85 しーちゃんが止まった!
前話の答え、タイトルでわかりますね(笑)
加筆修整しました(05.7.19)
朝食後、私たちはさっそく実験の準備を始めた。昨日のうちに母さんが消毒してくれた透明プラスチックのケースに、ネットで調べた動画を見ながら地層を作っていく。しーちゃんのおばさんが地質を調べてくれたデータをもとに、地層を作る予定だ。
昨日はあれだけぶーぶー文句を言っていたしーちゃんだけれど、いざ実験を始める段になると、ノリノリで準備している。時々、ふんふんふーん、と鼻歌までついている。しーちゃんは小麦粉の袋を開けて、そのまま中身をケースにざばーと開けようとするので慌てて、
「しーちゃん、粉を使う時に声を出してたら……!」
「ぶわっくしゅん! げほ、げほ………うげー」
声をかけたけどちょっと遅かった。しっかりむせたしーちゃんの周りに白い粉が飛び散ってしまった。袋ごとひっくり返さなくて良かったー。母さんがあきれた声で言う。
「詩雛、粉を出すときは顔から離すか息を止めておかないと、そんなふうに気管に入ってむせてしまうわよ」
「おばさん、もっと早く言って」
うえーおいしくないーと涙目になっているしーちゃんにはお茶を渡して、私はさっさと後片付けを始めながら、
「しーちゃん、勝手に先々しないで。失敗するたびに後片付けしてたら時間かかっちゃうよ」
とぶつぶつ文句を言っていたそのとき、一瞬しーちゃんの動きがぴたりと止まった。そして、その止まったままの姿勢で、
「わかった。勝手に先々しないようにする」
きっぱりとそう言いきった。
── はい? 何が起こったの?
私が呆然としている間に、しーちゃんは飲んでいたコップをテーブルの粉の被害がない場所にことんと置くと側に来て、
「手伝うよ。あたしのせいだし」
と言って、黙って粉を集め始める。何だかいつものしーちゃんらしくない気がしたけれど、手伝ってくれるのに文句はない。しーちゃんにしては珍しいな、とは思ったけれど、早く実験したいからだろうと思い直した。
けれどもその後も奇妙なことは続いた。実験をしているうちに盛り上がってきたしーちゃんが暴走しかける。その度に、私が声をかけたり、嫌だなこれ以上暴走すると、って思うだけで、しーちゃんが動きをぴたりと止めて、「しない」とか「わかったやめとく」と言って本当にそこで止まるのだ。
明らかにおかしい。異常事態だ。しかも、その度に思念波が受容体を通して私の思念石としーちゃんの思念石に流れて行くのがわかる。しーちゃんの思念波は、今までにも何度か感じたことがある。けれどもしーちゃんの思念石に流れ込む思念波までわかるなんておかしい。
……これは、あれが原因だよね。しーちゃんのおでこにくっついた私の受容体の影響だ。あの受容体が私の思念波を受信してしーちゃんの行動をセーブしているんだ。だけどしーちゃんは今のところ全然違和感を感じてないっぽいんだよね。おかげで実験もとてもスムーズに進んでいる。
── すごい。すごいよ受容体!
しーちゃんはその後も問題事をいっさい起こさず、無事全ての実験を終えることが出来た。こんなの奇跡に近いよ。今までのしーちゃんならここまでに少なくとも三回は暴走して母さんに叱られてやり直しになったり、実験に失敗してまた最初からやり直しになったりしていたはずだ。「実験に失敗はつきものだよね」ってけろりとした顔で言いながら。
今回そういう場面では、しーちゃんが何か思いつくと私に直接思念波で伝わってきた。例えば地層を作っていると、突然『これって普通の地面ならまっすぐになんかなってないよね。もっとぎざぎざになるように入れた方がそれっぽくなるんじゃ?』って思いついたしーちゃんが手を動かす前にサッと止めに入ることに成功した。
「しーちゃん。おばさんにもらった図、ちゃんと見た? 何もない平らな地面だったら、地層もけっこう平行になってるよね?」
そう言って図を見せると、
「あ、ほんとだ」
と言って納得して暴走せずに済んだ。なにこれ。本当すごすぎる。
おかげで午前中にほとんどの実験が終わったので、結果をまとめていく作業は午後にすることにして後片付けを始める。実験で使った材料は、後で全部クッキー作りに使う予定だ。テーブルの上を片付けながらしーちゃんに言った。
「すごいね、しーちゃん。もっとあれしたい、これもしたい! って無茶振りしてくるんじゃないかなって思ってたのに、私がやめてほしいって言ったら今日はすぐにわかった、って止めてくれたからすごく実験しやすかったよ」
するとしーちゃんは、んー、と言ってから椅子を引いて座ると、テーブルに両肘をついてその上に顎を乗せ、だらんとした格好になる。
「何か気分じゃないっていうのかな。うおぉぉ、ってはなるんだけど、次の瞬間にれーちゃんの声が頭の中に入って来てさ。れーちゃんに、やめてね、て言われるとすうっと熱が冷めるみたいに、ああ、じゃあいいや、って気持ちが切り替わるんだよねー」
そのときしーちゃんがふと真面目な顔になって聞いてきた。
「ねえ、れーちゃん。昨日の夜の夢、覚えてる?」
どきっ。来たよ。ここはなるぺく普通に聞こえるように答えよう。
「も、もちろん覚えてるよ。何で?」
そーっと様子を伺うと、しーちゃんは黙って母さんの方を見ながら何かを考えているみたいだ。しばらくすると、
「あたしさ、昨日の夢が切れ切れにしか思い出せないんだよね」
ふう、と大きなため息をついて続ける。
「あの人たちと話すまではさ、夢なんかほとんど見たこないし、見たとしてもほんのちょっと覚えてるだけだった。だけど、あの人たちの夢は記憶の共有でもあるからさ、目が覚めてもはっきりと覚えているし、夢なのに何か現実っぽい感じだったんだよね」
しーちゃんがスマホを取り出す。また少し勾玉が成長している。しーちゃんがその勾玉を見ながら眉をしかめた。
もしかして、しーちゃんは……。
しーちゃんがどうなったのか、続きが気になる!
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