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〇〇したい女の子たち  作者: 車男
17/45

素直になりたい砂尾さん その3

 英語の長文問題を解き終えたところでスマホを見ると、もうお昼近くになっていました。そろそろ家に帰ろうかという時間です。私は机の下に脱いでいたスニーカーをまたしっかりと履いて、勉強道具を片付けると、席を立ちました。後半戦に入って、周りに人がいることを意識して、靴を脱ぐのはやめようかと思っていましたが、やはり靴の中の「蒸れ」には耐えられずに、開始10分も経たずに再びスニーカーを脱いでしまったのでした。おそらくほかの人からは見えない位置なので、大丈夫だと思いますが…。先程は無意識のうちに靴をあちこち移動させてしまっていたので、後半はあらかじめ脱いだ靴を、机の横に並べて置いて勉強することにしました。これなら、ついうっかり靴を蹴っ飛ばしてしまうよなことはありません。ただ、後ろから見たら靴を脱いでいることがバレバレなのですが…。まあ、自習室の端っこまで来るような人はいないと信じることにします。終わってみると、あれから新しく入ってきた人はいないようで、人数に変わりはありませんでした。

 それにしても、今日はいつにも増して集中して勉強できたような気がします。以前来たときは、もちろん靴下を履いて靴も履いていて、勉強中に靴を脱ぐようなことはしませんでした。その時は周りの様子や音が気になって、勉強することはできていましたが、集中できていたかは疑問が残ります。けれど靴を脱いでいた今日は、人が入ってきたことすらも気づかずに勉強できたのです。それだけ集中できていたということなのでしょう。やはり、素足効果なのでしょうか…?今後も続けてみよう、かな…。

 自習室を出て、階段を下ります。図書館に来た目的はあくまで自習室で勉強をすることなので、私は本には目を向けることなく外に出ようとしました。そのとき、向かいから見知った顔が近づいてくるのに気付きました。あれは…、湯川さんではないですか!?よくよく見ると、妹かと思しき、小学生らしい女の子と手をつないで、ちょうど図書館に入ってきたところでした。初めて見る、私服の湯川さん。夏らしく、半そでのTシャツに、ショートパンツ、そしてハイカットのスニーカーを履いていました。先日学校に履いて来ていたものと同じブランドです。足首辺りまで隠れるくらいのスニーカーで、靴下らしきものは見えませんが、もしかして…?

 湯川さんのことを一瞬観察していた私でしたが、鉢合わせしてしまうと気まずいなと思って、どこかでやり過ごそうかと思いました。けれど、隠れる場所を探すその前に湯川さんに気づかれてしまいました。まずいです、今の私は、靴下を履かずに、スニーカーを履いています。あれほど湯川さんには突っかかってしまったのに、気づかれちゃったら、どうしよう…!

「あれ、そこにいるのは…、いいんちょーじゃない?わー、すごい!」

なにかすごいのかよくわかりませんが、湯川さんはいつものテンションで私のもとへ駆け寄って、話しかけてくれました。湯川さんと手をつないで隣にいる女の子は、私と目が合うとぺこりとお辞儀をしてくれました。夏真っ盛りの湯川さんとは違って、この子の格好は落ち着いていました。長袖のブラウスを着て、膝が隠れるくらいのスカートを履いています。足元は、素足に、かわいらしいサンダルを履いていました。

「こ、こんにちは…」

「あはは、こんにちは、って!どうしたの、本、探しに来たの?」

「えと、今日はちょっと、勉強しに…」

冷房の効いた図書館の中ですが、私は緊張や焦りなど様々な感情から、いつしか冷汗を全身にかいていました。心臓がドキドキするのも聞こえます。早いところ、湯川さんから離れなければ…!いや、でもその前に、怪しまれることなくやり過ごさなければいけません。私はいたって普通に、ただただ勉強しに来ただけだよと言う風に、湯川さんと話すことにします。足元の「蒸れ」も、気になってきました。靴下を履いてないことには、気づかないで…!

「そうなんだー、エライなー、いいんちょーは!あたし、まだ全然ベンキョーしてないよー」

「早めにやらないと、課題とかたくさん出てますよ?」

「だよねだよねー。帰ったらやるかあ」

「ねね、ユメ、本、よみたいなー」

2人で話している中ずっと静かに待っていた女の子が、湯川さんの手をぐいぐいと引きました。湯川さんはしゃがんでその子と同じ目線になると、

「あー、ごめんごめん!ねねと一緒に行こうか!絵本はあっちだったよね」

そう言って、図書館の奥へ歩いていく湯川さんたち。少し歩いてところで、振り返ります。

「あ、そだ、いいんちょー、まだ時間ある?」

「あ、私、ですか…、ええ、少しなら」

そう答えてしまって、後悔しました。「時間がない」と言ってすぐ帰ればよかったのに…!

