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第一章 十三話 一番手軽な解決策

 騎士級、市場に現る――


 窓から俺とクロードが目視した直後、部屋に飛び込んできた兵から、その一報が告げられた。


 まだ、騎士級が出現してから、それほど間が空いていない。

 それにも関わらず、一報が守備隊の本部にこうもスムースに入るとは、どうやらここの伝達システムは洗練されているようだった。


 さて、凶報がもたらされて、困惑一倒だった部屋の空気が、がらりと変わる。

 かりかりした空気となった。

 この雰囲気は懐かしい。

 即ち、戦場の雰囲気だった。


「伝達! 緊急出動! 在勤の者は勿論、非番の者もすぐさまここに呼び寄せよ! いいか、六人一組だ! 六人一組で騎士級に当たれ!」


 まずはこの場に居る守備隊員の内、もっとも上位であるソフィーが部下たる三人に、凜とした声で、指示を与える。

 受けた三人はぴんと背筋を伸ばして、敬礼を捧げ。

 そしてばたばたした駆け足で、部屋を後にした。


 ソフィーの仕事はそれで終わりではなかったようだ。

 次に彼女は壁から突き出た、ラッパ状の伝声管に駆け寄って。

 先に出した指令を、そのままに吹き込み始めた。


 その様を見て、一つの疑問が浮かび上がる。


「ここの隊長はどうしたんだ? 見てる限りじゃ、副官の彼女が指示出してるみたいだけど」


 だからクロードに問う。

 この場合、守備隊の隊長が今の彼女の仕事をするべきではないかと。


「あいにく今日は不在らしい。王都に招集されたとかなんとか」


「なるほど。ソフィーが代行ってことか」


「で。お前はどう思う? 彼女」


「悪くはないんじゃないか。六人一組なら最初に接敵した組が倒すだろうし、判断としては間違ってない」


 一般的に騎士級と人類が至近で相対した場合、そのキルレシオは一対三となる。

 三人の命を消費して一体の討伐が期待できるということだ。

 勿論、これは奴の得意の距離である至近で出会った場合の話。

 出会う距離次第でこの比率は変わってくる。


 が、都合の悪いことに、本日の現場は市街地であるのだ。

 開けた場所での戦闘は望めない故、至近で戦わざるを得ない。

 だから彼女の六人一組の判断は、誤ったものではなく、適正と呼べるだろう。


「ただ、気になるとすれば」


 そう言いながら、俺は彼女の伝声管を握る手を見る。

 小さく、細かく、けれども確実にその手は震えていた。

 

 武者震い、ってやつではあるまい。

 その証拠に、ほら。

 彼女の両肩はガチガチに固まっている。


 なら、震えの正体を暴くことは、とても簡単。

 あの震えは緊張と恐怖が由来のものだ。


「経験が不足してる、か」


「ああ」


 クロードの一言に頷く。


 若い将校があの手の震えに襲われるのは、二つの場面に直面した時と相場が決まっている。


 それは初陣か、死守命令が出された時の二つだ。

 今回状況だけ見れば、生き残りの騎士級がたった一体だけ現れた、というものだ。

 玉砕を前提とした死守命令が出るような状況ではない。


 となれば、彼女が緊張と恐怖を抱いている理由とは、単純に戦闘経験がないからに他ならない。


「学校卒業する直前で、運良く戦争終わった、ってクチかな。どう思う? 士官学校の先輩さんのご意見は」


「まあ、十中八九そうだろう。なのに、こんな事に巻き込まれてしまって。運が悪いとしか言いようがない。可哀相に」


「全く。同情する」


 きっと、ソフィーは優秀な候補生だったのだろう。

 でなければ、いくら内地とは言え、いきなり守備隊の副官に抜擢される人事とはなるまい。


 戦後穏やかになっていくはずの王国で、のびのびキャリアを積んでいく――そんな未来が待っていただろうに、いきなりコレとは。

 心からお悔やみ申し上げたい。


「で、ウィリアム。どう思う?」


「今度は何さ」


「あの騎士級。たまたまゾクリュに流れ着いた個体と思うか」


「たまたま邪神の声を聞いた女の子が、ゾクリュの近くに最近住み始めて、さらにたまたま街に繰り出たその日に、もう一丁たまたま邪神が流れ着く――そんなたまたまが許されるなら、そうなんじゃないか」


