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〇〇したい女の子たち  作者: 車男
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尽くしたいつくしちゃんその2

 楽しい楽しいゴールデンウイークも終わった5月の中頃、私は久しぶりに夏のセーラー服に袖を通しました。連休のうちにお母さんがしっかりアイロンをかけてくれていたおかげで、冬服より幾分か薄い生地はピシッとしています。青いリボンを胸に着けて、クリーム色のカーディガンを羽織り、カバンを下げて、そして素足のまま、こちらも夏用に買ったばかりのスニーカーに足を入れます。靴下はどうしたのかって?その理由を話すには、昨日の流星くんとのラインを思い出さなければなりません。

 『…ところで、明日から夏服も着れるんだよね』

いつもの夜の流星くんとのラインタイム。私は一日の中でこの時間が最も楽しみなのです。今日もかれこれ2時間ほど、学校の宿題を終わらせた後話し込んでしまっています。他愛ない話がいったん途切れたところで、流星くんが切り出しました。確かに、だんだん暑くなってくる季節なので、明日から制服の移行期間に入ります。6月には完全に夏服で登校することになります。私の学校はシンプルで、女子の場合、冬は冬用のセーラー服で、寒いときはコートやカーディガン、セーターを上に着こみます。足元は靴下でもタイツでもOKです。タイツは黒指定で、靴下は黒か紺、白、グレーということになっています。学校指定の靴下があるわけでもなく、どこかの学校のように厳密にこれにしろ、と決まっているわけではありません。夏は夏用のセーラー服に、冷房などが寒い場合は自分のカーディガンや上着を着てもいいことになっています。移行期間中は夏服でも冬服でもどちらでもいいのですが、6月になると完全にみんな夏服を着ていかなければなりません。去年まで、私はその移行期間ギリギリいっぱい、冬服を着て登校していました。私自身が寒がりというのもありますが、半そでで生地が薄くなる夏服はなんとなく心もとなくって、移行期間が終わっても、私はほぼ年中カーディガンを上に着ていました。暑くないかとよく言われますが、学校内は冷房がよくよく効いていて、全くそんなことはありませんでした。さすがに帰宅時はちょっと暑かったりもしますが…。

『そう、ですね。移行期間ですから』

『じゃあさ、つくしちゃん、明日から夏服でおいでよ』

なんと。移行期間に入った途端に夏服を着ていくなんて。去年を思い出すと、確か初日から夏服になっていたのはごくごく数人の女子だけだったような気がします。その中を私が夏服で行くなんて、想像しただけで顔が真っ赤になってしまいます。

『え、明日から、ですか…?』

『うん。準備、難しい?』

ここで、はい、と答えていればいいものの、正直者な私は、ついつい、そんなことはない、と答えてしまいました。

『じゃあ、明日から夏服で来なよ。俺、夏服を着てる子の方がかわいくって好きなんだ』

なんと。夏服の方が、流星くんは好みなんですね。でしたら、その好みに応えねばなりません。それが私の義務だと、勝手に思っています。

『わかりました』

『あ、それと、明日の靴下だけど』

『はい』

これもいつもの流れです。流星くんは翌日の私の足元も指定してくれます。くつしたは流星くんからのプレゼント品なので、どれも大切に履いています。そういえば、この前真っ黒にしてしまったくつした、代わりはもらったのですが、洗うから、と流星くんに預かってもらった分がまだ返ってきていないのですがどこに行ったのでしょう…。

『明日は、靴下なしで』

『え?』

しばらくの間をおいて、ラインでついつい聞き返してしまいました。靴下、なし…?

『だから、靴下は、なしでお願い!』

靴下は、なし…、ということは、素足でいくということでしょうか…?え、素足で?

