第二章 六話 知り合い、捕縛
例の爆発事件から三日経った日のことだ。
屋敷に行商以外の訪問客が久しぶりにやってきた。
訪問者は二人の男であった。
一人は前回の訪問者でもあった、馴染みの顔であるクロード。
そしてもう一人は、ゾクリュの街の守備隊の長ナイジェル・フィリップス大佐であった。
かなり珍しい組み合わせであった。
少なくとも二人が訪れてきたとアリスから知らされた時、思わず聞き返してしまうくらいには。
「突然押しかけて済まないな。が、ちと話したいことがあってな」
応接間に通されるや否や、クロードは開口一番に詫びを入れてきた。
「いや。丁度退屈していたところだから、来てくれてありがたい。雑談なら大歓迎さ」
フィリップス大佐をソファに促しつつ、そう答える。
雑談を期待していると言ってはみたものの、クロード一人が訪れるならまだしも、大佐も来たとなるとその線は望み薄だろう。
どう考えても、面倒事のにおいしか感じ取れない。
アリスがテーブルに人数分のお茶と、水車で挽いた粉を用いたフィナンシェを大きな皿に盛る中、そんな予感がした。
「期待にそぐえなくて悪いがな。携えてきたのは、至極真面目な話なんだよ。これが」
「それはちょっと残念だ。で、その真面目な話ってのは?」
「ああ。知っているとは思うが、先日郊外での爆発事件が起こってな。それについてだ」
まあ、タイミング的にそうだろう。
街よりも見通しも、そして現場との距離とも近いのだから、その内何かしらの聞き取りはあるだろうとは思っていた。
「知ってるし、丁度爆発がある瞬間は庭に出ていて、この目で見ていたよ。ただ、悪いがそれだけだ。距離が離れててよく見えず、詳しくは俺も知らないんだ」
しかし、かといって俺が力になれそうになるかと問われれば、答えは否だ。
たった今、話したこと以上の情報は提供出来なかった。
「ああ、いや。そういう情報を求めにここに来たんじゃないんだ。と言うか、それならわざわざ俺が来る必要はないだろう?」
「言われれば、確かに」
クロードのゾクリュ守備隊に所属する軍人ではない。
王女殿下の勅命を受けて、ゾクリュに派遣されているだけに過ぎず、派手に当地で起きた事件に首を突っ込めないはずだ。
特にこうして、聞き取り調査を行うなんてもっての外だ。
いくら隣に守備隊の責任者が居るとはいえ、それはただの越権行為でしかないからだ。
「なら、何であの爆発事件を話をしにここに? あんまりクロードが介入出来る案件じゃないと思うけど」
アリスが入れたベルガモットのフレーバーティーに手を付けながら、彼にそう問う。
クロードはあの爆発事件に介入も、解決のための調査も出来なあはず。
それは本人も認めているところだ。
なのに、これから俺にその事件に関することを話そうとしている。
矛盾が強くて、いまいち彼の思惑が読み取れなかった。
「……確かに土地で割った管轄であれば、俺はこの件とは何にも関係がなかったんだけどな。あの爆発を起こした犯人が、俺と関係があってな」
「クロードと関係? 知り合いだったの?」
「ああ。そうだ。知り合いだったよ。それどころか、誠に遺憾ながら部下だったよ」
「そいつはツイてない。お見舞い申し上げます」
「ちなみにな。その部下ってのは。いや、部下だった奴はな。お前もアリスもよく知っている奴だったよ」
「……おい。ちょっと待って」
……ちょっと聞き捨てならない爆弾発言が聞こえた気がする。
お茶なんか飲んでる場合じゃない。
ゆっくりとソーサーをテーブルの戻して、クロードの目を真っ直ぐに見た。
見事に目が死んでいた。
生気が全く消え失せ、どこに焦点があるのか解らない、そんな目だ。
この目の死に方はとてもよく見覚えがあった。
戦時中、問題児だらけの分隊員が何か問題を起こしたとき、謝罪と根回しに行く直前のクロードは、こんな感じで目が死んでいた。
部下だった、という過去形の言い回し。
そしてその部下を俺もアリスも知っているという発言。
更にクロードのすっかり死んでしまった眼光。
これらを合わせて考えれば、容疑者は分隊に所属していた可能性が高い。
さらに爆発を引き起こしたとなると、やはり――
「……もしかして、アイツ?」
「ご明察。左様にございます」
