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オートポリスへ行こう

作者: 田中浩一

「オートポリスへ行こう」


1


彼女と別れて、ポッカリ穴の空いた風船みたいに萎んでしまった僕を、ジュンジがそれと気づいて、

「今度、オートポリス、行こうぜ」と誘ってくれた。

「あっ、俺も行きます」

「それなら俺も~」エイイチとヒロも乗ってきた。

あっという間に、ジュンジが四人分のチケットを、手配した。

ただ、車がグルグル走るのを見るだけに、えらい高いチケットだなぁと思っていたら、

「燃料とタイヤ代でしょ」と、ジュンジが笑った。

ジュンジは僕より二個、年下だけどこの会社では先輩で、先輩が後輩にタメグチは当たり前だというポリシーを持っていた。エイイチとヒロはそれぞれあとから入社の、キチンとした後輩だった。


土曜日の仕事終わりから行くことが決まった、その土曜日の昼勤務にヒロが風邪で高熱を出してお休み。仕切り屋のジュンジが、

「誰か、一緒に行かない?」と、誘うも他は家庭持ちで、一晩かけての大分までの小旅行には行かれない。なにより、車がグルグル回るのを見るだけに、チケットが高いと文句が出た。

「わかってないよ」ジュンジが僕と二人になってからボヤいた。

「同じところをグルグル回ってなきゃ、見ずらいじゃんなぁ」

それもそうだね。納得だ。


ジュンジが、誰かを探してくるよ、と言って、なんの連絡もないまま、予定の時間が来た。僕は、家の前に立って待つ。

日付が変わろうかという時刻は、秋の明るい月夜では、特に寒く感じた。何台か、僕の前を通りすぎる車のあとに、明らかに、僕を目指して走ってくるセダンがあった。

「きたきた」僕は、ひとりごちながら、でも、少しブロック塀に隠れた。冗談で少し、跳ねられることが、間々あったからだ。ピカピカの車のガラスに、ボディに月明かりがヌメヌメと、舐めるように映っていた。BBSの16インチのアルミもピカピカで、ほどよく車高も落ちていた。

スリーウェイツートンのトヨタ、クレスタが目の前に止まった。助手席の窓が下がって、

「おっ疲れ~」と、ジュンジの声はすれども、窓のなかの助手席の人は見知らぬ女性。

「浩ちゃん、こいつがどうしても行きたいっていうから連れてきたよ。ヨロシクね」そう紹介された彼女は、どうも、と小首を傾げた。ジュンジに頭を小突かれて、

「もうっ!」と、むくれてジャレあっている。別れてすぐの、自分自身と向き合っている日々を送っている僕の前でやってんじゃ、ないですよ。

どうも、と軽く挨拶してとりあえずは車内に入らなきゃ。

下手に屁もこけないな、と思いながら、後部座席のドアを開けると、ウエからぶら下がる、吊り輪を避けながら座り込む。

「こんばんは」いきなりな声に、驚いて、

「おぉ、いたのかよ」と、エイイチに挨拶する。

「いましたよ」背が高い、というよりは、細長い男で、少々この世の常識から外れてるところがあった。それでも、付き合えるのは、僕らの言葉を素直に受け入れてくれるところがあるからだった。素直な後輩は、好かれる。

栄一と浩一。で、順二。持てるのは次男坊なんだな。そう思った、今夜だった。

ジュンジが良い男かって言うとそうでもないというのが、会社の同じ班の総意だ。背は僕と同じくらいで眼鏡だし、なにより、口が悪い。本人は、相手の悪いところを正直に言ってあげてるだけだというけれど、自分の短所をあからさまに人前で言われて、気分のいい奴を見たことがない。じゃあなんだ?これも、同班の総意だが、きっとジュンジは、床上手なんだ。


