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〇〇したい女の子たち  作者: 車男
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尽くしたいつくしちゃんその5

 「おはよう、つくしちゃん。…ちょっと、元気ない?大丈夫?」

「おはよう、ございます。はい、ちょっと、ドキドキしてて…」

それもそのはず、今日は生まれて初めて、学校でずっと裸足で過ごさなければならない日なのです。流星くんのお願いなので、ぜひ実行したいところなのですが、朝起きた時から、いえ、昨日の夜から、ずっとドキドキしていました。みんなが靴下と上履きを履いて過ごすのに、私だけ完全に裸足。考えただけでもドキドキでクラクラしてきちゃいます。

「はじめは、そうだよね。でも俺、つくしちゃんには健康でいてほしいから!」

ほんとうにそれだけなのかな、と少しだけ疑ってしまいますが、流星くんのほうを見ると、私にまっすぐキラキラした目を向けていて、冗談ではなさそうでした。

「はい、そう、ですよね…」

私だって、病気にはなりたくありません。かといって、裸足で過ごすだけで、ほんとうに健康になれるものなのでしょうか…。

「さ、つくしちゃん、行こうか」

昇降口でいち早く靴を履き替えた流星くん。私には言うのに、自分は裸足じゃないんですね、と言いたくなるのをおさえて、私も素足で履いていたスニーカーを脱ぎます。朝から日差しが強く、通気性のいいスニーカーですが、靴の中は汗をかいてモワモワです。素足を外に出すと、校庭から風が吹いて、さらさらとなでていきました。いつもならすぐに上履きに入れるその素足を、今日は直接床につけます。ピトン。ヒヤ。気温は高いですが、昇降口の床はひんやり冷たくて心地よく感じます。両足ともスニーカーを脱ぐと、一人の制服裸足少女の誕生です。おめでとうございます。なんて。

「…今日一日がんばったら、上履き、返してもらえるんですよね…」

「うん、返す、返すよ」

私がぐいぐいっと迫って聞いたためか、流星くんは少し焦り気味に答えていました。

 人も増えてきたので、足を踏まれないよう気を付けながら廊下を進みます。週の半ばなので、上履きを履いていない生徒なんて見当たりません。靴下すら履いてないなんてもっといません。夏の制服にカーディガンを着て、そこはしっかりしているのに足元だけは裸足。階段をのぼりながら、これ、先生に見られたら注意されちゃうのかな、と思い始めました。昨日の流星くんとのラインでは、校則には裸足はダメとか載ってないから大丈夫だよたぶん!と言われたので、おそらく大丈夫ではあるんでしょう。けれど、裸足の生徒がいたらすごく目立って、心配されたりしないでしょうか…。心配です。

「じゃあね、また昼休みに!」

私の教室の前まで来ると、流星くんはそう言って自分の教室へと入っていきました。私も、裸足の足を教室へ踏み入れます。流星くんのいない間だけでも何かしら足に履いておきたいのですが、こっそりのぞかれたりするとまずいので、結局何も履かないまま過ごします。教室の中はフローリングになっていて、リノリウムの廊下よりは足触りが柔らかく、暖かいです。ほこりや砂のザラザラは相変わらずですが…。まだそんなに人の来ていない教室で、自分の席に着きます。気になって、私は足をイスの横に出して足の裏を見てみました。階段を上ってきただけなのですが、すでに白い足の裏は灰色に汚れてしまっていました。流星くんからはそんなに気にしちゃだめだよと言われているのですが、やっぱり気になってしまいます。一日中裸足だったら、どんなに汚れてしまうのでしょう…。ドキドキしてきます。やがてクラスメイト達も登校してきました。素足で上履きを履いていた時も、私はよくそれを脱いで裸足になっていたので、見た目はいつもとそう変わりはありません。けれどよくよく見たら、いつもは脱いで机の下に置いてある上履きがないのです。私は改めて今日の時間割を確認します。移動教室がありませんように、と昨日準備をしながら念じていたのですがそれもかなわず、2時間目は化学、4時間目は美術です。移動が2つ…。それも裸足のままこなさなければなりません。ドキドキです…。

 ホームルームからの1時間目を終了して、化学室へ移動します。教科書をもって、裸足のまま立ち上がります。なるべく目立たないように、一番後で教室を出ます。じりじり席に止まっている間に、授業が始まるまで残りわずか。一番最後のグループの、そのまた後ろをひっそりと、ヒタヒタと歩きます。すると、ピンチです。渡り廊下にて、前から名前も知らない先生がこちらへ向かってきます…!私はあたりを見て、ちょうどあったトイレにぴょんと飛び込みました。そして先生をスルーします。セーフです。渡り廊下のそばにあるトイレは、手洗い場のスペースとトイレのスペースに分かれていて、トイレのスペースにだけは専用のスリッパが設置されています。私が飛び込んだところはまだ手洗い場のスペース。濡れてなくてよかったです…!ほっと胸をなでおろしていると、急がなければならないことを思い出します。いつチャイムが鳴ってもおかしくありません。私はペタペタと足音を鳴らして、化学室へ向かいました。

