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第一章 七話 戦友、来訪

 それは豪胆な者なら壮観な、小心な者なら緊張に溢れた光景、と称すことだろう。

 

 二つの巨大な集団がそこにあった。

 地面を覆い尽くすまで巨大な二つの集団だ。


 片や雑然と、片や整然と集まったその二つは少しの間をおいて、互いをにらみ合うように佇んでいた。

 いや、実際にそれらはにらみ合っていた。

 至極剣呑な空気さえ湛えていた。


 物騒な雰囲気に満ちて当然だろう。

 真実、向かい合う彼らは双方が双方を滅ぼしたいと願ってやまない、言うなれば宿敵同士の関係にあるのだから。


 邪神と人類。

 相対するはその両者。


 そう、これは良くある光景であった。

 この世界で毎日、どこからしらで似たようなことが起きていると断言出来るくらいに、ありふれたものだった。

 

 侵攻する邪神と、それを食い止める人類。

 今この場で展開している光景とは、即ちその為に生じる戦いの直前。

 戦端を開くその直前。

 なれば、緊張感に溢れて然り。


「目のいいお前達のことだ。もう見えていると思うが、さて、一応、確認しておこう」


 そんなナーバスな空気には、いささか似合わない声がした。

 気が抜けているとか、緊張感が薄いわけではない。

 ただ、さながら大学で講義をしているかのような、どこか冗長さに溢れた声だ。

 余裕がなく何事にもカリカリしている戦場には、やはり似合うものではない。


「今回の敵の主力は獅子級。ご存じの通り極めて高い瞬発力を持ち、その速力を生かした突撃が厄介な相手だ」


 前方に陣取る邪神共を睥睨しながらも、その口が止まることはない。

 声は男のものだ。

 歳は若い。

 二十代半ばといったところ。


 男の名はクロード・プリムローズ。

 中尉であった。

 人類連合軍独立精鋭遊撃分隊の隊長でもある。


 さて彼の言葉は分隊員に向けられている。

 今回の邪神達のおおよその構成を彼らに教授しているのだ。


「さらに、鋭利な爪と牙と、邪神の例に漏れず力も十分に強い。動き方も獣に近く近接戦闘においては、我ら人類は決定的に不利となる」


 人類は襲い来る異形を邪神と称しているが、それはあくまで総称である。

 異形の化け物はいくつかの種類に分けることが出来る。


 例えば今、彼らと群れをなして対峙しているのは獅子級と呼ばれる邪神だ。

 肉色の筋肉をそのまま露出させた、とてもグロテスクな外見を持つ四つ足の化け物である。

 首の周りにびっしりと生えた、触手状の器官が獅子のたてがみを連想させることが、名前の由来であった。


 硬い甲殻を纏い二足で動く騎士級、同じく二足で動き、発達した筋肉で打撃を繰り出す猿人級、翼を有し空中を駆け回る蛇、翼竜級――

 兎角邪神はバライティに富み、そのいずれも一兵士が相手するには厄介極まる実力を誇っていた。


「しかし、騎士級と違って奴らに分厚い甲殻はない。故に突進される前に、接近を許す前に片を付けてしまえば恐るるに足らず。だから、今回は銃器メインで戦闘すべきだろう――ここまで、何か質問……は?」


