目覚め
毎年、クリスマスは家族で過ごすと決まっているのに、姉は恋人に会いに行くと朝早く出かけていった。私は姉への(お小遣い三ヶ月分の)プレゼントが入った無機質な箱を撫でながら、四角の窓から外を眺めていた。田舎の侘しさめいっぱいといった感じの冬枯れ野は空白に近い印象で、高名な詩人の叙景でも補えそうになかった。近くで誰かが焚き火をしているらしく、濛々と立ちこめる煙が遠景の稜線を隠して、さらに雪雲にまで到達した。そんな姉のいない冬の陰鬱さを少しでもましにするべく、私は家を出ることにした。
無彩色の中で冷気が次々と私の肌を刺してくる、早くも歩みを続けるのが嫌になってきた。どうせ町中どこまで行っても茫々とした虚無なのだし、家に戻って無宗教らしく『クリスマス・キャロル』を読もうかとも思った。しかし敏感な私の目は何か揺れるものを捉えた、結構な大きさの物体だ。簡素な大木にぶら下がっているそれは紛うことなく縊死体で、まだ新しいようでそこまで崩れていない。身なりきちんとした若い男の地面から浮いた足元には、遺書と書いてある折った紙があった。私は躊躇なくそれを開き、
「父上、母上。先立つ不幸をお許しください。僕はある一つの大きな愛に破れました。彼女を失ってはもう生きていく由もありません。どうかお元気で。」
几帳面な文字の、陳腐な定型文に落胆した。私はまだ恋やら愛やらを知らずにいるので、なぜ一人の人間を諦めただけで命を絶つのだろうと、その単純さに呆れたのだ。
死体を横目に道は続く。私の歩く一本道を挟むように両側に立っている木々は糸杉でないのか、寡聞な私は糸杉しか木を知らない、しかもファン・ゴッホの描く感情的な糸杉しか。現実にある名も知らぬ直立の木は、全部同じで退屈だ。木々の間から湖の輪郭が見えてもなお、私はあくびが止まらなかった。
"しずかなこはんのもりのかげから“
姉と恋人の姿が見える、カッコウ、カッコウ。童謡のメロディに合わせて茶化さないとやっていられない、割に薄着の姉はギリシャ彫刻のような恋人と見つめ合っていた。私は息を潜め、姉の直線的な黒髪と、男の豊かな巻き毛の対比に目を奪われていた。幸せな若者二人は、愛おしげに言葉を交わしている、たぶん私の知らない殉情の言葉だ。恋人たちのしめやかな雰囲気は叙情詩のようで、いっぽう私は苦痛の詩境にあった。ふと言葉が途切れ、男のガサツな唇と姉の乾いた唇が接近し、突如して姉の情欲に濡れそぼった目と興奮により紅潮した頬、つまりは愛の勝利者への賞賛に満ちた美しい顔がクローズアップされた。私はたちまち体の上から下までが熱くなり、たまらず駆け出した。火がついたように走って、頭を掠めた、「僕はある一つの大きな愛に破れました。」という言葉。自死を決行した男の元まで走れ、走るのだ。
引用:童謡『静かな湖畔』