車は加治木インターを上がって一路熊本方面へ走る。

車のなかでは、ナカミチのオーディオが長渕剛を鳴らしていた。後部座席の後ろのコンパネで作られた板の上で、アンプを通したスピーカーが、時おりブレーキと連動して、赤く点灯しながら、ズンドコいわせていた。カセットプレーヤーの下の段にしつらえられた、イコライザーが、ピコピコと細かく上がり下がり光っていた。インパネの、所ジョージのコップ受けには、彼女と二人の缶コーヒーを。後ろの僕ら野郎二人は、熱々の缶コーヒーを、右手左手に持ち替えながら、フーフーして、飲んだ。

やがて23個連続のトンネルがやって来た。ハチミツ色のトンネル内の明かりが車内を優しく映し出す。エイイチが僕にコソッと耳打ちする。

「ジュンジさんの彼女、カワイイっすね」前にも、同じこと聞いたような。誰を見ても、可愛いんじゃないのか?僕は、笑った。僕の席からは見ずらかったけれど声は、可愛かった。

トンネルに入った。長いトンネルだ。後ろから急速に近づいてくる車があった。明かりに照らし出された車は、シルビアだ。

「トオルじゃね?」ジュンジがフェンダーミラーで確認。

携帯がないからってその頃、不便は感じなかった。あっという間に、追い越し車線に並ぶと助手席の窓がおりた。

「こんばんはー!」風邪で高熱のヒロだった。ジュンジの代わりに、エイイチが窓を下げて、叫んだ。叫ばないと、声は届かなかった。

「お前、なにしてんだよー!」

「最高速、テ、ス、トー!」エイイチよりひとつ年下のヒロが叫んだ。トオルの改造上がりのシェイクダウンに付き合わされたみたいだ。

運転席には、体の大きな、トオルがいた。シルビアはあっという間に、ターボをキーンって回しながら走り去った。

「ヒロも、御愁傷様」僕らは合掌した。

まだ、夜は明けず、トンネルはまだまだ続いていた。


            2


高速を降りてからが大変だった。出来て間もないレース場だけに、ゼンリンの地図にも載ってなくて、ある場所の地名だけで探していた。ナビもなくスマホもないのだけれど、夜中の見知らぬ街を友達とウロチョロするのもなんだか楽しかった。

やがて、コンビニのような小さな商店に行き当たった。その時間に開いてるってのも珍しかったし、何より駐車場には、いかにも、それらしい車が集合していた。当たり前の車高の車も、静かなマフラーを付けた車なんてのも、見つける方が大変だった。生まれたまんまの姿の車はなかった。乗ってる人間たちも、然りだった。

空いてるスペースを見つけて、ジュンジは車を停めると、

「ちょっ!、聞いてくるわ」と、さっさと車から出ていって、店に入った。行動力は抜群だ。

しばらくすると、手に袋を下げて帰って来た。

「あの、道だってよ」

ジュンジが指差す方には、真っ暗な山にそこだけ、木が生えてないだけの、林道のように見える道があった。たぶん、昼間は、荷台に丸太を積んで走る車が降りてくるんではないだろうかというような狭い道。

ジュンジが買ってきてくれた、にんにく味の唐揚げを食べながら、その登り道に入る。真っ暗で街灯もないその道は、離合も出来ないんじゃないかと思うほど狭かった。なおかつ、ワダチがひどくて、と言うより、ほとんど二本の側溝が掘られてんじゃないかと思うほど深く、マフラーのタイコは摩っていた。

「マジかよ~」ジュンジはブーブーぼやいていた。行けども行けどもまっ暗闇の森のなかを、ガリガリとマフラーを擦りながらひた走っているといきなり、視界が開けた。

木々を抜けたんだ。一気に月夜に照らされた夜空が広がった。頂上なのか?今度は少し下り出した。と、思ったら、目の前に煌々とした明かりに照らし出された、それはまるで、宇宙空間の月面に突如として現れた、『未知との遭遇』の巨大円盤のようだった。

「す、すげえ~」

みんな息をのんだ。それくらいに感動的な光景だった。

遥か先に、入り口の門が見えたが、閉まっていた。が、ほんの暫くあとにあまりにも待っている車が多いからと、深夜にも関わらず、門が開いた。ジュンジは車を駐車場に停めると、