ビンゴであった。
夢に見てそして三日に前まさか奴の仕業では、と懸念を抱いた彼女が犯人であるようだ。
そしてトドメとばかりにクロードは写真を差し出した。
きっと、守備隊に随行した写真家が激写した物なのだろう。
殺風景な平原にて手枷をした奴が、幾多の守備隊に囲まれて馬車に乗せられている場面が、そこには現像されていた。
誰がどう見たって、犯罪者の捕縛シーンそのものであった。
あまりのやらかしっぷりに、くらりと目眩がする。
そのままテーブルに突っ伏しそうになるところを、頭を抱えることで何とか防ぐ。
口が自然と動く。
「何やってんだ、アイツ……」
自然に出たその台詞は心からのものだった。
分隊でめざましい活躍を上げて折角生き残ったというのに、戦後になってお縄になることをするとは、なんと勿体ないことか。
いや、真っ先に処罰された俺が言うべきことではないけどさ。
「……本当に捕まってますね」
話の内容が内容だけに、気になって仕方がなかったのだろう。
一歩下がって、あくまでメイドに徹していたアリスが、テーブルの上の写真を覗き込んでぽつり呟いた。
「まあ、つまりだ。俺が今回来たのはご報告よ。俺らの戦友が捕まっちまいました。面会も許されてるので、是非とも来てね。っていうな。はははっ。なっさけねえ話だろ。実に」
目に光を失ったまま、クロードはカップに口を付ける。
ベルガモットのフレーバーは彼の心を癒やすには、ちょっと荷が重かったようだ。
喉が動いた後も、一切表情が変わらなかったどころか、瞬き一つもしなかった。
「はははっ。畜生め。何だって俺がまた奴の後始末を。お偉方にどんだけネチネチやられるのか、たっぷりじっくりきっちり奴に講説してえなあ。はははっ。はははっ! 畜生、畜生」
疑いの余地なく真っ黒な元部下のやらかしの火消しを、これからやらないといけないクロード。
彼の声にはすでに張りがない。
わざとらしい笑い声を聞いてるだけでも、こちらがむなしくなる。
久しぶりにやる羽目になろう、謝罪行脚に絶望しているようであった。
今は俺と同様、奴も退役している。
クロードの監督外の人間であるから、謝罪行脚なんてする必要がないようにも思える。
が、存在が存在だった故に、各方面から反感を買いやすかった分隊の性質を考えれば、だ。
念のため謝罪と根回しを行うことに、(クロードが消耗すること以外は)損することはないのも事実であろう。
「しっかし、奴は何を思ってあんな馬鹿げだことをしたんだ?」
「さあ?」
「さあ? クロード。まだ、奴と面会してないのか?」
投げやりなクロードの態度に少し驚いた。
彼の性分から考えて、奴が捕まったら、即座に守備隊へ駆け込んで、事情を本人から聞き出そうとするはずだ。
が、こうよく解らんと明言しているということは、彼はまだ、彼女に会ってないとからと考えざるを得ない。
「いや、それはもうやった。やったんだが……」
「だが?」
「何故爆発を起こしたのか。目的は何だと聞けば、口を閉ざすばかりで、何も話そうとはしないんだよ」
「それはまた珍しい」
アイツはとても口が良く回る人間だった。
何か問題を起こして、クロードに説教を受けている際でも、自らの行いの正当性を高らかに、それもやかましく主張するような奴だ。
それなのにだんまりとは、あまりにもらしくない。
「だが、まあ。現場の状況から奴が何をしようとしたのか。それの推測は出来るがな」
「と、言うと」
「それについては……フィリップス大佐。お願いします」
現場の状況という話題だからだろう。
これ以上は越権だとばかりに、クロードは話を、事件の調査の責任者たる大佐に振る。
ずっと沈黙を保ってきた、フィリップス大佐は――
「え?」
そんな間の抜けた声を上げる。
アリスお手製のフィナンシェを手に取って、まさに口に入れようとしていたところだったらしい。
彼は口を開けた状態で、ぴたりと固まっていた。
皿にたくさん盛られていた筈のフィナンシェは、その数を大きく減らしている。
しかも、ご丁寧にフィリップス大佐に近いところになればなるほど、密度がスカスカとなってゆく傾向にあった。
フィナンシェが何処に消えたか。
行き先は明らかであった。
