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夢の反射光

 大きい川の泥水の流れがあって、あそこで子どもが死んだんだよ。と言った。溺れる様子を、私、見ていたの。川は濁っているのに太陽が水面に反射して眩しく、小さな子どもが藻掻いていて、周囲には人が誰もいなかった。殺人者の気分で少しドキドキしながら、さっき本屋の近くで、私の前を横切ったのろまな鳩を殺そうと思えば殺せるのだと、ワクワク空想したことを思い出す。川の表面が風に吹かれるまま素直に波打ち、茶色の水がどよめく、ところどころ空き缶のある土の岸は不動の構えを見せる。傾いた日の中で、私の影がやけにくっきりと水面に映り、一匹のカラスが鳴き、みすぼらしい浮島の周りを複数のカラスがバラバラに飛びまわって、子どもはたぶん死んだんだね。私がそう言うと、姉は目を細めた。遠くを見ているのだと直感的に気づいて黙る。嘘つき。ホラ吹き。虚言癖。私はいつも夢を見ている。夢は そのさきには もうゆかない と誰かが言っていた。動く現実と凍れる夢の狭間で、私は少しずつ凍結されるのだ。どこまでもは行けないことに耐えられなくて、狂っていく肉体の思考。ずれた時計を直さずに壊した。バラバラになって中身が飛び出して、私ってこんな感じだろうかと思う。悲しくないよ、だって人間は多かれ少なかれ。……寂しさなんかにかまけていられないもの、姉は美しく静かな景色を見ていた、私もそこに行きたかった。ただそれだけなのに呼吸が苦しく、心臓が乱れる。人間は一人だ、姉の隣に私はいない。

 幼い頃は、寝る前に姉がたくさんの詩を教えてくれた。肩がぴったりくっついて、あたたかくて気持ち良かった。抒情的な言葉が心地よく頭をかき回し、眠気が回ってきたところで眠りたくなかった。寝てしまったら私は数々の化け物に追いかけられ、病苦に襲われ嘆き果てる。この現実は、寝た時に見させられる夢なんかよりとても甘美だ、混濁していく意識の中で詩の言葉がぶれていく。夢見たものは ひとつの幸福 ねがつたものは ひとつの愛 …………

 なんたって上手くいかないものだ。姉は優しい、誰に対してもそれは。ヴェールのような善意の反射に覆われていて、核のところは私には分からない、あの人には分かるかもしれないが果たして。それは知りようもない。顔のない巨大な男性を思い浮かべて、その、においのしないことに嫌悪感がした。

「帰ろう。」

 姉は静かに言った、そして美しく微笑んだ。川は穏やかに流れていて、姉からはにおいがしなくて、きっとこれが現実だった。


引用:立原道造「のちのおもひに」(『萱草に寄す』より)、「夢見たものは…」

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