 ひとくさりついたところで、クロードはくるりと踵を返す。

 隊員の質問に答えるために。

 しかし身を翻したクロードを待っていたのは、彼が予想だにしなかった光景だった。


 彼は絶句する。


 分隊はクロードを合わせて六人で構成されている。

 だから、彼の背中には五人の隊員が待機していなければならない。

 そのはずなのに、どうしたことか。

 たった二人の隊員しか彼の視界には入らなかったのである。 


「……どうしてお前ら二人しか残ってないんだ? 他の三人は?」


「あいつらなら、ほら」


 どうにかして絞り出した言葉に、残った隊員の一人、ウィリアムが答える。

 自陣の最前を指で示しながら。


 その指に視線をつうと這わせてみれば。

 クロードの後ろに控えていなければならないはずの残る三人が、最先頭で戦端が開かれるのを今か今かと待ちわびているのではないか。


 しかもどうにも、他の部隊とちょっとした交流を深めたらしい。

 彼らの周りには、同じく交戦を待ち望んでいるような鼻息の荒い連中ばかりであった。

 その様子から察するに、あろうことか時代錯誤も甚だしくも、彼らは誰が一番槍となるか、それを賭けの対象にしているらしかった。


「何やってんのっ! あいつら!」


 クロードのヒステリックな悲鳴があがる。

 あまりに大きな声だったので、辺りの視線はクロードに集中する。


「何って。そりゃあんたの長話、聞きたくなかったんだろうなあ」


「長話って……こいつは戦争だぞ、戦争! しっかり相手を調べて、情報を共有しなきゃ、駄目に決まってるじゃないか! そうだろう?!」


「そりゃごもっとも」


 クロードは生真面目な気性が災いしてか、どうにも話が長くなる癖があった。

 しかも言うことがほとんど正論のためか、面白味に欠けるのもまた事実であった。


 通常の部隊であれば、それで問題はあるまい。

 それどころか、あるべき隊長の姿だろう。

 しかしクロードにとって悲劇なのは、この分隊、極めて高い独立性を維持しているせいだろうか。

 恐ろしいほどに、自由な気風であったのだ。


 おかげで生真面目なクロードの想像の範疇を、軽く逸脱する事態が度々起こる。

 今回がその好例と言えよう。


「それなのにさあ……あいつらは、いつもいつも好き勝手に暴れて! その度に俺は各方面から小言言われて、胃も痛くなって!」


「別にそれでいいんじゃないのか? だってあいつら強いし。些細な問題じゃん」


「些細なわけねえだろう! 何、殿下みたいなこと言ってんの!? そんな緩い軍隊あってたまるか!」


 更に厄介なのは分隊の所属である。

 彼らは組織図上、王国王女の直属部隊ということになっている。

 それ故通常の軍規には縛られずに動けることが出来る。

 まずこの時点でとんでもなく自由だ。


 おまけにその王女自身の性格が良くも悪くも豪胆で、反逆や略奪、敵前逃亡さえしなければ問題視しないと来た。

 結果として近代国家の軍隊としてあるまじきほどの自由が許されているのだ。

 なるほど、ともすれば、クロードの言う通りたるんだ部隊、と見ることも出来るだろう。


「大体殿下もさあ。俺らがご自慢の部隊なら、もっと近衛みたいにさあ。ガッチガチの規則で俺らを縛って欲しいよ。おかげでいつも俺は……俺は!」


 もちろんその自由の代償もある。

 一例が書類上、現場の責任者であるクロードへの精神的負担が極めて大きいことだろう。

 超軍規的に動けるため、分隊は反感を買いやすい立場に居るのだ。

 折衝役は必要不可欠であるし、実際その役を担っている彼は、いつだって多方面に頭を下げて回る日々を送っていた。

 尉官が隊長という分隊にあるまじき人事は、この辺りに理由を求めることが出来よう。


 そのせいだろうか。

 最近の分隊長は心労の影響でやつれてしまっているな、と、ぼんやりながらウィリアムは思った。


