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第三章 三話 無国籍亭

 空は西の端を除けば、もう深い藍色であった。


 なんとかヘッセニアの白衣と決着を着け、俺達はゾクリュの街に下りてきた。


 ただいま、馬車がひっきりなしに走る目抜通りに居た。


 もうすぐ夜だというのに、街の活気は未だ健在である。

 ひとえに道沿いに設置されたガス灯のお陰だろう。

 夕刻だというのに、宵闇に目をこらして歩く必要がない。

 だから、人々は闇に怯えることなく、安心して街に繰り出すことが出来るの。  


 目抜通りから一本外れた通りに出る。

 せわしない馬車の姿は少なくなり、代わりにゆっくりと歩く人の数が多くなる。


 彼らがゆっくりと歩く理由は通りの両端にあった。

 ビールが描かれていたり、あるいは店名を図案化した看板を掲げる店が軒を連ねている。

 そんな店は例外なくパブだ。

 つまり道行く人々は、今夜一杯引っかける店をどこにしようかと品定めしているのである。


 この通りの名は夜店通りという。


 ゾクリュの奇跡の直後、この場所に商魂たくましい商人達が、軍人相手に酒を饗す露店が並んでいたことが名前の由来であった。


 その名残か、今でもパブが集中して出店して、どこか下世話な空気を湛える通りではある。


 しかし、これでもまだ健全化されたほうなのだ。


 戦時中はこの辺は立ちんぼの出没スポットとして知られていたし、パブの二階をそういった目的で貸し出す店も多々あったものだ。


 今では、その手の店を別区画に隔離したこともあって、春を売る女性達は大分数を減らしている。


「ここだね」


 通り沿いのとある店の前で歩みを止める。


 中々大きな店だ。

 店構えから察するに、ちょっとしたダンスホールくらいの広さはありそうだ。


 次いで俺は壁にぶら下げられた看板を見る。


 "パブリックハウス・無国籍亭"。


 看板には飾り文字でそう記されている。

 住所も店名も教えられた通り。

 ここが戦友達が開いた店で間違いなさそうだ。


 木で誂えられた扉を押して入店。


 喧噪が俺らを出迎えた。


 グラスが合わさる音。

 食器が動く音。

 そして酔客の笑声。

 それらが合わさった喧噪だ。


 だが、このうるささは悪いものではないな、と思った。

 戦場で聞くやかましさよりは、平和的な音色でずっといい。


「中々に賑やかですね」


「うん。いいことだ」


 アリスの一言に頷いて同意する。


 ここがこれだけの音に満ちているということは、この店が繁盛している証でもある。

 それは同時に、戦友達が食うのに困っていないことの証拠でもあるのだ。


 と、なればこの喧噪を好意的に見ない理由なんてどこにもないだろう。


 さて、この店の盛況具合に感銘を受けるのもここまでとしよう。

 まずは、今日招待してくれた戦友を見つけなければ。

 

