三話 勇者の休日(2/2)
下らないことやってる間にすっかり夕方になってしまった。
オレンジ色の光が町を照らしていて、異世界だというのに何だか懐かしいような雰囲気がある。
こういう時はゆっくり歩いて、景色を楽しみながら帰るとしよう。
なんてことを考えながら再び大通りを歩いていると…。
「キャアアア!ひったくりよ!誰か捕まえてー!」
甲高い悲鳴が上がった。
声がした方を見ると、全身を黒い服で包んだ怪しい男が女性物の鞄を持ってこっちに向かって走ってきていた。
ひったくりか…見逃すわけにはいかないな。
俺はその男の進行方向上に立ち、両手を広げて妨害しようとした。
「待て!こっから先は通さないぞ!」
男は俺を見て驚いたが、近くの路地裏に気付きそこへ逃げ込んだ。
逃がすか!
俺はすぐに男を追いかけた。
様々な分岐や曲がりくねった路地裏をすいすい逃げていく男に振り回されながらも、何とか見失わずについていく。
やがて路地裏の行き止まりに辿り着き、男はその場で立ち尽くしていた。
「もう逃げられないぞ!観念しろ!」
シックの身体のおかげが、今の俺はかなり走ったというのにそれほど疲れもなく息切れもしていない。
これなら簡単に捕まえることができるだろう。
俺はゆっくりとその男に近づいて…。
「逃げられないのはお前の方だ」
男がニヤリと笑った。
その瞬間、後ろから複数人に押し倒され、俺は地面にうつ伏せに倒された。
そして後ろ手にされ、頭を押さえつけられる。
こいつ…初めから俺を誘い込むために路地裏に逃げたのか!
「誰だか知らねぇけどよ。
俺たちの庭で鬼ごっこしようなんざ百年早いんだよな。
クックック…」
俺が抜け出そうと身動ぎすると、男の仲間に頭を地面へ押し付けられる。
くそ、動けない…。
どうする…?この状況を打破するには…。
『…いや、力込めて立ち上がりゃあいいんじゃね?』
それができないから言ってるんだろ。
もうちょっと真面目に…ん?
そうか、今の俺の身体は鍛えられたシックの身体だった。
動揺して一瞬忘れてた。
『アホか。マジで』
反論できない…。
しかし、そうだ。
こいつらがこの程度の力しかないなら…!
オレは目一杯力を込めて立ち上がった。
「うおりゃあああ!」
「「「うわあああ」」」
それだけで俺を押さえていた数人は崩れ落ちていく。
なんて強い肉体なんだろう。
元の俺じゃこんなことは絶対にできなかった。
ちょっと羨ましい…と思ったのは内緒である。
「こ、こいつ思ったよりやりやがるぜ」
「俺たちが束になってもはねのけるとは…」
後ろの方から、俺を押さえつけていた奴らの声がする。
ふふ、この身体の強さに恐れをなしているな?
ひったくりの男もかなり動揺しているようだし、強そうな言葉でちょっと脅す感じでいこう。
「さあ、今ならその鞄を返してくれれば見逃してやる。
大人しく渡すんだ」
そんな俺の行動に、シックがけちをつけてきた。
『…は?いやいや、こんな奴らボコボコにして鞄奪えばいい話だろ。
だいたいこんな面倒ごとに自分から関わってんのが理解できねーしよ』
そういうわけにはいかないだろ。
いくらひったくりするような悪い奴っていっても、もしかしたら魔がさしてやっちゃったことかもしれないじゃないか。
それだったら、ごめんなさいの一言を引き出せばそれでいい。
そうでない場合でも、せめて現行犯の男だけでも騎士団に引き渡さないと。
俺が殴っただけじゃ、これは解決しない問題だ。
『だから、そんなのはボコボコにして実力差を理解させてからの方が百倍はえーだろ?