『じゃあ明日の用意もあるだろうし、今日はもう寝ようか』

『は、はい、おやすみなさい…』

流星くんが寝ようかと言ったら、本当に眠いということです。これ以上、明日のことについて聞き続けることはできなさそうです。流星くんが『靴下なしで』と言ったら、それは絶対なのです。想像するとかなり恥ずかしいのですが、流星くんとの約束なので反故にすることはできません。お付き合いしてもらっている以上、期待には応えなければならないのです。

『おやすみ、つくしちゃん』

私がまだいろいろと明日のことについて考えをまとめようとしている中、流星くんはかわいいスタンプとともにおやすみを送ってきました。もうこれ以上は返信は来ませんし、送ることも憚られます。以前、もっと話したいと、ラインを続けようとしたらかなり怒られてしまいました。眠たいのに無理に話を続けるのはダメだ、ということでした。確かにあの時は私ばかり自分勝手だったと反省して、以降、話をすっぱり切るようにしています。スマホを充電器の上に置くと、私はクローゼットの中から夏服を取り出して洋服かけにかけました。お母さんが連休のうちにアイロンがけをしてくれていたおかげで、しわひとつなく、スカートのプリーツもしっかりついています。私はもう一つ、夏服の上に着るカーディガンも一緒にかけておきます。さすがに朝晩はまだ寒いので、これも一緒に着ていこうと思います。流星くんも、きっとそれはOKしてくれるはずです。あと問題なのは、明日、靴下なしで登校すること。記憶を思い返しても、高校に入ってそんなことをしたことはありません。人前で素足になるのも、私はかなり恥ずかしいのです。身体測定の時はぎりぎりまで靴下を履いていますし、終わったら即靴下を履きます。今通っている高校を選んだのも、プールの設置がないから、という理由が大きいのです。まあ、水泳は昔から苦手だったからという理由もあるのですが…。

 翌日のことについてもんもんと考えながらベッドに入ってマンガなどを読んでいると、いつの間にか眠ってしまったようで、当日の朝を迎えてしまっていました。毎日のルーティンで、顔を洗い、歯を磨き、着替えを済ませます。いつもと違うのは、靴下を履かないままだということ。ペタペタと、素足のままで階段を下り、玄関へ向かいます。お父さんはすでに会社へ向かい、お母さんは朝ご飯の後片付けをしているようで、私が

「いってきます!」

と声をかけると、キッチンの方から

「いってらっしゃい、気を付けて!」

といつもと同じ挨拶が返ってきます。私が素足であることに気づかれないのは、少しばかりありがたいです。そして、素足のまま、通学用に新しく買ったスニーカーに足を入れます。途端に感じる、ごわごわッとした中敷きの感覚。初めての経験です。素足で履くならサンダルかパンプスといった履物でしょうけれど、学校に行くのにそんな靴は履いていけません。足元の違和感に耐えながら、手を使ってかかとまでしっかりとスニーカーを履くと、玄関に置かれた鏡で身だしなみの最終チェックを行います。夏服に、カーディガン。それだけならまだ何とか大丈夫ですが、スカートから下の方に視線をずらすと、素足がそのままスニーカーへ伸びています。靴下はどうしたんだろうと、行き交う人はきっと気になってしまうでしょう。自分の顔を見ると、暑くはないはずなのに、すでに頬が赤く染まっています。なかなか足が外に向きませんが、玄関ドアの音が聞こえないことを心配したお母さんが来てしまってはいけません。私は意を決して足を外に出しました。

 学校までは歩いて5分ほど。校門に近づくと、制服を着た人たちが多くなります。見たところ、夏服の人も何人かいました。よかった。少なくとも私一人だけ、ということはなかったみたいです。けれど、みんな何かしらのくつしたは履いているようでした。当たり前ですよね、高校生なのに、くつしたを履かないなんて。何かあったのかと思われてもおかしくありません。聞かれたとき、どうしよう…。校門に着くと、流星くんはすでに来ていました。玄関で少し時間を使ったせいで、いつもの登校時間より数分遅くなっていました。私を見つけた流星くんは、いつもの笑顔で、私を迎えてくれます。

「おはよう、つくしちゃん。よかった。夏服に、靴下なしで、来てくれたんだね、嬉しいよ」

「いえ、流星君のお願いですし…」

「俺、夏服には靴下は合わないと思うんだよね。特につくしちゃんはさ。素足がすごくかわいいよ」

「ちょ、ええ~、えへへ…」

朝からそんなことを言われてしまうと、照れてしまいます。がんばって、素足で来た甲斐がありました。

 昇降口へ一緒に向かい、自分の靴箱を見ます。ちなみに前回は、あれから2日目に無事、上履きを返してもらえました。ひょっとして、また上履きがなかったり…と少し心配になりましたが、無事、そこにありました。安心して上履きを床に置き、汗で張り付くスニーカーをぐいぐいと脱ぐと、すぐに素足を突っ込みます。あまり人に素足を見られたくない一心で、履き替えはいつも以上にスピーディに行いました。ふと横を見ると、先に上履きに履き替えた流星くんが、その様子をじっと見守っていました。

