ゲームを買いたい貝田さん その1
「お願い!お手伝い、いっぱいするから!」
「ダーメ!そう言って、前もしなかったでしょ!コツコツ貯めて、貯まったときに買いなさい」
「ううう…」
私はもうこれ以上は言っても無駄だと思って、リビングから自分の部屋に戻った。交渉相手はお母さん。月に1000円のお小遣いをしばらく分、前借りさせてほしいとお願いしていたけれど、とても通るはずはなかった…。好きなアニメのゲームが来月発売とあって、すぐにでも欲しかったんだけれど、それが8000円ほどかかる。月に1000円のお小遣いでは、丸丸貯めても8か月はかかるから、その分欲しかったんだけれど…。
私は部屋に戻って、自分のスマホを開く。ブックマークしていた、ゲームのサイトを開いてその内容を見る。楽しみすぎて、情報が出たときからもう何度も見ているけれど、そんなにお金がかかるなんて…。コツコツ貯めても買えるのは半年先だし、クリスマスも誕生日ももう過ぎてしまったし…。あ、そうだ。私は臨時収入や余ったお小遣いなどをこっそり貯めていた、貯金箱をクローゼットから取り出した。すごくほしいものがあったときのために、ととっていたものだ。今こそ、使うとき…!ふたを開けると、1円や10円がジャラジャラ、その中に100円や500円が混ざっている。そして最後に指を突っ込むと、1000円札も出てきたではないか…!
「わあ、これ、けっこうあるんじゃない!?」
そう思って黙々と数えていくと、その額は…3000円ちょっと!目標の8000円までだいぶん近づいた!
「これでも、あと5か月か…」
8か月が5か月になったけれど、まだ遠い…。そして私は、もう一つ思い出した。私が通う中学校のクラスメイトが最近教室でこっそりとやっていること。明日、聞いてみようかな…。
「ね、ねえ、太田くん、ちょっといい?」
「え、貝田さん…?う、うん、いいよ…」
「この前、木村さんと話してたこと、ちょっと聞いたんだけどさ…」
「あ、う、うん…」
月曜日の朝、私は教室に着くと、真ん中あたりの席に座っていた、太田くんに声をかけた。ちょっとふっくらしてて、時々同じような男の子と話をしていることは見かけるけど、基本的にいつも一人でいる大人しい男の子。中学2年生で同じクラスになって3か月ほど経つけれど、今まで話したことは、記憶の中では一回もなかった。
「あ、あのさ、この話、あとでどこか別の場所でしてもいいかな?」
「あ、うん、わかったよ」
別にその場で話をしてもよかったんだけれど、太田くんは顔を真っ赤にしてしまって、結局給食後の昼休み、中庭で話すことになった。ほかのクラスの生徒もいるけれど、別に聞かれても不都合はないだろう。
「で、太田くんにお願いがあるんだけどさ…」
「う、うん…」
「太田くん、“しちや”みたいなこと、してるんでしょ?」
「そ、そうだけど…」
私が友人の木村ナナちゃんから聞いた話では、太田くんはこっそりと、クラスメイトからモノを預かって、その対価としてお金を渡しているらしかった。先生とか親にばれたらヤバそうだけれど、太田くんはけっこう秘密を守ってくれるらしく、1年生のころからやっていてまだ続けられているから、信用度は高いらしい。
「お願い!私いま、お金が欲しいんだ!」
私はベンチで隣に座っている太田くんに頭を下げた。太田くんは、顔を上げてよと言って、快く受けてくれた。
「いくらくらい、ほしいの?」
「えと、5000円、くらい…」
「なるほど…」
ナナちゃんによると、あくまで“しちや”だから、ただでは貸してくれずに、何か代わりとなるものを太田くんに預けなければいけない。ナナちゃんの場合、1000円を借りて、文房具を預けているらしい。1000円だからお小遣いですぐに返せるって言っていたな。けれど私がほしい5000円は中学生にとって結構な大金。何を預ければ…?
「じゃあ、いま貝田さんが身に着けているものを何か一つ、僕に預けてよ。そうしたら、5000円を貸すよ」
「身に着けているもの…?」
「うん。ただし、僕にそれを預けたら、家にスペアがあっても、同じものを身につけてはいけないよ」
「そ、そうなのね…」
やはり5000円と言うだけあって、預けるものも結構なくてはならないものになる。宝石とかは持っていないし、今身につけているもので、なくても大丈夫なもの…。今は夏服の期間だから、制服は半そでのセーラー服にスカート、リボン、アンダーウェアに、白い靴下、上履き。髪は短めだから、ヘアゴムとかヘアピンもつけてない。考えてみると、選択肢はそんなにないんじゃないだろうか…?
「ちょっと、考えて、明日、返事してもいい…?」
「うん、わかったよ。ただし、明日も今日と同じ格好で来てね。ヘアゴムとかヘアピンとかメガネとか、つけてきちゃだめだよ」
「わ、わかった…」
なんだか心の中が読まれているみたいで怖いなって思いながら、その日は太田くんと別れることにする。教室に戻ると、太田くんと私の関係は今まで通りで、横を通っても話しかけたりすることはない。そして学校が終わり家に帰って、また朝が来た。太田くんに返事をする日だ。
「…太田くん、また昼休み、や、放課後、いい?」
「うん、じゃあ、小多目的室、わかる?」
「えと、3階の、音楽室の隣?」
「うん」
というわけで、放課後、私は友人と別れて一人多目的室へ向かった。2年生の教室は4階だから、階段を一つ下りて、1年生がわらわらと動く廊下を歩く。
「おまたせ」
「あ、よかった」
多目的室に入ると、もう太田くんは来ていた。窓のカーテンは閉められて、扉も全部閉まっている。私が入ってきた扉も、念のためぴったり閉めておいた。
「…よかった、昨日と同じだね」
「うん、そういわれたし…」
太田くんは一番前の席に座っていて、私はその横に座った。そして体を太田くんの方へ向ける。そして、履いていた上履きを右足、左足と脱ぐと、それを太田くんの方に差し出した。
「これで、5000円、貸して!」
太田くんは優しく笑って、カバンの中から封筒を取り出した。
「はい、確かに。中身、確認してよ」
「…う、うん、5000円、入ってる」
「じゃあこの“けーやくしょ”にサイン、いいかな」
「う、うん」
正直、実際にお金をもらうまで半信半疑だったけれど、かなりきちんとした“けーやくしょ”を読んで、サインを済ませると、いよいよ実感してきた。私、自分の上履きと引き換えに、お金借りちゃった…!
つづく




