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満ちることのない

 細い腕をめいっぱい動かして殴りつけ、折れそうな脚でたどたどしく踏みつけてくる、そんな貧弱な妹の懸命な動きを、私は静かに受け取っていた。


「バカにしてんだろ」

 と、妹はたしかに言った。その時の私は、地元の国立大学の医学部に合格したことを両親が集めた親戚一同に祝われ、将来は有望だなんだと血縁関係もよく分からない大人達に散々褒めそやされた後、ぼんやりした気持ちで食事の片付けをしていた。大学に受かるのがそんなに良いことなのか疑問だ、教師と親に勧められるままに受けたし、自分のことでもないのに喜べる周りの人達の気持ちもよく分からなかった。ただ妹だけ、「おめでとう」と投げかけてきた言葉が嫌そうな響きに満ちていて、少しだけ心が和んだ。

 好きなことなんて無いし、やりたいことも思いつかない人生だった。あ、あれだけは好きだった。小学生の頃に妹と観に行ったSF映画、蛇口から出てきた宇宙人たちとスパゲッティを駆使してバトルするやつ、色がビカビカしてて刺激的で二人とも最後まで寝なかった。最近思い出してネットで調べたら散々な評価で、なんだか無性にまた観たくなった。近所のレンタルビデオ店にあったら、妹は一緒に観てくれるだろうか?たぶん無理だろうな、どうやら私は嫌われているらしい。

 なにが、と返したら妹はもう言葉を投げかけてはくれなかった。二人で食器を洗っていた、父と母は帰ろうとする親戚の誰かと外で話し込んでいるに違いない。私はどうしてかどこに行っても内面的に人に好かれた試しはないから、妹に嫌われるのも当然の成り行きだとは思うけど、これからもまだ一緒に生活するし死ぬまで姉妹なのだから、できれば友好的にしたかった。


 だから、殴られた時はびっくりした。いっぱいの勇気を振り絞ったのだと思う、だって妹は声が小さくて口数も少なく、二つ違いのために同じ学校に通っていた時は見かけるたびに一人でいた。俯きがちで前髪が長くて、親を困らせるほどの偏食で、不健康に痩せ細っていた。世界が嫌いなのかもしれないと勝手に思っていたが、その世界に私は含まれていた。あんまり痛くない。でも息を切らしているから、妹の全力に近いかも知れず、これってコミュニケーションなのかもしれないなと思った。不満を口で伝えられないから殴る、なるほど、私は納得してされるがままになった。習慣化したこの行為はもう儀式みたいにきっちり行われ、沈黙の中で妹は頑張っていた。でもある日、「私のことバカにしてんだろ」と妹が言ったので、「なんで。あなたのことをバカだと思ったことなんてないよ」と返した。「誰に対してもそう思ったことないんでしょ」と妹は続ける、そりゃそうだと思って頷いたら、「クソが」と思いきり腹を殴られて、初めて少しの痛みを感じた。

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