これまで沈黙を保っていたのは、自身が口を挟むべき話題ではなかったから、というわけではなさそうだ。
単純にアリスのフィナンシェが、いたく気に入ったからのが理由だったらしい。
どうやら、大佐は甘い物に目がないようだ。
それにしても今の大佐の声色は、完全に意表を突かれたものに聞こえた。
妙なところから、突然話を振られた者が出すそれであった。
もしかして彼は、話を聞いていなかったのか。
そう思ってしまった。
いや、そんなことはあるまい。
だって、佐官だぞ。佐官。
元下士官の俺からしたら、雲の上の存在だ。
そんな人が不注意にも話を聞いていなかったなんという、凡ミスを――
「ああ、ごめん大尉。食べるのに夢中で話聞いてなかった。で、何の話?」
――どうやら、そんな凡ミスを犯していたようだ。
手に持ったフィナンシェをちゃっかり頬張りつつも、手を合わせてごめん、ごめんと、クロードに謝意を露わにしていた。
……何というか、初対面の時も思ったのだが、この人には佐官特有の威厳というものが、まるでない。
フィリップス大佐を見ていると、何だか自分の中にある佐官像というのが、がらがらと音を立てて崩れてゆくのが解る。
そんな緩くて適当な姿に、生真面目なクロードは信じられない、といった具合に面食らった表情を見せていた。
が、それもわずか一瞬のこと。
すぐに面持ちを元に戻して、次は聞き逃さないで下さいよ、と言わんばかりに、二、三咳払いをした。
「……爆発事件の、その現場に残されていたものについてです。それが奴の事件を引き起こした動機に関連しているのだろうと、今、ウィリアムに話しました」
「ああ。アレね。ちょっと待ってて。今写真出すから」
大佐はそう言うと、傍らに置いてた鞄を引き寄せて、中身を物色しはじめた。
が、鞄の中の何処に入れたのかを忘れたのか、あるいは整理整頓が苦手で、ブツがどれだか区別できないのかなのか。
あれでもない、これでもない、と鞄をずっとがさごそ。
中々目的の品を見つけられずにいた。
「お、あった。あった。良かった」
そうして自分の格闘を続けて、一、二分。
ようやく一つの封筒を取り出すことに成功した。
ちなみに見つけられなかった理由は、どうにも整理整頓が苦手な質故らしい。
恐らく出発する直前に鞄に入れたばかりというのに、封筒には物が折り重なったことによる、真新しい皺が幾つか出来ていた。
「どうも、お待たせしました。いやあ、しかしウィリアムさん。貴方うらやましいですなあ。こんな美味しいお菓子作ってくれるメイドさんと一緒だなんて。このフィナンシェは絶品だ。きっとお料理もお上手なんでしょう。毎日毎日、こんな美味しい物出てくるんじゃ、思わず食べ過ぎてしまって、太らないでいるのが大変じゃないんですかねえ。はっはっはっ」
「え、ええ。まあ。私には中々勿体ないメイドだと、度々思いますが……その」
目的のブツを見つけたから、さあ本題に……入ることはなかった。
今度は大佐、マイペースに世間話をしだす始末。
話題はアリスを褒めてくれるだけに、とても嬉しいものなのだけど、その……あまりにも唐突な話の脱線に戸惑うばかりだ。
「ん。んん!」
どう反応したらいいのか。
どうやって話を本筋に戻したらいいのか。
それに困っていると、先よりもさらに大きな咳払いが応接間に響いた。
主はまたしてもクロードだ。
頼むから、自重してくれませんかね――
より一層生気を失った目のクロードの表情は、暗にそう語っていた。
「ああ。失礼失礼。僕は話が脱線するわ、ダラダラ話すわと、そんな悪い癖がありましてね。今もついうっかりやっちゃいました。ソフィーちゃんにいっつも怒られるんですが、どうにも治らなくてねえ。で、こいつが件の写真なんですがね」
二度目の咳払いと疲れ切ったクロードの顔に促されて、ようやく話は前に進んだ。
大佐は真新しい皺の目立つ封筒から、一枚の写真を取り出して俺に手渡す。
写真は封筒のお陰で折れ曲がらずに済んで、綺麗なままだった。
傷一つないセピアの写真に目を落とすとそこには。
「足跡、ですか?」
「ええ。そうです。現場は余程な量の火薬を使ったのか、地面をひっくり返したみたいにボコボコで、そこに何があったか、さっぱりな状況だったんですがね。こいつは、綺麗に残っていたんです」
