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第四章 二十五話 初対面、なれど再会

「おや。これは懐かしい顔だ。スウィンバーン君、息災であったかね?」


 レミィを踏みつける男は、俺を見るや否や、開口一番に親しげな台詞を吐く。

 どうやらあの男と俺は、以前会ったことがあるらしい。


 男はうなじ近くで一本にしたやや癖のある金髪と、万人を見下している印象を受ける、垂れ下がり気味の碧眼を持っていた。

 クロードに負けないくらいの美丈夫だ。

 歳は俺よりも一回り上といったことろで、三十代半ば。


 しかし、はて。

 この男が言うとおりに、果たして俺と旧知の仲であったのだろうか?

 記憶をさらってみても、思い当たる節はない。

 身なりと体格はいいことから、貴族であることは読み取れるのだが……


「ふむ。君は私を覚えていないようだな。しかし、それも当然か。たしかに、君とこうして直に話すのは初めてだ。だが、私は知っているぞ。かつての君の家族構成、領地、収入、そして血筋を。寮生を選別するのに、必要な情報であったからな」


「寮生? まさか」


 男の発した寮生というワード。

 つまりこの男は俺が短い間ながら在籍していた、パブリックスクールの関係者であることがわかった。

 そして、寮生を選別するという台詞から、その当時、プリーフェクト(監督生)であったことも判明した。


 すると、途端にこの男の当たりがつくようになった。

 パブリックスクール、プリーフェクト、そして種族主義。


 この男はもしや――


「……アーサー・ウォールデン」


「おや、思い出してくれたかね。君の記憶に残っていることを光栄に思うよ」


「悪名が高かったから。生粋で、しかも苛烈な種族主義者だって。他寮の一年にすら伝わるくらいに、相当恐れられてたよ。貴方」


「その噂については知っていたさ、恐れられていることも含めてね。だが、それは噂ではなかった、と言っておこう。今、私がこの場に居ること。それが噂は真であったという証明さ。私が種族主義者だというね」


 戦争は王国の学制にすら影響を及ぼし、いくつかの改革をもたらした。


 十三歳が入学下限年齢であった六年制のパブリックスクールを、七歳までに引き下げ、十二年制にしたこともそうだ。

 内地奥深くにあるパブリックスクールに、貴族、富豪の子供たちを、より多く疎開させることが目的であった。


 だが、それ以上に、大きな変化があったのは――


「じゃあ、プリーフェクトの権限を最大限に濫用して、自分の管轄する寮から、魔族の生徒を追い出したという噂も」


「もちろん真実だ。まったく、困ったものだよ。本来パブリックスクールに入学できるのは、王国出身の多様人だけであったはずだ。支配者たる私たちが、被支配者と同じ屋根の下で寝食をともにする。実におぞましいことではないかね?」


 それまで多様人でなければ入学が認められていなかったのに、他の種族の入学が認められたこと。

 教育制度の最も大きな変化といえばそれだろう。


 入学できたのは金銭を工面できた魔族ばかりであったが、それでも種族主義気味の伝統を保持してきた王国が、統合主義に転換したという、国史に残る、大きな変革であることに違いはなかった。


 俺はその変革を好ましく思うも、目の前の男はそうではないらしい。

 当然か。

 でなければ、過激な種族主義団体に所属していることに、説明がつかない。


 と、なれば対話は成立しないだろう。

 だがしかし、邪神ならともかく、相手は話が通じる人間なのだ。

 上でやったように、暴力でねじ伏せる真似は、できるかぎりはしたくはなかった。


 説得をはじめる。

 応じてくれる可能性は低くとも、けれども決してそれはゼロではない。

 彼がただの種族主義者とは思えない面を、見出すことができたからだ。


「……足蹴にしているレミィと貴方は、同志であったはずだ。たとえそれが欺くためであっても。貴方が噂通りの人であれば、エルフであることを理由に、彼女の団体入りを認めなかったのではないか? 貴方も気付いているのでは? 他種族との壁なんて、端っから存在しないことに」