俺様の身体なら、こいつらを半殺しにするぐらいわけないぜ?』
駄目だ。
それじゃこいつらと同じじゃないか。
いくら悪い奴相手でも、どうしようもない時以外は暴力に頼るべきじゃない。
昔の俺はちょっと喧嘩っ早かったけど、そういうのはもう卒業したんだ。
『…そういうところが甘いってんだ』
何とでも言ってろ。
俺は俺のやり方で生きるぞ。
「さあ、早く鞄を返すんだ」
じりじりと男に詰め寄っていく。
男は苦々しい顔をしつつ、より壁の方へと逃げていく。
観念したのか、俺に鞄ごと腕を伸ばして…止めた。
そして男は笑顔になる。
勝ちを確信したかのような顔だ。
「テメェ…オレの領域で何してやがる?」
後ろからの声の主を確認しようと振り向く前に、後頭部を殴られた。
割れるような鋭い痛みが頭を駆け巡る中、再び地面に倒れた俺の背中の上にその何者かが座り込んだ。
「兄貴ィ!やっぱり兄貴は最高ですぜ!」
俺は何とか首だけで俺の上に座る何者かの姿を見た。
ひったくりの男に兄貴と呼ばれたその人物は、体格だけならゴリラと見間違えそうになるくらいガタイがいい。
スキンヘッドの頭と人相の悪さという組み合わせが、カタギの存在でない雰囲気をアピールしている。
『コイツ…ランク4の【凶拳】ボルゴじゃねーか!
俺様ほどじゃねーがかなり凶悪な犯罪者だ。
素手で厚さニミリの鉄板をぶち抜いたって話もある。
最近はめっきり噂を聞かねーから死んでんじゃねーかと思ってたが…』
素手で鉄板をぶち抜くってもはや人間じゃないだろ!
ランク4ってのがどういう基準なのか全くわからないけど、かなりヤバい犯罪者なのは伝わるぞ。
何でこんなところに…。
ボルゴははしゃぐ男達をその鋭い眼光で一睨みし、全員黙らせた。
「テメェらもテメェらだ…こんな世間知らず一人にてこずりやがって。
そもそもオレがひったくりとかいう次元の低い遊びをしろとテメェらに教えたか?ああ?」
「い、いや…それは…」
ボルゴはため息を吐き、その強面に似合わない憂い顔を浮かべた。
「まあ…テメェらもすっかり覇気がなくなっちまったオレに、愛想をつかし始めてたんだろうがな…」
「そんなことは誓ってありえねえぜ兄貴!俺たちは…」
「気遣う必要はねぇ。
…オレはこの国に来てからわかっちまったのさ。
自分の小ささってやつを」
くそ…全然動けない。
さっきまでの数人よりも、こいつ一人の体重の方が間違いなく重い。
目一杯力を込めて立ち上がろうとしても、お腹がぴったり地面についたままだ。
ボルゴは暴れる俺を無視して話を始める。
「オレが一年前にこの国に来たのはテメェらも知っての通りよ。
ここの裕福な連中のもんを奪えるだけ奪っちまおうと考えたからだ。
この国は魔物からの襲撃の心配がねぇから、財産を溜め込む奴が多い。
オレたちにとっては格好の餌場だ。
とはいえ、この国の騎士団のトップであるアネモネの噂は聞いていたから、オレは焦らず計画を立ててやることにした。
化け物みたいな強さってのがどの程度なのかは知らんが、用心するに越したことはねぇからな」
こんなに体格がでかくても警戒するほどの存在なのか、アネモネ団長は…。
「ところがだ…計画実行の直前の日。
現場の下見をしていたオレの前に、奴が現れた。
そう、この国に住まう連中…。
いや、同業者なら誰でも知っているランク5…。
【殺人鬼】シック・ヴィローザだ」
シック…!
お前、こいつに会ったことあるのか!?
『記憶にねーな。二つ名持ちの顔は一通り覚えてるつもりだったが、どうもこいつは雑魚過ぎて見かけたことも覚えてねーらしい』
シックよりランクが一つ下なだけの奴を雑魚扱い…。
だいたい、さっき凶悪な犯罪者だって言ってなかったか?
『人伝に聞いた話だ。俺様の評価じゃねーよ』
ボルゴの話は続く。
「オレは【殺人鬼】なんてありふれた二つ名の奴がそんなに恐ろしい存在なのかと疑っていたのさ。
…奴をこの目で見るまではな。
あの時、そのシンプルな二つ名がつけられた理由がよくわかった…。
奴とほんの一瞬目があっただけで、オレの身体はすくんで震え上がっちまったんだ。
奴の発する黒いオーラがオレの全身を一瞬のうちに駆け巡り、それまでの人生で味わったことのない恐怖を味あわされた。
睨まれただけで、な…。
それからのオレは、テメェらも知っての通り腑抜けになっちまった。
最近は足を洗おうかと思ってな、土木建設の仕事に手を出していたんだ。
オレのパワーなら、なんてことはない作業だからよ…」
「あ、兄貴…」
こいつ…案外、更生の芽があるのか?