 流石に、アンジェリカの声の一件と、これが無関係と考えるのは、あまりに楽観に過ぎよう。

 あまりにタイミングが良すぎる。

 あまりに都合のいいたまたまを重ねて、ようやく偶然の個体の仕業と結びつけることが出来る。

 アンジェリカを狙う個体とは、別のものと考えることなんて、不自然で仕方が無い。


 それにだ――


「ちなみに言うとね。この面会の最中は、アンジェリカ、アリスと一緒に市場回ってるはずなんだぜ」


 どうにも現実逃避をしたがっているクロードに、現実を教えてやるべく、追い打ちを一丁かましてやる。

 とても嘘くさい笑い声を、死んだ目でクロードはあげた。


「はっはっはっ。そして騎士級は市場に出た、と。こりゃ疑いの余地もなく、アンジェリカ狙いの邪神だなあ」


「シキユウの守備隊の尻拭いをさせられるなんて、ここの守備隊もツイてないな」


「まだシキユウの落ち度とは決まったわけではないぞ。他の要因もあるかもしれん」


「……立場上、擁護したくなるのは解るけどさ。言っててキツくない? それ」


「ああ、キツい」


 現実逃避未遂といい、この無理のあるシキユウ擁護といい、クロードは先ほどより、なんとかしてこの襲撃をアンジェリカの件と繋げたくない節があるようだ。


 まあ、それはそうだろう。

 おかげでシキユウの守備隊に、抗議と詰問をしなければならなくなったのだから。


 ただでさえ、俺の一件で殿下から無茶振りを受けているのにだ。

 そこに他人を問い詰めるという、精神的負担が大きい業務が加われば、そりゃ現実逃避もしたくなろう。

 お見舞い申し上げたい。


 そんな心からの同情を寄せる最中、背中を向けた窓の向こう側から蹄音。

 見下ろしてみれば、守備隊の面々が騎乗の人となって、現場に急行せんとしていた。


 各々が小銃を担いで、そのまま人馬一体となっている姿は、とても勇ましい。

 子供が安寧の日にこれを見れば、間違いなくこの光景が心に焼き付き将来は軍人に、と志すことだろう。


 だが、しかし。

 俺からすると、彼らの多くは。


「クロード。俺の気のせいかな」


「何だ」


「……ここの守備隊、随分とフレッシュすぎやしないかね」


 そう、はっきり言って頼りなかった。

 あまりにも彼らはあまりにも初々しすぎたのである。


 緊張により顔が強ばりに強ばり、無表情に近い顔立ちとなる――

 彼らの多くは鞍の上で、新兵独特の表情をその顔に貼り付けていたのである。


 その様を鑑みるに、ほとんどが今日が初陣のように思えた。

 戦場を十分に知っているベテランなんて、ほんの一握り。

 各組に一人居るか居ないか、その程度しか見受けられなかった。


「当たり前だろ。多くのベテランは、復興護衛隊として、陥落地へと抽出されてるからな。内地よりも生き残りの邪神の遭遇率が高いから、そうなるのは仕方が無い」


「マズいな、それ。人死にが大分出るぞ。市民はともかく、守備隊の方に」


「ああ、マズいね。だから、一番いいのは、アリスがさっさと、騎士級をやっつけてくれることだが」


「それは期待しない方がいい。何せ……」


 顎で市場をしゃくる。

 今や覆っていた土煙は大分薄くなり、ぼんやりとだけど、市場の様子がうかがえるようになっている。


 そこに騎士級は見えない。

 どうやら、アンジェリカを追って、ここからでは見えないところに行ったのだろう。


 かわりに見えるのは、市場を、街路を必死の形相で疾走する市民、市民、市民。

 溢れんばかりの市民。

 兎角パニックとなった人々が、密集し、ただただ土煙から遠ざかろうと逃げ惑っている。


