11 幽霊と会話する
幽霊?との遭遇に怯える怜奈と、それすら面白がる詩雛。
玄室を出ても、遭遇は続きます。
しーちゃんにつかまるようにして何とか石室を出た。
父さんも他の人達に声を掛けて、入口まで付き添ってくれた。
眩しさに目を細めながら外へ出ると、一瞬にしてむわっとした暑さに包まれる。それが日常に戻った証拠のような気がしてほっと息をついた。
「守川のおじさん。怜奈は私が見ておくから大丈夫だよ。……れーちゃん、あそこでお茶飲もう」
「うん、そうする。父さん心配してくれてありがとう。休憩したら大丈夫だと思うから」
また後で様子を見にくるから、と何度か振り返りながら父さんは戻っていった。
父さんの姿が見えなくなると、しーちゃんがわくわくした顔で目をキラッキラさせながら言った。
「ね、ね、すっごい不思議体験だよね!? あの人達何者? この欠片何だと思う?」
「……しーちゃんちょっと待って……とりあえずお茶飲んでもいい?」
私は木陰に入り、太い木の根っこに腰を下ろすと幹に背中を預けた。それからさっき拾わされた欠片を失くさないようにティッシュで包み、シャツのポケットにそっと入れると、水筒のお茶をカップになみなみと入れて一気に飲み干した。
冷たい麦茶が喉を通っていくのを感じてほっとする。
興奮していたしーちゃんだけれど私の具合がまだ良くないのに気付いて、気遣うようにそっと隣に座ってくれた。
しばらくの間コップを握りしめて、俯いたまま動けなかった。黙っている間、しーちゃんも黙って側にいてくれた。
横を見ると左手の拳が握りしめられたままになっている。それを見て重い口を開いた。
「しーちゃんは気味悪くないの? どう見てもあの人達普通じゃなかった。それに、私としーちゃんにしかあの人達見えてなかったんだよ? 変すぎるよ!」
んーと言いながらしーちゃんは顎に右手の拳を当て、左手をくいくいと動かしてはそれを目で追っている。何か考え込んでいるらしい。
やがて顔を上げると私の方を向く。そして真面目な顔で、
「変な人達ではあった。最初は幽霊かと思ったよ。でもすぐに幽霊じゃないと思った」
ま、足あったしね……と言うと、動かしていた左手をそっと裏返して手のひらを広げ、握っていたものを見せる。
そこには予想通り小さな白い欠片が握りしめられていた。太陽の光を受けて輝いている。それをぐっと握りしめなおすと続ける。
「れーちゃんも声を聞いたんでしょう? 私に話しかけて来たのは小さい方の人。この欠片を拾ったら、その人の方から青い光が飛んできてこの中に入ってった。そしたら頭の中に声が響いて来て……これを使って助けて欲しいって」
「助けて欲しい?」
どういう意味だろう。
「うん。そう言ってた。れーちゃんも何か言われたんでしょ?」
「私は……怒られた。遅すぎる、とか、他の人に触らせるな、とか。大きな声が頭の中にガンガン響いて来て怖かった。」
思い出すと身体が震えて来た。
しーちゃんがそっと腕を背中に回して私を包み込むように自分の方へ寄せ、もう片方の手で頭をよしよしとなでてくれる。
「れーちゃんには私がいるよ。大丈夫」
『御姉様、怖がらせすぎではありませんか。あのように震えて』
不意にまた頭の中に声が響いて来た。さっきとは違って高く柔らかい。歌っているような不思議な抑揚がついた話し方で、声の調子に気遣うような優しさが溢れていた。思わずびくりと身体が反応する。そのとき、
「さっき話しかけて来た人だね」
そう言ってしーちゃんはきょろきょろと辺りを見回した。その視線が、ある一点で止まる。
「確実に幽霊じゃないね」
にやりと笑うしーちゃんの視線の先には、炎天下の中並んで立つ二人の姿がうっすらと見えていた。
古墳の中で見たのと同じ姿で日向に立っていると、あまりにも現実感がない。後ろの景色がうっすらと透けて見えるのは変わらない。長い水色の髪が腰近くまであり、背の低い妹らしい方が、少し色が薄い。
姉と呼ばれた方は眉をしかめ、腕を組んでいる。背が高く背筋が真っ直ぐで姿勢がいい。きつめの細い目にまっすぐ通った鼻筋。薄い唇はきつく結ばれているけれど、かなりの美人さんだ。
