8 玄室での遭遇1 発掘二日目日目
玄室に入りたい二人ですが、簡単には入れません。子どもですから。それと二人の夢の話です。
今日もいい天気だ。
── 玄室に、入るぞっ!!
朝から気合い十分だ。
千年以上前に閉じられた世界に入れると思うと、いろいろと想像が止まらなくて、なかなか眠れなかった。なのに今朝は早くからぱっちりと目が覚めた。
ベッドから飛び起きると、古墳の中で汚れてもいいようにジーンズとTシャツに着替え、UVカットの長袖シャツを用意する。それから軍手と、思いついて簡単な筆記用具とメモ帳をリュックに入れると、2階の自分の部屋を出て洗面所へ向かった。
私の髪はサラサラ直毛で量が多い。手先もそんなに器用じゃないから、面倒のない短めのボブにしている。顔を洗うと髪をささっと手櫛で整える。鏡の中の私は目を細め、ちょっと嬉しそうに笑っていた。
「あら、ずいぶん早いわね」
台所に入っていくと、気付いた母さんが菜箸を持ったまま顔を上げた。
母さんは背が高い。濃い茶色の髪を、私よりもさらに短いショートボブにしていて、家でも動きがキビキビしている。
「おはよう母さん」
「おはよう。学校に行く時よりも早起きなんだから。……ま、楽しそうで良かったわ」
そう言いながらも母さんの手は並んだお弁当箱の上を行き来して、手早くおかずを詰めていく。
母さんは小学校の教師をしている。夏休みは給食がないから、朝から大忙しだ。いつもは一人分でいいお弁当が一気に三人分になる。だから朝のお弁当作りの手伝いを申し出ると、とても喜んでくれた。私としても夏休みの宿題の「お手伝い」が消化できるので、一石二鳥だ。
ま、他の家事がめんどくさい、というのもある。特に掃除とか苦手だ。絶対無理。自分の部屋のことはさっさと棚に上げる。
「母さん、玉子焼き作ろうか?」
「じゃあ、お願い」
冷蔵庫から玉子を取り出して割り、ボールに入れて菜箸で混ぜる。母さんがゆでたほうれん草を細かく切って、洋風出汁と砂糖を入れたカップと一緒に渡してくれる。味付けはまだ私には難しい。まとめてボールに入れるとくるくる混ぜる。
準備が出来る頃には母さんが玉子焼き専用フライパンに油をなじませてくれている。
母さんと交代してそうっと玉子液を流し込む。ぷつぷつ泡がふくらんできたら、ちょっとずつ、フライ返しで巻いていく。お箸でくるくる、と上手に巻くのは私には難しすぎる。最初の頃に挑戦して、全部スクランブルエッグにしてしまった。フライ返しを使うようにしたらうまく巻けるようになったんだ。
── うん、昨日よりはうまく出来た気がする。
火を止めて、まな板の上にひっくり返して置く。ほかほかふんわりとしていい匂いのする玉子焼きが、黄色い湯気を上げている。後は少し冷まして切り分けるだけだ。
「母さん、ウィンナーある?」
「はい。今日はお花形にしてみる?」
「切り方、教えてくれる?」
母さんがウィンナーを横半分に切って、切れ目の入れ方を見せてくれる。
「これを焼くと丸くなるのよ」
見本を見ながら切れ目を入れる。その間に母さんがキャベツとニンジンを細切りにしていく。
ゆっくり切れ目を入れている間に、野菜の下準備が出来ていた。
「今日は時間があるから、野菜炒めもしてみようね」
「分かった。やってみる」
小さいフライパンにサラダ油を入れて火にかける。野菜を炒めるのは初めてなので、ちょっとドキドキする。
── ふふん。私のお料理レベル、ぐんぐんアップしてるんじゃない?
初めての野菜炒めは、やっぱりちょっと焦げたところもあるけれど、思ったよりはうまく出来た。
うん、今日のお弁当が楽しみだ。
── しかも、お宝発掘つき!