 とは言え、ウィリアムは同情しなかった。

 何せ彼は知っているのだ。

 一度同情してしまえば話の聞き手として認識され、事ある毎に愚痴を聞かされる羽目になることを。


 それはごめんだ、とウィリアムは思う。

 だから彼はこの場を適当に切り上げることにした。


「おーい。愚痴はよしてくれないかな」


「ん……ああ。そうだな。すまない。で、何処まで話したっけ?」


「作戦はいつも通り。まっすぐ行って、どっかんどっかん。ばっさっばさ、邪神をやっつけよう。シンプルイズベストってとこまでだね」


「ああ。そうそう。いつも通り……って、んなこたぁ言ってない!」


「うんうん。そうかそうか。今すぐあいつらのとこ行って、最先頭に立てってか。了解、了解。じゃ」


「おい! まて! そんなこと言ってない! 頼むから、俺の話を真面目に……!」


 適当に話をでっち上げて、さっさと仲間の居る先頭へ向かおうとするウィリアム。

 当然、そんなことさせるかとクロードは襟首を掴まんと手を伸ばす。

 しかし、悲しいかな。

 彼とウィリアムでは運動能力が違った。


 するりと猫のようなしなやかさでもって、難なく妨害を躱すや、ウィリアムは小走りで器用に、黒山の人だかりをするすると抜けていった。


 合流するや、二、三、仲間と言葉を交わして。

 そしてその一角からにわかに歓声が上がった。

 どうやら一番槍の賭け事にウィリアムも参加したようであった。


「ウィリアム! お前もか!」


 心の底から絶叫、響く。

 周りはまたしてもの大声に、迷惑そうに目を細めてクロードを見た。


 さて、クロードの下に残るは、もうたった一人だけ。

 格好はメイド服と奇抜なれど、その実、分隊唯一の優等生であるアリス。


 そんな彼女にすがりつくような表情を見せて、彼は口を開く。


「アリス。アリス。お前なら、お前ならわかってくれるだろう? 俺の言ってることが正しいって」


「そうですね」


 肯定の台詞。

 それを受けて終始悲壮に歪んでいたクロードの顔が、ぱっと喜色に染まる。


 よかった! やはりアリスはいい子だ!


 きっと、心の底からそう思っているだろうが、しかし彼は忘れていた。

 問題児だらけの分隊らしく、やはり彼女にも但し書きがかかっていることを。


「でも大体のことは、ウィリアムさんに任せれば、良いと思いますよ。多分、クロードさんのご苦労、随分と少なくなると思うので」


 ただし、優等生なのはウィリアムが事に関わっていない場合に限る――但し書きはそういうものだ。


 基本的に彼女はウィリアムに追従するし、ちょっとやそっとの問題じゃ彼を諫めようともしない。

 他の誰よりもずっとマシではあるが、その点ではやはり彼女も例に漏れず問題児と言えた。


「それでは、私、ウィリアムさんのところに行かなきゃ駄目ですので。これにて」


 すっかりそれを忘れていたクロードはぴたりと硬直。

 そんな彼を尻目に、アリスは律儀にお辞儀をして踵を返して。

 そして控え目な歩調で先頭のウィリアムの下へと向かった。


 一人取り残されたクロードは、身に降りかかった、あまりの理不尽のせいか。

 体を細かく震わせて。

 両手を広げて。

 ぎこちない動きで空を仰ぎ見て。


 そして。


「神よ! 何故俺を見捨てたもうた!」


 三度目の大声で自らの境遇を呪った。


 ◇◇◇


 季節外れの夏日であった。

 夏はまだまだ先というのに茹だるような暑さに、とうとう俺は外の作業を放棄。

 そそくさと屋敷の中へと避難したのだった。


 室内の空気も、やはり急に強気になった陽のせいで、いつもに比べれば暑い。

 けれども直射日光がない分、外よりは大分マシだ。


 それに屋敷の中には風がある。

 外と違っていつ吹くかわからないものではなく、必ず俺の頬を撫でてくれる爽やかな風が。

 

