ごまかしたいチトちゃん その1
放課後の教室。誰も来ないだろうと油断してたのが悪かった。まさかクラスメイトの1人が忘れ物をとりにくるなんて。私はごまかすこともその時していたことを隠すこともできなかった。ぱっと見はただ立っているだけ。けれどおかしいのはその足元。終わりのホームルームの時間までは履いていた上履き、それがそのときはなかった。正確には、自分の席の横に置いていて、履いていなかった。私は黒板の前に、ソックスだけを履いた姿で立っていた。チョークの粉が落ちて白っぽくなった黒板前の床。そこだけ1段高くなっていて、彼女が入ってくると私は見下ろすような姿勢になった。見た目は真っ白なハイソックス。けれどのその足の裏は、ほかの人にはとても見せられないような状況になっているだろう。
「あー、チトちゃんだ、まだ残ってたのー?」
絶対何か言われる、と身構えていたものの、彼女は何事もなかったかのように、というかまだ教室にいたことの方に驚いた様子で、自身の席に行くと、忘れていたノートと教科書をとって、カバンに入れていた。その様子を見ていて気付いたことがある。彼女もまた、上履きを履いていなかった。私の記憶では、今日一日上履きを履いていないクラスメイトはいなかったはず。じゃあどうして今は…?私は黒板の前で彼女のことばかり気になって動けずにいた。カバンを閉めた彼女はまた靴下だけの足でトントンと教室を歩くと、ドアを開けて、
「じゃね、また明日ー」
そう言いかけて、私の足元に視線を落とした。不思議そうな表情。やっぱり、気づかれたか…。
「あれ、チトちゃんも、忘れ物しちゃったんじゃないの?」
「え、あ…」
「あたしね、宿題のノートも教科書も忘れちゃってさー。メンドウだから、駐輪場の方から入ってきたんだー」
確か、駐輪場は私たちの靴箱がある入り口とは反対側。メンドウっていうのは、靴を履き替えに反対側まで行くのが面倒で、靴下のまま来たことを言っているのだろうか。ということは、私もそれと同じだって思われてる…?!
「そ、そうなんだ!」
「うん、チトちゃんも、忘れ物、でしょ?」
「う、うんうん!」
そう言うことにしておこう。とても、私がしていたことを、気づかれるわけにはいかない。
「やっぱり!忘れちゃうよねー、いつもは持って帰らないもんねー」
「うん、そうだね!」
「あ、ごめんね、あたしそろそろ行かなきゃ!じゃね!」
「また明日!」
その子は手を振って、教室からパタパタと出ていった。ふううううう、と安堵の息を一つつくと、私は靴下だけの足を廊下にそっと進める。少しだけ扉を開けて外を見る。さすがにもう誰もいないようで、あたりはしいんとしていた。
「よし、もう、大丈夫…」
私はまた扉をぴったりと閉めて、歩き出す。ドキドキを感じる。教室の端っこを1周して、そして机の間をあちこち歩く。もちろん、靴下のまま。そしてそれが終わると、私は自分の席に着いて、靴下の裏を確認する。
「…わあ、汚れちゃった」
思ったほどではなかったけれど、私の白い靴下の裏は、教室内のホコリや砂を集めて、灰色に足の形に汚れが浮かび上がっていた。それまでとは別のドキドキを感じる。イケナイことだってわかってるのに、今してることがばれちゃったら大変なのに、こっそりこれをすることに、すっかり取りつかれていた。
「…そろそろ帰ろうかな」
外から見えないように電気を消していたので、気づいた頃には早くも教室内が暗くなっていた。廊下はまだ電気が点いていて明るいけれど、そろそろ下校の時間。電気を消されては困る。私は汚れた靴下のまま上履きを履くと、なるべく音を立てないように外に出た。次は昇降口まで、靴下で頑張ってみようかな。
つづく




