2 発掘に行こう
ここから本編となります。
しばらくは主人公怜奈視点の話となります。
改稿しました 22.8.15
八月の日射しは強い。麦わら帽子をかぶってUVカットの長袖上着を着ていても、関係なくジリジリと肌を焦がしていく。まだ十時を過ぎたばかりなのに、太陽はぎらぎらと照りつけて、汗がぽたぽたとしずくをたらしている。もう三十度を越えているだろうな。
シャンシャンシャンシャン、と耳にうるさいくらいのクマゼミの合唱が聴こえていたけれど、作業に没頭しているうちにその騒音がちっとも気にならなくなった。
しばらくして私は持っていた刷毛を横に置き、立ち上がってうーん、と背中を伸ばした。赤茶けた地面はさらさらの土で覆われ、ところどころに山になった土が積み重なっている。目の前は一メートル程離れたところが大きく掘り返され、今まさにその中で『発掘』が行われているところだ。
小学生の私は、まだ実際の発掘現場には入らせてもらえない。穴の外から作業を覗き込むことしか出来ない。それでも昔の遺構を目の前にするだけでわくわくしてくる。あれは埴輪? それとも土器? あっちのは屋根っぽいから家型かな?
次々と出てくる欠片を見ていると、ぐんぐんと想像の翼が広がり始める。千年以上も昔の暮らしが眠りから覚めたような気がして、心は遥か彼方の古代へ。気持ちが溢れるままに、そっと目を閉じた。
── ここは貴族の館。私はその一人娘。
貫頭衣を着て首から勾玉の首飾りをつけた私がうつむき、歩いている。
数日前から高熱の続いていたお父様がついに御隠れになり、その弔いの儀式をしているところ。以前から用意していたお墓に葬るため、父様の棺に付きそってとぼとぼと墳墓まで来た。
けれども父様が急に御隠れになったのでお墓の準備が整っていなくて。お墓の周りを取り囲むように置かれているはずの埴輪が、まだ入り口から見える範囲にしか置かれていない。
亡くなったお父様の死後の暮らしに差し障りがあるのでは、と気にしながらも、あまりに早いお別れに、涙がこぼれて止まらない。
ぽろぽろと、ぽろぽろと……。
── ああ。なんって、古代ロマンっ!
「……ちゃん、……ちゃんってば」
聞き覚えのある声が、微かに聞こえる気がする。
「──ちゃんってば! 聞いてる!?」
……もう誰? お葬式の最中に不謹慎なっ。
そのとき突然、むにっとほっぺたをつっつかれ、そのままぐりぐりされた。
「ほひゃっ!?」
思わず変な悲鳴を上げてしまう。
「れーちゃん! またどっか別の世界に入ってたでしょう」
親友で幼なじみの詩雛が、冷たーい目をして横から人差し指を突き刺していた。そのまま更にぐりぐりしてくる。
「……しーちゃん、いだいー」
「声かけたけど、聞いてなかったよね?」
「あう。聞いてませんでした」
まだぐりぐりが止まらない。そのままジトっと睨まれる。
「何か言うこと、ない?」
「いだいですぅ、じゃなくて。ごめんなざいー」
はあ、と大きなため息をついて、ようやく手を離してくれた。帽子の下の顔がぷんすかしている。
「もう、れーちゃんってば。どうっせいつも通り妄想モード全開だったんでしょう? 本の読み過ぎじゃない? 新しい学校でも図書室にこもってばっかりいるんじゃないでしょうね?」
腰に手を当て、ふん、と鼻息を出しながらあきれた顔で言われた。
うう、その通りなのでくやしいけど何も言えない。
夏休みに入る直前、父さんが夕食時に興奮した様子で言った。
「とうとう白鳥山古墳の発掘調査に許可が出たんだ。諦めずに交渉したかいがあったよ」
白鳥山古墳は、前に住んでいた団地の近くにある古墳群だ。堺市にある、仁徳天皇稜じゃないかと言われている古墳と共に、まとめて世界遺産に登録しようと地元が盛り上がっているらしい。実際に、近い将来登録されるだろうと言われてもいるアツーイ古墳なのだ。
だから今のうちに周辺の古墳を詳しく調査したいと父さん達が要望を出していたそうだ。
その許可がおりて、父さんがその調査団の団長になったということだった。しばらく調査に通うらしい。
── ん? ということは、その発掘についていけば、しーちゃんに会えるかも!?
