10 玄室での遭遇3 幽霊に怒られる
祝10話目です。
万里の道も1歩から。
頑張って続けます。
修整しました(22.9.13)
懐中電灯の光の先には二人の女の人が並んで立っていた。
武具の方を向いて黙って立っているように見える。
ほんのりと全体が透けていて、体を通り抜けてうっすらと後ろの壁が見えている。どちらの女の人も髪が腰に届くほど長く、しかも髪の毛の色が水色だった。
古墳の中には似つかわしくない、よく戦隊ものに出てくる人達が着ているような身体にぴったりと沿うボディスーツみたいなものを着ている。
その姿を見た瞬間、体が固まったように動かなかった。あり得ないものを見たせいで意識がフリーズしてしまったみたいだ。
そのとき、懐中電灯の灯りにふと気づいたように、背の高い方の人影がこちらを向いた。そしてゆっくり、にやりと笑った。
「ぎゃああ!」
「ひょええぇっ!?」
思わず大声を出してしまい、一斉に注目を浴びる。
でも腰を抜かさなかった私達は案外胆が座っていると思う。
「おっ、怜奈。来たね。やっぱり入ってみたら怖かったかい?」
至極平和そうに聞こえる声で父さんがのんびりと言った。
「あはは。やっぱり怖くなったかな。女の子だねぇ」
小鳥遊さんも微笑ましそうに言う。
いや、そこ!?
二人の能天気ぶりにちょっと頭の中がパニックになった。
「だ……だって。あ、あ、あそこに……!」
がくがくぶるぶるしながら人影の方を指差すと父さんが、
「うんうん。怜奈も驚いたかい? 合葬されて石棺が三つもあるからねぇ」
どうやら父さんは石棺の多さにびっくりしたと思っているらしい。
……どういうこと?
そのときしーちゃんがぼそりと呟いた。
「あそこ、何かいる」
そして黙って壁際を指差す。小鳥遊さんが私達と同じ方向を見て首を傾げる。
「何かって? 虫でもいたかい?」
不思議そうにしてはいるけれど、それだけ。
「えっと……。壁際に、何かいませんか?」
私がこわごわ尋ねると、不審そうに壁の方をじっくり見て、答えた。
「照明の反射で影が映ったのかな?」
── 見えてない!?
そのとき後ろから父さんの声がした。
「よし。須恵器の方はこれでいいだろう。次は武具を撮影しよう」
「はい」
「はい」
撮影していた人達が武具の前に機器を設置していく。反対側にいるものには目も向けない。
父さんと小鳥遊さんはそれきり私達の言ったことは聞き流してしまい撮影の指示を出し始めた。
「……他の人には見えてないみたいだね」
しーちゃんが小声で囁いた。
私は見ちゃうとコワイので、人のようなモノを視界に入れないようにしながらしーちゃんを見た。顔はこわばっているけれど、じっとあの壁際を睨んだまま目を逸らさない。そのうちきらんと目が光って唇の端がくいっと上がる。
あ。これは、やばい。
好奇心が刺激されたときの顔だ。この顔のしーちゃんからは絶対逃れられない。これは確実に巻き込まれる。
案の定私が思考フリーズしているうちに行動を起こす。
「れーちゃん、行くよ」
そう言うと入口の右側の壁へ向かって大きく足を踏み出した。
「ちょ、……待って、しーちゃん。行くって……」
私がおろおろしている間にしーちゃんはずんずんあやしい人影に近づいていく。
「わわっ」
手を繋いだままだったので、自動的に引っ張られる。つまずいてスッ転びそうになりながら、ずるずると引きずられるように連れて行かれる。
気付いた時には目の前に人影が迫っていた。
喉がひくっとなり、冷や汗が出る。
人影は相変わらず武具の方を向いたまま、ただ立っている。そして近くで見ても身体はうっすらと透き通っていて、やはり後ろの壁が透けている。さっきにやりと笑ったように見えたのが見間違いだったかのように、顔はまっすぐ前に固定されたまま動かない。
そんな二人にずかずか、と大胆に近付いたしーちゃんは、あやしい人影をじっくり上から下まで目で追い、顎に拳を当てるとにやりと笑った。そして小声だけれどしっかりした声で話しかけた。
「ねえ、あんたたち何? 幽霊なの?」
私はしーちゃんの後ろに隠れてびくびくしながらその様子を見ていた。しーちゃんの大胆さにはいつも驚かされるし、そしてきっちり巻き込まれるのだ。
今回も声に反応するように、背の低い方の影がこちらを向いた。もう一人の怪しさとは違い、親しみやすそうな笑顔を浮かべてしーちゃんと目を合わせる。それからゆっくりと右手を挙げて中くらいの棺と大きい棺の間の地面を指差した。その動きに合わせるように、大きい方の人が私をちらりと見てくいっと顎を動かし、右端の壁と棺との間の地面を指差す。……え? あっちに行けってこと?
