序章 息絶えるその前に
「――! ――!!」
誰に抱きかかえられている。
その誰かが、語りかけてくる。
必死な声色で。
とても悲しそうな調子で。
その誰かが誰であるかは、彼女はすぐさまあたりを付けることが出来た。
彼だ。
私が大好きな彼に違いない、と。
でも、その彼が何を言っているのか、それを聞き分けることは出来なかった。
きっと受けた傷が深いせいだろう。
致命となる一撃を貰ったために、早くも聴覚の機能を保持するだけの、血と体力がなくなってしまったのだろう。
そう、彼女はぼんやりと思った。
もう私は長くはない。
それを悟るや否や、申し訳なさが彼女の胸いっぱいに溢れた。
目の前にある戦争のせいで、大事なものを失う一方だった彼の人生。
添い遂げると決めたのに。
もう何も失わせてやるものかと、その為に彼の傍に居ることを選んだのに。
最後の最後で居なくなってしまう自分が、たまらなく悔しかった。
でも、その悔しさを露わにする前に。
命尽きるその前に、やれねばならないことがある。
それは彼に謝ること。
居なくなってしまうことへの、謝罪。
それをしなければ。
「ごめん……なさい……」
何とか、その言葉を紡ぐ。
言葉を受けて、彼は拒むように何度も首を横に振った、ように思えた。
もう目もロクに見えない。
ぼんやりと彼の輪郭を、網膜に移すだけ。
最後まで彼の姿を見ていたい。
彼女はそう願うも、視界はどんどん暗く、そして狭まっていき。
やがて一面の真っ暗闇に包まれて。
「――? ――!!!」
彼の悲壮な叫び声が彼女の耳に入る。
それが、彼女が最期に感じたものであった。
◇◇◇
戦争があった。
世界のほとんどを焦土と化し、文明を築いた者どもに、絶滅の二文字を連想させるほどに激しい戦争が。
これはたくさんの犠牲を強いて、ようやく勝ち取った平穏の日々で。
あらゆるものを、なくしてきた人々が、日常を取り戻していく物語。