「トイレ」と、言って、出ていこうとした。

「俺も」

「俺も」

「あたしも」

結局、みんなで連れションになった。

コーヒーを飲んでもニンニクの臭いは消えなかった。そういえば、小便もそんな匂いがしたような。

トイレを出て、待っていると、集団が、一方向に向かって歩いていた。それはレース車両などの搬入口だった。

開いていた。

そこを目指してみんな、進んでいた。

エイイチが来たんで、二人で小走りにゲートをくぐった。初めてのレース場。

まっ平らな道。ほんとに、なんの凹凸もない、均一な面がそこにあった。思わず掌を当ててみる。ヤッパリ、どこまでも面一な、道だった。そのとき、

「こらぁ!レース場内に入るな!すぐに、出ていきなさい!」

きっと山の上の人家のない場所だからだろう、大音量でスピーカーが、がなりたてた。 全員が、入っちゃまずいだろうなと思っていたから、肩をそびやかしながら、出口に向かった。

でも、良い土産話になった。

車に戻ると、ジュンジたちが先に戻ってきていた。

「なかに入れたよ。行った?」後部座席に着くなり、そう言うと、

「いやぁ、入ろうとしたら、止められたよ」残念そうに二人、うつ向いた。

「少しは、寝ようか?」僕がそういうと、みんな、頷いた。


うつらうつら、寝たのか寝てないのかわからない。窓の外が少し、明るくなりつつあった。白く見え始めた雲が、低く垂れ込め、木々をしとどに濡らしながら、西の空に向かって流れていた。

前席の二人が何やら喋っていた。ジュンジも僕ら、男友達のときとは違う、彼女と二人だけの通じ合う、サインと言葉で語っていた。

話が途切れた頃を見計らって、

「おはよう」と、声をかけた。

「おはよう」

「おはようございます」彼女も、シートの間からこちらを見て、挨拶した。

こんな、子だったっけ?うすら明るいなかだったけど、初めて見た気がした。

「ちょっ、トイレ、行ってくるわ」ジュンジが言うと、彼女も車を降りていった。

「おはようございます」

「おぉ!?起きてたんかよ。おはよう」

いきなりなエイイチの声にビックリしながらも、

「狸寝入りか?」と笑いながら、同じこと考えてるな、と思った。女の子がいなくなってから、すること。

ぶー、

ぷー。

と、二人で同時に、屁ぇこいた。エイイチの尻の穴が小さいからか、少し高音で、僕のと、ハモった。

消化された、ニンニク味の唐揚げの臭気漂うなか、僕らは見つめ合い、笑った。

いよいよ、レースが始まる。


3


大分のオートポリスの秋の昼は暑かった。観覧席で、自前の一眼レフ、ミノルタアルファー7を構えるが、金網越しでは、なかなかにピントが合わない。これが、キヤノンのEOSワンだったり、ニコンのF4だったらなぁ~、なんて、ないものねだりを言ってもしょうがない。

カン高いエキゾーストノートを聞きながら、

「ちょい、下に行こうか?」と、僕は、エイイチを誘った。半端、寝ていたエイイチだったが、

「只今より、レースクィーンの撮影会を行います」との、放送を聞いたら、スタスタと、僕の前を歩き出した。

陸の上を水着のような格好でハイヒールを履いて闊歩する女性に、魅いられない男は、男じゃないでしょ。しかも、撮影自由となれば、そりゃぁもぉ。

レースクィーンの後ろに付いて回る男たちはまるで、金魚のフンだったが気持ちがわからなくもない。友達がいなかったら僕も・・・。

フィルムカメラだったから、現像するまでちゃんと写ってるかは神のみぞ知るだったけれど、メインのレースの方はヤバイな。

駐車場のお客さんの車もいじり倒してあるものは、凄かった。クラウンやシーマもいたけど、クーペが多かったように思う。その中で注目を集めてたのは、「なんちゃってR」。

レースを走ってるスカイラインR32GTRに似せてある車だ。フェンダーまで膨らませてあるのにはビックリだ。ココまで改造して金をつぎ込んでも、本物のGTRは買えないんだ。