 赤ら顔の客で溢れる店内を一回、二回と見渡して、見渡して――


 居た。

 見つけた。


 両手に客が干したグラスを片付けている、体格のいい黒髪の男。

 彼こそがこの間再会した俺の戦友、ギルトベルト・ダウデルトであった。


 彼の方もどうやら俺達に気がついたようだ。

 急いでグラスを裏方へと引っ込めて、小走りで近付いてくる。


「ウィリアム! 来てくれたか、ありがとう!」


「うん。こっちこそご招待、ありがとう。中々繁盛しているようでなによりだ」


「ああ。お陰でいつもいつも急がしてくてな。ま、嬉しい悲鳴ってやつだ」


 実際懐が潤って上機嫌なのだろう。

 がははと体格相応の豪快な笑い声をギルトベルトは上げた。


「ところで、クロードが先に来ている筈なんだけど……どこに居るか解る?」


 挨拶もそこそこにクロードの居場所を問う。

 彼は俺らに先んじてこの店にやってきて、席を確保して貰う段取りとなっていた。


 早く来てくれているクロードのためにも、早めに合流しなければならないのだけれども、何せこの盛況ぶりだ。

 探すのに一苦労しそうである。


 だからきっと居場所を把握しているだろうギルトベルトに聞いてみたのだけれども、問いかけに対して見せた反応は、なんだか奇妙なものだった。


「あー……クロード、ね。うん。奴は……あそこに」


 歯切れの悪い台詞と態度を見せつつ、ゆっくりと一つの席を指し示す。

 戦場仕立てのごつごつとした指の先に、クロードは居た。


 バーカウンター近くのテーブルを陣取って、スタウトかポーターか。

 そのどちらかは解らないけれど、兎に角黒ビールを呷っていた。


 どうやら一歩お先に始めているようである。


「おーい! こっちだ!」


 向こうも俺達が来たことに気がついたようだ。


 店内の喧噪に負けないくらいの大声を出して、ここだここだと自己主張。


 今の彼の声量は、多分素面の人間ならば顔をしかめるものだろう。

 が、ここには酔いどれたちしかおらず、誰一人として気にしてないのが幸いだった。


「ごめん。お待たせ。どうやら、先に始めてるよう――で……?」


 これ以上待たせるのも悪かろうと思って、そそくさとクロードの下へ。


 そして詫びの一言を入れるも、後に続くべき言葉が途切れてしまった。

 絶句してしまった。


 何によって言葉が奪われてしまったのかと言えば――


「……あの、クロードさん?」


「んあ? なんだ、ウィリアム。おまえが敬語なんてめずらしい」


「随分と……その。お顔が赤いようで」


 赤い顔。

 半ば溶けかけた両の目。

 そして身体全身から漂わせるアルコール臭。


 そう。俺が思わず絶句してしまった理由とは、彼の酩酊具合にあった。

 どう甘く見積もっても、今の彼はほろ酔いであるとは口が裂けても言えない状態にあった。


 ……なるほど。

 ギルトベルトが微妙な表情をしていたのはこれが原因か。


「そりゃあ、なあ。これだけ待たせれば、一杯や二杯。どこかへと消えちまうのは、自然の摂理というか、天地の理というか。あーぅ……なんだっけ? なんつったけ? あれか? 天使のわけまえってやつ? とにかく、酒がとーとつにじょうはつしてしまってな。ふしぎなこともあるもんだ」