粗い粒子でも解るくらいに荒れた地面に、はっきりくっきりと何かの足跡がそこに写っていた。
形は裸足の人間のそれによく似ていた。
そう。あくまで形だけは確かに人に似ていた。
しかし。
「かなり大きいですね」
「でしょう? 比較対象としてウチの隊員の靴を置いてますがね。ご覧の通りの大きさです」
確かに足跡の隣には軍靴が一つ置かれていた。
それのお陰で、写真の足跡がどれだけ大きな代物かが解った。
縦横共に、軍靴の優に四倍の大きさはあろうというのだ。
いくら形が似ていようとも、この大きさでは足跡の持ち主が裸足の人であるはずがなかった。
「まあ、大きさの時点で尋常じゃないんですが、それよりも奇妙なことはですね。こいつはどうやら、邪神のものじゃないらしいって事です」
人型で、しかも、人類よりもずっと大きな生物となると、それはもう一つしかない。
邪神だ。
だが大佐はこれが邪神の物でない、と断定した。
言われてみて、写真を注意深く眺めてみる。
「……確かに、この足跡は初めて見ました。強いて言うなら、猿人級に似ているでしょうか。しかし……」
目でアリスにも写真を見せてもいいかを求めれば、ほとんど間を置かず大佐は許可。
そうして彼女にも写真を見せてやると。
「……形も違ければ、大きさもまた違いますね」
やはり、彼女も同じ結論に至る。
この足跡は邪神のものではないという結論に。
形だけで考えれば、二足歩行を可能とする猿人級に近い。
が、猿人級は指が三つに対して、これは人と同じく五本であり、近いだけで一致はしない。
その上、猿人級の足跡は人より一回りほど大きいサイズなのだ。
ここまで露骨に巨大ではない。
大きさで言えば騎士級に近くはなるのだが、騎士級は騎士級で、このように人の裸足様の足跡は残さないから、騎士級でもない。
結論とすれば、この巨大な足跡は正体不明の生物の物、とする他になかった。
「僕は戦中は後方で書類と人と格闘してたんで、現場はよく知らないから、これが何の足跡なのか。そいつが解りません。現場の経験が豊富なウィリアムさんたちなら、知ってるかと思ったんですが……やっぱり知りませんか」
「ええ。お役に立てず、心苦しいですが」
「いえいえ。お気になさらず。ウチのベテラン連中に聞いてもおんなじ事言ってましたから、薄々そうだと気付いてました。ダメ元で聞いてみたってやつです」
残念、と小さく漏らして、大佐はソファに深く背中を預けた。
天井に向けて、ふうと息を吐く。
顔の向きはそのままにして、いつの間に手に取っていたフィナンシェに、また一口かぶりつきしばらくもごもごと頬を動かしていた。
「大佐。質問、よろしいですか?」
「ん。どうぞ。ウィリアムさん」
「正体不明の生き物の可能性は、薄ら寒いものを確かに感じますが……これが奴と何の関係が?」
この話の出発点は、奴が爆発事件を起こした動機は何か、というものであった。
が、今までの話を総合しても、謎の生物の存在は仄めかされようとも、奴の動機と見られる要素、それが一つも見当たらなかったのである。
だから失礼かも知れないけど、わざわざ問うたのだ。
関係性は如何にと。
それを受けて、大佐はゆっくりと目を天井から降ろして、真っ直ぐに俺を見る。
ぼんやりとした印象を抱くもそれでも何か一本筋の通った、そんな意思の強さを感じさせるそんな不思議な目であった。
「どうにも、ね。僕には彼女こいつを倒そうと爆発を起こした。そんな風に見えるんですよ」
そして彼は披露した。
この写真の足跡を残したものこそが、彼女が爆発を起こしたその原因であるという推測を。
「写真のつま先側はさっき言ったとおり、爆発で滅茶苦茶になってました。が、踵側はそうじゃなくて、綺麗な平原だったんですが……これと同じ足跡がずっと続いていたんです。つまり、彼女はコイツの進行方向を吹っ飛ばした形になるわけです」
「奴がこの足跡の持ち主の存在に気付いて、爆薬を使って討伐を試みた、と?」
「そう見れるわけです。もっとも、この足跡が三日前に出来た物であれば、の話ですがね」
確かに足跡と爆発事件が同じタイミングで出来たとは断言できない。