そこそこにレースも終盤で、僕らは帰途につく。同じ考えを持ってるやつらはたくさんいて、あのワダチの酷い道に、シャコタンの車がボディ下部を派手に擦りながら家路につく。結局は、帰り道の一本道は、渋滞した。


帰りの高速の、宮之原サービスエリアに寄った。トイレ休憩だったけど、食堂に、トオルとヒロの姿を見たような気がした。一瞬だったけれども、あの巨体は見間違うはずはない。トオルは鹿児島市内の高校の元相撲部。ヒロは三度の飯も、甘いものも好き、というプヨプヨちゃんだ。

夕闇が迫っていた。普段の行いが良かったせいか、この二日、ずっと晴れだった。腹下を黒々にした、雲たちがみわたすかぎりの空を漂っていた。

23個の連続のトンネルに差し掛かる頃、僕らの乗る車の後ろから急接近する車があった。その頃流行り出したプロジェクターライト顔の「なんちゃってR」だ。

ジュンジがアクセルを踏むも、オートマチックはジュンジの気持ちとは繋がらず、加速してくれない。それでもトランクがビリビリとなり始めた。このまま、路上分解か?そうこうしてるうちに、僕らの横を「なんちゃってR」が通りすぎる。

横幅40センチのルームミラーを覗き込みながら、ジュンジが、

「お前ら、降りろ」と、言った。

「え~!?」僕とエイイチはまたもや、ハモった。僕は、頭の中で、100キロのスピードからドアを開けて、飛び降りる自分を想像した。飛び降りて平行して走る僕の脚は、渦巻きが巻いていた。バカな考え休むに似たり。首を振って打ち消した。するとエイイチが言った。

「高速道路は人が歩いちゃダメなんですよ」その通り。正解です。

「ですよね~」と、彼女が相づちを打つ。

僕らは降りずに済んだ。ありがたやありがたや。

追い越し車線をスルスルと追い抜かれて、ジュンジはドア四枚のセダンの重さに舌打ちした。普段ならやらない勝負も、あのレースを見たあとだから仕方ない。長いトンネルに入った。


「なんちゃってR」は、それでも、僕らの10メートルほど前を走っていた。その時だった。後方から、「なんちゃって」と同じ、プロジェクターライトの収束した光を上下に小刻みに揺らしながら近づく車があった。トンネルの灯りをボディに、はべらしては、次々、後方へすっ飛ばしてくる。あっという間に、僕らの車に追い付いて、すぐに追い越し車線にレーンチェンジ。固められた足回りとポテンザの威力で、左右に揺れることが、ない。それは黒いシルビア。

トオルだ。

僕らをパスしたシルビアはあっという間に、丸四灯テールに追い付いて、そのケツに張り付いた。二、三度、左右に車体を揺らしたが、「なんちゃって」が道を譲らないと悟ると左へと再びレーンチェンジした。テールライトが赤い閃光の帯をひく。一瞬シルビアがグッと固まったように見えた。シフトダウンした車は、二リッターターボのパワーを余すことなくリアタイヤに伝え、今いる場所からもっと前へと、弾き跳ばし出した。重量級の二人を乗せた、軽量ボディのシルビアはあっという間に、田舎の高速道路の、まっ暗闇の中に、消えていった。まさに、おどろきもものきさんしょのき、ブリキにタヌキに蓄音機だ。

戦意喪失の「なんちゃって」は僕らの、ハイメカツインカムにも抜かれて、遥か後方に流れていった。

トランクをビリビリいわせながら走っていたけれど、シルビアには追い付かず、

「ダメだ~、無理だ」な、ことに気づいて、速度を緩める。ホッと胸を撫で下ろす。どうやら、土左衛門に変名しなくて済みそうだ。

その後、僕らはそれぞれのねぐらにたどり着いて、やっとこさ、眠りについた。


おわり

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