罪を償わせれば、まだ引き返せるんじゃ…。
『は…?どういう思考回路だそりゃあ。
遂に頭がイカれちまったのか?
罪を償うもなにも、こいつは間違いなく死刑確定だろ』
誰にだって一度はチャンスがあるべきなんだ。
ボルゴだって、自分がどれだけバカなことをやってきたのかを悟ったから仕事を始めたんだろ?
だったら、それを伸ばすべきじゃないか。
自分でも誰かのために何かができるってわかれば、犯罪なんてする必要はないんだから。
『…いいかクソガキ。
こいつが世のため人のために何かができるってんなら、それは死刑にされてこの世からいなくなることなのさ。
犯罪者ってのはどんなやつだって救いようがないもんだ。
救いようがある奴はそもそも犯罪をせずに何とかするからな』
お前だってその犯罪者じゃないか。
そんなことが言えるうちはまだやり直せるはずだ。
誰かに手助けしてもらえば、人は変われるんだよ。
『…呆れて物も言えねーよ』
何とでも言ってろ。
お前もそのうち罪を償わせてやるからな。
ひったくりの男が、恐る恐るボルゴに質問した。
「じ…じゃあ。兄貴はもう、このまま戻らねえってことですかい…?」
返答せず、俯くボルゴ。
そうだ。一度騎士団に捕まって、また最初からやり直せばいいんだ。
誠心誠意生きれば、きっと理解してくれる人だって…。
ボルゴは顔をあげると……………歪な笑顔を浮かべた。
「そりゃあ無理だ。
なんせ、さっき気に入らねぇ上司をぶちのめして殺しちまったからな」
…………………………は?
こいつ、何を言って………。
「毎日毎日愚図だののろまだのと…。
同じような罵倒をオレにして来るもんだからよ。
軽くこづいて身の程をわからせようとしたんだが、どうも思ったより頭に血が上ってたみたいでな。
五メートルは吹き飛んで塀に叩きつけられて、そのままおっちんじまった。
いやあ全く、カタギの連中は脆くていけねぇ。
おかげでまた追われる身になったってわけだ」
こいつ…人を殺してなんとも思わないのか…?
例えうっかりでも、人が死んだんだぞ?
足を洗うつもりで働いてたって言ってたじゃないか。
何でこんな、小銭を自販機の下に落としちゃった、みたいな気軽さで言えるんだ…?
『…ランク3以上の奴らは、何とも思わず人殺しを実行できる連中が大半だ。
テメーのその花畑思考じゃどうにもならねー、生まれついての社会悪そのものってやつなんだよ』
理解できない。
理解したくない。
何だこいつは。
本当に同じ人間なのか。
思わず思考が口から飛び出した。
言わずにはいられなかったのだ。
「お前…頭おかしいんじゃないのか!?
何でそんな平然としてられるんだよ!!
何で、人を殺したことを自慢するような顔で言えるんだよ!!」
ボルゴはにやけ顔のまま俺の顔を見た。
「ほう、世間知らずにしちゃ随分タフじゃねぇか。
…そうだな、お前はこれから飯を食べようって時に周りを飛んでるハエなんかはいつもどうしてる?
許可もなく血を吸ってくる蚊は?
何も思わずに潰しちまうだろ。
それと同じだ。
力の差がありすぎると、それ以下の連中の命なんざどうでもよくなってくるもんだ。
だってそうだろうが。
オレがほんのちょっと力をいれりゃ死んじまうような奴らに何の配慮をする必要がある?
大人しくハエに飯を食わせろってか?
蚊に血を吸われてろってか?
そんな惨めな人生、オレはごめんだ。
それを今回、改めて思い知ったのよ。
シックやアネモネには気を付けなきゃならねーが、これからもオレは、オレのやりたいことをして生きていくぜ」
本当に何を言っているんだ?
そりゃあ俺だってハエや蚊を潰したことがないと言えば嘘になる。
でもそれとこれとは話が違うじゃないか。
自分と同じように生きている存在を何も思わずに殺すなんて…!