「じゃーさじゃーさ、一緒に本読んでいかない?ユメもそのほうが楽しいだろうし!ね?」

そう言って、湯川さんは「ユメ」ちゃんというその子を見ました。ユメちゃんはこくりとうなづいて、

「おねえさんも、いっしょに、本、よも?」

と、キラキラした顔でお願いしてくれます。こうなったら、帰るわけにはいきません。お昼を少し過ぎますが、一緒にもう少し図書館で過ごしていくことにします。

「わ、わかりました…」

「やった!ユメ、よかったねー。お姉ちゃんも、一緒に読んでくれるってよー?」

湯川さんが話しかけると、ユメちゃんはニコニコしながら、

「ありがと!」

といってくれました。

 児童書や絵本は、図書館1階の、貸し出しカウンター近くにありました。私も小さい頃読んだことがある本が、今も並んでいます。普段は来ることがない場所なので、なつかしさを感じながら湯川さんたちと本を見ていました。ちなみに、ユメちゃんと湯川さんはやはり姉妹なのだそうです。ユメちゃんはまだ小学1年生。すごくかわいがっている様子です。表紙が見えるように並べられた本棚の周りをくるくる歩きながら見ていると、やがてユメちゃんが1冊の本を手に取りました。とあるネコの絵本です。

「これ、よみたい!」

「うん、いいね!」

「あっち!」

ユメちゃんはそう言って指さした方へとことこと歩いていきます。そこは、小さい子たちが本を読むための場所。ふかふかしたマットが敷いてあり、靴を脱いで上がる場所でした…!

「ほらほら、いいんちょーも、おいでー」

「や、あの…!」

湯川さんとユメちゃんは早くもその入り口に立って、それぞれサンダルとスニーカーを脱いでいるところでした。ユメちゃんのサンダルは子供らしくしっかりとベルトで固定できるもので、マジックテープが付いているようです。ベリベリとはがして、足を出します。そして靴下の見えなかった湯川さんですが、スニーカーを脱ぐとなんと今日に限ってスニーカーソックスを履いているではありませんか…!最近はやりのキャラクターが付いたソックスです。

「ん、いいんちょー、どしたの?」

「あ、いえ、その…」

「ほらほら、ユメちゃんが待ってるよ!早く靴ぬぐぬぐ!」

私の手をとって読書ブースへ招き入れる湯川さん。ユメちゃんも本を抱きしめて待っています。観念した私は、靴のかかと同士をくっつけて、両足のスニーカーをぐいぐいと脱いでしまいました。そこから現れるのは、すっかり「蒸れ」てしまった素足でした…。

「あれ?いいんちょー、それ…」

もちろん、湯川さんの目につかないはずがなく、スニーカーから現れた違和感たっぷりのそれを見た湯川さんは、さっきのユメちゃんのように目をキラキラさせて、私の顔を見るのでした。

「あれ、いいんちょー、え、あれ!?」

「しー、静かにしてください、図書館ですよ」

テンションがぶちあがっている湯川さんとは対照的に、私はつとめて落ち着いた様子で、乱雑に脱いでしまったせいで床に転がったスニーカーをそろえておきました。靴の中に手を入れると、ホカホカとした感触がまだ残っています。足にも汗をかいているのか、足の指の間はヌルヌルしていて、足の裏はベタベタします。マットの上を歩くと、その汗のせいか、ベタリとくっついて、またペリリと離れる感触がありました。

「え、え、いいんちょー、それ、靴下は…?」

「きょ、今日は、ちょっと、履き忘れちゃって…」

とっさに思い付いた言い訳をさらっと口に出します。これで納得してくれるといいのですが、それは無理なようで、

「え、いやいや!いいんちょーがそんな、忘れるなんて…」

そう言いながら、なおも目を輝かせながら私に質問しようとしますが、またユメちゃんが湯川さんの服の裾をくいくい。

「ねね、早く読もうよ」

「あ、そうだったね!うん、よもうよもう!」

湯川さんはユメちゃん第一なのか、さっと切り替えると、マットの上に座って、その足のなかにユメちゃんをちょこんとのせました。収まりよく座るユメちゃん、かわいいですね。

「ほら、いいんちょーも、こっちおいでよ。一緒に読むよー」

湯川さんが自身のすぐそばのマットをポンポン。私はペタペタと歩いてそこに座ります。足は湯川さんと反対側に置いておきます。スカートの裾が長くてよかったです。しっかり隠すことができるので。

「ありがとう!つぎの本、もってくる!」

「遠くには、いっちゃだめだよー」

「うん!」

ユメちゃんは読み聞かせの終わった絵本を持って、またしっかりとサンダルを履くと絵本のコーナーへと歩いていきました。教室の中も裸足のままで歩いてしまう湯川さんとは違ってちゃんとしてますね…。