「さ、左様にございますか」


 大酒飲みばかりの北部出身者の例に漏れず、クロードもまたうわばみであった。

 戦時中も休暇の度にこんな風にぐでんぐでんなクロードを何度も見てきた。


 だからその姿を見ることに免疫が出来たと思っていたのだが……


 どうやら一年のブランクによって、その免疫は綺麗さっぱりなくなってしまったようだ。


 お陰で、彼の変貌に面食らってしまっている俺が居た。


「あーあ……べろんべろん……超だっせえ……酒癖悪いの治ってないんだ」


 失望の色濃いヘッセニアの声が聞こえる。

 彼女のその声に心からの同意を示したい。


 と、言うか背中越しながらも、アリスとアンジェリカからも失望の気配は伝わってきた。


 特にアンジェリカの失望は一段と強いものらしい。

 彼の姿を認めて、二、三歩くらいは後ずさりした。

 見事なドン引きである。


 まあ、それもそうだろう。

 彼女はクロードと出会って以来、生真面目な彼の姿しか見たことがないのだから。


 自身の酩酊を自然現象のせいにしている姿は、まさしくタチの悪い酔っ払いだ。

 いつもの彼の姿とはあまりにも落差がありすぎる。


 こうも思考と呂律がまともでないところ見ると、クロードが飲み干した酒は一杯、二杯の話ではないだろう。


 思考が溶けきるまでになるとは、一体クロードはどれほどの量の酒を干したのか。

 ドン引きしながらその推察をしていると、こそりとギルトベルトが耳打ち。


「クロード、開店と同時にやって来てな。これまでペールエール三パイント。ストロングペールエールも三パイント。で、只今一パイント目のスタウトを飲んでるって訳だ」


「わーお。完璧に量を飲む気で今日来たんだな……」


 もう一パイント飲み干せば単位がガロンに達してしまう、本日のクロードの飲酒量にドン引き。


 そして開店と同時にやって来たと聞いて、さらにドン引き。


 開店はまだ日の高い時間であったはずだ。

 と、なれば、俺が屋敷でヘッセニアと格闘するよりもずっと前から、彼はこの店に居て酒を飲んでいることとなる。


 何というか酒で身を崩す人の生活そのものにしか見えなかった。


「それはそうとだなあ! ウィリアム! 俺は今日お前にいいたいことがある!」


「ハイ。ナンデショウカ」


 酒が入ったクロードはとてもめんどくさい。


 いつも気苦労を抱えているせいか、とにかく人に絡む。

 さらに面倒くさいことにそれから逃げようとすれば、許してたまるかと、なおしつこく絡んでくる。


 酒狂となったクロードをやり過ごすには、適当にはいはいと答えるに限るのだ。


「お前……いま、ずいぶんとエエ生活しとるじゃないかのう?」


「と、言いますと?」


「屋敷に三人のじょせい達。おいおい、これってハーレム!? ってやつ? いいなあ、おい! 男のゆめってやつじゃないか!? どくしんで年上の俺を差し置いて!?」


「いや、俺も独身なんだが」


「うるせえ! お前なんかもう、けっこんしているようなもんだ! バーカ!!」


 アリスはともかく、三人の内一人はクロードが連れてき女の子なんだが。

 自分でやったことを忘れないで欲しい。


「……そんなに生活に女っ気が欲しいならば、ヘッセニアをやろう。退屈な日常が一気に賑やかになるぞ」


「おい。ウィリアム。君は今とても酷いことを言わなかったかね? 人間を。私を譲渡可能な財産かなんかと勘違いしてないかね?」


「そうだ! ウィリアム! いくら何でもそれはひどすぎるぞ!」


 どさくさに紛れてトラブルメイカーを元々の保護者の下に押しつけようかと画策。

 が、ヘッセニア本人の抗議とクロードの窘めもあって失敗。


 うん。流石に今のは酷かったか。


 酔っ払いのクロードが平時の生真面目さを復活させるくらいなのだから。


 まずはヘッセニアに詫びを入れねばと思うと。


「負債を人に押しつけるなんて、あくまの所業だ! ひどすぎる! おれを破滅させるつもりか!?」


「負債!? おい、こらクロード! あんた今なんて言った!? 私を負債扱いにしたな!? 増えて嬉しくないブツと同一視したな!?」


 俺以上に辛辣な表現が飛んできた。


 当然これにはヘッセニアはお冠。

 例によって子供っぽく両腕をぶんぶん振り回して、抗議の意志を表明した。


 周りの酔客もなにやら俺達が揉めていることに気がついたようだ。

 好奇の視線が遠慮なく飛んでくる。

 悪目立ちするのは避けたい。


 なんとかしてこの事態を打破しなければ、と頭を抱えていると、唐突に助け船がやってきた。

 誰かが振り下ろしたパイントグラスがクロードの頭を打ったのだ。


「ぐえ」


 情けない悲鳴上げて、机の上に突っ伏すクロードを見下ろす一対の冷ややかな目。


 その主は小柄なヘッセニアよりも、さらに小さな女性であった。