「この混乱模様だ」


 悲鳴を上げ、押しのけあって逃げ走る市民たち。

 酷いところだと、ドミノ倒しのように連鎖的転倒すら発生している。

 市民らの様子は混迷を極めていて、只今、まさに地獄が地上に顕在中といったところ。


「逃げ惑う市民を巻き込まないで、騎士級を倒せる手段を、アリスは持ってない」


 アリスとて分隊の元隊員だ。

 戦闘能力で言えばここの守備隊の面々よりずっと上で、彼女一人で騎士級を簡単に葬ることすら出来る。


 が、その強さは肉体的なものだとか、銃器の扱いが秀でているといったものではない。

 アリスの強さの源は、その恵まれた魔法の才能にある。


 その気になれば騎士級を、文字通り蒸発させるほどに威力のある魔法を、彼女は放つことが出来るのだ。

 もちろんただ騎士級を倒すのであれば、わざわざ蒸発させるまでの威力は必要ない。

 とは言えそれでもあの硬い甲殻を突破するには、建物一つを、跡形もなく吹っ飛ばすような規模を要求されるのも事実。


 そんな小回りの利かない魔法を、あんな人混みで放つことは出来まい。

 アリスと騎士級の相性は悪くはないが、アリスとこの場所との相性があまりに悪すぎるのだ。


 と、なると、どう考えても。


「今のアリスは、アンジェリカの安全を確保する以上のことが、出来ないはずだ」


「……ままならねえな……全く」


 全くもって、クロードのぼやきの通りだ。


 本来守備隊をぶつければ恙なく討伐できる騎士級。

 それが守備隊の練度不足によって、守備隊に大きな被害が免れそうにない見通し。

 都合良く分隊の元隊員が街に居ると思えば、市民の混迷故に、その戦力が使うことが出来ない歯がゆさ。 


 本当にままならない。

 騎士級を排除するのに、このままでは多大な犠牲を払わざるを得ない。


 しかしその大きな犠牲を回避する方法が、たった一つだけある。

 それも、たった一人現場に急行させればいいという、信じられないくらいに手軽なやつ。


 勿論、デメリットはある。

 だがそのデメリットを恐れて、日和見し、より多くの被害が出てしまうのであれば。


 もはや、俺に迷う理由なんてなかった。


「……仕方が無い、か」


 窓枠に足をかける。

 外へと飛び出る準備をする。


 そう、その手軽な方法とは。

 俺が現場に向かう。

 ただそれだけのことだ。


「何をしている!」


 だが、俺の動きを止めようとする者が居る。

 透き通るようなアルトが背中に突き刺さる。

 ゾクリュ守備隊副長、ソフィー・ドイルその人であった。


「何って、応援さ。これでも結構腕に自信があるんだ。飛び出すことに目をつぶってくれれば、さっさと片を付けてくるんだが」


「結構だ! 私らに任せて大人しくしていろ! 大尉! 彼を止めて下さい! 流石にこの状況下で、外に出られることは容認できません!」


 まあ、そうだろう。

 騎士級を倒そうとするのに精一杯で、俺の監視の方に手が回らないだろうから。


 俺は屋敷の内ならともかく、このゾクリュの街で動くには、監視が必要な身。

 そんな人間が監視する余力の無い状況で、好き勝手に動いたのであれば、その行動は逃亡と見なされることだろう。

 最悪発見され次第、街中で銃殺されかねない。

 これが一番手軽な解決策の、唯一のデメリットだ。


 とは言え、この場で即刻銃殺、ということもなさそうだ。

 現にソフィーは非難の声を上げど、銃を抜く気配がない。

 先のクロードの王女殿下云々の脅しが効いているのだろう。

 下手に撃ち殺したら殿下がどう動くか、それが予想できない。

