72 レイアーナ視点 イルラ アリーシャの事情
思念波網の構築中に、異常を感知しました。
69話目に大幅加筆しました。気になる方はそちらもお読みください。(21.09.05)
加筆修正しました(05.6.02)
『……やります』
シュリーアが決意のこもった声で答えた。ならば、と声をかける。
『感情に引っ張られると呑み込まれるぞ。思念波に操られず常に自分のコントロール下に置くのだ。出来るな?』
『はい』
シュリーアが目を閉じたので黙って側を離れる。しばらくすると静かに思念波が溢れ出してきた。まだ緩急はあるが、私の思念波に混じりながらゆっくりと広がっていく。同時にシュリーアの記憶が流れてくるのを感じた。
船内で訓練する様子、初めて見た異世界。国際宇宙ステーションでの思念波の吸収。周回しながら見た地球の景色……。
やがてそれは一定のリズムで広がり始める。落ち着いて放出できていることを確認し、私もまた思念波網の構築に戻った。
……どれくらいそうしていただろうか。
ふと思念波網に微かなさざ波を感じた。方角からするとおそらく悠然の思念波だろう。それはとても細く、吹けばとぶ糸のようだ。だが細くとも簡単には切れない強さがある。ふむ、思念石がきちんと仕事をしているようだ。
それからさほど時間を置かず、悠然の場所よりもやや北東側で、微かに反応する場所がある。あちらには新たなイルラ候補者がいそうだ。
── 確か、あの辺りには小さな島国があったはずだな。
その後、かなり西で、さらに時間を置いて南からも反応があった。どちらもシュリーアのイルラのものだろう。
『シュリーア。そなたのイルラの存在は感じ取れたか?』
そう聞くと、ゆっくりと目を開け、少しぼんやりとしながら答えた。
『わたくしの、イルラ……はい。二人の……存在は……確認でき……ました』
まだ焦点の定まらない目でぼんやりとしている。
『あ、わたくし……』
構築を止め、ゆっくりとシュリーアに近づく。始めた時にはまだ太陽の光があった。しかし今は、見渡す限り星空となっている。中空に横たわるように白く霞む星の河がとうとうと流れている。シュリーアも見るともなくその河に目をやりながら、思念波の海に浮かんでいるようだった。
『疲れたか? 波に呑まれてはいないか?』
シュリーアが空を眺めながら答える。
『長い……長い夢を見ていたような気がいたします』
思念波網をすくいとるように手を動かしながら続ける。
『まるでわたくしという存在が少しずつ溶け出し、地球を取り囲む大気の一部になったようでした。地球を包み、地球の大気となり、人々の営みを見守っているような……』
ほうっと、シュリーアがため息をつく。シュリーアの思念体に異常はなさそうだ。無事霧散することなくやり遂げられたようだ。すっと肩の力が抜けた。
『かなりの時間放出し続けたからな。帰還するための思念波は残っているか?』
『いえ。少し心もとないです。思っていた以上に使ってしまいました』
『そうか』
その時。肌にざわりと触れる違和感を感じた。
── む。これは……。
シュリーアもはっとした顔をし、急いで目を閉じる。様子を見守っていると、目を開けたシュリーアが難しい顔を見せる。それから西の方角を見つめると言った。
『御姉様。アリーシャの身に何か起こったようです。弱々しい声で、助けて、と聞こえました』
── やはり。シュリーアのイルラか。
私とアリーシャに繋がりはない。些細な違和感にしか感じられなかった反応は、主であるシュリーアには明確に伝わったようだ。
『シュリーア。我らが手を出せることは少ない。だが、イルラを持ったそなたは責任を持たねばならぬ。アリーシャのもとへ向かうぞ。私も同行しよう。案内せよ』
シュリーアが左手を胸に、右手を額に当てて礼をする。
『承りました、御姉様。ご案内いたします』
インド中心部へと向かう。
まず気づいたのは、灯りの少なさだ。夜に移動した経験は少ないが、ミシェルのいるパリは眩しいくらいの光に溢れていたのに較べ、インドは全体的に薄暗い。しかも全く灯りの見えない場所も多く見られる。
── これは、市街地のすぐ側に農業区域があるということだな。
シュリーアはまっすぐに市街地へと進み、低層住宅の密集した一画へと進んでいく。一階に店舗のある、三から四階建ての住宅が密集して建っている。住宅同士の距離が近く、狭い路地が複雑に入り組んだ街だ。夜でも人通りが絶えず、路地という路地に人が密集しているようにみえる。
── ここは衛生状態に問題がありそうだな。
通り全体が埃っぽく、その狭い通りを平気で縫うように二輪車や四輪車が走っている。
店先には犬のいる場所が多い。どの犬も飼われているようには思えない。首輪もなければ紐で繋がれてもいず、毛並みも良くない犬があちこちをうろついている。人が落としたものを食べあさっているようだ。
あまりの不衛生さに思わず眉をしかめながらシュリーアを追う。
やがて一つの住宅の上空で停止した。
『御姉様、ここです』
ネット大賞の感想コーナーを見て、読んでくれている人がいればいいな、と思います。
面白いな、とか、続きが気になる!っと思われたら下の方にあるいいねや⭐️を押してください。ブクマしてくれると、とても嬉しいです。
ご意見、感想もお待ちしています。
新作の宣伝です。少しずつ読まれています。
「星に還る」
https://ncode.syosetu.com/n0157ig/
泣ける、心にグッとくる、といった感想いただいています。
この物語が少しでも心に残りますように。
たくさんの人の想いが星に届きますように……。
それではまたお会いしましょう。
皆様に、風の恵みが共にあらんことをお祈りいたします。




