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〇〇したい女の子たち  作者: 車男
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ごまかしたいチトちゃん その2

 「…そろそろ、いいかな」

暗くなった教室から窓の外を眺めていた私は(もちろん、窓は閉めて)、時計を見て小さくつぶやいた。時刻は午後6時半。部活動もそろそろ終わって、生徒たちは午後7時までには門を出なければならない。部活に入るでもなく、先生から居残りを言われていたわけでもなく、私はただある『やりたいこと』をするためにこの時間まで教室に残っていた。ホームルームからかれこれ1時間以上が経って、明日の予習や今日の宿題はすべて終わってしまった。私は机の上に置いてあった勉強道具を片付けようと、自分の席に戻る。今日も上履きはその席の横に脱ぎ置いて、私は靴下だけの状態になっていた。この前みたいにまた急に誰かが来るとびっくりするけれど、この前みたいに自然に言い訳ができれば大丈夫だ。幸い、今日はもう誰も教室まで来る気配はなかった。

「…よし、と。う、おも…」

教科書などを入れたリュックを背負って、席を立つ。この前はアクシデントもあって、教室から靴箱までは上履きを履いて移動した。けれど今日はその一段階上をしようと思っていた。リュックを背負って、私は机の横にあった上履きを手に持つ。そしてペタペタと、靴下のまま歩を進める。廊下に誰もいないことを確認すると、私は靴下だけの足を廊下に踏み出した。今日はこのまま、靴箱まで行こうと決意していた。私の教室は校舎の3階。階段は校舎の真ん中と端っこにあって、私の教室から近いのは真ん中の階段。端っこの階段を使うと、私のクラスの靴箱とは反対側になってしまい、一階の廊下を端から端まで歩かなければならなくなる。

「…こっちから行こうかな」

私はそのうち、端っこの階段から降りるようにした。そっちの方が利用する人は少ないようだし、なにより、少しでも長く、靴下生活を楽しみたかったのだ。

 ペタペタ、と廊下を歩く。つま先立ちなんてせず、足の裏全体を付けて、上履きを履いている時と同じように、廊下の真ん中を歩いていく。やがて階段に差し掛かると、トントントン、と降りていく。電気は点いていないから、踊り場などはほとんど真っ暗だ。もし下から誰かが上がって来たら…。今度はどのように言い訳してごまかそう。もしかして、そのまま立ち去ったらばれないんじゃないかな…?なんて考えながら降りていたら、すぐに1階にたどり着いていた。よかった。もうあとは、この廊下を端っこまで歩くのみ。でもその前に。私は明るい窓のそばに近寄って、膝をまげて靴下の裏を見てみた。

「おお…」

明らかに、このまえ教室で過ごした時以上に、汚れは濃くなっていた。なにより、足の形に汚れが付いているのが、とても私をドキドキさせた。土踏まずや指の間は真っ白なまま、けれどそれ以外は足の形通りに、灰色の汚れがついていたのだ。

「また、汚しちゃった…!」

ドキドキは最高潮に達していて、私は自分の足の裏を見てポーっとなっていた。しばらくして、ようやく我を取り戻す。いけない、いけない。早く帰らないと!見回りの先生が来てしまう。私は廊下をペタペタと歩き出す。そして真ん中の階段に差し掛かった時、横から声をかけられた。

「あれ、生駒さん?まだ残ってたんだ」

「ひゃっ」

その階段は隣の校舎との渡り廊下の入り口にもなっていて、その生徒は隣の校舎から来たらしかった。部活終わりなのか、制汗剤の香りがする。ついさっきまで練習していたらしい、野球部の男子。私と同じクラス。けれど、普段はあまり話さない。友達が多くって、活発な生徒。逆に私は、休み時間は本を読んでいるような、大人しい生徒。友達もごくごく限られている。混ざりあうのはなかなかなかった。

「あ、ごめんごめん、驚かせちゃって!いま、帰り?」

「う、うん…」

私は手に持っていた上履きを体の後ろに隠して、足をもじもじさせながら、答えた。お願い、足元は、見ないで…!

「部活?」

「ううん、勉強、してて」

「うわ、すっげ。こんな時間まで?さすがだな」

「あ、ありがと…」

なにが“さすが”なのかよくわからなかったけれど、とりあえずお礼を言う。彼は二カッと笑うと、そのまま靴箱の方へと歩いていく。このまま一緒に行くと靴を履くときにどうしても気づかれてしまいそうで、少し距離をとっていくことにした。さっきとはまた違う、ドキドキを感じている。

「あれ、どしたの?帰らないの?」

「あ、う、うん!」

けれどその男子はまた振り向いて、私を呼んだのだ。またびくっとしてしまったけれど、私は仕方なくペタペタと彼の方へ近づいていった。彼が後ろを向いたその時に、さっと上履きを履いておけばよかったと思う。案の定、彼は私の“違和感”に気づいてしまった。

「…そういえば、生駒さん、上履きは…?」

不思議そうに聞く男子。私は今日一番ドキドキしながら、必死でリュックの下に上履きを隠して言い訳を探す。

「ん、あれ、持ってるじゃん!あ、あれか、持って帰るために、早くから片付けてたとか?」

けれど、背の高い彼は私の後ろ手に組んだ手を見て、上履きをすぐさま見つけてしまった。そして自分なりの説を提唱してくれた。

「…そ、そう、そう!」

かなり不自然な反応になったような気がするけれど、彼が言ってくれたことに同意することにした。他によさげな言い訳を考える余裕は全くなかった。

「エライなあ、ちゃんと持って帰ってるんだな」

「う、うん、たまには洗わなきゃなって思って」

確かに、私はほか人よりも上履きを持ち替える回数は多いと思う。学期中全く持ち帰らない人もいる中で、私は月一程度は持ち帰って洗うか交換するかしていた。けれどこの前持ち帰ったのは先週。まだ早すぎるけれど、今回ばかりはこのまま持って帰ることにする。昇降口に着くと、リュックから適当な袋を取り出して、その中に持っていた上履きを突っ込んだ。本当は本やグッズの買い物に使うマイバッグなんだけど…。

「オレも、そろそろ持って帰って洗わなきゃだよなあ。まあ来週でいっか」

彼も自らの上履きを見てそう言っていたけれど、結局また靴箱に返していた。私は靴下の確認をする間もなく、そのままローファーに足を入れた。トントン、とつま先を地面に当てて調整する。本当は靴を履く前に靴下を履き替える予定だったんだけれど、彼がいる前でさすがにそれはできなかった。一緒に帰るつもりなのか、彼は私が靴を履くまでの間、近くで待ってくれていたのだ。ほとんど話したことはないんだけれど、どうして…?

「生駒さんは、帰りは電車?」

「あ、ううん、自転車…」

「そうなんだ。じゃあ駐輪場まで送るよ」

「あ、ありがとう…」

いつも帰りは一人か、とても仲のいい子と一緒なんだけれど、男子と一緒に帰るのは初めて。また別のドキドキを感じて、けれどとても心強く感じた。

「じゃあ、気を付けて」

「う、うん、ありがとう…」

彼は、私が自転車に乗って帰るまでその場で見送ってくれていた。うまくごまかせたのかな…。私はまだドキドキを感じながら、前かごに入れた上履きの入った袋を見ていた。


つづく

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