86 共有のない記憶
前夜のことをしーちゃんと話します。
大幅加筆修整しました。(05.7.24)
私はしーちゃんに目配せすると、場所を移動した。台所でお昼の用意をしてくれている母さんから少し離れて、繋がっているリビングの反対側に置いてあるテレビ前のスペースに移動する。フローリングの床の上には大きなカピバラのぬいぐるみが二体、クッションがわりに置かれている。
ここなら小声で話せば聞こえないと思う。茶色と白のカピバラクッションを座布団がわりにして、二人でもふもふしながら話すことに。しーちゃんが白、私が茶色のぬいぐるみだ。ふわふわもこもこのクッションは触っているだけで、心がほぐれる気がする。気持ちいい。
「さてと……それで?」
問いかけるとしーちゃんはゆっくりと言葉を選ぶようにして話し出した。
「最初はさ、普通にいつもの夢と同じように始まったんだ。前に見たのと同じ部屋の中で、ああ、この前の続きを見てるんだな、って思ったくらい。だけどミシェルさんの服の色が違ったから、あれ? って思ったんだ」
そういえば服、違ってたっけ? 私はレイアーナさんが『こいつは相変わらず犬みたいなやつだな』って思ってて、確かに嬉しそうなミシェルさんの様子がちょっとかわいかったから、なるほどーなんて思ってたんだよね。
「それにね、シュリーアさんが前見た夢の時は『この方が協力者ですのね』ってけっこう興味持ってる感じだったのが、昨日は『相変わらず御姉様しか見ていない方ですわね。その分使い勝手は良さそうですが』って考えてた。だから、この人見た目と違ってこっわーって思ったんだ。いつもあたしらの前ではにこにこしてるから優しい人なのかな、って思ってたのにさ。人は見かけで騙されちゃだめだね」
確かにシュリーアさんっていつもレイアーナさんの後ろに控えている感じで、おしとやかな人だなって思ってた。でも、雰囲気は穏やかでいつも微笑んではいるけど、何だか目が笑ってない感じはしたことが、ある。黙って見てるけど、何考えてるのかな、って思ったことが。うん。……何か、やっぱり人の上に立つ人なんだね。私も気を付けよう。
しーちゃんがカピバラを半分抱き上げて顔の上に顎を乗せる。……ちょっとカピバラさんが苦しそうで笑える。
「レイアーナさんの話を聞いててさ、うわっ思念酔いこわっ、あたしもやばいから気を付けようとか思ってたら、シュリーアさんは『この方以外のイルラならば記憶消去で済ませれば良いですけれど、御姉様に一応信頼されている方のようですからもう少し役に立ってもらわないといけませんわね』とか考えてて。あたし、ちょっとシュリーアさんが怖くなったよ」
そう考えてるって知ったら私も怖いな。……でも、昨日のシュリーアさんは、本当にしーちゃんのこと心配してるみたいに見えたんだけどなぁ。苦しんでたしーちゃんを癒してくれたのはシュリーアさんだ。……でも、待って。しーちゃんに受容体を付けるように言ったのは、シュリーアさんだ! ……だめだ。私も怖くなってきた。シュリーアさんには気を付けよう、そうしよう。しーちゃんの話はまだ続いている。
「その後ね、ミシェルさんがChatterの話を始めたでしょ? そしたらシュリーアさんは『御姉様が協力者にしただけのことはありますわね、やはり有能ですわ』って感心してた。それであたし、あたしはじゃあ、シュリーアさんにどう思われてるんだろう。役に立ってないって思われたら記憶消されちゃうんじゃないかってどんどん不安になってきたんだ」
しーちゃんがぎゅうっとカピバラさんの首を締める。それから低い声で言った。
「役に立ってるって思われてるかな? あたしシュリーアさんのためにちゃんとできてるかな? っていろんなこと考えて頭の中がいっぱいになっちゃって。その時に、誰かが何かを言ってたことを思い出したんだ。……でも、昨日話したことなのにそれがどんな話だったのか、誰が話していたのか、全然思い出せない。とにかく見てる夢から逃げ出して、シュリーアさんが本当はどう思ってるのか確かめなきゃって思って。それで必死で抜けだそうとして……」
しーちゃんがぎゅっと眼を瞑る。さらにぬいぐるみがぎゅうっと押し潰される。しーちゃんはぶんぶん首を振った。
「駄目だ、思い出せないよ。その後、なんかすごく身体が重くて動かせなくて、うわ、これって金縛りってやつじゃ? ってうんうんうなってた、ような気はするんだけど………やっぱりよくわからない。全部夢だった気もするし、本当に身体が重くなってた気もする。だから本当にいつもの夢だったのかどうかよくわからないんだよ」
私は黙ってしーちゃんの話を聞いていた。もちろん何があって、その後どうなったのか。レイアーナさんたちが何をして、どう話したかも全部覚えている。……だけどそれをしーちゃんに話してもいいのかがわからない。
── たぶん、シュリーアさんがしーちゃんを眠らせた時に何かしたんだ。
あのときシュリーアさんの手から水色の光が出てきてしーちゃんのおでこに吸い込まれていった。あれはしーちゃんを眠らせるために何かしたんだと思う。その後、その光がしーちゃんから出てきたように見えた。……そういえば、あの光、入っていった時よりも出てきた方が少し大きかったかもしれない。あのときに、もしかして……。
背中がゾクリとした。シュリーアさんが、しーちゃんの記憶を、消した?
そう考えたらつじつまが合う。しーちゃんは思念体になった後からの記憶を失くしてるんだ。きっと思念波網のことも忘れてる。
もし、私が昨日のことを話したら? しーちゃんはまた思念体になって同じことをしようとするよね。今晩はお泊まりで私と一緒だから、しーちゃんが思念体になろうとしても私が止められる。……でも、その後は?
── もしも、しーちゃんが一人のときに同じことをしたら?
シュリーアさんのことを思い出す。私にはシュリーアさんの考えていることはわからない。レイアーナさん以上に信じていいのかもわからない。しーちゃんの夢の話を聞いた今は、正直とてもこわい人だと思う。次はきっと、助けてもらえない。記憶を消されてしまうか、二人が間に合わなかったらしーちゃんが死んでしまう。
── こわいよ。
誰かに相談したい。……でも、誰に?
気付かないうちに記憶消去されていたしーちゃん。次回に続きます(鬼?)
残暑厳しい季節です。御自愛下さい。
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それではまたお会いしましょう。
皆様に、風の守りが共にあらんことをお祈りいたします。




