ハードボイルドTS聖女、悪役令嬢を裁く
男が椅子に縛り付けられている。
カタカタと震えながら、迫る暴力に対抗する気力もない。
「ヒッ、ヒ~~~ッ!! ひでぶっ!!」
俺は血の付いたメリケンサックを助手に渡して、次の獲物へ向かう。
「さ、さっきバラバラになるまで砕かれたんだぁ、勘弁してくあべし!!」
不自然に曲がった足を無理やり伸ばして、踏み砕く。
次は……
「いや、最近ちょっと飲みすぎたかなって、そんな大したことじゃたわば!!」
水月に思いっきり右ストレートを叩きこむ。やれやれ、肝臓がイカレてやがる。
こんなことしたくないが、まあこれが仕事だ。仕事は着実にこなす。
「お、おぉおぉお!! 虫歯が消えて歯が生えてきた!!!」
「よかったね、これでまたお母さんのシチューが食べれるよ!」
「馬車に下敷きにされた足が! 元に戻っている!!」
「よかったわ貴方、家を売ずに済んだわ……っ!」
「怠かった体が!! まるで飯時以外は遊んでいた子供の頃のようだ!!!」
「ハハハッ! 今日は宴だ!! また一緒に仕事ができるぞ!!」
後ろから歓声が聞こえる。
これで朝の仕事は終わりだ。
「お嬢、こちらを」
差し出された外套を羽織り、診療所を出る。
「「「お勤め、ご苦労様です!!!」」」
助手たちの見送りを背に、今日も学園に向かう。
なんで俺がこんなんなってんだかなぁ……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺には前世の記憶がある。
フランスの傭兵部隊で、いち傭兵として戦場を渡り歩いていた。
最後はくだらないケチがついて、体中を撃たれて随分風通しがよくなったもんだ。
それが、気付けば一人の女児として生まれ変わっていた。
最初は怪しげな組織に脳みそでも入れ替えられたかと疑ったが、そんな奴らはどこにもいなかった。
そしてある日、決定的なことに気付く。
――ここは世界自体が違う、そう、まさしく異世界だ、と――
この世界には当たり前に魔法が存在する。
何もないところから火を出し、水を操り、風を起こし、土を割る。
力の強い弱いはあるが、誰もが当たり前のように魔法を行使して生活していた。
前世ではありえない光景が、そこには広がっていたのだ。
俺が一体なぜこんな世界に生まれ変わったのか、未だに便りはない。
そんな俺に宿ったのは癒しの力だった。
因果なもんだ、人を殺し歩いた俺に、人を生かす力が宿るとは
幼い頃にその力を見出された俺は、より力を伸ばす為に教会預かりとなった。
幸い、人がどうすれば死ぬかはよく知っていた、それと逆の事を魔法で行えばよい。
どんな状態の患者にも動じない胆力もある。
さらに患者の魔力が邪魔して少しずつしか治せない怪我や損失も、俺には強制的に治す事ができた。
俺の癒しの力はあまりに濃いため、患者の魔力を弾き飛ばす。
殴って相手の魔力を消し飛ばし、俺の癒しの力で無理やりに細胞を活性化、出来上がったパーツには勝手に患者の魔力が宿り始める。
まあ、殴ってるから傍目には壊してるようにみえるがな。
向いていたのだろう、気付けば俺は『聖女』と呼ばれていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「見ろ、聖女様だ」
「小さくて可愛いけど、なんだか凛々しいわ……!」
「治療の際は殴られるみたいだけど、聖女様なら許せる」
「むしろ殴られたい!」
街の噂をよそに、大通りのよどんだ空気を歩く。
今の俺は齢17、身長140cm、体重35kg、絹のような傷ひとつない肌、長いブロンドをなびかせた少女だ。
極めつけは、フランス人形のようなフリフリの服!