「そんなの人間の思考回路じゃない!
人間は理性で本能を抑制できる生き物だぞ!?
自分の欲望の一つくらい制御してみろよ!
何でそんな当たり前のこともできないんだよ!!
お前なんか…人間じゃない!!」
俺がそう叫び終わるのと同時、俺の上から重圧感がなくなった。
そして間髪いれずに俺の身体は浮かび上がる。
ボルゴが俺の腹の下に足を入れ、そのまま足先だけで持ち上げたのだ。
浮かび上がった俺の頭をボルゴが右手で掴み、勢いよく壁に叩きつけた。
「がはっ…!」
衝撃で脳が揺れ、視界がチカチカと光輝いてまともに見えなくなった。
飛びそうになる意識をなんとか繋ぎ止めて、俺はボルゴを見る。
ボルゴもまた瞳孔を開き、真顔で俺を見ていた。
「オレが人間じゃねぇだと…?
てめえがここまで来たのは、てめえの欲望に忠実に動いた結果だろうが。
困っている誰かを助けたいと思うことと、我慢せずに生きたいと願うこと。
どっちも人間的な欲望だ。そこに違いはありゃしねぇ。
てめえは単純に、自分のやってることを正当化したいからそんな戯れ言が言えるのさ」
「違う!俺のは…欲望なんかじゃない!同じにするな!」
「同じだよ。誰しもが心のうちに抱えている感情だ。
…それにな。
世の中、その当たり前がしたくったってどうしてもそれができねぇ奴もいる。
その事を心に刻んで、ここで死ね」
ボルゴが左手をゆっくりと引いた。
そのまま俺を殴り殺す気なんだろう。
どうして躊躇いもなくそんなことができるんだ。
我慢ができない?
それはお前が我慢しようとしてないだけじゃないのか?
当たり前ができない人もいる?
それは自分で自分にはできないと思い込んでるのもあるんじゃないのか?
…わからない。
こいつの言っていることを、わかりたくない。
『どうでもいいこと考えてんなよ!
いいから反撃しろ!
それくらいの根性あるだろ!?』
シックの焦ったような声が聞こえる。
俺が死んだら自分も道連れになるからだろう。
少なくとも、このまま殴り殺されたら二人揃ってお陀仏なのは間違いない。
俺は頭を掴んでいるボルゴの手を引き剥がそうとしたが、再び頭を叩きつけられて力を失った。
「そう暴れんな。
せっかく一撃で殺してやろうってんだ。
余計な痛みを味わいたくなきゃ、大人しくしろ」
駄目だ…俺はここで死ぬのか?
また誰かに殺されて死んじゃうのか?
…でも、どうしてかな。
死ぬことそのものは、そんなに怖くないんだよな…。
『おい…何諦めてんだ!
テメーのその考えの方が異常だぞ!?
生きるために何とかしろよ!!』
はは…確かに異常かもな…。
でもさ、俺が物理的に死ねばお前も死ぬんだろ?
だったら…それでもいいような気が、しないでもないんだ。
そうすれば、【殺人鬼】シックは本当の意味でいなくなるからな。
みんな平和に暮らすことができる…万々歳じゃないか。
(なんなんだこいつは…一度死を経験したことで達観してんのか?
…いや、違う。既に何かを諦めている…何をだ?
生きることを、じゃない…。
こいつの中にあるこの感情は、何だ…?)
ボルゴが左手に力を込めた。
「せいぜいあの世でも人助けしてろ、マヌケ」
そして拳が眼前に迫る。
しかし、それが俺に当たることはなかった。
支える力がなくなり、俺は地面に落ちる。
「て…てめぇは!!」
ボルゴが何かを叫んでいる。
誰かが助けに来てくれたんだろうか。
俺は顔を上げ、助けてくれた人物を見た。
赤いラインの入った白銀の鎧。
紅蓮の炎のように赤く染まった髪。
手にする得物は、細く鋭いレイピア。
何より目を引くのは、その背中に大きく印字された竜の紋章だ。
それは王国騎士団の証。
この国の治安を守るための組織。
「そこまでにしてもらおうか。
これ以上私の部下に愚行を働くというのならば、全員五体満足で刑務所に入ることはできないと思え」
歴代最強の騎士団団長、アネモネ・ラナンクラムがそこにいた。
どうしてこんなところに…?