 黄金色のビールを満載したグラスで、クロードを打っ叩いたのは彼女であるのは言うまでもない。


「何をしていルのか。この酔っぱラい」


 眼光と同じく冷たい声でそう吐き捨てる。

 訛りが強い言葉を投げかける。

 彼女は言葉遣いは、初対面の人に使うにはやや雑なもの。


 それもそのはず、彼女とクロードは初対面ではないのだ。

 いや、それはクロードだけのことではない。

 俺もアリスもヘッセニアも、彼女とは戦争中に友誼を交わしていた。


 つまりは戦友である。

 それもここを開いた戦友たちの内の、その一人であった。


「いってえなあ! 客になんてことしやがるんだ!」


「もう少し自制なさい。子供が居ルじゃない。醜態をさラして、みっともないと思わないのか」


 呆れた物言いとともに、彼女はビールが並々注がれたパイントグラスを乱雑にクロードの目の前に置いた。

 そのグラスはさっきクロードの頭を打っ叩いたものであった。


「……なんだこれ。おれ、頼んでないぞこれ」


「らウンドだってさ。ほラ。あそこに居ル、ドワーフご一行かラ」


 急に現れたグラスに困惑しきりのクロードに、彼女は指し示してグラスの出所を教授。


 二つ離れたテーブル席で盛り上がりを見せているドワーフたち。

 どうやら彼らがクロードに一杯奢ってくれたらしい。


 クロードの視線にドワーフたちが気付く。

 するとグラスを掲げ上げて――


 ――そして薄く笑った。


 嘲笑。


 たかだがそんな酒量で出来上がるなんて、王国人はなんて酒に弱いんだろうなあ――


 彼らはそう言いたげであった。


 これには北部出身者のプライドを傷つけたようだ。


「……やってやろうじゃねえか。王国北部人の誇りにかけて! 俺ぁ奴らを酔いつぶしてくるぜ! いざ! 出陣! 突撃ぃ!」


 声に怒気を含ませながら、クロードは起立。


 そして突撃とはほど遠い、怪しい足取りでもって、ドワーフたちの席へと向かっていく。

 どうやら飲み比べをするつもりらしい。


 おかげで、酒豪が一同に会してしまったテーブルは大盛り上がりを見せることとなる。


「大酒飲みには大酒飲みをぶつけるに限ルね。こレでようやく、落ち着けルでしょ? お嬢ちゃん?」


「あ、え? あっはい。ありがとうございます」


 グラスをクロードに叩き付けた彼女はアンジェリカのことを気遣ってくれていたらしい。


 まさか自分に話を振られるとは思わなかったのか。

 ほんのり頬を染めつつ、アンジェリカはしどろもどろになりつつも、彼女に礼を言った。


「助かったよ、レナ。クロードはああなると、昔っからタチが悪くてな」


「礼には及ばないよ。ウィりアム。この仕事していルと、自ずとあんなのの対処を覚えちゃうからね」


 俺からも、彼女――レナ・アイカに礼を言う。

 レナはこんなこと慣れっこだ、そっけない返事で答えた。

 答え方がそっけない故に、彼女が俺達に怒りを覚えているように思えてしまうが、真実はさにあらず。


 これは彼女の癖であるのだ。


 いや、お国柄と言うべきか。

 戦場で出会ったころから、レナは感情を感じさせない淡々とした口調で話すのが常であるのだ。


 それに怒るなり何なりしたのならば、さっきのクロードに浴びせかけた冷言のように、それなりに態度で示す程度の感情に起伏は、彼女にあるわけだし。


「……綺麗な人」


 じゃあ、仕事あるから、とヘッセニアと似た色の灰色髪をなびかせて、テーブルからさるレナ。


 そんな彼女の姿を見て、ぽそりとアンジェリカがその容姿を讃える呟きをする。

 どこかうっとりとした声色で。


 レナは美人だ。

 それもとびきりな美人であるアリスと比べても、その容姿の良さは図抜けており、もはや芸術の領域に達するほどに。


「そうですね。レナさん、特にエルフの血が強く出てますから」


「エルフとのハーフかクオーターなんですか?」


「うーん。そういう訳でもないですけど……」


「あと、何処の国の生まれなんですか? ラ行に特徴が……ちょっと聞いたことのない訛りだなって」


「皇国ですよ」


「皇国――」


 矢継ぎ早にアリスに質問するアンジェリカ。

 その質問はすべて、レナに関するものだ。


 対するアリスの答えはとてもシンプルなもの。

 彼女は皇国人である、というもの。


 アンジェリカが納得したような吐息と声色で答えた。


 皇国は大大陸の東端の、そのさらに東に浮かぶ弧状列島を領土としている。

 島自体はかなり大きな方であるが、その国土は山がちで人が生活するに耐えうる土地は、思いのほか少ない。


 そんな狭い安全圏に四人類全てが定住していたのである。

 彼らは自然と混血が進んでいったのだ。

 結果としてそれが皇国人の身体的特徴と独特なアイデンティティを産み出した。


 ドワーフ由来の低い身長、魔族から遺伝した灰色の髪、多様人の特徴である型に当てはめがたい豊富な瞳の色に、エルフほど極端でないにせよ長い寿命。