もちろん最初は抵抗があった。 普通の布の服を着せてくれと願った。
しかし実際に庶民的な服を着てみるとどうだ、どうしても違和感がある。
肌は癒しの力で常に最善に保たれており、荒れとは無縁。汚れてやくすみもない。
そんな少女がする庶民の姿など、ただただ滑稽でしかなかった。もはや庶民を馬鹿にしてさえいる。
着るものにこだわりがない俺は、諦めと共に、今の姿を受け入れた。
そして、学園に辿り着く。
俺は学園に全く興味がなかったが、教皇からの依頼だ。
どうやら聖女が学園を出ていないのは都合が悪いらしい。
3年こなせば飛び切りの報酬がでる。
目玉が飛び出るほど貴重な酒とたばこの群れだ。
他の奴にはどうかわからないが、俺は一も二もなく飛びついた。
前世から、俺は寝酒とたばこのない生活は考えられなかった、しかも今は癒しの力で二日酔いも肺がんも怖くない。
高い酒が毎晩飲める、こんな幸せは他にない!
……しかし、それからが憂鬱の幕開けだった。
学園でのルールは三つ、
・しゃべらない
・あばれない
・にらまない
呆れちまうほど簡単だが、これがなかなかな難しい。
学園に入ると、遠目で見られているのを感じる。
三つのルールを守っているため友人などできるはずもなく、今日も一人で授業を受けることになるだろう。
これも、あと半年耐えれば終わりだ。
――早く帰ってバーボンが飲みたい。
しかしその日は、学舎の入口で何やら騒ぎが起きていた。
野次馬が集まっていて非常に邪魔だ。
「またルイス様とルビー様が言い争いをしてるみたいだ」
「またか、最近は隠してないな」
「おい、聖女様が来てるぞ」
俺が来たのを察した皆が、道を空ける。
先では、よく見た光景が広がっていた。
「どうしてお前はプリン嬢に酷いことをするんだ!?」
「まあ、私なにもしていないわ、何を勘違いしているのかしら?」
第三王子のルイス……、ルイス……、……ルイスなんとかが喚いている。
その対面にいるのは、ワインレッドの髪を揺らした豪奢な伯爵令嬢、
ルビー・ルージュ・ルーブル嬢だ。
彼女の姿は、派手の一言に尽きる。
恐ろしい程に絞られた抜群のスタイル、体の7割はありそうな長い脚、大きく空いた胸元には呆れるほどに大きな宝石が、金の台座に星々のように瞬いている。
まぶたには青いアイシャドー、つり目がちなその目についたまつげは、今にも羽ばたかんばかり。
くちびるは紫に塗られており、毒々しさと蠱惑な印象を与える。
しかし、それだけ派手に関わらず、彼女に下品な印象はない。
俺があの恰好をしたら、サーカスで一番人気になれそうだ。
ん、よく見ると王子の脇にピンクブロンドの髪が見える。
あの髪はプリン嬢だな、ルビー嬢とルイス王子の争いの元となっている男爵令嬢だ。
伏し目がちな目は常に潤んでおり、小動物的な可愛さを醸し出している。
控え目で一生懸命なのだろうが、いつみても、どうにもうまくいっていないように見える不思議な雰囲気をもっている。
大体いつも胸の前で手を組んでおり、馬鹿デカい胸が強調されている。
その姿は頼りなく、男ならば思わず手を出してしまうだろう、いろんな意味で。
……どうでもいいことだが俺に胸はない、二次性徴の時に少し張ったがほぼ変化はなかった。
彼女が一年前に編入してきてから、俺はこの学園がより憂鬱になった。
ルビー嬢とルイス王子は婚約関係だが、最近のルイス王子はプリン嬢にご執心らしい。
それに嫉妬したルビー嬢がプリン嬢にちょっかいをかけ、それを王子が咎める。
毎日毎日飽きもせず、いつもどこかしらで言い争いをしている。
「ルビー、君には失望したよ、昔はそんなことなかったじゃないか」
「ルイス様、女は変わるのです、ですが私を変えたのはどなた?」
フルフルと震えるプリン嬢
他人がどうでもいいことで言い争いをしているのを聞くのは、どうしてこうもムカつくのだろう。
しかも今回は場所が最悪だ、これでは学舎に入れない。
「何を言っているんだ、君の本当の姿が現れただけだろう?」
「そうかもしれませんわね、婚約者のあなたには相応しい姿でしょう」
プルプルと震えるプリン嬢
実のところ、プリン嬢を虐めてる所にルビー嬢が居たことはない。
ルビー嬢の取り巻きが忖度して行っているのと、その虐めた令嬢自身のただの嫉妬だろう。
ルビー嬢も積極的に諫めていないからよくないが、さてはて。
「もうたくさんだ! 君のような心根の卑しい人間と婚約者であることなど、僕の人生の最大の汚点だ!!!」
……ああ、もういいか
「テメェ、レディに向かってその口はないんじゃないか?」
俺はルイス王子に歩みよる。
しかし奴は、先ほどのセリフを言った人間が誰かわからないみたいだ。
当然だよな、この学園で俺が声を発したのは初めてだから。
右手首をふって調子を整える。 てのひらを、握りこむ。
ようやく王子は俺がしゃべったことに気付いたようだ、こちらを向いて口をぽかんと開けている。
その横っ面をぶん殴る!!
