12 再び玄室へ
松永さんの登場で、二人への追究は次回以降に。
今回は古代ロマンの話です。
修整しました(22.10.9)
「松永さん? どうかしましたか?」
「……え? 松永さん?」
私達が小さく手を振り返すと、松永さんが歩いて来た。
「やあ。……えっと、玲奈ちゃんだっけ。守川先生に中で具合が悪くなった、って聞いたけど大丈夫?」
二人から目を逸らし、松永さんを見ると首にかけたタオルで汗を拭いながら、少し眉を寄せている。
「心配かけてすみません。外に出たら少しましになりました」
にっこりと笑うつもりが、ちょっと唇がひきつった。
松永さんは少し顔を曇らせる。
「まだ調子良くなさそうだね。武具の撮影が終わったから小鳥遊さんが中の説明をしようか、って言ってたんだけど……無理そうかな」
うぅ。それは気になる。ちら、と二人を伺うと姉の方がきゅっと眉をしかめた。私の視線の先へ松永さんが顔を向け、不思議そうに首を傾げたけれど、やっぱり彼女達の姿は目に入らないらしい。
『おい。そこの男は何と言っているのだ? 我らには受容体を持つそなたらの思念しか伝わらぬ』
私としーちゃんとしか話せなくて、受容体をもっていない他の人の言っていることは伝わらないのか。覚えておこう。
「れーちゃん行けそう? 中のお宝の説明は聞きたいよね?」
顔を寄せたしーちゃんが聞く。すると姉の方がフッと口の端を上げた。
『ふむ。先程の古い墓か。この地の成り立ちを知るのも一興だ。そなたらが行くなら我らも行こう』
どうやら付いて来るつもりのようだ。
「しーちゃんはどう思う?」
本当に聞きたいこと伝わるかな。恐る恐るしーちゃんを見ると、にやりと笑う。
「まだいろいろと聞きたいことはあるし、付いて来ればいいんじゃない? ……とりあえず行ってみて考えようよ」
「わかった」
謎はありすぎるけれど、とりあえず一旦放置して玄室に向かうことにする。
いつの間にか気味悪さも恐怖感もそれほど強く感じなくなっている。二人がいることに慣れてきたのかな。それでも直視は出来ないし、側にいると思うとやっぱり怖い。だけどこの不思議な二人のことを知りたいとも思ってしまった。何者なんだろう。
それに、この受容体って何だろう? 玄室で拾った欠片についてはなんとなく推測できる。古代の遺物だからロマンはたっぷり詰まっているけれど、この欠片そのものに変なパワーみたいなものは……ない、と思う。ないよね? あるとしたら呪いとか祟り? いやいや、ないない。大体あるなら父さん達もみんな呪われてるよね。ないないない。
「れー、ちゃ、んー?」
気付くとしーちゃんが目の前にいて、ぎゅむっ、と両手で顔を挟まれてほっぺたを潰されていた。いだい。さらにそのまま左右に引っ張られる。
「いだいでずー。」
涙目で抗議すると、
「またやってたでしょ。この妄想変態っ!」
……変態は酷いと思う。でもそう考えたのが伝わったのか、さらに容赦なく引っ張られた。
「へーんーじーはー?」
「あうぅ、ごめんなざいー」
そのままずかずかと手を引っ張られながら入口に連行された。とほほ。
よし、考えを切り替えよう。どちらのことも話を聞かないことにはわからないし、二人のことが認識できない人達のいるところで話しかけると、私達の方が変人になってしまう。
悩むのも考えるのも後回しだ。さっきゆっくり見そびれた遺物をしっかり見せてもらおう。
玄室前の通路を抜けて石室入口まで進む。中では父さん、小鳥遊さんを始め、撮影していた人達がひとかたまりになって立っている。撮影機材は片付けられ、照明だけが点いていた。
「玲奈、入って来て大丈夫かい」
父さんの心配ですとかいてある顔に、にへらと笑って答える。
「心配かけてごめんなさい。休憩したから大丈夫。説明してくれるんでしょう?」
本当はあんまり大丈夫じゃないけれど、二人のことが見えない父さんにどう説明したらいいのかわからない。とりあえず今は見つかった遺物のことに集中しようとそう答えると、学者の父さんは案の定すぐにこの話に乗っかった。
「うん。素晴らしい発見だよ。これ程理想的に残ったまま見つかることは少ないからね。白鳥山稜の主に仕えていた豪族家族の墓に間違いないだろう。稜の造成とそれ程違わない時期に造られたものみたいだ。」
父さんは須恵器の近くで説明を続ける。私達の側では松永さんが熱心に説明を聞きながらスマホでメモを取っている。ふと顔を上げて口を開いた。
「ということは古墳時代中期から後期くらいに造成されたということですね。では、この須恵器群は黄泉戸喫信仰に由来するものと捉えていいですか?」
「そうだね。古事記や日本書紀にも述べられているように……」
父さんが滔々と話し始めた。松永さんや他に撮影に参加していた大人達は時々頷きながら感心したように聞いているけれど、難しすぎて何を言っているのかさっぱりわからない。また父さんの研究談義が始まってしまった。どうしようかな……。
しーちゃんがぽかんと口を開けて呆気に取られている。
「ごめん。父さん夢中になると話が止まらないんだ」
こっそりしーちゃんに謝ると、ゆっくりと首を回して聞いてくる。
「れーちゃん、あの話わかるの?」
苦笑しながら答える。
「さすがに専門用語がばんばん出て来ると無理」
『そなたの父親は典型的な学者肌のようだな。そなたらに理解出来ぬことは、我らに伝わらぬ。他に説明出来る者はいないのか』
姉の方が呆れた声を出す。
「そうだよねー。あたしもあれさっぱりわかんない。そうだ。父さーん!」
しーちゃんが小鳥遊さんを呼んだ。おじさんが気づいて来てくれた。
「れーちゃんの父さんの話が難しくてわかんない。ヨモツなんとかって、何?」
黄泉戸喫 これは、日本の神話、黄泉平坂 漢字合ってるかな? に由来します。
イザナギノミコトと、イザナミノミコトの話です。似たような話は、実は世界中にあるみたいです。ギリシャ神話にもあります。 明日また出てきますが、詳しく本文では書きません。興味のある方は調べてみてください。