「たしかに本来であれば、私は他種族の同志なぞ欲しくもない。門戸を叩いたとしても、斬って捨てて終わりだ。だが、彼女は例外だ。なぜ、レミィ君には甘い対応をしたのか。その理由がわかるかね?」


「……わざわざそう聞き返すということは。俺が望む答えとは違う、ということかな?」


「ああ。きっとそうだろう。きっと、な」


 アーサーは皮肉げに喉の奥をくつくつと鳴らして、嗤って。

 そして、一拍の息継ぎのあと、ロクでもない答えを告げた。


「答えはね。美しいからだ。私は美しいものが好きだからだ」


「……は?」


「美術品を蒐集するのと同じだよ。だから彼女を保有したくなった。さらに、その蒐集物が私の()()()()()できるのであれば、だ。これほどまで価値ある美術品が、この世に存在するだろうか?」


「うっ……く」


 怖気の走る発言ののちに、アーサーはレミィを踏みつける力を強める。

 レミィの苦悶の声を聞いて、アーサーはにいと、唇の端をつり上げた。

 そうすることで嗜好を満たすことができるらしい。


 発言といい、行動といい。

 こんな真似ができるのは、他人の意思と存在をはじめから尊重していないからだ。

 ただのおもちゃとして見ているから、こんなことができるのだ。


 だから、血が、頭が沸騰した。


「ゲスめ。ああ、心底思うよ。あんたはゲスだって」


「ふむ。共感はしてくれないようだな。残念だ。君にも青い血が流れているだろうに。他人を支配し弄ぶことができるのは、貴族の特権だよ?」


「……アナクロな価値観の持ち主め。もう貴族は歴史の中心には居られないんだ。大衆と肩を並べて生きなければならない、そんな時代になっているんだよ」


「だからこそ、こんな真似をする必要があるのだよ。時代を揺り戻すために。統合主義を破壊し、種族主義を主流とするためにね」


「そのために……そのために臣民が犠牲になるんだぞっ! それを邁進する意味はあるのかっ! 国と臣民の盾となる、ノブレス・オブリージュはどこへいった!」


「これが私のノブレス・オブリージュさ。王国を再興させるためには、多少の犠牲は致し方あるまい」


「戯言を!」


「戯言ではない。思い出したまえ。植民地主義のときも、そうであったじゃないか。植民地で流れたあまたの血を消費して、王国は世界帝国の地位を手に入れた。今度はそれが、自国の民の血に変わっただけだ」


 悟った。

 目の前に居るこの男の正体を。

 この男は種族主義者で、差別主義者で、紛うことなき狂人だ。


 同情せざるを得ない境遇であった、歌劇座の人々とはわけが違う。

 共感できるところが一切なく、だからこそ、これ以上の説得が無意味だとも悟った。


 レミィを助けなければ。

 距離を詰め、アーサーを突き飛ばすために、ぐっと脚に力を、そして魔力を込めて――


「おっと。動かないでくれたまえ。君の活躍は熟知しているつもりなんだ。母校の誇りであるからね。動くと、これだよ」


 だが、その動きは気取られた。

 アーサーはすっと腕をレミィへと伸ばす。

 その先端、彼の手には黒鉄の塊、パーカッションリボルバー。

 引き金機構を欠いた、魔法式の拳銃。

 きっとレミィから奪い取ったものだろう。


 動きを止めざるを得なかった。

 俺が彼を突き飛ばすよりも、あの銃が動く方が、絶対に速いだろう。


 それはこっそり持ってきた、陛下から賜った、後装拳銃でも同じこと。

 銃を抜いて、狙いを定めている間に、レミィは撃たれるのだから。


「そうだ。賢明だね。戦友を死なせたくないなら、君はこうして、動きを止めざるを得ない」


 またしても、アーサーは喉の奥で嗤う。

 その笑声には優越感がたっぷりと含んでいた。


 優越感とは、つまり、彼がこの場の主導権を握っていること。

 この事実を快なりと感じているからだろう。


「さて、スウィンバーン君。取引をしようではないか」


「取引?」


「ああ、そうだ。取引だ。君がこの場にやってきた、ということはだ。きっと私たちが放った邪神どもは、ほとんど片付けられてしまった、ということなんだろうね」


 アーサーの足元でうずくまる、レミィの視線が俺に飛ぶ。


 本当なの? ウィリアム?

