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どんな雨もいつかは止むと、信じてる

 ざあざあと滝のように流れる雨をいつもの縁側で見ていたら、彼女に怒られてしまった。

 理由はおそらく、雨が降っているのに縁側のガラス戸を開け放していたからだろう。

 かすかに吹き込んでくる風は適度な湿り気を帯びていて、心地よい。


「風邪引いても知らないんだからねっ」

「はいはい」


 仕方なくガラス戸を閉めるがなんとなく離れがたくて、そのまま外を眺めていた。

 時折吹き付ける風はガラス戸に雨粒を叩きつけ、その雨だれは予測不能な軌跡を描いて落ちてゆく。


 じっと何時間眺めていても予測できないそれをぼーっと眺めていたら、上から大きな白いタオルが降ってきた。


「わかってないようだけど、ずぶ濡れだよ。

 はーさん」


 それは彼女の声ではなく、外に出かけたときに偶然会った青年のものだ。

 まさか、こんなところに来るようには見えなかったので驚いて確認しようとしたら、わしわしとタオルの上から髪を乱暴に拭かれてしまう。


「わ、わわ、?」


 一瞬だけ抵抗しようか迷ったものの、意外に気持ちいいのでやめた。


 じっと終わるのを待ちながら、自然と目蓋が重くなってくるのは何故だろう。


「……無防備すぎ……」

「んん?

 何か言った?」

「俺、もしかして信用されてる?」


 もしかしても何も。


「面倒見がいいのは知ってるしね」


 彼と出会ったのは雨の中の小さなバス停で、都会というほど都会でなく、田舎というほど田舎でもなかった。

 簡易的に付けられた小さな屋根の下、私は一人でベンチに座っていた。

 彼女と些細な口論になり、置いていかれたのだ。


 あの時は彼の持っていたタオルを借りて、自分で拭いた。


「ミーニャは元気?」


 あの時の彼は小さなずぶ濡れの子猫を連れていた。

 腕の中で雨に怯える子猫はとても澄んだ目をしていた。

 ちなみに、名づけは実は私だ。

 拾ったばかりだというので、勝手に付けた。


「あ、あぁ、そういえば、あんただったか」


 手が止まり、ようやく彼を見上げようとしたが、彼はすぐに膝を立てて座って俯き、少し長めの髪が目元を覆い隠してしまった。


「あいつは逃げたよ」

「一人立ち?」

「……かもな」


 歯切れの悪い言葉に首を傾げる。

 何かを問おうとしたが、彼女がお茶を運んできたので口をつぐんだ。

 この香りはホットミルクだ。

 温かな湯気を立ち上らせているそれを口元に持ってゆき、ふぅふぅと冷ますために息を吹きかける。

 湯気を通り抜けた息はかすかに窓に当たり、少しだけ曇らせた。


 窓の向こう側で落ちる雨だれを再び見つめながら、何度もカップに息を吹きかける。

 とろとろと落ちてゆく雨だれは時間の流れまでもゆったりとさせるようだ。


「この間も、そうだったな」


 急にそういうから振り返ったら、彼はじっと私を見ていた。


「雨がそんなに珍しいか?」

「そうねぇ、こういう長雨は珍しいわ」

「ふーん」


 彼が黙ると、辺りはまた雨の音に包まれる。

 両目を閉じると、静かな雨の音だけが聞こえて、世界はひどく透明な水の中にあるように感じられる。


 それは私だけのようで、彼は暗い心を漂わせている。

 雨よりも鬱陶しい。


「ホットミルクは嫌い?」

「別に」

「温まるわよ」


 返答は返ってこない。

 考え込んでいる様子の彼を放っておいて、またガラス戸に視線を戻す。

 飽きもしないで降り続ける雨の音を飽きもせずに眺め続ける。


 そういえば、とカップをソーサーへ戻して、彼の視線に気が付いた。

 何故見ているのか問おうかとも思ったが、その目が全ての問いを拒絶していた。

 生きているのに死んだような目をしているから、私はまたガラス戸へと視線を向けた。


「雨は嫌い?」

「別に」


 律儀に返答してくれる様子に苦笑する。

 風がガラス戸に雨を強く叩きつけ、それに驚いて顧みる。

 風が少し強くなってきたかもしれない。


「どんな雨もいつかは止むのよ」

「知ってるさ」

「今だけは、全部を雨が持っていってくれる」


 ざあざあと滝のように強く流れ落ちる雨は私の声を彼に届けるだろうか。

 両目を閉じて、私は雨の声を聞く。


「今だけは、世界の音の全てが雨になるよ」


 心の状態で雨を感じる音は変わる。

 彼に聞こえる音はきっと、淋しいと、悲しいと泣く音だ。

 彼女を恨むことも出来ないでいたから、こんなところまで来てしまったのだろう。


 いつのまにか一人でガラス戸の向こうを見つめる私の隣に、彼女が立っている。


「はーさんは、」


 そこまでで言いよどむのは、答えを恐れているからだ。

 ガラス戸越しに小さく笑いかける。


「今夜はきっと空気の澄んだ夜になるわよ。

 久々に、カードゲームでもしよっか」

「っ!

 うんっ。

 じゃあ、おむすび作っておくねっ」


 満面の笑顔になって台所へ消える彼女の後姿を、じっと見送る。


 ここの居心地がいいのは、彼女のおかげでもあるから。


「ここにいるよ」


 誰にともなく呟いた声は、やけに強く耳に響いた。

久々にPCで書いたら、全体的に白く……。

スランプとか以前の問題のような気がしてきた。

(2008/10/22)

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