序章8話 「エイトの謎」
「―――どうして僕が息子のことを覚えているのか、だろう?」
気になっていたことを直接当てられて驚いた。
やはりこの人は、今の自分の状況をとても冷静に見ることが出来ているみたいだ。
「確実なことは分からない。だけどおそらく、集団失踪事件がかかわっているんだと思う」
「集団失踪事件って、少し前に起きたっていう?」
「そう、僕は事件当時仕事の関係で首都にいてね。奇跡的に巻き込まれなかったんだよ」
「幸か不幸か、ね」そう言いたげにも見えるエイトさんは、きっと今まで心細かったんだろう。
それもそうだ。仕事を終えて村に帰ると発生している失踪事件。加えて息子は今だ返ってこず、村人達の記憶にも残っていない。そんな状況、誰が遭遇しても混乱するに違いない。
「ありがとう青年。こうしてしっかりと思っていることを口にしたのはいつぶりか、とても楽になったよ」
「聞くだけで楽になれたのなら良かったです。こちらこそ、いろいろ教えていただいてありがとうございます」
「宿泊に関してはもう心配ない。妻は賛成みたいだし、僕も考えが変わった。」
エイトさんは先程叫んでいたとは思えないほど穏やかな顔をして、宿泊の同意をしてくれた。
「……!ありがとうございます。とても助かります」
「ただし。泊まれるのはこの部屋だけ。それでもいいかな?」
そう言って子供部屋を指さすエイトさん。
「いいんですか?」
「うん、いいんだ。ソラにはちょっと悪いけどね」
―—―――――――――――――
部屋を借りて一時間ほどが経過した。
エイトさんは話を終えると妻に謝りに行ったようだ。
「なにもすることがない……」
趣味の記憶すら消えてしまっているから、なにをする欲求も沸かない。
退屈を持て余している青年はなにをするでもなく、ただベットで横になっていた。
空は既に暗くなり、街灯といった灯りもないこの村は、純粋な暗闇に覆われていた。
「不思議な感覚だな」
青年はそんな時間に感覚を持て余していた。
言葉通りの意味で「感覚」を持て余していたのだ。
暗闇の中、見えないはずのものが見える。
おびただしいほどの草の擦れ合う音が聞こえる。
見えていない物の位置が把握できる。
そのどれもが、青年の知識にある「人間」と呼べる生物の範疇を大きく外れていた。
「根源構築要素確定人物か―――」
覚えていること、いない事の整理もできない現在。少年に与えられる情報は多すぎてどうにも理解しきれない。
だが、理解しきれない中にも気になることがある。
そこに誰かいる気がするのだ。気のせいではない、確実に何かがある。
周囲の状況が手に取るように分かる中で、部屋の隅に一部分、およそ人一人分程度の空間のデータがすっぽり抜けているのだ。
「君なんだろ?エイトさんの息子っていうのは」
理解しきれないながらも、それだけは予感していた。この家に来た時から感じていた違和感の正体。
やはりというべきか、反応は無い。
不思議に不思議を重ねたような状況の中、頼れる人もいないエイトさんをむやみやたらに混乱させるだけだと思い封じていた考えは、だんだんと現実味を帯びてくる。
そんな悩みを抱えながら過ごした1時間は、一つの大きな問題にたどり着かせてくれた。
それは―――
「この状況で、どうやって寝よう……」
この状況は、眠りにつくにはあまりにもうるさすぎた。
ようやく主人公を描くための土台が整ってきました。
もうひと踏ん張りで、本筋へ絡めると思います。