 ほら、集中してみよう。

 今も髪を僅かに揺らす、心地よい風が体を冷やしてくれている。


 上質なソファに体を横たえていることもある。

 とても気持ち良くて、つい、うとうと――


「……お前は一体全体。今、何をしてるんだ?」


 ――を許さない、空気が読めないにも程がある無粋な男の声が響く。

 声によって、甘い眠気が容易く吹き飛ばされる。


 いい心地だったのに、何をしてくれるか。

 声の主を不機嫌さを思いっきり込めた目でじろりと睨む。

 癖のある金髪の男、元独立精鋭遊撃分隊隊長である、クロード・プリムローズがそこに居た。

 服装は王国の真紅の軍服。

 階級章を見る限り、大尉に昇進したらしい。

 分隊は解散したとは言え、未だ彼は軍属であるようだった。


「何って、見てわからない?」


 目と同様に努めて不機嫌な声色で答える。

 両手を広げて、今の俺の状況をよく見ろ、と主張しながら。

 なおも心地よい風に当たりながら。


「扇いでもらってる。暑いから」


 そう答える。


 今、俺は隣に座っているアリスに扇いでもらっていた。

 室内なのに涼やかな風を受けていたのは、すぐ傍でアリスがその風を作ってくれていたからだ。


 暑い日に人に扇いでもらう。

 これに匹敵する幸福は、きっとそうないだろう。

 しかも、今、俺は寝転んでいるわけだから、幸福度はより高い。


「それはわかる。だが、そういうことじゃなくってな」


「うん? ああ。心配しなくていい。しばらく経ったら、俺がアリスを扇ぐ番になるからさ」


 きっと神経質なまでに気にしいの彼のことだ。

 言いたかったことは、自分ばかりいい思いをするな、ってことだろう。


 でも安心して欲しい。

 俺はこの幸福をアリスにも味わってもらいたかった。

 だからお返しに、しばらくしたらきっちり彼女を扇ぐ気でいた。


「そうでもなくてな……」


「……? ああ。そうか。すまない、すまない」


 しかし、言いたいことはそれでもないらしい。


 はて、この男は何を俺に伝えたいのだろうか――そう考えて、はたと思い当たる節を見つけた。

 

 そう言えば、今、俺達が居るのは応接室だ。

 つまり客をもてなす場所である。


 だが今の俺はどうだ。

 ゲストをほったらかしにしてしまっているではないか。

 これではホストとして失格だ。


 こんな暑い日なのだ。

 ならば、彼が要求しているのは。


「そこに扇あるから。何、遠慮するな。気にせずに使ってくれ。もし気に入ったら、持って帰ってもいい」


 扇ぐ道具が欲しかったに違いない。


 暖炉の傍を指す。

 アンティークの扇が壁に飾ってあったはずだ。

 王国では生えない竹を使った、それもエルフの高名な細工師が作ったやつだから、それなりに価値はある。

 お土産としては最適だろう。


「うん。ああ。お気遣いありがとう。でも、俺は一応来客でな。来客にはもっと別種の気遣いをして欲しかったな」


 だが、なんと、それでもないらしい。

 とうとう痺れを切らしたか、ついに俺は客だと宣い始めた。


 俺に落ち度があったのは確かだが、なんて横柄な客だろうか。

 

 まるで自分が神になったのかような、この尊大な態度。

 こういう奴が要求しそうなことは……もしや。


「……アリスには扇がせないぞ」


「私も出来れば、ウィリアムさんの方が」


「違うわいっ! いい加減に体を起こさんか!」


 渾身の突っ込みが炸裂。

 体を大きく動かして、大声を張り上げて、彼の中にあった不満をぶちまける。

 どうやら寝転んだままだったのが、お気に召さなかったらしい。


 まあ、そうだろうな。

 知ってた。


 そう反応してくれなきゃ、わざとすっとぼけた甲斐もないというもの。


 意地の悪いニヤニヤを顔に貼り付けて、ようやく俺は体を起こした。


「やっぱわざとかい……まあ、いいや。お前らが元気そうで何よりだよ。本当に」


 からかわれていたことに、釈然としない様子を見せながらも、根っこがお人好しだからだろう。

 健在な俺らの姿を見て、心底安心したような笑みをクロードは見せてくれた。


 あの頃と変わりがない笑顔。

 その顔にこちらもほっとする。

 どうやらクロードは恙なく戦後を過ごせているようだ。

 本当に安心した。


「うん。お陰様で元気で生きてるよ。それにしても、良くここに来れたな。俺と面会すると、立場怪しくならないか?」


「そこは殿下の努力の賜物ってやつだ。色々手を回して、お前から奪われた自由を、少しずつ取り戻していってる最中でな。今日みたいな面会の自由も、殿下が取り戻した自由の一つさ」