「…りゅ、流星くん…?」

「あ、ごめんね、うん、やっぱり、つくしちゃん、すごく夏服にあってるよ。素足も、すごくかわいい」

「そ、そうですか…?えへへへ」

小さく拍手をして、私の格好をほめてくれる流星くん。恥ずかしいですが、流星くんが喜んでくれればそれでもうOKです。

「じゃ、行こうか」

「は、はい!」

先を行く流星くんに、なんとなく自分の体を隠して、階段を上ります。いつもはほんの少しだけ大きくて、でもほぼぴったりな上履きですが、靴下がない分、いつもよりぶかぶかです。歩くたびにかかとが上履きからパカパカと浮き上がってしまいます。廊下に着くと、流星くんは私が教室に入るまで見守ってくれています。教室に入る直前に、手を振っていったんお別れするのも、いつも通りです。

 なるべく人に見られないよう、早歩きで自分の席に着くと、ようやく落ち着くことができました。流星くんと一緒にいたからなのか、それとも素足のまま上履きを履いているせいなのか、私は校舎の中に入ってずっとドキドキしっぱなしなのでした。なるべく足元を見られないよう、椅子の下で組んでおくことにします。けれどすぐにかかとが上履きから浮いてしまい、椅子の下できちんとそろえておくことにしました。いつもは机の前に伸ばしたりしているので、この姿勢は少し疲れますね。足が落ち着いたところで教室を見渡してみると、夏服になっているのは今のところ私だけのようでした。ほかの女子はまだ紺色の冬のセーラー服。男子もまだみんな長そでのシャツで、上着の学ランを着ている人もいます。仲間がいるかなと思いましたが、みんな別のクラスか学年のようでした。それを意識すると、やっぱり恥ずかしくって、小さくなってしまいます。ホームルームが始まる直前、女子のグループが飛び込んできましたが、そのうち二人が夏服だったのがせめてもの救いです。たった一人だけ、という事態は免れました!

 昨日は服装のことばかり意識してしまい、今日の時間割にはあまり気が向いていませんでした。午前中は教室での授業が中心ですが、午後は薬物乱用防止の講演会があるということでした。場所は2年生みんながあつまれる、体育館です。ホームルームでそれを聞いた私は、途端にドキドキしてしまいました。私の学校は、体育館に入るときは上履きを脱がなければいけません。体育の時は体育館シューズを履きますが、あいにく今日は体育がないため、家に置いてあります。しかも体育以外で体育館に集まるときは基本的に上履きを脱ぐだけで体育館シューズを履く生徒はいません。みんな靴下のままで過ごします。汚れることはあまりないのですが、私は今日に限って素足で上履きを履いています。上履きを脱いでしまったら、完全に裸足になってしまいます。身体測定のごく短い時間しか裸足になった経験のない私。そんな私が講演会の2時間を裸足のまま過ごすなんて、考えただけでも鳥肌ものです。それも、2年生みんなが集まるのですから、そんな中一人だけ裸足なんて。早退しようかな…。という私の心配を、授業の合間の休憩時間、流星くんとのラインで話してみましたが、