しーちゃんは眉をしかめながら小さい方の人と地面を見比べ、その人影が指し示した辺りに懐中電灯の光を当てる。ここからでは何も見えない。
けれども怪しい人達は指を差したまま動かない。
顎に手を当てて考え込みながら何度か懐中電灯の光を往復させる。やがて頭を振ると、またにやりとしながら小さい方の人が指し示している辺りに向かって、足を進めた。
しーちゃんが手を離してくれないので、私も恐々(こわごわ)付いていく。小さい方の人は微かに微笑んでいるように見えるけれど、大きい方の人は無表情のままだ。はっきり言って結構怖い。
ちらりと目が合った瞬間、おまえはこっちだ、というように微かに眉をしかめ、また顎をくいと動かして指先の示す方へ行けと指示を出す。足がぶるぶる震えてくる。繋がれた手を引っ張ってしーちゃんに合図をしたけれど、しーちゃんはじっくり地面を観察していて動かない。
逃げたい。こんな気味の悪いところからは、一刻も早く逃げ出したいのに、しーちゃんは手を離してくれない。
半泣きになっている私のことはお構い無しで、ゆっくりとしゃがみこんで地面を調べ始めた。
「……れーちゃん、これ見て」
しーちゃんが手をくいと引いて地面を指し示す。
「しーちゃん、私……」
涙声で訴えたけれどしーちゃんは聞いてくれない。
「いいからここ」
仕方なくしーちゃんの指し示す地面を覗きこむ。
「これは……」
しーちゃんの示す先に、とても細かいけれど懐中電灯の灯りにきらりと光る白い粒がいくつも落ちていた。
「あっちも見てみよう」
立ち上がると今度は大きい方の人が指し示す方へ向かう。けれどもそちらへ進むためには、あやしい人たちの前を横切らなければならない。
思わず足がすくむのを引き摺られるようにして壁際まで連れてこられた。透き通る腕の下をかいくぐって通路まで行き、大きい方の人が指し示す辺りを懐中電灯で照らしてみる。こちらにも同じようにきらりと光る粒が散らばっていた。こちらの粒は青みがかっている。
「れーちゃん、この粒々って……」
「うん。たぶん玉とかの破片だと思う」
細かすぎて修復も出来なさそうな粒々。首飾りとかに使われていた玉か菅玉が壊れて散らばったのかな? そうっとつまんで指先で転がしてみると、つるつるしていて少し光沢がある。
手のひらの上に乗せてよく見てみようとしたそのとき、ふわっと青くて小さな光が上から落ちて来て、その欠片にすっと吸い込まれていった。
びっくりしたと同時に、頭の中に低めの声が響いて来る。
『遅い!反応が遅すぎる。こんな鈍そうなやつに頼まねばならぬのか』
ちっ、と舌打ちする音も聞こえた。
「ひゃっ!?」
「れーちゃん?」
首をすくめて悲鳴を上げると、心配そうな顔でしーちゃんが覗き込んできた。
「頭の中に声が……」
『さっさとさっきの場所でそなたの隣の者にも早く欠片を拾わせろ』
ガンガン響く声で、更に追い討ちをかけるように指示される。思わず頭を抱え込んで踞った。
「れーちゃん、大丈夫?」
心配そうに覗き込むしーちゃんに、
「しーちゃん。さっきのところにあった白い欠片を拾ってきて」
やっとの思いで頼み、痛む頭を押さえながら元凶だと思われる背の高い方の人を見上げた。
「怜奈、大丈夫かい?」
父さんが私の叫び声に気付いて近付いて来た。
『おい、その者を巻き込みたくなければ欠片に触れさせるな!』
有無を言わせぬ口調に、とっさに欠片を握りしめると慌てて父さんの方を向いて答えた。
「ううん、何でもない。ちょっとつまずいただけ」
無理に笑って返すと、心配性の父さんが眉を寄せながら、
「少し顔色が悪いんじゃないか?気分が悪くなるようなら出なさい」
そう言ってそっと背中をさすってくれる。その優しい仕草に却って不安になった。やっぱり父さんにはあの人達が見えていない。
「れーちゃん大丈夫?」
しーちゃんが駆け寄って来た。右手がしっかり握られていて、私の目を見て頷く。
……しーちゃんにも声が届いているのかな。
「れーちゃん、出よう」
しーちゃんの落ち着いた声にほっとして私は頷いた。
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