じるひんやり、すべすべとした感触。素足で触れる机の棒というのは、こんなにも気持ちのいいものなんですね。これは湯川さんがあれほど素足をこしこししたくなるのもうなずけます。私はあたりをうかがって、みんなが授業に集中しているか寝落ちてしまっている様子であるのを確認して、足の指で棒をぎゅっとつかんでみました。普段は足を出すことがないので、足の指一本一本を動かすのは難しいのですが、全指を一気に動かすことはできました。ぎゅっとつかむとさらにひんやり感が伝わって、これまで以上に気持ちいいのです。ただ、しばらくぎゅっとしていると人肌で暖まってしまうので、そのたびに場所を変えながら足の裏をひんやりさせていきました。

「…はい、では今日はここまで」

「きりーつ」

足の裏に感じるひやひやを楽しんでいると、唐突に授業は終わって、起立の号令がかかりました。がたがたと席を立つクラスメイトたち。すっかり時間を忘れていた私は、靴を履く暇がなくそのまま立ち上がってしまいました。スニーカーは机の下に並べて置かれたまま、私は裸足で礼をしてまた座りました。慌ててスニーカーに素足を突っ込みながら、周りの人に見られていないかきょろきょろしましたが、それについて気にしているような人はいないようでした。よかったです。そして手をつかってかかとまでしっかりと靴を履きなおすと、いまだ靴を脱いで裸足のまま、机に伏せている湯川さんを見つけました。体育の後の日本史というのは、湯川さんにとってはいい睡眠薬になってしまったようでした。

 トイレを済ませて教室に戻ると、私は今が靴下を履くいいタイミングだということに気が付きます。内心はこのままでいたい気がするのですが、やはりクラスメイトの目もあるので、素足履きを楽しむのはここで終わりにしなければならないでしょう。さて体育のときに脱いだ靴下はどこにいれたかしらと、制服のポケットや体操服入れを探します。けれど、どこにもありません。あれ…?

「…湯川さん、湯川さん」

「…んあ、あれ、いいんちょーだ、おはよー」

教室の心当たりをすべて探した私は、とうとう湯川さんに助けを求めました。ここにないということは、体育館のどこかに落としてしまったということになります…!

「あの、私の靴下、知らないですよね…?」

あまり聞かれたくない会話なので、私は湯川さんの顔のすぐそばでこっそりと話します。

「えー、いいんちょーの靴下?…あたしは盗ってないよ!」

あわてて手をわたわたさせる湯川さん。疑われてると思っているのでしょうか…?

「いえ、盗ったなんて思ってないですよ!ただ、体育館に落としたかもしれなくて…」

「え、そうなの?たいへんじゃん!」

「はい、いまからいけますかね…?」

「うん、つぎも授業あるだろーし、入れると思うよ!」

それを聞いて、私はとても安心しました。けれど、体育館に用事のあるとき以外で行ったことのない私。少しだけ、足がすくんでいます。

「…よかったら、あたしも一緒に行こうか?」

「え、いいんですか…?」

そんな私を思ってか、湯川さんが申し出てくれました。ほんとうにそういったところがとても優しいのです。

「うん、ちょっと先生に用もあるし!ちゃっちゃと行ってこようか」

「は、はい!」

というわけで、私と湯川さんはそろって素足に靴を履いて、再び体育館を目指しました。入り口から中をのぞくと、まだ昼休憩の時間とあって、誰もいないようでした。

「さ、入ろっか?」

「あ、はい!」

そう言って、いち早く靴を脱いで裸足のままペタペタと歩き出す湯川さんに続いて、私もスニーカーをぐいぐいと脱ぐと、素足を体育館の床につけます。相変わらずザラザラしていて、けれどムレムレの素足にかいていた汗が引いていく感じがして、やっぱり裸足で歩くのは気持ちよく感じていました。事情を知らない人から見ると、制服に裸足の女子二人。どう見られているのでしょうか…。

「えっと、ここらへんで着替えてたよね?」

「はい、そうです、で、使っていたロッカーは確か…」

更衣室に入って、私が着替えていた辺りを調べますが、靴下らしきものはどこにもありません。誰かが持っていったのでしょうか…?