ちょっとわくわくしてきた。
しーちゃんは父さん同士が仲良しで、小さい頃から一緒に行動していた大事な親友だ。しかも、しーちゃんのお父さんは地元の郷土博物館の学芸員をしている。きっと今度の発掘にも関わっているにちがいない。
よし、確かめてみよう。
「父さん、その発掘に小鳥遊さんも来る?」
小鳥遊 詩雛が、しーちゃんの名前だ。小鳥遊さんが参加するなら、久しぶりにしーちゃんにも会えるかもしれない。
父さんが言う。
「ん? ああ、もちろん。小鳥遊も調査団の一人だよ。むしろあいつ抜きではできないよ。あの辺りの地質を一番理解しているやつだし、そもそも……」
学者の父さんは専門の考古学の話になると夢中になる。話し始めたら止まらない。しかも専門用語がばんばん出てくるので、話についていけなくなる。だからいつも適当にふーん、とかそうなんだぁ、と聞き流している。
今回もいつも通り専門用語が並ぶ父さんの一人講義が始まった。私は適当に、ふーん、とかそうなんだ、へー、と適当に相づちを打ちながら機会をうかがった。
父さんのテンションが少し落ち着いたところを見計らい、
── よしっ!
心の中でガッツポーズをする。作戦開始だ。話のタイミングを見計らって、父さんにあまーい声でお願いする。
「ねえねぇ、父さん父さーん」
父さんは私があまーい攻撃をすると、いつもでれでれになってたいていの我が儘は聞いてくれるんだ。
「うんうん、何かなー」
今回もすぐにでれでれの顔になった。すかさずおねだりポーズで目をパチパチさせながら、
「私も発掘調査、連れてってほしいなー」
とおねだりしてみた。
「えっ………でも、仕事だからなぁー」
そう言いながらも、怜奈のお願いだから聞いてあげたいけどなぁ、とちょっとぐらぐらきてるみたいだ。
── よしっ、もうひと押しだ!
「と、う、さーん。お、ね、が、い」
「え、……ええーっ!? う、うーん………」
さらに甘ーい声で攻撃する。口では困ったように言ってるけど、口元がゆるゆるだ。これは、いける。
「ちょうど夏休みだし、副葬品にも興味あるし…。出来ることはお手伝いするからぁ。調査の邪魔はしないよ、絶対。約束する。それに、前の学校の友達にも会いたいなぁ、って」
かなり推し気味にアピールしてみた。
横で聞いていた母さんが、はあ、とため息をつきながら口を挟んできた。
「怜奈。お友達に会いたいのならそう言いなさい。どうせしーちゃんに会いたいだけでしょう」
さすがに鋭い。でも副葬品に興味があるのも本当だ。古墳時代の埴輪や武具、農具。もしも豪族や大王のお墓なら、玉や鏡なんかも見つかるかもしれない。土の中からそれらが見つかると思うと、とってもわくわくする。
母さんに攻撃は通用しない。だから正直に言う。
「しーちゃんに会いたいのは本当。でも、発掘に興味があるのも本当。だって古墳の発掘でしょう?勾玉とか銅鏡とか見つかるかも!」
ちょっと興奮してしまったのはしかたない。すると父さんが頷きながら言う。
「うんうん。そうだよなあ! 今は公園になっているけれど、あの古墳群で最大の前方後円墳を発掘した時には、祭祀用の須恵器なんかも出たからなあ。それに、菅玉、剣の一部。さすがは僕の娘! よくわかっているじゃないか! 怜奈にも古代のロマンが見えるんだね」
父さんの目がうるうるしている。……ちょっと酔ってる?
ってことは、今がチャーンス!!
「父さん。お、ね、が、い」
最大のにっこりスマイルで、推す。横で母さんが頭を振った。
よし、勝った。
父さんが感動を抑えきれないというふうに、ぐっとこぶしを握ると言った。
「そんっなに行きたいか? いやあ、行きたいよな。うんうん。よしっ、父さんに任せなさい!」
「父さん、ありがとうー」
こうして私は発掘調査への同行許可をもぎとった。
ふふん。やったね。
次回、発掘調査に向かいます。
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