 殿下とは、俺達の元上司である王女殿下のことだ。

 性格は破天荒そのもの。

 押しと我が強いお方であった。

 あの自由奔放な分隊を作ろうと思って、実際に作ってしまったのだから、その強烈さは本当に凄まじい。


 しかしそんな殿下といえどだ。

 父親たる国王自ら裁いた罪人に、部下を通してとはいえ、こうしてコンタクトを取るのは流石に。


「ありがたいが……それ、殿下の立場が悪くならないのか? いくら王族とはいえ、変な疑りを抱かれんじゃ?」


「その辺りはお前の心配するところじゃないな。誰かさんと違って、政治的なやりとりには長けてるし、情報を捉える耳もデカい。そう、誰かさんとと違ってな」


「それを言われると耳が痛い」


 俺が流罪となった原因の一つには、俺があまりにも政治のことに無頓着であったこともある。

 戦後めまぐるしく変動する、政治力学に本当に興味を抱かなかった。

 そのせいでいつの間にやら、力だけはある何処の派閥にも属さない存在になってしまった。


 何らかのきっかけで、何処かの派閥に入るやも知れぬ。

 それも居るだけで何かしらの影響力を発揮する存在。

 それが俺だった。


 とても危うい存在だったのは間違いない。

 そりゃ自分の派閥を生かすために、是非とも消しておきたい存在だよな、と我ながら思う。

 

「で、今日は何しに来たんだ? 生真面目なあんたのことだ。まさか、雑談しに来ただけではないだろう。俺としてはそれでもいいんだが」


「うん。どうせこの生活で暇してると思ってな。暇つぶし……と言うにはいささか過分だが、まあ、暇がなくなるかもしれん話を持ってきた」


「暇でも俺は構わないんだけどね」


 最初の内は時間を持て余すのではないかと危惧していたこの生活も、過ごしてみれば悪くない。

 今まで余裕のない、カツカツとした日々を過ごしていただけあって、ゆったりとした時間が流れる日々は俺にとって本当に新鮮なのだ。

 だから一向に暇でも構わなかった。


「まあ、そう言うな。人間、張り合いのない生活じゃ、どんどん腐っちまうもんだ。折角殿下が努力してお前を自由にしたところで、お前がぐでぐでに腐っちまって使いものにならなかったら、殿下のくたびれ損もいいところだ」


「私としてはウイリアムさんが腐ってても、問題はないのですが」


「俺と殿下は問題あんのっ」


「腐ってもって……俺も、その。流石にみっともない姿を、アリスに見せるのは」


「私は構いませんよ?」


 そう言って、アリスはいつものニコニコとした顔を俺に向けてくる。


 貴方がダメ男になっても、私は傍に居ます――


 そう言ってくれるのは悪くはないけど、こう正面切って言われるのは……流石に恥ずかしい。


「そ、それで? そのありがたいお話ってのはどんなの?」


「あ、ああ……」


 あんまり長くこの話題を続けると、なんだかもっと恥ずかしい目に遭いそうな気がする。

 これがアリスと二人きりだったら、多分問題にしないと思うのだけれど、流石に他人の目があると……


 だからさっさと話を進めることにする。


「……うん。単刀直入に聞こう。お前ら子供は好きか?」


 本当に単刀直入だ。

 ズバッとしすぎて、この話を仕向けた意図がまったく見えない。


「嫌いじゃないが」


「……私も。はい」


「それは良かった」


 困惑しながらもそう答えると、クロードは満足そうに頷いた。

 しかし頷くのはいいが、どうしてそんなことを聞いたのか。

 その意図をさっさと話してもらいたい。

 

 見ろ。

 あまりに妙な質問だったもんで、アリスの返答は速やかなものではなかったではないか。

 妙な間があったではないか。

 どうしてくれる。


「子供の居る生活の予行練習だ。何、難しいことじゃない。ちょっと孤児院の真似事をしてもらいたいだけでね」


「孤児院?」


「そ、孤児院」


 もったいぶって結論を中々言わないのは、クロードの悪い癖だと思う。

 そんなんだから分隊内で話が長いだの、つまらんだの、散々な評価を頂いていたのに彼は気がついているのだろうか?


 それに子供の居る生活の予行練習?

 やはりよくわからない。


 いまいち彼の言わんとしていることを掴みかねていると、きっと訝しみの様子がモロに顔に出ていたのだろう。

 俺の知らないことを知っているという、ちょっとした優越感が由来の、意地の悪い笑みをクロードは浮かべた。


「つまりだ。ちょっとの間、お前らに一人の孤児を預かって欲しいんだ。この屋敷でさ」 


 どうしてそうなるのか。

 その説明を省いたのはこの後、クロードが長々と独演会をしたいから敢えて言わなかったのだろうか。


 そう怪しまざるを得なかった。

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