爆発が起きる前にすでにあったのかもしれないし、守備隊が急行するまでの、そんな僅かな時間で件の謎の生物が現場にやってきた可能性もゼロではない。
そうなると、大佐の推測は全く見当外れなものとなる。
しかし同時に彼の言う通り、足跡の主を討伐するために、奴が爆発を起こしたとも言えなくもないのもまた確かなことだ。
何しろあれだけ足跡が大きいのだ。
その身体がどれほど巨大なのか、容易に想像もつく。
そしてその巨体を見た人々の反応がどのようなものかも。
もし大佐の推測通りなら、彼女はあの乙種に続く民衆へのさらなる恐怖を未然に防いだ功労者となろう。
また一つその身が受ける栄誉が増えるわけだ。
「ただ、こいつは最大限彼女を好意的に見た場合の仮説です。逆に最大の悪意を持って見れば、です。足跡と爆発事件は全く無関係で、爆発はゾクリュを吹き飛ばすための練習、とも見れなくはないわけです。現状ではね」
あの日あそこで何が起きたのか。
それは爆発を引き起こした、彼女にしか知り得ないこと。
だがその当の本人が口を噤んでいる以上、外野はこうして残された状況から推測を立てざるを得ない。
厄介なのは痕跡がほとんど吹き飛んでしまっている故に、ある程度筋さえ通っていれば、どんな推測でも成り立ってしまうというところにある。
何処かの誰かのように、適当な罪状をでっち上げられてしまう可能性だって、否定できないのだ。
「いずれにせよ、彼女がだんまりだと、ずっとああでもない、こうでもないと仮説を立てざるを得ないのが現状です。それじゃあ調査も全然進まないし、しかし疑わしきは罰せよ、なんて強硬な姿勢で裁くのも、もやもやしますしねえ。なんとか、喋って貰いたいわけです。僕としては」
そして話を聞く限りではフィリップス大佐は、罪のでっち上げを好ましく思っていないようだ。
僕は、の部分を強調しているあたりそれは確かだろう。
つまり彼は同時にこうも言っている。
僕はそのつもりはないが、僕より上の方々がどう思うかは解らない――
と。
ゾクリュに居らず、王都に居るような雲上人からの介入があるかもしれない。
それをはねつけることは、自分には出来ないことを宣言しているのだ。
「つまり、何とか説得してくれないか、と?」
「ええ、そういうわけです。それに」
「それに?」
「それに彼女。この足跡の主について、何か知ってるような気がするんです」
「と、言いますと?」
「足跡を見る限りこいつは確かに巨体です。が、だからといって、地形が変わってしまうほどに強烈な爆薬を、普通何もためらいなく使うものでしょうか?」
……正直、人となりを知る俺からすれば、そこはノリとテンションで使ってしまったような気がしなくもない。
が、戦争でもないのに、街がそう遠くない場所で地図の書き換えが要求されるほどの威力の爆薬を使うこと。
これは常識的に考えれば、なるほど、真っ当ではない。
「僕にはね。それを使わねば足跡の主を倒せない。そう知ってるから、あそこまで派手な爆発を引き起こした。そうにしか思えないのですよ」
戦友としてはあの事件の次第が、フィリップス大佐の推測通りであってほしい。
そうであるならば、きっとこの件に関する奴の責任はとても小さいものになるだろうから。
だが現状悪意によって、いくらでもそれを大きくしてしまうことも出来る状況でもある。
いくらでも話を盛ることが出来る。
他ならぬ、彼女が話してくれないから。
納得して、作り上げられた罪を受け入れたとはいえ、俺は冤罪の痛みをよく知っている。
戦友にそんな痛みを味わせることなんて、当然許容できなかった。
ならば、やるしかあるまい。
素直に話すように促すことを。
「解りました。すぐにも面会しましょう」
「そいつは助かります。それじゃ善は急げだ。早速街に行きましょう。しおらしいお嬢さんを、いつまでもあんな環境に置き続けるのは、心が痛みますしねえ」
……アイツにしおらしいなんて言葉を使う人が居るとは。
なんだか、それだけでジョークになりそうだ。
そう思わない? とクロードに視線を向けて見ると。
どういうわけか彼は俺の視線を肯定するような、否定するような。
どちらとも取れる曖昧な表情を浮かべていた。
何だってそんな顔を。
気にはなるけどそれよりも外出の準備をすべきと、俺は椅子から立ち上がった。