「うーん、ないねえ…」

「そう、ですね…」

このままだと、今日一日、午後の2時間と課外の1時間まで、私は素足に靴を履いて過ごさなければなりません。午後の時間割を考えると、あまり素足で過ごしたくないのですが…。

「ひょっとしたら、落とし物で届いてるかも!教官室、いこっ」

「あ、は、はい!」

湯川さんはそう言うと、ガラッと戸を開けてペタペタと体育館を走っていきます。スカートがひらひらして、ハラハラしますが、私もそのあとを追っていきます。教官室は体育館前方のステージ横の階段を上ったところにありました。部活でも委員会でも縁がないので、登るのは高校に入ってから初めてでした。

「しつれいしまーす、あ、先生~」

「こらこら、学年と組、名前をまず述べなさい」

「まあまあ、いいじゃないですかあ、ちょっと急ぎなので!」

湯川さんはさすが、慣れているのか、緊張する私とは正反対に、すっかりリラックスして先生と話をしているのでした。

「急ぎって?」

「あ、この子!お友だちのいいんちょーなんですけど!」

「あ、こ、こんにちは…」

「こんにちは。いいんちょーって、なんの委員長?」

「あ、えと、風紀委員長、してます、砂尾と申します」

「砂尾さん…、あ、さっきの、裸足の子ね!」

裸足の子で覚えられてしまているのが少しだけ不本意ですが、これは仕方ありません…。

「あら、まだ、裸足なの?靴下は?」

「それがですね、更衣室で落としちゃったみたいなんですけれど、落とし物とかで届いてませんか?」

「落とし物?うーん、届いてないと思うよ、そこの箱に入ってるはずだけれど」

先生が指さした箱の中には、確かに落とし物っぽいものが入っていましたが、残念ながら私の靴下は入っていませんでした。これはいよいよ、靴下行方不明事件です…!

「そっかー、もしあったら、また部活のときに教えてください!」

「ええ、覚えておくね」

「失礼しましたあ」

体育館の教官室を後にした私と湯川さん。とぼとぼと階段を下りて、入り口に脱ぎ置いていたスニーカーを履こうとしました。

「あ、まってまって、いいんちょー、はい」

「…あ、すみません」

靴下、どこに行ったのだろうと考えながらだったので、足の裏がまた汚れていたことを忘れていました。入り口の段差に座って、湯川さんからもらったウエットティッシュで拭いていきます。さっきほどではありませんでしたが、白いウエットティッシュは両足を拭くことで灰色に染まっているのでした。

 「どこ行っちゃったんだろうね、いいんちょーの靴下」

「もう一度、自分の荷物を探してみます。湯川さん、ありがとうございます、一緒に来てくれて…」

再び素足のままでスニーカーを履き、私と湯川さんは教室に戻っていました。よくよく考えると、まだお昼をとっていません。急いで戻って食べると、ギリギリ間に合いそうです。

「いいよいいよ!ヒマだったし!あとあと、その”湯川さん”ってカタいしさ、みんなみたいに、”ゆーちゃん”でいいよ!」

横を歩く湯川さんは、そう言ってニコッと笑いました。小さい頃から私はこういう性格なので、仲のいい子は少しだけいるのですが、いずれも「さん」づけで、ニックネームで呼ぶなんて初めてのことでした。

「えっと、では、”ゆーさん”、で…」

「あはは、ゆーさんってゆーさんって!でも、いいんじゃないかな?」

そういいながらくすくす笑う湯川さん。本当に、一緒に話していてとても楽しい人だと思います。

 5時間目は教室での授業で、急いでお昼を書き込んだ私と湯川さんは掃除を終わらせてまた教室へ戻ってきました。5時間目の直前、、私は改めて自分の荷物を探してみたのですが、やはり通学カバンにも体操服入れにも、もちろん、机や教室後ろのロッカーにも、それらしきものは入っていないのでした。本当にどこへ行ってしまったのでしょう…?と考える時間もつかの間、5時間目が終わり、6時間目、音楽室へ行くために教室移動をします。音楽室は靴を脱いで入らなければなりません。裸足であることがみんなに見られてしまいます。湯川さんとの移動中、私はドキドキが高まり、音楽室の前で靴を脱ぐ瞬間は、それが最高潮になっているのでした。

「あれ、いいんちょー、どしたの?入らないの?」

「あ、いえ、ちょっと待ってくださいね」

「あ、そっか、仕方ないよ、勢いつけて、一気に行くんだよ!」

「は、はい…!」

がんばれ、がんばれ、というナゾの励ましを音楽室前で受けながら、私はスポスポとスニーカーを脱いでしまうと、ほかの人にあまり見られないように、なるべく急ぎ足で中へと裸足を進めたのでした。