「つくしちゃんならきっと頑張れるよ!おうえんしてる!」

という返事をうけて、幾分か気持ちは楽になりました。考えてみれば流星くんも体育館にはいるわけで、見守っていてくれるのなら心強いです。

 昼休み前最後の授業は、教室での数学でした。昼になるにつれて、窓から差し込む日差しは強くなり、風通しのため窓は開いていますが、教室内の気温はぐんぐん上がっています。残念ながらまだクーラーの使用期間ではないので、集中管理されているクーラーは機能しません。上着を着ていた男子はそれを脱いで、シャツを腕まくりしています。冬服を着ている女子も、腕まくりをしています。私はというと、朝方は寒く感じていましたが、今はカーディガンを着てちょうどいい気温です。けれど足元に意識を向けると、くつしたを履いていない分、上履き中で汗をかいているのか、足先の方などがかなりムレムレになっています。くつしたを履いている時は全然そんなことは気にならないのですが…。私って実は汗っかきだったのでしょうか…?それまで人の目を気にして、なるべく椅子の下でそろえたままにしていましたが、ついつい足を前に伸ばしたり、机の横に置いたりと、動かしてしまいます。上履きの中で足の指を動かすと、ぬるぬると結構な汗をかいているのを感じます。授業の中頃、そんな初めての感触にとうとう我慢できなくなった私は、恥を忍んで椅子の下でそろえた上履きから、少しだけ素足をのぞかせてしまいました。ぶかぶかの上履きなので、かかとを上履きから浮かせるのは簡単です。そのまま足を後ろに引いて、素足を半分ほど上履きから外に出します。途端に、ふわっとした風を素足に感じました。空いた窓から吹き込んできたものでしょうか、足にかいていた汗がなくなっていくのを感じます。けれどまだ上履きの中に隠れたままの足先はムレムレのまま。私はあたりをうかがって、みんな黒板に注目しているのを確認すると、足先まですべて上履きから外に出し、そっと上履きの上に置きました。足の指をくねくね、くねくねと動かすと、しばらくはぬるぬるしていましたが、何度か吹く風のおかげで、それもなくなっていきました。ああ、とてもいい気持ちです。みんなの目がなければ、このまま裸足で過ごしてもいいんですけれど…!少しでも足を乾かすために、上履きの上でパタパタと足を動かしたり、足の指をくねくねとさせたりしていると、いつの間にか時間は経って、4時間目の授業が終わるチャイムが鳴りました。私は素早く素足を上履きに突っ込むと、立って礼をします。かかとまではうまく履くことができす、あとで手を使ってささっと履きなおすことになりました。上履きを脱いでいたこと、誰かに気付かれていないでしょうか。少し心配です。

 今日の昼休みは、いつものように中庭に行きます。いつものベンチに流星くんは座って、空を見上げているようでした。傍らには購買で勝ったパンの袋が置いてあります。高校生の男の子はけっこう食べるイメージなのですが、流星くんはパンを1,2個食べる程度です。俺って省エネなんだよね、以前言っていたのを思い出します。

「おつかれ、つくしちゃん。…なんだか今日も、眠くなってきちゃったな」

流星くんのこれは、「ひざまくらしてほしいな」という合図です。このお願いをされると、私はベンチに座って上履きを脱ぎ、ベンチの上に正座をして、ふとももを流星くんに預けます。いつもなら靴下を履いているので何でもないことなのですが、今日は事情が違います。素足で履いている上履きを、流星くんの前で脱がなければならないのです。さっきまで教室で脱いで素足を乾かしていましたが、中庭までの移動でまたぬるぬるが復活してきていました。

「あ、あの、流星くん」

「ん、?どうしたの?」

「その、足が、ですね…」

「足?けがしたの?」

そう言って体を乗り出して私の足をのぞきこむ流星くん。

「あ、いえ、ちがいます、その、私、くつした履いてないので、足が…」

「大丈夫だよ!つくしちゃんの足はきれいでかわいいよー」

「ちょっと受け答えがズレてる気もしますが、そう言われると私もうれしくて、おずおずと上履きを脱ぐと、素足をおりたたんで正座の姿勢になりました。上履きから解放された素足は、スカートに隠しておきます。足の指をこっそりとくねくね動かすと、汗も引いていきました。

「ありがとー、じゃあおやすみー」

そう言って、私のふとももに流星くんの頭がのせられます。ツンツンした髪が今日も刺激的です。それからすぐに流星くんはスウスウと眠ってしまいました。寝不足だったのでしょうか、心地いい寝息を立てています。そんな流星くんの頭をナデナデ。そのまま昼休みの時間は過ぎ、5時間目の予鈴が鳴ってしまいました。

「流星くん、流星くん、次の授業、始まっちゃいますよ!」

確か次は体育館に移動して、講演会です。今から移動して間に合うでしょうか。ゆさゆさと、流星くんを起こします。

「ふあ、え、もう時間?」

「はい、つぎ、体育館に行かないと!」

「まじか!いそごう、つくしちゃん!」

寝起きがいい流星くんはスパッと起き上がると、私に手を伸ばします。けれど例によって、ずっと流星くんの頭をのせて正座をしていたので、私の足はすっかりしびれていました。足全体がじんじんしています。うう、動けない…。

