なりきりたいミクちゃん
「サイズ、どうかな?ウエストとか、バストとか…」
「…うん、ぴったりだよ…!ミク、ほんとにすごい…!」
「えへへ、よかったあ」
私、成田実来は放課後の学校の被服室にてこっそりあることをしていた。大きな姿見に移った私は、まるで私じゃないみたいだった。黒いショートヘアは腰まで届くような長いシルバーヘアに代わり、カラーコンタクトによってオッドアイになり、服装は私のあこがれた、わたしと同じ名前の、あのキャラクターそのものだった。もともとは伝説級に大人気のボーカロイド。最近スマホゲームになって、そのゲームの中の、セカイによって違うキャラクターの、一つのタイプ。誰もいないセカイにいる彼女そのものが、鏡の中にいるのだった。ふわっとしたスカートの、シルバーの衣装に、特徴的な片足ニーソ。靴はもともと履いていないから、もう片方は完全な裸足。ストッキングかなと思ったけれど、公式絵ではどれも足の指が見えていたから、わたしも片方は何も履かず裸足になっていた。
「これで、次のイベントに行きたいな…」
「イベントって、コスプレの?」
「うん、展示場であるやつ!」
そのイベントというのは大規模ではないが、他県からもコスプレイヤーさんたちが集まって、写真を撮ったりダンスを踊ったりする交流会のようなイベントだった。いままでわたしは写真を撮りに行く側だったけれど、今回は撮られる側に回るのもいいかもしれない。何よりも、親友のリンちゃんが作ってくれた、この衣装をぜひともたくさんの人に見てほしかった。
「いいね、私もいきたいなー!」
「うん、リンちゃんも一緒に行こうよ!うー、いまからドキドキしてきた!」
「わあ、もういっぱい来てる…!」
イベント当日、さすがに家からコスプレ衣装で行くわけにはいかず、会場には更衣室があるということで、衣装を持って会場へやってきた。時間前だけれど、すでに会場には多くの人がいて、みんな楽しそうにざわざわと交流しているようだった。
「はやく着替えようよ、更衣室、あっちらしいよ!」
ということで、更衣室に入って衣装に着替える。なんの特徴もない私服を脱ぎ捨て、あのキャラクターに変身していく。最後に、右足だけ黒ニーソを履くと、完成だ。更衣室内の鏡で最終チェック。ツインテールはあえてきれいにはしていない。少しぼさっとさせておく。そして、この衣装に似つかわしくない、会場へ履いてきたスニーカーはカバンの中に私服と一緒に封印した。カーテンを開けて外に出る。
「おまたせ!えへへ、どうかな?」
一度学校で見せてはいるんだけれど、おかしいところはないかもう一度リンちゃんに確認してもらう。
「うん、大丈夫だよ!カンペキ!」
「えへへ…、荷物は、あそこに預けておけるんだっけ?」
「うん、私、持つよ」
「あ、ありがとう!」
ウエストの細さがカギの一つなので、動きにくさはかなりある。けれどしっかりなりきるためには多少の我慢は必要だ!だから足元も、多少の我慢をして…。
「大丈夫?ミク、裸足だよ?」
「うん、でもこれ全部が衣装だから!がんばるよ!」
もともとのデザインが靴を履いていないため、私もそこにはこだわって、なりきっている間は靴を履かないことにした。会場は幸い屋内で、夏だけれど地面が暑いってことはなかった。ただ、更衣室から一歩外へ出るとそこはコンクリートのたたきなのでザラザラ感がすごい。きっと足の裏は汚れてしまうけれど…、これも我慢だ!最後に洗えばいいし!
「あの、お写真、いいですか?」
「あ、私、ですか…?」
「はい、あの、すごくかわいいので!」
リンちゃんと一緒に、衣装のままでうろうろしていたところ、生まれて初めて、コスプレ姿をカワイイと言ってもらえた瞬間だった。何だろうこの気持ち、とにかく、とっても、嬉しい!
