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序章5話 「うわさの夫婦」

判子押し損ねた時に教えてほしいですよね。

 村長に示された道を歩いていくと、日が落ち始めるころには目的の家だと思われる場所に着いていた。

「ここだな」と小さく呟き、木製のドアをノックすると、家の中でばたばたと足音が鳴りだした。



「はーい。どちらさまですか~?」



 ドアから顔をのぞかせたのは、村まで案内してくれた少女とは毛色が全く違う女性。

 どこか上品な雰囲気を漂わせて、空気を和らげる顔立ちをしている。



「突然すみません。実は―――」



 先程までの村長との会話を要約しながら説明する青年。

 日没頃に知らない青年から急に「泊めてくれ」なんて言われても驚くだけだろう。

 良くて閉め出し。最悪助けを呼ばれるかも……なんて考えていると女性の背後からもう一人顔をのぞかせる。



「あれ?誰かと思ったらさっきの青年じゃないか」



 女性の背後から現れたのは、村長宅に飛び込んできた男性、エイトさんだった。



―—―――――――――――――



「それで?村長に言われてここに来たのか?」


「そんな邪険じゃけんにすることないじゃない、部屋も空いてるんだしこのまま泊まってもらいましょうよ」



 とりあえずリビングに上がらせてもらった青年とエイト夫妻で話し合いが始まっていた。

 奥さんの言葉を聞いたエイトさんは一瞬とても悲痛な顔を浮かべ、何事もなかったかのように取り繕い、言葉を紡ぐ。



「……あの部屋に泊めるのか……?」


「あなたの趣味・・のおかげでとても過ごしやすくなっているじゃない。この子も困っているんだし少しぐらい許してあげても―――」


「―――駄目だ!」



 奥さんの言葉を遮り、駄目だと強く提言するエイトさん。

 その様子に驚嘆している奥さんにエイトさんは優しく語りかけた。



「すまない……。すこし青年と話をさせてくれないか」


「……わかったわ。ごめんなさいね、でも怖がらないで。この人は普段とてもやさしいの。」



 「普段」とは今は含まれないのだろうか。そんな考えを捨て、リビングを後にした奥さんを見送る。

 エイトさんはこちらに目を合わせようとはせずに、ひどく悲しげな雰囲気を纏っていた。



「君には叫んでいるところばかり見られるね。自分で言うのもなんだけど、僕はどちらかというと温厚な方なはずなんだけどね……」


「……息子さんのことですか?」


「―――村長から聞いたんだね」



 一瞬驚きと喜びが入り混じったような複雑な表情をして、自分に言い聞かせるようにそう呟いた。



「はい、と言っても少しだけですが」


「だろうね、村長はその辺を分かっている。その先は僕に話せ、という合図でもあるんだろうけどね」



 この人はずっと、自分に何かを言い聞かせるように話す。

 こちらを見ているようで見ていない。ふとどこかに消えてしまいそうなはかなさをまとうその様子に、どこか強く懐かしさを感じた。



「君は何も覚えていないのかい?」


「いえ、夢のような世界のことだけ……」


「……夢か。この世界が夢なのかもしれないけどな」


「どういうことですか?」


「いや気にしないでくれ。すまない、少し参ってしまっているみたいだ」



 違う。この人は自分すら見ていないんだ。

 自分というフィルタを通したその先に、何かを見ているようで。



「青年、少しついてきてくれないか」



 そんなエイトさんが気になって、俺は無言で頷いた。

本当は落ち着いた人なんです。

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