「つくしちゃん、ほら、立って立って!」

流星くんがせかしますが、私は横座りをして足先のしびれをなんとか抑えようとしています。流星くんに素足をばっちり見られていますが、今はそれどころではありません。数分もすると次第にしびれが収まって、ようやく動けるようになりました。今から向かっても、確実に途中で5時間目が始まってしまいますが、なるべく急いで行こうと思います。

「おまたせ、しました!」

私はベンチの下に置かれた上履きに慌てて素足を入れると、かかとまでしっかり履く間もなく、流星くんに手を引かれます。

「やばいやばい、これはチコクだよ!」

「あわ、ちょ、まって…!」

かかとをぱかぱかさせたまま、私はただただ流星くんに引かれていきました。体育館は校舎2階から伸びる渡り廊下を通っていきます。途中の階段を上っている途中、それまで何とか足にくっついていた上履きが、登りの動作でついに右、左と脱げてコロコロと落ちていってしまいました。完全に裸足になってしまう私。

「あ、りゅ、流星くん、上履きが…」

必死でそれを流星くんに伝えようとしますが、急ぐことで頭がいっぱいいっぱいの流星くんに、私の声は届いていないようでした。そのまま階段を2階まで登り切ると、今度は廊下を猛然と走ります。私は手を引かれるまま、ペタペタと裸足で流星くんについていきます。上履き、どうしよう…。落とし物として誰かが届けてくれるのでしょうか。名前、書いてたっけ、ちょっと心配です。渡り廊下を通っている途中、とうとう5時間目開始のチャイムが鳴りだしてしまいました。コンクリートのたたきの廊下を走り、体育館の外通路を通り、何とかたどり着きます。

「ふう、はあ、何とか間に合った、みたいだね…」

「はあ、はあ、そう、ですね、はあ、よかった…」

流星くんはそうでもなさそうですが、私は膝に手をついて、すっかり息が切れていました。裸足でずっと走ってきたせいで、足もじんじんしています。裸足で走ったのなんて、いつ以来でしょうか…。小学校の、運動会…?

 幸いなことに、体育館内はまだざわざわしていて、生徒たちがみんな列を作っているところでした。先生たちが急いで整列をさせ始めています。流星くんは上履きをぬいで、私は途中で落っことしてきてしまったので裸足のまま、軽く足の裏の砂を払って、体育館に入りました。ざっと見渡してみても、制服に、裸足なのは私だけのようで、女子はみんな靴下を履いていました。それを意識するとここまで走ってきた疲れも忘れて、一気に恥ずかしさが身を包みます。顔が熱くなってきました。うつむきながら、ペタリペタリと体育館の床の冷たさを感じながら、自分のクラスへ向かいます。ほてった体には、その冷たさが心地よく感じます。列はクラスごと、男女別に在籍番号順に並ぶようで、私と流星くんはかなり離れたところになってしまいました。私が列の真ん中、流星くんは後ろの方です。全員揃ったところで、ようやく腰を下ろします。座り方は人それぞれで、私は女の子座りをして、足先はスカートの中に隠しておきます。スカートの裾を持って足を隠そうとしたときに、足の裏がちらっと見えてしまいました。ここまで裸足のまま走ってきたせいで、素足に細かな砂やホコリが付いて、灰色っぽくなっていました。うう、汚い…。がばっと隠してしまうと、講演会担当の先生が入ってきて、いよいよ始まりました。