 この日の化学は特に実験もなく、黒板を使った授業だけでした。これなら教室でもいいのでは…?と思いながら、また教室へ戻ります。ここでも私は一番最後に出ようと、ゆっくりと片づけをして、プリントの整理をしていました。するとクラスメイトの一人、横に座っていた子が話しかけてくれました。確か名前は、夏目さん。目線が私の足元に向いています。

「…つくしちゃん、今日、上履き、どうしたの…?」

「あ、えーっとね、その…」

ピンチです。素足で上履きを履いていた時もみんななかなかにスルーをしてくれていたので、今日もそうかなと思っていましたが…。まさか彼氏に、「裸足でいてね」と言われたなんて言えなくて、その場であわあわしてしまいます。明らかに目が泳いでいたでしょう。そしてようやく、

「今日、ちょっと上履き置いてきちゃって…」

厳しいでしょうか、不自然で仕方ない気もするのですが、とりあえず一番に思いついたのはそれでした。

「え、おいてきたって、家に?」

「あ、いえ、靴箱に…」

「どうして?」

今日に限ってものすごく食いついてきます。夏目さんからするとただただフシギだから聞いているだけなのでしょうけれど、私からするとスルーしておいてほしかったです…。私は冷や汗をかきながら次のウソを考えます。普段ウソなんてつかないので、脳をフル回転させている感じです。頬がホカホカしてきます。

「あ、あの、今日はちょっと暑くって…」

「ふうん、そうなんだ…」

まだ納得はしていないような反応でしたが、その先の追及はありませんでした。夏目さんは立ち上がると、教科書を持って、

「あれ、つくしちゃんも行こうよ、次、始まっちゃうよ?」

「あ、は、はい…!」

気づくと化学室の中は私たちだけで、廊下には次の授業の人たちが来ているところでした。私は夏目さんの後ろについて、こそこそ、ぺたぺたと廊下を歩きます。裸足の私と、上履きに白い靴下を履いている夏目さん。私の裸足がすごく目立ってしまいます。

「…つくしちゃん、最近靴下も履いてなかったよね?あれも、暑かったから、なの?」

階段を上る途中、夏目さんが聞きます。私は自分がそんな感じの設定なんだということにして、

「は、はい、暑くって、靴下いらないかなって…」

ぜんぜんそんなことはなく、むしろ恥ずかしさでいっぱいで、靴下を履きたい気持ちはいっぱいいっぱいなのですが、この場はそんな答えしか思いつきませんでした。気づかれてない、と思っていましたが、そんなことはないですよね…。

「ふうん、そんなに暑いかなあ」

夏目さんは不思議そうにそうつぶやくと、それ以上は質問せずに、なんとか教室まで戻ってこれました。この先は、教室で授業を受けて、4時間目は再び移動です。けれど今度は流星くんと一緒の美術。そのあとはお昼休みです。それを楽しみに過ごしていきたいと思います。

 美術室への移動も、なるべく人目をさけようと思っていましたが、3時間目の授業が終わるとすぐに、

「ねね、つくしちゃん、呼ばれてるよ」

「…ふえ?」

前の席の子が指さす先、入り口のところで流星くんがニコニコしてこちらをのぞいていました。迎えに来てくれたようです。嬉しいな。

「流星くん、どうしたんですか?」

私は急いで美術の準備をすると、ペタペタと裸足のまま流星くんのもとへ駆け寄ります。

「ほら、今日つくしちゃん裸足だから、守ってあげようかなって思って」

けっこう大きな声でそう話す流星くん。私たちの横を通り過ぎるクラスメイトが、私の足元に視線を向けていきます。

「あ、ホント、ハダシだ…」

誰かがこっそりそうつぶやく声がどこかしらから聞こえてきて、私はドキドキッとしてしまいました。

「あ、ありがとうございます…!い、行きましょうか!」

私は流星くんの手をとると、すたすたと廊下を歩き始めました。なぜかこの時間は人が多く廊下に出ていて、私はうつむき加減に歩いていきます。きっとまた顔は真っ赤になっているはずです。

「つくしちゃん、つくしちゃん」

「は、はい!」

「ここだよ、美術室!」

「あ…」

前をよく見ていなかったので、気づくとすでに美術室を通り過ぎていました。それに我に帰ると、私はずっと流星くんの手を引いていたようでした。ボッとなって、あわてて手を放します。両手でほっぺに触れると、熱があるみたいにほかほかです。