玄室の中では薄暗くてよく見えなかったけれど、全身を覆う繋ぎのようなものに、アニメの戦闘系キャラが着ているような金属っぽい素材で出来たスカートを身に付けている。
妹の方も同じような一体型のスーツを着ているけれどスカート部分がない。そして二人ともティアラのように見える飾りを額に着けていた。姉の方が大きい宝石が使われているが、形は似ている。二人とも真ん中の宝石が大きく、その左右にそれよりも少し小ぶりの同じ青い宝石がきらめいている。ラピスラズリを透明にしたら、こんな感じになりそうだ。台座部分は虹色の鉱石で出来ていて、それぞれの宝石を繋いでいるみたいだった。
妹の方は柔和な顔つきで、口元が緩く微笑んでいる。鼻筋が高くて綺麗だ。妹の話に姉がふんと鼻をならして答えた。
『気の小さい奴だ。そなたの感応者の方が余程肝が据わっているではないか。私のイルラには向かぬが仕方あるまい』
それからため息をつくと、私達をきっと睨みつけるように見て続ける。
『お前達は我らの感応者だ。先程与えた受容体により、我らと感応することで会話が成立している。受容体を受け取ったからには、これより我らが協力者として活動してもらう』
「はい?」
思わず間のぬけた声を出してしまった。反対にしーちゃんは挑戦的な顔で二人に向き合っている。
……これ、確実に面白がっているよ。しーちゃんは強いな。私があっけに取られているうちに、相手と同じように腕を組んで背筋を伸ばすとふんぞり返る。それからふんと鼻を鳴らすと、
「あなた達、人にものを頼むのにその態度はないんじゃない?」
そう言ってにやりと笑った。それからさっき拾った欠片をぐいと顔の前に突き出して、
「要するに、この欠片がなくちゃあたしらと話も出来ないんでしょ。確かにあたし達にしかあんた達は見えてないみたいだし、たぶんそれが感応してるってことなんだろうけど、要はこの欠片を捨てちゃって、あんた達のことを見なかったことにすれば、困るのはあんた達なんじゃないの?」
と勝ち誇ったように言いはなった。
……確かにその通りだよね。私達にしか見えないってことは、私達が見えないことにしちゃえぱこの人達は何も出来ないってことだ。
── さすがしーちゃん!
私が感心していると、姉の方がほう、と言ってにやりと笑いながらしーちゃんを面白がるように睨みつける。うう、この人の笑い顔、本当に恐いんだけどっ!
『そなたの言う通り、確かに我らはその受容体がなければそなたらと感応できぬ。だが、それならばそなたら以外の感応者を探せばいいだけだ。この地以外には既に何人もの感応者がいる。面倒ではあるが、この地でも他を当たればいいだけのことだ』
まあ質は落ちるであろうがそれは致し方ない、と呟く声が頭の中に響いた。
「ふーん。じゃあ、聞くけど。この受容体ってのをあたし達が持つと、どんなメリットがあるの? あんた達は協力者になれっていうけど、それがあたし達と何の関係があるの? なんであたし達が協力しなくちゃいけないの!?」
しーちゃんが負けじと睨みつけながら言う。すると姉の方が目を細めて、しーちゃんを見定めている。
『そなた、見た目によらず賢者だな。我らを見ても怯えずに意見を述べる物言いといい、感心する。よかろう。我らの事情は後に説明するとして、先ずはそなたらの益になるであろう点を述べよう。……む?誰か来たようだな』
姉が視線を向けた先には、昨日お世話になった松永さんがいた。眩しそうに手を額の前にかざし、何かを探すように顔を動かしていた彼は、私達に気づくとこちらを見て手を振った。
「え? 松永さん?」
私達が小さく手を振り返すと、松永さんが歩いて来た。
「やあ。えっと、玲奈ちゃんだっけ。守川先生に中で具合が悪くなったって聞いたけど大丈夫?」
私は二人からそっと目を逸らし、松永さんを見た。首にかけたタオルで汗を拭いながら、心配そうに私を見ている。
薮蛇な登場は、かっこいい(怜奈目線)松永さんでした。実は、普通にひょろっとした、背の高いお兄さんです。残念ですが、決してイケメンではありません……。
明日も8時投稿予定です
感想、意見等お待ちしています。




