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元気そうでよかった。

作者: 弥生一伽

「──あー、あー、ちゃんと映ってるよね?」


 ああ、ちゃんと、ちゃんと見えてるよ。


 画面に映し出された笑顔に思わずたじろぐ。元気そうでよかった。その顔が見れただけでもホッとしてる自分がいた。


 俺の見ている画面には、小学5年生になった少年の無垢な笑顔が映っていた。

 照明以外に何もなさそうな殺風景な部屋で、彼は頭に被った黄色の交通帽を抜かずに、会話を続ける。


「よし、まずは挨拶だよね。こんにちは!

おれは、アマガミトウヤっていいます。えっとね、漢字は難しいんだけど、もう書けるんだよ!えっとね……」


 そう言うとトウヤ君は近くにあった紙に、鉛筆で何かを書き込む。


「じゃん!どう?書けてるでしょ!」


 そこにはA4程のコピー用紙に大きく「天神透哉」と、自分の名前が書かれていた。


 おお、小学生になったばかりなのに、ちゃんと書けてるじゃないか。

 そんな難しい漢字を書けるなんてすごいじゃないか。

 俺の弟の春斗なんて、小学3年生になったっていうのに春の漢字を間違えてたんだぞ。

 ちゃんと俺が教えたんだだけどな、ははは。


「早く名前を漢字で書きたくて、ずっと練習してたんだ!

最近、ユーカイハンがいるからって外で遊べなくてつまらなかったから、お母さんと漢字を勉強してたんだぁ…」


 そうだな、小学生を狙う連続誘拐殺人犯が逃走中って、ニュースでずっと騒がれてたな。

 なんでもこの街に来てるなんて噂もあるくらいだしな。


 それも今日までだ。ついに証拠をつかんだから前みたいに外で遊べるぞ。


「あ、でもね!最近久しぶりにお兄ちゃんが帰ってきててね!

人気で買えないゲームとか、服とかおみやげいろいろ持ってきてくれて、すごく優しくしてくれて...」


 一瞬だが、トウヤ君の表情が変わった。

 どうした?ここで何が起こったのか?


 ひまわりのように明るかった彼の表情が、次第に曇っていく。

 元気いっぱいに喋っていた先程とは打って変わり、一言も喋らなくなってしまった。


 「──ひっ」


 トウヤ君は少しずつカメラから遠ざかる。

 全身が映るほどまで遠ざかった時には、ドシンドシンと重い足音が建物中で響いてるようだった。


 瞬間。

 

 バタンと大きい音とともに画面は大きくぶれ、画面は少年の顔ではなく俺の顔を映していた。

 どうやらスマホをドアに立てかけて撮っていたが、勢いよく開けられたためにスマホが前に倒れたらしい。

 

「さっきまで何をしていた?」


 低い声がトウヤ君に語りかける。

 トウヤ君は返事をしない。

 俺はトウヤ君の無事を祈るだけだった。

 





 その後、トウヤ君は画面の前に戻ることはなく、画面には《もう一度再生する》の文字が光っていた。


 動画投稿サイトで発見されたこの動画は、小学生連続誘拐殺人事件4人目の被害者である天神透哉君の最後の姿が確認できるものとして、当時は注目されていた。


 しかし、確実な証拠につながらず、いつしかこの動画は事件と関係あるかもね程度の噂話になっていた。


 そして今日はトウヤ君の一周忌であり、世間がこの事件を思い出している中、俺はとある高層マンションの一室に向かっていた。






 インターホンを鳴らすと住居人は「はい」と返事をした。

 その声は奇しくもさっきまで見ていた動画で聞いた、低い声にそっくりだった。


「すみません。先週1511号室に引っ越してきた者なのですが、ぜひ手土産をと思いまして……」


 適当な嘘をつき、会話を試みる。

 まだ確信がもてない俺は多くしゃべらせたかった。


「あー、そうなんですね……、さっきまで家事をしていたもので、少々お待ちいただいてもいいですか?」


 声の低さ、しゃべり方。

 間違いない。

 忘れることのないあの声だ。


「お待たせしてすみません。1509号室のアリマです。」


 出てきたのは、声のイメージとは程遠い、細身の青年だった。

 

「どうも初めまして。1511号室のハタナカです。これ、粗品ですがどうぞ」


「わざわざありがとうございます。良ければ部屋に入って──」


 もはやアリマの言葉は耳に残らなかった。


 ──トウヤ君。ありがとう。君のおかげでやっと見つけることができたよ。


 ──春斗。兄ちゃん、やっとお前の仇をとれそうだよ。


 ──アリマ。お前を探し当てるまで1年もかかったぞ。







 それにしても、アリマ。

 お前が元気そうでよかったよ。


 のうのうと生きててくれたおかげで、ためらわずに済みそうだ。

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