「婚約者を放って他所の女に手を出すたぁどういう了見だ……このクズ野郎!!」
王子は殴られた頬に手をあて、目を白黒している。
俺ぁこの手の男が大っ嫌いなんだ。
ちんこついてるだけでも羨ましいのにルビー嬢ほどにいい女を放って別の女に手を出すたぁ、……許せん!!
「ようプリン嬢、立て」
プリン嬢がビクビクオドオドとこちらを見た。
何が起きたか理解が追い付かないのだろう。
「いいから立てっ!!!」
怒鳴ると跳ねるように立ち上がった。
やっぱりまっすぐ立つと俺よりデカいよな、ついでに胸もでかい。
全身がプルプルして、目のウルウルが加速している、別に殴るつもりはないんだが。
「なんだ、しっかり立てんじゃないか」
プリン嬢の頭を背伸びしながら撫でて、言い含める
「王子なんかに頼るんじゃない。自分の事は自分でケジメをつけろ、それが、いい女の条件だ」
守られているだけの女なんてつまらない。
プリン嬢は震えをピタリと止め、こちらを凝視している。
最後に、ルビー嬢に歩み寄った。
この異常事態でも気丈に装うルビー嬢の胸倉を掴み、引き寄せる。
それでも表情を崩さないんだから大したもんだ。
「お前は、お前が思ってるよりいい女なんだぜ? あんなクソみたいな男に振り回されてんじゃねぇよ」
それだけ言って、俺は校舎を後にした。
邪魔する奴はガンつけてどかす。
すまん、教皇、俺にはこのミッションは難しかったみたいだ。
言いたい事を言えてすっきりしたし、もう学園には未練はないな。
今日は酒がうまい。
それでいいさ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「惚れました! 私を助手にしてください!!」
「はぁ!?」
後日、プリン嬢にしつこくしつこく付きまとわれることを、この時の俺は知らなかった。
ヒルラ・レーガン・トマソン
好きな物:酒、たばこ、女
嫌いな物:まどろっこしい事
本作の主人公、王子を殴るために生まれた可哀そうなTS聖女
毎晩酒とたばこをたしなむが、癒しの力でオールOK
気を抜くと目つきが悪くなり、若干硝煙の匂いがするようになる
ルビー・ルージュ・ルーブル
好きな物:甘い物
嫌いな物:辛い物
今作の悪役(?)令嬢、実は姉御肌
騎士団長の王弟陛下に初恋を捧げており、第三王子は顔が似てるから婚約を受け入れた
後に、生涯独身を貫いていた王弟陛下を落とす剛の者
ルイス第三王子
好きな物:正義
嫌いな物:悪
殴られるために生まれた可哀そうな王子
「王は正義たれ」の言葉を鵜呑みにし、自らを正義として疑わない
元はと言えば自らの過ちに関わらず、弱いものいじめを悪として断ずる視野の狭さをもつ、名前は適当
プリン・グレイプニル・トール
好きな物:まっすぐなもの
嫌いな物:ふにゃふにゃした自分
今作の裏主人公、基本震えてただけ
自分に自信がなく、常に人を頼り、判断を任せていた
これじゃダメだと考えていた所にTS聖女から諭され、その厳しい優しさに惚れた
実は魔力チートの殺戮兵器、聖女様の敵には容赦しないぞ☆