「で?で?いいんちょー、なんで靴下、履いてないの?」

ユメちゃんがいなくなったタイミングを計ってか、こそこそっと湯川さんが聞いてきます。私はまたドキドキしてしまい、同じ言い訳をしました。通用しないとはわかっているのですが…。

「で、ですから、たまたま、履き忘れちゃって…」

「やー、うそだあ。いいんちょーがそんな、履き忘れるなんてー」

目をキラキラさせながら、湯川さんはほんとのことを教えてほしそうに体を近づけてきます。これは、本当のことをいわないと引き下がりそうにはありません。ここはカクゴを決めて、話すことにします…。

「だ、誰にも言わないで、くださいね…?」

湯川さんが秘密を話す人かどうか、最近かかわりを持ち始めたのでよくわからないのですが、ここは彼女を信じてみようと思います。感覚的に、湯川さんは秘密を守ってくれそうだと、思いました。

「うんうん!あたしと、いいんちょーの間の、ヒミツ、ね?」

「はい。…実は…」

そうして、私は、今朝からの自分のことを話していきました。時間的にはユメちゃんが戻ってくるまでのほんの数分ですが、私にはとても長い時間のように思えました。素足で靴を履くのがどんな感じなのかを知りたくて、という理由に、湯川さんは興味津々の様子でした。湯川さんを見て、靴を素足で履くことに興味を持ったことはまだ話していませんが、きっとそうなんだと、湯川さんは気づいていることだと思います。

「それでそれで?どんな感じだった?」

これはきっと、素足履きをしてみたことへの感想を聞かれているんだと思います。

「…えっと、そうですね、『蒸れ』がすごいなって…」

「あー、わかる!暑い日とか、すごいよね!あたしも、それがあるから、学校の中ではついつい脱いじゃうんだよねー」

やっぱり湯川さんも、足の「蒸れ」は感じているんですね。決していい感覚ではないのですが、どうしてでしょう、嫌だとは、思えないのです。

「ねね、つぎはこれ、よんで!」

「お、いいよー。ネズミの話か!」

またユメちゃんの読み聞かせが始まって、私と湯川さんのお話はいったん中断。そしてユメちゃんが本探しに行くところでまた再開です。

「いいんちょー、勉強してたって、言ってたよね?2階の自習室?」

「はい、そうですけど…」

意外なことに、湯川さんは自習室の存在を知っているようでした。ネットで見たのでしょうか?

「勉強してるとき、靴って、どうしてたの…?」

やや声を落として聞く湯川さん。いよいよ、「イケナイ話」をしている雰囲気です。

「ちゃ、ちゃんと、履いてました、よ…?」

「ほんとにー?」

私がウソをつくとすぐわかってしまうのでしょうか、湯川さんはまた疑いのまなざしを私に向けます。私はまたすぐに、本当のことを話してしまいます。

「うう、靴、脱いじゃってました…」

「あはは、やっぱり、そうだよねー。素足でスニーカーって、すっごく蒸れるもんね!」

「湯川さんも、ですか?」

「うんうん!でも、どっちかというと、ローファーの方が蒸れるかな!あれ、通気性悪いもん!」

「そうなんですね」

「ただ、ローファーの方が脱ぎやすいから、いつもそっち履いてるんだー」

なるほど、たしかに、足が隠れている面積はローファーの方が小さいので脱ぎやすいのかもしれません。けど、ローファーの方が蒸れちゃうんですね。どれくらいなんだろう…。

「ねね、つぎ、これ!」

「はいはいー。そろそろ時間だし、これで終わりにしよっか!」

「うん、わかった!」

とても聞き分けのいい子で、湯川さんの言うことにはとても素直にしたがっています。また一冊絵本を読み終わると、自分で本を本棚に返してくるのでした。私と湯川さんも、それぞれ靴を履いて図書館の出口へ向かいます。私が素足をスニーカーに入れる間、湯川さんは熱い視線を送ってきていました。

 「…今日は、靴下履いてるんですね」

帰り際、ユメちゃんには聞こえないくらいのこそこそで湯川さんにささやきます。それだけが気になって、どうしても聞いて帰りたかったのです。

「あ、これ?うん、さすがにこのスニーカーは素足で履くと痛くってさー」

なるほど、素足で履くと、足が痛くなることもあるんですね…。気を付けなければ…。

「じゃね、いいんちょー、今日はありがと!」

「こちらこそ、楽しかったです」

「おねえさん、ありがとう!」

2人は歩いてきたようで、図書館の前で手を振って別れます。湯川さんと出会ってしまったのは想定外でしたが、いいお話を聞けたような気がします。素足にローファーもやってみたいな…。けれど、学校など、みんながいる場所に靴下を履かずに行くのはまだまだハードルが高そうです。


つづく



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