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真冬の葬列

 何でお前は頭がおかしいのかって?そんなの、私が小さい頃に頭を強く打ったこと以外に、原因なんて考えられないでしょう?

 姉は何も聞かれていなくても____もはや周囲に誰もいなくても、ずっとこうして繰り返すので、みな一様に気味悪がっていた。しかし姉は存外、澄んだ、理性的な優しさを持った目をしていたので、私はそれを飽かずに眺めていた。

「どうして頭を打ったの?」

 一度聞いたことがある。

「階段から落ちたんだよ。」

 姉は嬉しそうに目を細めて答えた。

 両親に確認したけど、そんな事実は無かった。でも私は姉の言うことが本当であると直感した。

 八つ上の姉は、私が十六の時に死んだ、つまり二十四で。小さな通信制の高校を卒業して、地元でぽつぽつとバイトしていた、それがある日突然。姉はいつも私にだけは親しげに話してくれて、未熟な子どもは、姉は永遠に自分だけの姉であると無邪気に信じこんでいた。しかし姉が、人工的な美しさを持った長身の大学生を家に連れてきた時、そんな幻想は簡単に壊された。借り物のぎこちなさを持った、色の薄い目をぎょろぎょろと動かし、私と姉の血縁関係を舐めるように確認した、私は確かにその瞬間、ここで舌を噛み切って死んでやる!というところまで追いつめられた。けれども、時間はずるずると彼と姉の関係を認めさせた。清らかにがたついていた姉は、徐々に蝕まれていって、もううわ言は繰り返さないし、悪夢は見ないようだった。

 電撃的な死、徹底的なまでのあらゆる破壊を象徴するのが夏だとすれば、永続的な死、ほつれて溶け込むような静かな消滅を表しているのは冬だと思う。私は、文芸部の活動帰り、雪のような効果で白く反射する表紙に赤い字で「真夏の死」と書かれた、新潮文庫の三島由紀夫の短編集を持って____私はこの本を再読することはついぞ無かったし、今となっては題名しか覚えていない、黒いタイツでさびしい家々の間を歩いていた。ローファーが溶けかけの雪で濡れるのが馬鹿らしかった。

 かわいた冷たさをどの季節でも存在させている雪国の家に帰ると、母が棒立ちしていた。ゆっくりと私を見、姉が死んだことを幼児のたどたどしさで伝えてきた。

「どうして姉は死んだの?」

 私は既視感で尋ねた。

「階段から落ちたんだよ。」

 自然死だったか。私は安堵した。結局姉は、あの男の侵入に耐えきれずに、大人しく冬の景色に馴染むことを選んだ。姉らしい愚かな選択が愛おしくて、私は永久にあの男を恨むことはできないだろう。

 無意味な回想をかじかんだ指で記している私は、もう六十になる、異国の冬でなのだから。

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