73 レイアーナ視点 アリーシャの事情2
前回に引き続き、アリーシャの話です。
69話目に大幅加筆しました。気になる方はそちらもお読みください。まる一日分抜けていました。すみません。(21.09.05)
加筆修正しました(23.6.06)
シュリーアが示したのは、その辺りではありふれた建物の一つだった。込み入った路地に面した四階建ての住居で、一階は閉店しているのかシャッターが降りた店舗になっている。
「アリーシャ!」
と呼ぶ声が三階の窓から聞こえてきた。誰かが大声で話しかけているようだ。残念ながら他の言葉は聞き取れず、意味もわからない。
我らはその部屋の中へ入って行った。
途端に飛び込んで来たのは鮮やかな色の洪水だ。薄暗い灯りの中でもくっきりと浮かび上がる赤と青のカーテン。部屋の壁は一面鮮やかなピンクに近い紫色に塗られている。外見からは想像もつかない部屋だった。ここがアリーシャの部屋か?
部屋の片隅に木製の勉強机と、同じ木製の一人掛けの椅子がある。驚いたことに部屋の大部分を占めているのはベッドだった。鮮やかな赤紫色の光沢のある薄手の掛け布団と、同じ色の艶やかな枕があり、そこに長い黒髪を乱し、細い身体を曲げて息苦しそうに横たわる少女がいた。
側にいるのは母親だろうか。濃いオレンジ色の布をまとった女性がベッドの上でうずくまるようにして寄り添っている。
母親も少女も、黒に近い褐色の肌に、細かに縮れた長い黒髪をしている。彫りの深い顔立ちで、母親の額には何か赤いしるしがついている。
ベッドで息苦しそうにしている少女がアリーシャだろう。目を閉じているが、切れ長な目元は母親のものとよく似ている。何度も浅い呼吸を繰り返し、時々ひどく咳き込んでもいる。右手にはカラフルなブレスレットを付けている。そこに嵌め込まれている青みがかった天然石が受容体になっているようだ。
『助……け……て。お、願……い。息が……うま、く……出来、ない、の』
アリーシャが苦しそうに思念波で伝えてきた。喉の奥からゼーゼーという音が聞こえてくる。
『この症状……喘息か?』
そう呟いていると、シュリーアが側に行き、そっと語り掛ける。
『アリーシャ。あなたは喘息なのですか?』
アリーシャはうっすらと目を開けると、思念波で伝えてくる。
『ああシュリーア。来て、くれたのね。……喘息? ……わからない。ドクターには、気管支が、炎症を、起こしてる、と、言われるわ』
唇が色を失ってきている。良くない兆候だ。部屋の中を薬や医療用のものが何かないかと探してみたが、それらしきものは見当たらない。シュリーアが重ねて聞く。
『医者にかかっているのでしたら、薬を処方されていたのではありませんか?』
アリーシャは弱々しく首を振る。
『あったわ。……でも、もう、使ってしまったの。薬をもらうには、朝早くから並ばないと、なくなって、しまうもの』
── ふむ。やはり医療事情も悪いのか。そういえば、さっきの通りにはアレがあったな……。
ここへ来るまでに見た光景を思い出しながら話す。
『アリーシャ。私はシュリーアの姉でレイアーナという。この辺りでオイルや香料は手に入るか?』
アリーシャが弱々しくだが頷く。
『我らの言葉はそなたにしか伝わらぬ。何とかして母親に伝えよ。オイルでも香料でもよい。フランキンセンス、ミント、ラベンダーを用意して欲しい、と。それからミント水かレモン水、なければミネラルウォーターを用意してもらえ。水は必ず不純物の混じっていないものだ』
何とか母親に伝えられたようだ。母親が部屋の外へ声をかけると、使用人らしきものが顔を覗かせた。母親が早口でまくしたてるのを、黙って聞いた使用人がそのまま戻っていく。
その間に私は再びアリーシャを通して母親に指示を出した。窓を閉め、天井のファンを止めさせているうちに、先程の使用人が数種類のお香とミントの葉を浮かべた水を持って来る。使用人はお香を机の上に置くと、火をつけた。
煙が出だしたところでファンを再び回し、ミント水を少しずつ飲ませると、しばらくして少し呼吸が落ち着いてきた。
『ありがとう。少し、楽に、なったわ』
アリーシャは仰向けになり、少し口元を緩めた。まだ息は整っていないが、喉の音は微かになってきている。やがて、ふうと大きな息をついた。
「ああ、アリーシャ……」
側で母親が涙をこぼしている。安心したのだろう。
シュリーアもアリーシャの腕に重ねていた手を離す。昂る思念波を放出させ、自分の持つ受容体に吸収していたようだ。
シュリーアが話している間に、私は母親に近づき、額の前に受容体をかざすと思念波を読み取った。
『……ああ、熱が出るまえに落ち着いて良かった。次に発熱したらすぐに入院をと言われているもの。でも、後どれくらいこの家で過ごせるのかしら……。次に発熱したら、もう薬では抑えられないかもしれないとドクターも言っていたもの。アリーシャ。私の可愛い娘! …………!』
母親が嗚咽をこらえている。その間に思念波から病名が読み取れた。
── 予想通りか。ふむ……。
私は二人に声をかけた。
『アリーシャ。このお香とミント水は対処療法だ。症状は抑えられても根本的な治療にはならない。出来れば早急に医者にかかれ。辛い時は今回のようにシュリーアを呼べ。我らに出来る限りの手助けはしよう』
『ありがとう』
アリーシャは横たわったまま僅かに微笑んで見せた。
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「星に還る」
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この物語を読んで、たくさんの人の想いが星に届きますように……。
それではまたお会いしましょう。
皆様に風の恵みが共にあらんことをお祈りいたします。