だめだ。楽しみすぎる。テンションをどんどん上げながら朝食をとり、父さんの車で出発した。
博物館の駐車場に車を停めて古墳に向かう。玄室があるはずの方憤の入り口前は、昨日のうちに草刈りを終え、いくつかテントが張ってあった。
墳墓の正面にはしめ縄が張られ、神棚が設置されている。神棚の側には榊と御神酒。テントの下にはパイプ椅子が何脚か設置されている。父さん達代表者が座って、残りの人はその後ろで参加する形になるらしい。
時間少し前に、神主さんがしずしずと幣を掲げて現れた。御祈祷が始まり、神主さんが祝詞を読み上げる。日本語なのに何を言っているのかさっぱりわからない。そして、長い。文が途中で途切れることなくずーっと続いていく。
神主さんは淀みなく朗々と祝詞を上げ続ける。ようやく終わると、幣を古墳側と参拝者側に向けて大きく振り動かす。最後に参拝者全員で、二礼とニ柏手を打ち、最後にもう一度礼をして無事に御祈祷が終了した。
神主さんが帰ると、テントを一つだけ残して後片付けをし、午後から墳墓を開ける作業をすることになった。
今日も暑い。暑すぎて蝉も鳴くのを止めてしまったくらいだ。でも古墳の入り口周りは木が多く、日射しが遮られているので昨日の発掘場所に比べるとずいぶん過ごしやすい。
お弁当の後でしーちゃんが冷感スプレーを貸してくれた。タオルと長袖シャツにかけたらけっこう涼しくなった。虫除けスプレーもして、私の準備は万端だ。
でも、やっぱりすぐに中には入れない。私としーちゃんは発掘の邪魔にならないよう少し離れた場所で待機中だ。古墳入口は狭くて、未盗掘なのか石を詰めて塞がれている。
昨日のうちに入口付近の土は綺麗に取り除かれて、石組みが露出している。その一つ一つを丁寧に外す作業が行われている。大きさもまちまちのごろごろとした石を、何人もの人と重機の力で取り除いていく。
ぼーっと眺めていると、ふわぁとあくびが出た。大口を開けて息を出していると、つられたように隣にいたしーちゃんの口も大きく開いた。目に涙がにじんでいる。
「しーちゃんも寝不足?」
すると袖の端で目尻を拭いながら、
「んー……何か変な夢見て夜中に目が覚めたんだ。まあ、直ぐまた寝たんだけど、そのせいかなあ。」
再び大きなあくびをする。
「こわい夢でも見たの?」
ちょっと心配になって尋ねると、
「んー。何かねぇ、よく覚えてないんだけど……すっごく恐がってたみたい」
「……みたい? それ、言い方変じゃない?」
しーちゃんは近くの木に寄りかかって、思い出すようにしながら話してくれた。
「自分じゃない全然別の人なんだけど、その人がものすごく恐がってた。それが、何でかわかんないけど、その人の感じてることとか考えてることを、あたしが一緒に感じてる。そんな夢だった」
しーちゃんが視線を空に上げる。そのままこてりと首を傾げて、
「それにねー。場所が地球じゃなかったんだよね。宇宙船の中? みたいな? あんまりよく覚えてないんだけどね」
よく覚えていないけど、その夢の中の人がものすごーく恐がっていたことだけは印象に残っているらしい。
「そっかー。しーちゃんの調子が悪いのかと心配しちゃったよ。でも、夢にしては結構覚えてるんじゃない?」
私がそう尋ねると、しーちゃんいわく、シチュエーションというか雰囲気は覚えているけど、何をしていて、どんな人がいて、どんな会話をしていたとかは全く覚えていないらしい。
とにかくものすごく、恐い! って、感じた瞬間に目が覚めたらしい。自分の部屋で普通に寝ていたことにほっとしたって。変な夢。
「宇宙船かー。ロマンと言えばロマンだよね」
そう言ったときに、ん? と思った。あれ? 私の見た夢と似てるんじゃない? そう考えていると、
「れーちゃんも寝不足なの?」
と今度はしーちゃんが聞いてきた。
「んー。私は今日の発掘がすっごく楽しみ過ぎて、早く目が覚めたからなんだけど。でも、そういえば夜中に一回目が覚めたなーと思って。それで、その時見てた私の夢も宇宙の夢だった気がするなーって。」
私は膝を抱えると前後に身体を揺らしながら昨日の夢を思い出してみた。
「朝起きたらすっかり忘れてたんだけど、しーちゃんの話聞いてたらなんか思い出してきた。私のは宇宙人っぽい人が、月と地球の間にいて、何かを見ながら考え込んでる……って感じの夢だったな。でも別に恐い夢じゃなかったよ」
「ほほう」
しーちゃんにじとっとにらまれる。
「れーちゃん、私の話聞いてまた妄想したんじゃないの?」
う、てなったけど、今回は違うから!
「本当に夢の話だから! 想像するならしーちゃんの話の方が面白そうじゃない。宇宙船とか」
私のはただ宇宙空間に浮いてただけだ………ん? それって、へんかな? あの人宇宙服着てたっけ??
突然、むにっとしーちゃんにほっぺたを引っ張られた。地味に痛い。
「いだいー。何すんの!?」
私が頬をさすっていると、
「れーちゃん」
としーちゃんの冷えた声がする。これはヤバい。そうっとしーちゃんを見ると、静かに怒りのオーラが見える気がする。これは、まずい。
「れー、ちゃ、ん。また妄想、してた、ね?」
「え!? ち、ちがうよ? か、考えてただけで!」
私は慌ててぺらぺらと吐く。
「夢だからおかしくないのかもしれないけど! 出てきた人が宇宙服着てなかったなって思って。何か普通にそのまま浮かんでた気がしたからヘンだなって思っただけだから!」
しーちゃんがきょとんとした顔で言った。
「ま、夢だし? そういうこともあるんじゃない?」
それからにかっと笑う。
「そっかー。同じ宇宙の夢を見るとか、やっぱ、私らって気が合うんだねっ」
私もそうだね、と笑顔で返しながら、昨日の夢をもっと思い出してみようと思ったけれど、残念ながらそれ以上のことは浮かんでこなかった。
次回、ようやく遭遇するかも?
初評価pとブックマークを戴きました。ありがとうございます!
これからも頑張ります!