 手出し、出来ない。


 だから、ソフィーはクロードを頼ったのだ。

 彼を止めてくれ。

 頼むから常識的な判断をしてくれ、と。


「……ウィリアム」


 クロードは大きなため息をついて、俺を呼ぶ。

 窓枠から離れて、俺とソフィーの間に立つ。


 目をじっと見てくる。

 真剣な目だ。


 彼の目は問うてくる。

 本当に行くのか?

 ソフィーの言う通り、相当危ない行動だぞ、と。


 対して俺も目で答える。

 そんな事はすでに承知している。

 だが、こうすることが、一番犠牲を抑えられるのであれば。

 俺が躊躇うことの方がきっと悪行なはず。

 だから行かせてくれ、と。


 それを読み取ったか。

 何があっても行くという決意を悟ったか。

 目の前のクロードの手はホルスターに伸びる。

 慣れた手つきで銃を抜く。


 そして。

 それを。

 静かに俺に向けた。


 ただし。


 銃身をクロードが摑む形で。

 銃把を俺に向ける形で。


 ふっとクロードが一度鼻で笑う。


「丸腰で行くのか? 貸してやる」


「大尉!」


 信じられぬ、といった風情の声が、クロードの向こう側から聞こえてくる。

 彼の影となって、その表情を読み取れないけど、きっと、声色に相応な物凄い顔つきをしているのだろう。


 その顔、ちょっと見てみたかったな、と意地悪な感想を抱きつつ、差し出された銃を受け取った。


 手に伝わるは、ずっしりとした重量感。

 しかし異物を持つ、といった感想は全く抱かず、むしろ手にしっくりと馴染む感覚すら覚えた。


 それは当然なことなのかもしれない。

 ユナイテッドアームズ、パーカッションリボルバー。

 個体こそ違えど入隊以来、ずっとお世話になってきた銃なのだから。


「六発だ。それだけあれば十分だな?」


「おお、太っ腹。十分、十分。六発もあれば、騎士級、三体狩れるさ」


「腕、鈍ってないことを祈るぞ」


 バレルのロックを外して、薬室を確認。

 一発、二発、三発……彼の言葉通り、確かに全ての薬室に弾丸、及び雷管は装填済みであった。

 再びバレルをロックし、ベルトに銃を差し込む。


 さて、これで武器の調達は完了。

 と、なればやるべき事はあと一つだ。

 やることとは即ち。


「じゃあ、行ってくる」


 この窓から飛び出すのみ。


「ああ、好き放題やってこい。邪神さえ片付けてくれれば、俺がお前の行動の責任を持つ」


「それはありがたい。いやあ、大尉殿は頼りになりますなあ。顔面蒼白で震えてたあの頃が嘘のようだ」


「……ほっとけ」


 誰にでも忘れたい過去の一つや二つはあるもの。

 どうやら、クロードの場合、赴任直後の記憶がそれらしい。

 ぼそりと呟いて、そっぽを向く辺り、本気で思い出したくないらしい。


 ニヤニヤと意地の悪い笑みを、ひとしきり浮かべた後、顔を窓の外へ。


 やはりここからでは騎士級は見えない。

 まずは騎士級を見つけることから始めよう。

 

 そのためには今より視界が開けた場所に行かねば。

 都合がいいことに、この建物は七階建てで、屋上まで上れば随分と見晴らしがいい。


 だから、俺は視線を真上に持っていって。

 そして睨む。

 レンガの生む、僅かな凹凸を。


 それを指がかりに、足がかりにするために、手足に力を込めて。


「大尉! ま、待て! ここは五階――!」


 慌てて叫ぶソフィーの声に押されるようにして。

 俺は、壁面を駆け上った。

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