「す、すみません、よく見てなくって…!」

「あはは、かわいいなあ。じゃあ入ろっか」

「え、えへへええ」

かわいいなんて言われて少しだけ嬉しいでした、はい。美術室に入ると、いつもと同じ席に座ります。特に指定はないのですが、みんないつも何となく同じような席に座っているのです。隣同士に座ると、流星くんは早速私の足に注目してきます。

「…で、どう?裸足、大丈夫そう?」

「はい、いまのところは、とくになにも…」

恥ずかしさはずっと感じていますが、足の裏が汚れることのほかはけがなどはしていません。私はそれを伝えると、流星くんはほっとした様子。

「よかった。でもやっぱり、汚れちゃうよね、どんな感じ?」

「え、どんな感じって…」

「ちょっと、見せてよ」

「え…え!?」

授業前のちょっとした時間。まさかそんな直接的にお願いしてくるなんて。けれど流星くんの目はいつも通りまっすぐ、キラキラしていて、純粋にお願いをしているのだとわかります。自分の真っ黒な足の裏を、好きな男の子に見せるなんてすっごくはずかしいんですけれど、流星くんのお願いなら、頑張るしかありません…!

「ど、どんな感じで見せればいいですか…?」

「うーん、そうだな、あっちむいて、椅子の上に正座してほしいかな」

「せ、正座、ですね」

私は床につけていた足を折って、イスの上に乗せます。足の裏が見えるように、スカートは足の間に挟みました。時間がなくて、朝からずっと足の裏は拭いていません。そのため、この時間まであちこち歩いた私の足は、ホコリや砂で真っ黒になっていました。自分でも今初めて見てびっくりです。ああ、恥ずかしい、です。今すぐふきふきしたいんですけれど…!

「わあ、けっこう汚れてるね!」

ドキドキしている私とは反対に、流星くんは嬉しそうな声を上げました。

「うう、あんまり見ないでください…」

「ああ、ごめんね、下して、いいよ」

私はまた足をおろして、ぴったりと床につけます。こんな足の裏、他の人には見せられません…!

 この日の授業は、みんなで石膏像を囲んで、そのデッサンをする、というものでした。机を端にずらして、石膏像を中央に置き、私たちはそれを丸く囲みます。いつもなら机に隠れて見えない足元が、これではばっちり見えてしまいます。先生の開始の合図でデッサンは始まりますが、どうも向かい側の人から裸足なのを見られてる気がしてなりません。それに、私のデッサングループはほかのクラスの人が多めです。恥ずかしくって仕方なくって、その日はあまり鉛筆が進みませんでした。隣の流星くんは、私の方をちらりちらりと見ながらでしたが、もう半分ほどできあがっているのでした。

「はい、そこまで。では続きはまた次回にしましょう。スケッチブックを忘れないように」

流星くんの手のデッサンも入っているスケッチブック。大きいのでかさばるのですが、それは美術室に置いておけるので楽です。床に落ちた消しゴムのくずや鉛筆の芯の感触を足の裏に覚えながら、でもよけることもできず、そのままペタペタ歩いて美術室を後にします。

 いつものように、今日は中庭でランチです。なるべく教室から動きたくはなかったのですが、流星くんが迎えに来てくれたので、一緒に中庭へ向かいます。まずは二人並んでベンチに座ってお昼を食べると、流星くんはわたしのふとももに頭をのせます。私はベンチの上に正座をすると、ふとももを流星くんにあけました。後から見られないように、足の裏はスカートの中に隠します。

「じゃあ、しつれいします…、ふう、今日も気持ちいいね」

「えへへ、そうですか?」

気持ちいいというのは褒め言葉なのかわかりませんが、嫌な気はしません。それからすぐに、流星くんは寝息を立て始めます。私もうとうとしていましたが、すぐに5時間目の予鈴が鳴ってしまいました。もっとお昼休みが長ければいいなと思ってしまいます。

「あー、もうおわりかあ。教室、いこうね」

「あ、ちょ、ちょっと待ってください…」

例によって、正座していたせいでまた足がしびれてしまいます。先に立ち上がった流星くんは伸びをして私の方を向きました。

「大丈夫?」

「あ、はい、大丈夫なので!」

またつんつんされるんじゃないかと心配でしたが、私はすぐに立ち上がって、流星くんより先に歩き始めます。階段を上っていくと、多くの生徒たちとすれ違います。多くの人は一瞬のことなので気づかないのですが、何人か私の足元に気が付いて、驚いたような表情を向けます。そうですよね、裸足で歩いてるなんて、ヘンですよね、不思議で仕方ないですよね…。私もなんですよ。

「すぐに来るからね!」

流星くんはそう言って、一旦自分の教室に行きました。5,6時間目は、数学と英語です。流星くんと一緒の授業、ドキドキです。


つづく


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