俺がそう思うのも束の間、周りにいた男たちが一斉にアネモネ団長に襲いかかった。
「バカ野郎!手出しするな!!」
ボルゴは男たちを諌めようとしたが、もう遅い。
俺が瞬きを終えるより前に、男たちはレイピアで切られ地に伏した。
いつ剣を振るったのか。
俺には全く見えなかった。
倒れている男たちも、何が起こったのか理解できていないだろう。
「てめぇ…よくもオレの仲間を…」
ボルゴは怒りに身体を震わせる。
それだけで、強烈な威圧感が辺りを漂った。
一般人がこれを見れば、誰でも死を予感することだろう。
しかし、アネモネ団長は全く意に介していない。
ボルゴは雄叫びを上げ、アネモネ団長に向かっていった。
「うおおおお!!」
体格の大きさから放たれる右手の拳は、実際よりも大きく見えるような錯覚を起こすほどの威圧感を纏っている。
そしてそのパンチの早さはプロボクサー並み。
これを受けるのが俺であれば、間違いなくかわせずに即死するはずだ。
「なっ…!」
しかしボルゴが振るった拳は空を切る。
アネモネ団長は既に真後ろをとり、レイピアをボルゴの首筋に立てていた。
いったいいつ後ろに回ったのか。
一部始終を見ていたはずの俺にも、何が起こったのかさっぱりだ。
「言ったはずだ。これ以上は五体満足では済まないと。
そうなりたくないなら、大人しくすることだ」
ボルゴは地に膝をついた。
敵わぬことを悟り、観念したらしい。
恐らくシックに出会ったときと同じ感覚を味わったのだろう。
この人には勝てない、と。
───────────────────
ボルゴとその仲間たちが騎士団員たちに連れていかれた。
刑務所に送られ、法によって裁かれるのだ。
鞄も無事持ち主に返し終わった。
後に残ったのは、俺とアネモネ団長だけである。
とにかくまずはお礼を言おう。
どうしてそこにいたかなんて、後で聞けばいい話だ。
俺はアネモネ団長に頭を下げる。
「助けていただいて、ありがとうございました」
アネモネ団長はしばらく間をおいてから、俺に質問した。
「なぜ君は一人でひったくりを捕まえようとした?」
「…え?」
「君は仮とはいえ我が騎士団の一員だ。
そうでなくとも近くには他の団員だっていただろうに、どうして誰にも連絡を取らずに追いかけたんだ」
これは…怒られているのか?
どうしてだろう…俺は何も悪いことはしてないはずなのに。
俺は内心ムッとしながらも、表には出さず弁明した。
「で、でも俺がすぐに追いかけなかったら絶対見失ってましたし…」
「そういう問題ではない。
今度からは必ず誰かに報告をいれるように。
いいな?」
「は、はい…」
しかし俺の弁明はばっさり切り捨てられた。
確かにアネモネ団長が来てくれなかったら解決できなかったことではあるけど、ちょっと理不尽じゃないか?
あんな状況でボルゴみたいな奴が出るなんて、わかるわけないじゃないか。
わかってたなら一人でいくはずないんだから。
俺だって頑張ったんだから、ちょっとくらい評価してほしいものだ。
『…は?それ、マジに言ってんのか?』
何だよ、お前までそっち側なのか。
『…まあいいか。どうせ俺様の意見なんか聞かねーだろうしな』
ああそうだよ。
お前の意見なんか聞くもんか。
ボルゴと同じ犯罪者の言うことなんか…。
『…そのうち後悔するぞ』
シックがボソッと呟いた。
誰が後悔なんてするか。
俺は俺のやるべきことをやる。
それだけだ。
アネモネ団長と別れたあと、モヤモヤしたものを抱えつつ俺は城へと戻った。
今日はシーナ姫との作法の練習もない。
ちょうどよかった、と思う。
今の何とも言えない気持ちのままじゃ、シーナ姫に嫌な思いをさせてしまうかも知れなかったからだ。
とにかく、寝て忘れよう。
ぐっすり朝まで寝れば、こんな気分も吹き飛ばせるさ。
こうして、何とも言えないイライラを溜め込みつつ、俺の休日は終わったのだった。