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雨垂れ一滴

 異様な興奮と集中力において、目の前の対象を自分の隅々くらいまで見ていると、却って自分の空っぽさを感じさせられる。その理解に近い感覚の後に、虚脱感。人間ってさいあくだな、と自分を他の生命たちと結びつけて嫌悪してみる。大きく括った方が楽だ、個々があんまりうるさすぎると押しつぶされて苦しくなるから。

 病室のドアが開いた。前に、わたしとねえさんは揃わないルービックキューブみたいだと言ったら、揃える必要なんてないでしょう、と返された、姉の目は真黒だった。血が繋がっていても結局は別々の生命なのだから、目的は違うところにある。わたしは目の前の姉にいっぱいに抱きしめてほしいと思っていて、でも言えなかった。何だか、“個”というのは不便きわまりない考え方だ。わたしはもう甘いものなんて好きじゃないのに、姉はいつもケーキを持ってくる。……一回ルービックキューブをバラバラに破壊してしっちゃかめっちゃかにくっつけ直したら、もう完全に揃うことのないデコボコな立方体になるのだろうか。今度実験してみようと思う。とも、姉に言えなかった。プラスチックのフォークの人工的な軽っぽい感触が、口に当たってゾワっとした。いちごのショートケーキのいちごの部分だけ好きだ、そんなに甘く感じない。

「おいしい?」

 と姉は言った。この場のこのタイミングでそれしか発するべき言葉が見つからないのだ。

「おいしいよ。」

 とわたしは言った。このやりとりは毎月している、恒例というにはあまりに互いに不本意な会話だった。所在なくフォークを握る自分の手を見ていたら、爪が不揃いに切られていた。いつ切ったんだっけな、人差し指と小指は伸ばしっぱになっていた。

 姉は私に何も伝えないし、わたしも姉に何も伝えない。義務のような時間だけがゆったりと流れる。この病院は、人間社会からかなり断絶されたところにあるらしく、わたしは特別だという。特別にどこかが悪い、人間社会に属するにかなり都合の悪い部分がある。それは生まれ持った性質のようなものだから治る治らないという次元ではないらしい、血を分けたと形容される姉は外の世界で幸せに暮らしているのに、だからわたしはずっとここでルービックキューブのことなぞ考えて全てが終わる時を待つのだ。

 昨日は夢を見た。ねえさんが病室に来ない夢だ。一昨日は夢を見た。ねえさんが病室に来た夢だ。その前はねえさんが病室に来ない夢、その前は病室に来る夢、……そうやって夢の重なりが現実の重みを無くしていった。今はどちらも同じ手ざわりで、それが少し寂しいと、視界の端に居る姉を感じて深めに思った。

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