 彼女の目はそう語っていた。


 だから俺は彼女のその無言の問いに答えるために、小さく頷いた。


「ならば大局的に見れば、私は劣勢ということになる。今、この場に限定すれば優勢であってもね」


「……それで? 取引とは?」


「私はまだ捕まるわけにいかないのでな。なに、話は簡単だよ。私を見逃せ。要求することはそれだけだ」


「……取引なのだろう? 見返りは?」


「君の戦友の命」


「駄目っ。ウィリアム!」


 自らの命を取引の材料に使われたことに、レミィは猛反発。

 それはアーサーの望まぬ反応であって。

 黙っておけ、と言わんばかりに、ますます彼は彼女に体重をかける。


「平気! ウィリアム! 私は構わない! やれ! この男を! 野放しにしてはならない! この男は!」


「静かにしたまえ。がみがみ女は……水底行きがオチだ。よっと」


「ぐ」


 アーサーの左足が光った。

 蹴りだ。

 それはレミィの顔を強かに打って。

 口の中を切ったのか、彼女は唇の端からつうと血を流した。


 ……これ以上はレミィの身体の傷を増やすだけだろう。

 俺は決断しなければならないようだ。


 彼女を救うか。

 それとも見捨てるか。


 答えは決まっている。


「……アーサー・ウォールデン」


「なにかね。取引に乗るのか、否か。どちらかね?」


「その前に、一つ聞きたい」


 いいだろう、答えよう。

 言葉の代わりにアーサーは頷いてみせた。


「俺がその要求を受け入れたとして。あんたがきちんとレミィを離す保障はあるのか?」


「あるさ。我が家と、我が血にかけて誓おう。君が応ずるならば、彼女を解放すると」


 俺は一度下を向く。

 いかにも深く考えている、そんな体を演出するために。

 じっと利き足である、右足を見た。


 そして決意したことを臭わせる、大きなため息をついて。

 わずかに右足に力を込めながら。

 顔を上げて、再び母校の先輩を眺めた。


「……そうだな。決めたよレミィを助けることに」


「ウィリアム!」


 団体の幹部だぞ! 逃がすなんて! なんてこと!

 俺の名前を叫んだレミィの声には、そんな思いが込められていた。


 それとは正反対に、思い通りの展開になったアーサーは、ますます得意げに唇を歪めた。


 やはり、何度考えても、戦友の命を見捨てる真似なんてできない。


 けれども。

 同じくらいに。

 彼を逃がすことがどれだけ大きな失態か。

 そのことも理解できている。


 だからこそ。


「でも……取引には応じることはできないなっ!」


 力を込めていた右足を振り上げる。

 つま先にはこっそり掬い上げた小石が乗っていて。

 アーサーの右手に向かって、小石を強かに蹴り飛ばす。

 むろん、強化魔法を用いながら。

 銃弾に等しい速度で石が飛ぶ。


「なっ。くっ」


 それは彼にとって予想外の動きであったか。

 アーサーの動きが一瞬硬直。

 蹴り飛ばした石が、彼の手にあるリボルバーと衝突したのは、硬直と時を同じくしていた。


 けたたましい音を奏でたあと。

 銃は鉄格子の間をすり抜けて、邪神の下へ。

 無力化、成功。


 そして。


「なっ」


 アーサーはまた、驚きの声を上げる。

 地面を滑って離れる銃に目を奪われたその隙に。

 俺が強化魔法を使って、一気に距離を詰め、手がとどく距離にまで近付いていたからだ。

 いまや彼我の距離は衝突寸前。


 十分にアーサーに近づけたこと、それを確認した俺は、強化魔法を解除して、足を止めて、勢いを殺して。

 速度が死んだあと、ぴょんと踏み切って彼に突進。


 そのままアーサーを押し倒す。

 彼の両手を押さえながら、押し倒す。


 着地の衝撃。

 それにも負けないで手を押さえることに成功すれば、ほら。


 レミィを犠牲にせずとも、アーサー・ウォールデンを捕獲することに成功した。

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