 途中、10分間の休憩をはさんで90分の講演は終わり、質疑応答の後、それぞれ教室へ戻ります。みんなが上履きを持って移動する中、私は手ぶらでした。上履き、どうしよう…。あのままあそこに落ちていないかな…。なんとか上履きを確保したいところですが、このあとすぐホームルームとなるため、まっすぐ教室に戻らなければなりません。探しに行くのは、放課後になりそうです。みんなが上履きを履いて歩く廊下や渡り廊下を、一人ペタペタと裸足で歩きます。いじめられてるわけではないのに、そんな風に見えてしまいそうです。クラスメイトの女の子に心配されてしまいましたが、なんとかごまかしながら教室を目指します。周りを行くほかの生徒たちがみんな、私の足元を見ているような気がしてなりません。コンクリートの床はざらざら、ごつごつしていましたが、廊下はひんやり、かちかち、教室の床はフローリングなので、廊下より暖かく感じました。普段の移動よりずっと疲れを感じながら、自分の席に向かうと、そこには思いがけないものが置いてありました。なんと、先程落としてしまった上履きが、綺麗にそろえられて、私の席の横に置いてあったのです。いったい誰が…?まさか、流星くん…?と思い、あわててまた廊下へ飛び出しますが、もちろんそこに流星くんの姿はありません。もう教室へ帰ってしまったのか、それともまだ来ていないのか…。あとで事情を聞いてみましょう。とりあえず私は席に着くことにします。いつもは何も思わず、ただ足を入れていた上履きですが、そこにあることがこんなに嬉しい瞬間は初めてです。素足をそのまま入れようとして、一旦立ち止まります。足をまげて、足の裏を確認すると、さっきまでよりも足の汚れがひどくなっていました。真っ黒、というわけではありませんが、灰色の汚れがさっきより濃くなっています。こんな汚れた足で上履きを履くと、上履きまで汚れてしまいます。一度足をきれいにしてから、履くことにしました。先生が入ってきたので、裸足のまま、上履きは机の下に置いて、ホームルームを受けることにします。講演会の感想文を書かなければなりませんが、正直、講演の内容よりも、裸足で過ごしていたことの方が印象強く覚えているのでした…。

 ホームルームの間、前に伸ばしたりするとほかの人に見られるかなと思い、足は椅子の下で組んだまま過ごしていました。感想文がかけた人から前に提出することになっていて、裸足のまま移動するのはとても恥ずかしかったのですが、多くなってきた段階で、それに紛れて出しに行くことにしました。前の席の子が出すのと一緒に席を立ち、教卓へ向かいます。そこには担任の男の先生が座っていて、きちんとかけているかチェックしているようでした。

「はい、はい…。ん、春野、なんで裸足なんだ?」

「ひぇ」

多少ざわざわしていましたが、先生のその疑問は妙に教室中に響いて、私は注目を一点に集めてその場で固まってしまいました。なんで、それを、聞くんですか、先生…!

「あ、あの、くつした、濡れちゃって…」

半ば泣きそうな表情と声で、精一杯答えました。先生も、

「そ、そうか、気を付けろよ」

それ以上の追及はやめることにしたのか、次の生徒のチェックにまた戻っていました、私はほっとしてまた自分の席に戻ります。足の裏、いつ綺麗にしましょう…。

 ホームルームの終わりのチャイムが鳴ると、感想文を提出した人から帰っていいことになりました。流星くんはおわったのかな、私は荷物をまとめて、こっそりとスマホを確認します。流星くんからのラインが来ていないかな。あ、きてる!

『さっきは急がせちゃってごめんね。放課後は、教室まで迎えに行くね』

なんと、今日も教室まで来てるそうです!私は席に座ってそれを待っていました。ひとり、またひとりとっクラスメイトが帰っていく中、ひょこっと教室の扉から流星くんが顔を出します。私を見つけると、にこっと笑います。まぶしい笑顔です。

「おつかれさま。一日、がんばったね」

たぶん、くつしたを履かずに頑張ったね、ということでしょうか…?

「ありがとう、ございます…」

流星くんは次に、床に置かれたままの、私の上履きに目を向けます。

「じゃあ帰ろっか…って、あれ?なんで上履きも脱いでるの?」

「りゅ、流星くんがひっぱるからぬげちゃって、それで、足、汚れちゃって…!」

気づいていなかったんでしょうか。あれだけ大変な思いをしたのに…!さっき言えなかった不満をポンポンと流星くんにぶつけます。

「そうだったのか、ごめんごめん、めっちゃ急いでて!」

顔の前で手をパン、として謝る流星くん。お茶目なその仕草がかわいく思って、私は流星くんを許してあげます。

「もう、気を付けてくださいね!帰る前に、足を洗いたいんですけれど…」

私が裸足のまま、上履きを持って立ち上がると、

「あ、じゃあ、お詫びに俺がきれいにするよ。ちょうどこれ持ってるから…」

「…え?」

そう言って流星くんはカバンの中から除菌用のウエットティッシュを取り出しました。なんて準備がいいんでしょう。女子力、高い…!