 レナはややエルフの血が濃く、顔付きがエルフに似ているものの、それ以外を除けばまさに皇国人と言うべき特徴を持っていた。


「私、皇国の人をはじめて見ました」


「まあ、彼らは基本的に皇国から離れねえからな。レナみたいに移住するのが稀だ」


 アンジェリカの言葉に応えたのは、いつの間にやらやってきたギルトベルトだ。

 見れば料理と酒を満載したトレーを手に持ち、手早く俺らのテーブルに配膳していく。


 はて、まだ俺達は料理も酒も注文していないのだが、こいつらは一体。


「これは?」


「再会の記念と、初来店のサービスだ」


「本当? いや、悪いね。この薄いパイみたいなのは……海峡商国の料理か?」


「ああ、そうさ。フティールだ。言うなれば、海峡商国のピザだな。ウチのコックご自慢の逸品でね」


「商国料理が得意なコック……ってことは、ムウニスも居るってことか?」


「ああ。奴も元気にやってるよ」


 ムウニスもやはり俺達の戦友である。

 彼はとある中隊の炊事班長を勤めていた男で、料理の知識と腕前は素晴らしいを持っていた。


 海峡商国とは、王国や共和国が外洋貿易をする際のチョークポイントである、内外海峡を擁する国だ。

 貿易の中継地であった歴史的背景を受けてか、彼の地には様々な国の料理が上陸、独自発展し、商国の人間は料理上手である者が多い。


 それ故、共和国と商国出身者の割合が高い炊事班は、いわゆる"当たり"の班と評価されていた。

 ”当たり”班を有する隊は、周りからの羨望を一身に集めていたものだ。


 なお、余談だが戦時中、"はずれ"の炊事班もきちんと存在していた。


 ……言うまでもなくその条件は、構成員が王国人ばかりであることであったのだが。


「ここのお店……本当に色んな人が居るんですね。お客さんも、お店の人も」


 アンジェリカが店内をキョロキョロと見渡してそう言った。


 店には、様々な国出身の多様人、魔族、エルフ、ドワーフが詰めかけ、実に楽しげに酒と料理を食らっている。

 この光景はともすると、ここが多様人が多数派である王国とは思えないくらいだ。


「まあな。伊達に俺らも無国籍亭なんて名乗ってないわけよ」


 目の前のギルトベルトは帝国の出身だし、レナは皇国、ムウニスは商国、と、そもそもこの店を開いた戦友達からして、客層に負けないくらいに国際色豊かだ。


 客層と従業員。

 それを考えるとここを無国籍亭の名付けたのは、まったくぴったりだと思った。


「世の中にはよ。国やら人種やらで人を区別したがる奴は何かと居るがな。こうして酒が入って、顔真っ赤にして、げらげら笑い転げる連中を見てると、その姿が万国共通であることに馬鹿でも気がつく。生まれや人種で区別することはナンセンスなんだと気がつく」


 ギルトベルトの言葉を受けて、俺は店内をじっくりと見渡してみる。


 確かに言う通りだ。


 客は例外なく料理に舌鼓を打って、酒を飲んでは豪快に笑い合う。

 その姿に国境や国籍の影形なんて見る事は出来ない。


 ああ。

 確かに俺らは生まれた国も人種も違うかも知れないけれども。


 でも心地よいこと、思うことは全ての人類に共通することなのだと気付かされる。


 確かにいがみ合ってきた歴史はある。


 だが、この共通の快事を取っかかりに、相互理解を深めていくのは、難しいことではないと改めてこの光景を見て確信した。


「おいおい。店の人間が飲んで良いのか?」


 トレーに乗せていたパイントグラスが何やら一つ多いとさっきから思っていた。

 が、そいつはどうやら、ギルトベルトのものであるらしい。


 にかっと、満面の笑みを浮かべつつ彼はグラスを掲げて見せた。


「俺だって人間だしなあ。水分補給しなければ乾いちまうよ。それに一杯だけなら問題ない」


 そんなつまらないこと言わせるよりも、さっさと飲ませろ、と言わんばかりの声色で彼は言う。


 帝国人も王国人に負けず劣らずにビールが好きな人たちだから、そんな態度を見せても仕方がないと見るべきか。


 まあ、仕事中に一杯やれるのもこの仕事の役得なのだろう。


 それに折角こうして再会できたのだ。

 彼と乾杯くらいはやっておきたい。


「乾杯の音頭はどうする?」


「おい、ウィリアムよう。戦友が再会したならば、言うこたあ決まってるだろう」


「……それもそうか。じゃあ」


「ああ」


 彼に倣って俺もグラスを掲げる。

 俺は着席、彼は起立である故、少しばかり高低差はあったけれども。


 それでも構わず互いのグラスを寄せて。

 そして。


「生き残ったことに」


「戦後を迎えられたことに」


 ――乾杯。


 乾いたガラスの音が響いた。

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