「はい、よろしくお願いします!」
声をかけてくれたのは、コスプレ大好きな女の人だった。自分はするんじゃなくて、撮る専門だという。何枚か立った姿を撮ってもらえて、お礼を言って別れる。
「ありがとうございました!いいお写真、撮れました!」
「こちらこそ、撮ってもらえて、すごくうれしいです!」
「いえいえ!足、気を付けてくださいね!」
最後に裸足の足元もいたわってもらえて、すごく優しい人だな…、とジーンとしていた。
ほかのプレイヤーさんの素晴らしい衣装を見ながら、リンちゃんと一緒に裸足でペタペタと歩き回る。ステージでは有名アニソンやボカロ曲を使ったダンスが見られて、その間も、写真を撮ってもらえる機会があって、男の人も女の人も、いろんな出会いがあった。そしてまた一人、すらっとした男の人がカメラを構えて声をかけてきた。
「あの、すみません、写真、撮らせてもらってもいいですか?」
「はい、いいですよ!」
最初のうちは少し緊張していたけれど、何度も撮られているうちにそれもほぐれて、撮られるのが楽しくなっていた。
「ありがとうございます!…よかったら、座った姿を撮りたいんですけど…」
「あ、わかりました!」
「よかったら、これ、使ってください!」
そう言ってその人がバッグから取り出したのは一枚のタオル。まだ使っていないらしく、キレイに折りたたまれていた。
「え、いえいいですよ、このままで!」
「いえいえ、直接地面に座らせるなんてわるいですよ!」
ということで、お言葉に甘えて、私はじゃまにならないように端っこへ行くと、タオルを敷いてその上に座ることにした。
「どういった感じで座りますか?」
「はい、最初は足をまげて…」
ということで、最初は足を完全にスカートに隠して、女の子座りの姿勢。立派な一眼レフカメラで撮っていく男の人。
「あの、次は、足をこんな感じでいいですか?」
そう言ってその人がスマホ画面に見せてくれたのは、私がなりきっているキャラクターの、カードのイラストだった。足を前にまっすぐ投げ出してペタンと座っていた。
「わかりました!」
私はスカートの中に入れていた足を前に伸ばす。真正面にはその人がいて、カメラを構えていた。
「はい、そのままで、表情はどこか寂しげでお願いします!」
「わかりました!…こんな感じですかね…?」
「いいです!そのままで!」
そうして男の人は真正面からと、斜めからと、横からと、撮っていった。
「最後にもう一つ、いいですか?」
「あ、じゃあ、これでさいごで!」
よくよく周りを見たら、順番待ちなのかその人の後ろに列ができていた。こんな体験初めてで、緊張と嬉しさが入り混じってきていた。このキャラの人気はやっぱりすごい…!
最後のその人のオファーは、膝立ちだった。イラストで見たことはない気がするけれど、わたしは快く受けて、また困ったような表情で写真に納まった。
「ありがとうございました!頑張ってくださいね!」
「こちらこそ、ありがとうございます!」
無事に写真を撮り終えて、その人は満足そうに去っていった。次の人が待っているので、次々に写真を撮ってもらっているうちに、イベント終了の時間になってしまった。
「すみません、時間なのでこれでおしまいです!」
残念そうな人たちにペコペコしながら、私とリンちゃんはまた更衣室へ移動する。生地はけっこう暑くって、とられている間に全身に汗をかいていた。
「すごいねミク、大人気だったね!」
「私じゃなくって、リンちゃんの衣装がすごいんだよ!」
「いやいや!」
更衣室内は土足禁止。わたしは元々靴を履いていなかったけれど、ずっと裸足で過ごしていたおかげで、足の裏が汚れてしまっていた。リンちゃんに言われて初めて自分の足の裏を見て、その真っ黒さにびっくり。
「わわ、真っ黒じゃん…!」
こんな足の裏、他の人には恥ずかしくって見せられないよ…!
「ずっと裸足だったもんねー。あ、そこ座ってよ、拭いてあげる」
「ありがとう!」
衣装のおかげで、自分の足の裏に手が届かず、私はリンちゃんの手を借りることにした。近くにあった飲食用のイスに座って、真っ黒な足の裏をリンちゃんに差し出す。ほんとうのこの子も、家に入るときなどは足の裏をきれいにしてもらうのかな。それともそういう概念がないのかな。ひょっとしたら地面から数センチ浮いてたり…?
「はい、キレイになったよ!」
「ありがとう!」
持ってきていたウエットティッシュでふきふきしてもらって、足の裏はなんとか綺麗になった。もう片方のニーソは、もともと黒かった足の裏が、ホコリで真っ白になっていた。
「これも脱がなきゃだよねー」
「うん、それがいいね」
私はイスに座ったまま、するすると黒ニーソを脱いでいった。これは家に帰って洗うとしよう。洗濯機にそのまま突っ込んだらきっと怒られちゃうから、洗面台で洗っとかなきゃな…。
「あ、待って、こっちの足も真っ黒だよ」
「え、ホント!?」
なんと、ニーソを履いていた方も、その中に入ってきたホコリで真っ黒らしい。またイスに座って、リンちゃんにふきふきしてもらう。
「…よし、とこれで大丈夫!」
「ありがとう!じゃあ、着替えてくるね!」
両足とも裸足になった私は、更衣室でまた私服に着替えていった。着替えながら、今日出会った人たちのことを思い出す。いろんな人がいたな。このキャラクターが好きな人、私のことをかわいいと思ってきてくれた人、いろいろな写真を撮っている人…。そんな中で、一人の人を思い出す。私の、座った姿勢を撮りたいと言ってくれたあの男の人。撮られている間は意識していなかったけれど、あの写真、私の足の裏がはっきりくっきり写っているんじゃないだろうか…!思い出すとすごく恥ずかしくなってきた…!
つづく