「な、なんで持ってるんですか…?」

「ほら、俺、意外と潔癖なとこあるからさ!」

うーん、そんな印象は全然ないのですが…。とにかく流星くんのおかげで、一階の足洗い場まで裸足のままで行く必要はなくなりました。

「さ、足、見せて」

「え、ちょ、待ってください、私、やっぱり自分で拭きます!」

「いいからいいから、おわびだから!」

そう言って流星くんは私の隣の席に座ると、私の足を持って自身の足の上に乗せます。

「ひゃ!」

「おー、これはこれは、汚れてますねえ」

「うう…。あ、あんまり見ないでください…」

「じゃあ、拭いていくよ」

「お、お願いします…ひゃ!」

ピト、と足の裏にひんやりとした感触。そのまま、やさしく足の裏をなでりなでり。くすぐったい、です…!

「あ、あはは、りゅ、流星くん、くすぐったい、です…!くふふふ」

「かわいい足だからさ、大事に拭いてあげないとねー」

そう言って、なでりなでり、やさしく拭き上げていく流星くん。私は必死でくすぐったさを我慢します。

「く、ふ、ふふふ…くうううう」

「あはは、つくしちゃん、足の指が動いてる。かわいいね」

「も、もう、そういうのいいですから、早く拭いてください…!」

「はい、右足おわったよー。つぎ、左ね!」

そう言って、やさしく右足を下ろして、左足も同じように、やさしくやさしく拭いてくれました。私はまたしばらくの間、そのくすぐったさに耐えています。

「…はい、こっちもきれいになった!見てみてよ!」

そういわれて、私は座ったまま足を椅子の下でまげて、綺麗になった足の裏をチェックします。先程まで灰色に汚れていた足の裏。いまではすっかりなくなって、真っ白ないつもの私の足の色が戻っていました。赤くほてっているのがわかります。

「わあ、ほんとに綺麗になってる…」

「よし、これで帰れるね。いこうか」

辺りを見るとみんなもう帰ってしまったようで、教室の中には私と流星くんしか残っていませんでした。外を見ると、夕焼けがきれいに見えています。

「もうこんな時間なんですね…」

「ほんとだねー」

流星くんが立ちあがって、私も机の横に置いていた上履きに素足を入れると、今度は脱げないようにかかとまでしっかりと履いてカバンを持ちます。

「お待たせしました!」

昇降口。靴箱からスニーカーを出して、上履きから素足のまま履き替えます。一日の素足生活を通して、朝よりは慣れてきたかなと思います。それほど恥ずかしさというのも気にならなくなったかな…?

「…じゃあ、明日からもよろしくね!」

「…え?」

流星くんとの別れ際、そんなことを言われて私は聞き返します。明日からも…?

「明日も、夏服に、素足でよろしくね!」

「え、明日も、ですか…?」

「というか、…ずっと?」

「ずっと…?

ずっと…、ずっと…!?え、ずっと?今日だけじゃないんですか!?私が声を出せないでいると、流星くんが続けます。

「言ったじゃん?俺、夏服には靴下なんて似合わないと思うんだよね。今日一日、つくしちゃんを見てて改めて思ったんだ。夏服に、素足のつくしちゃん、すっごくかわいい」

「え、ちょ、なんですか、もう、えへへへへ…」

すっごくかわいい、なんて流星くんに言われたら、一日頑張った甲斐があります。靴下を履かずに過ごすのはやっぱりとても恥ずかしいですが、流星くんにそう思われるのであれば、頑張っていこうと思います。先生にも、特に注意はされませんでしたし…。

「どう、かな、明日からも、素足で来てくれる?」

まっすぐに私を見つめてそう尋ねる流星くん。とても冗談やからかいで言っているようには見えません。

「はい、できる限り、頑張ってみます…」

「いよっしゃ…!ほんとにありがとう。つくしちゃんが俺の彼女で、すっごくうれしいよ」

そう言ってキギュっとハグってくれる流星くん。え、いきなり!?うわっはあああ。流星くんのぬくもりが…!これは明日からも頑張らないと…!がんばれ、私…!


つづく


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