序章18話 「もう一人の刺客」
寝過ごして投稿が遅れました……!
走る。ただひたすらに。
アークはソラを抱えてあの化け物から逃げようと一心不乱に駆けていた。
エイトさんを置いて逃げてからもう20分は過ぎただろうか。とっくに周りの景色は森へと変わり、ろくに整備もされていない道を走っていたにしてはまだ元気が残っていた。
ソラを心配させないように余裕を見せて走りながら、自分の考えをを告げる。
「このまま首都へ向かうよ。エイトさん宛ての手紙の通りに俺たちを保護してもらう。今はそれしか打つ手がないと思うから」
はじめは父を心配して暴れていたソラだが、力を込めてもびくともしないアークの腕力に恐れをなして、抵抗するのを諦めた。
この人も自分を守ろうとしているのは違いない。そう分かってはいたのだがあそこには両親が残されていた、今も焦る気持ちはあるがどうすることもできない。
今はとにかく、身近にいるただ一人の味方とコミュニケーションを図るしかなかった。
「……お兄さんも封印指定を受けたんですよね。どうして逃げ出したんですか。」
おそらくは責めるつもりで聞いたのだろう。しかしもう、叫ぶことができるほどの元気は彼には残されていなかった。
この世界での封印指定対象とはまさに『人類の脅威になりうる人物』であることを指している。彼もその一人であることを踏まえるとどうして逃げ出したのか、ソラからすると謎でしかなかった。
「俺は自分に関しての記憶が全く無いんだ。だから何をできるのか、何をしたのかも知らない。実際君のお父さんに言われるまでは何もできなかったし、しなかった。本当にごめん」
走りながら謝るアーク。その表情は暗く、先程のただ突っ立っていただけの自分を悔いているのだろう。
「エイトさんは誰とも知らない俺を助けてくれたし、なによりずっと君のことを探していたんだ。他の人が誰も味方してくれなくても、ずっと一人で」
「……そんなの……知ってます……」
「だからこそ、あの人の頼みは無下にはできなかった」
彼の名前を出すたびに申し訳なさが込み上げてくる。あの少女が極悪非道だとは思えないが、違うという確証もない。
今はただ、エイトさん達の無事を祈ることしかできなかった。
「そうだ、どうやって君が根源構築要素を使っているのか、よかったら聞かせてくれないか」
「……それが、僕にもよく分からないんです」
あの少女が戻ってきたときに少しでも対抗できるようにと、自分の根源構築要素の使い方のヒントを得ようと思ったが、あてが外れてしまった。
「あの人は、根源構築要素を具現化すれば分かるって言ってました。でも僕はそんなの知らないですし、できる事なら使いたくない―――です」
以前出会った際に聞いたのだろうか。何があったのかは知らないが、彼がこうして無事な以上、あの少女が俺たちに危害を加えたいわけじゃないのは本当なんだろう。
「……それなら分からないのも仕方無いと思う。なら―――」
まだ余裕を感じる足に、さらに力を込める。
この状況で限界を迎えてはいけないからと無意識にかけていたストッパーを、今ようやく少し外すことができた気がした。
「―――逃げるしかないな!」
「え?ちょ、はや―――」
あまりのスピードにおもわず声を漏らしてしまうソラ。
次の瞬間、そこには誰もいなかった。
―—―――――――――――――
「ああ、とてもいいですね。力が溢れ出す気さえします」
暗くなった森の中、やはり大樹の下で一人何者かが傅いている。
その人は例の少女―――ではなく。少し青みがかった白い髪を黒いベールの中にしまい込んだ、いわゆる修道女のような恰好をした女性だった。
女性は大樹を前にして手を組み、そっと目を閉じる。
「『意志』の神よ。あなたは私たちに試練を課していらっしゃるのですか?こんなに近くに彼がいるというのに一目見ることすら許して下さらないなんて」
悲壮感を漂わせた女性は、首から下げている幾何学的な何かを揺らして語りかけた。
「しかし私は信じています。あなた方が示してくれたこの場所は、きっと何か意味があると」
実際に誰かと話しているのかと見紛うほど、はっきりと大樹に向かって話しかけている女性。
こんな時間に一人でいるにしては不自然なようで、しかしとても様になっている。
祈りをささげること数分。突然、森の中から何かが猛烈な速度で近づいてきている音が聞こえた。
「―――この音は……なるほど。やはり、神を信じる者は報われるのですね」
そのまま立ち上がり、近づいてきている何かを迎え入れるように体を向けて待機する。
しばらくすると、こちらに近づいてきている音は止み、騒音の主が姿を現した。
「ここは危ないです!一刻も早く森を抜けて避難してください!」
突如として姿を現した青年は、女性にそう声をかける。
見ると、両手で少年を抱きかかえながら走っていたようだ。
ああ―――ようやく目にすることが叶いました。
「大丈夫です。あなた様なら何も心配いりません」
「……???何を言っているんですか?とりあえずすぐにここから―――」
女性は青年の言葉を遮るように立ち上がり、頭を深々と下げて……
「お初にお目にかかります現人神様。私め、アスタルナがお迎えに上がりました」
女性は二人に向けて、そう言い放ったのだった。