第四章 二十七話 自信と外連味
開放されてしまった天井を。
もうほとんど夜となってしまった空をレミィは睨む。
右手は後装リボルバー。
その銃口は我先にと開いた天井へ殺到する、十七体の翼竜級たちに向けていて。
対して左手は、やがてきたる装填のときに備え、バレットポーチに突っ込まれていた。
これはタイムロスを極端に恐れた、超早撃ちの構えだった。
早撃ちの代償は当然ある。
両手で銃を保持しないために、発砲の衝撃で照準にズレが生じてしまい、命中精度が落ちるのだ。
「はっ。そんなちっぽけな拳銃一丁で、あの数の翼竜級を、すべて撃ち落とさんとするのかね? やってみたまえ。折ってみたまえ、我が牙を。もし、そんなことができるのであれば、歩兵たちは翼竜級に苦労なんぞしなかったろうに?」
嘲りが色濃い声を発したのは、俺に拘束され続ける、アーサーのものだ。
ちらと目を、そちらに向けてみれば、なるほど。
いかにも意地悪そうに、唇を歪めて嗤っていた。
そんな構えで当たるわけないだろう。
仮に当たったとしても、すべてを墜とすことなどできないだろう。
そう言いたげな表情だ。
たしかに、彼の言うとおりではある。
ただし、それは。
凡百な銃の使い手に限った話、であるが。
「じゃあ、確かめてみるといいさ。独立精鋭遊撃分隊はなにかしらの一芸に秀でている。彼女のその一芸は銃撃。そいつがどのようなものであるか。心して見ていなさい」
だから俺はアーサーに教えてやる。
よく見ておけ、そして決してたまげるでない、と。
やれやれ、二人揃って、まったくおかしなことを言うな。
アーサーがそんな風情に満ちた鼻息を漏らした直後。
「駆逐。開始」
静かにぽそり。
レミィが射撃開始の宣言をしてのけた。
刹那、響く爆音。
発砲音。
半拍遅れて悲鳴。
翼竜級の。
頭を撃ち抜かれて、一体が墜落した。
「なっ」
驚愕。
その一言につきる声。
それは俺の体の下から聞こえてきた。
まさか、こうもあっさり、撃墜を実現するとは。
アーサーの驚きはそんなものだろう。
だが、しかし。
「驚くのは、まだはやい」
さっきのお返しとばかりに、嘲りをたっぷり含んで、アーサーに言う。
まだまだこれからだと。
これからあんたの想像を軽く超越する事態が、目の前にて起こるのだから、と。
再度、発砲音。翼竜級の墜落もリフレイン。
以後、その流れが連続する。
発砲。墜落。
発砲。墜落。
発砲。墜落。
間断なく四発を撃ち込む。
そのいずれも確実に、人類の天敵の生命を奪う。
そして六発目。
シリンダー内すべての弾を撃ち尽くそうとする、その寸前。
レミィの左手が動いた。
ポーチから取り出した、六つの弾丸をぽんと自らの頭上に放り投げて。
そのとき右手は、引き金を絞る。
命中。
絶命。
墜落。
かくしてシリンダーは空っけつに。
だが、彼女の左手は休むことを知らない。
弾を放り投げたのちは、銃へと伸びていって。
シリンダーロックを外して。
リボルバーは、シリンダーを境に二つに折れて、給弾位置に。
そして直後――
「わお。お見事」
感嘆の声を漏らすにいたる。
なぜならば、見よ。
さきほどレミィが放り投げた六つの弾は。
ただただ重力に任せた自由落下をしていただけなのに。
寸分違わず、六つの薬室にすとん。
音もなく収まったではないか。
レミィはそのまま手首を跳ね上げて、その反動でシリンダーを再ロック、射撃位置へ。
「再装填。完了」
そしてまた、間を置かずレミィは射撃を再開。
銃の癖を摑んだからだろうか。
今度は先のよりも、さらに間隔の短い連射だった。
発砲。
発砲。
発砲。
発砲。
発砲。弾を放り上げて。
発砲。再装填。
また、翼竜級は六体減り。
なんと残すはあと五体。
瞬く間に完勝は目前となる。
ほんのわずかの間に、同胞の大半を狩られたことに恐怖を覚えたか。
それまでほとんどが真っ直ぐ外に出ようとしていた、翼竜級たちの動きが乱れ始めた。
果たして本当に外に出てもいいものか。
それを迷っているかのように、その場で滞空する個体が現れたり。
あるいは新たな逃げ道はないものか、と鉄格子の内をぐるぐる飛び回ったり。
行動にばらつきが生じた。
個体差が現れた。
特に後者は厄介だ。
鉄格子が影となって、レミィが直接撃ち墜とすことができなくなるからだ。
当然それはレミィにとってとてつもない不利。
しかも飛び回る方は三体もいるのだから、尋常ならざる苦労は必至。
だからだろう。
彼女は一度大きな舌打ちをした。
「面倒。手間がかかる」
苛立ちにあふれた一言の後。
レミィは立て続けに発砲。
三発。
飛び回る個体数と一致。
弾はいずれも鉄格子をかすめるように当たって、跳弾。
レミィが外した。
しかしそう思わせる前に、響く複数の悲鳴。
それは命中の証だ。
そして鉄格子の内側はずいぶんとすっきりする。
三体の邪神が命を落としたが故に。
跳弾すら意のままに操れるレミィに命を奪われたが故に。
残り、二体。
「……なんということだ」
唖然、いや圧巻か。
ぼそりと紡いだアーサーの一言には、彼が忘我の境地にいることをうかがわさせた。
その様子はさきの皮肉たっぷりな姿からは想像できない。
それほどまでに、ただいまのレミィの活躍は、彼に強烈なインパクトを与えたのだろう。
しかし、彼の驚愕も当然だ。
本来、空を飛ぶ翼竜級に弾を当てること自体が、かなりの無理難題であるはず。
それだというのに、レミィはここまで一発も外すことはなく。
あまつさえ軌道変化に跳弾を用いるという、絶人級の妙技を見せつけられたのだから。
「注目。お前が言うところの、自国の民に出血を強いる、ご自慢の牙。そいつの抜歯手術は――」
レミィはそこで息継ぎをして。
そしてその間、銃声が二回響く。
直後、すとんすとん。
最後まで残っていた二体の翼竜級も地に落ちた。
かくして、人類の天敵は居なくなった。
「承前。今、完了した。医療ミスは皆無。お代の支払い方は二つに一つ。時間を貨幣にして、数十年に及ぶ懲役というローンで払うか――」
声の抑揚が平坦であるのが常の彼女にしては、珍しく芝居ががったイントネーションのおしゃべりとともに。
まだチャンバー内に一発の銃弾を抱え込んだままの拳銃。
そいつをやはり大げさな身振りでもって、アーサーに向けて。
「現物取引。お前の命による一括払いか。さて、どちら?」
これまでのお返しと言わんばかりに。
多分の皮肉を込めて。
レミィは自信と外連味たっぷりの勝利宣言をここに下した。