「では今日も、合唱の練習をしていきます。湯川さん、伴奏、いいかしら?」

「はい!」

以前の音楽では、裸足でピアノ伴奏をする湯川さんをドキドキしながら見ていましたが、今日は違います。ドキドキしているのは一緒なのですが、それは湯川さんだけでなく私自身も裸足だからなのです。合唱のときはもちろん立って行うので、足の裏にダイレクトにカーペットの感触を受けます。使い込まれているからか、結構ごわごわしています。ただ土足禁止エリアのため、汚れを気にすることはなさそうです。

「…はい、みなさんかなり上達してきましたね。では音程でグループを組んで、テストをしていきましょう。グループはこちらで決めているので、今から読み上げますね。まずは…」

今日はなんだかテストの多い日です。まさかの音楽の合唱のテスト。グループごと。そして私の名前は2グループ目に呼ばれました。

「ではいまから練習の時間をとります。授業終了の20分前から、1グループ目から順番にテストしますね。あ、湯川さんは伴奏でいいですよ。テストはこのピアノの横で、みんなの方を向いて、やってもらいましょう」

これはかなり恥ずかしいこと確定です。前に立って、みんなの前で歌うなんて。こんな日に限って、靴下を履いていないのです。さっき死ぬ気で探すか、買うかしておけばよかった…!

 と後悔する間もなく、グループでの練習が始まります。私のグループは、私がアルトパート、他の2人は幸い出席番号が近く、そこそこ話す女子でした。2人はどちらもソプラノパートです。

「よろしくね、砂尾さん」

「よ、よろしくお願いします」

「じゃあ、さっそく、合わせよっか」

ということで、一度アカペラで通してみましたが、みんなうまくて、すでに申し分ない出来だと思いました。

「ふう、なんか、もう大丈夫そうだね!」

「ええ、しっかり合っていたと思います」

「うん、砂尾さんの言う通り、大丈夫だと思うよ!」

というわけで、あと何度か練習をして、おしゃべりタイムとなりました。きっかけは、2人のうち一人の気づきです。

「そういえば、砂尾さん、なんで裸足なの?」

「あ、ホントだー。どして?」

「あ、えっと、ですね、体育のとき、なくしちゃったみたいで…」

「なんだー。そういえば、体育のときも裸足だったね!湯川さんのえいきょうかなって思ったんだけど!」

「まさかあ。砂尾さん、風紀委員長だし、ちがうよね?」

実際はかなり影響を受けていると思うのですが、とてもそんな子とは言えないので…。

「そ、そうですよ!今日はたまたまで…」

「だよねー、涼しそうだけど、私は、裸足はムリだなあ。なんか恥ずかしいし!」

「わたしも、裸足はいいんだけど、靴を裸足で履くのはテイコウあるなあ。サンダルなら全然いけるんだけどな!」

これが普通の女の子の反応なんだと思います。私も以前はそうだったはずなのですが…。今は明らかに、湯川さんの考えのほうに同意しているでしょう。恥ずかしさはありますし、抵抗も少しはあるのですが、裸足で靴を履くことに、以前よりは理解があると思います。

「はい、次、2グループ、お願いします」

「あ、順番来たよ、いこう!」

私はピアノの前に立ってみんなの方を向くと、やはり足元を見られている気がして、頬がほてってくるのを感じました。けれどピアノの前に座る湯川さんを向くと、口パクで、(がんばれ!)と言われて、一気に緊張と恥ずかしさが引いていきました。ドキドキは収まって、練習通りに合唱ができました。靴下を履いていない分、裸足でリズムをとることで幾分か感覚がつかみやすかったような気がするのでした。

「いいんちょー、お疲れさま!うまいね!」

音楽の授業後、音楽室前で湯川さんが声をかけてくれました。ちょうど靴を履こうとしていた時でした。

「ありがとうございます。…ゆ、ゆーさんのピアノも、歌いやすかったです」

「えへへえ、あんがと!けっこう家で、練習したんだよっ」

「あ、そうなんですね!」

「うん!家でも弾くときは裸足だから、土禁でよかったよ!」

「…土足禁止じゃなくても、靴を脱いじゃったりしちゃうんじゃないですか?」

「あはは、そうかも!」

そんなことを話しながら、私と湯川さんは、並んで素足を靴に入れます。まだ一日、半日くらいしか経っていませんが、素足で靴を履くことがなんだか自然に感じる私がいるのでした。


つづく


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